第21話 二人の足跡

「ともかく……アステリズムのことはもう終わった話だから」


「あ”っ」


 そういえばこいつ、もうアステリズムじゃないんだった……。

 心地良かった静けさが気まずい沈黙へと塗り替わる。

 話を変えようと俺は咳払いした。


「んんっ。そういや強くなりたいみたいなこと言ってたよな? 何か教えた方がいいのか?」


 教師役の自信はあんまりないんだが。

 水住が少し考えるそぶりを見せた。


「……とりあえず同行させてくれれば大丈夫。フェンリルの魔法の近くにいれば、私の魔力耐性も育つはずだから」


「使いたい魔法でもあるのか」


「ユニークスキルで《魔力の砲》を撃つのが私の役割なの。魔法式も追加で支給されることになってる」


「え? 《無属性魔法》をレベル4にするってことかよ」


 それかかるのでは?

 属性魔法はレベルが上がると色んな撃ち方ができるようになる。

 矢ならレベル2、槍はレベル3、砲はレベル4だ。


 まあ正しくは撃てるようになったらレベルが上がったと判断するのだが、とにかくレベル4は、大ざっぱに言えばBランクモンスターが使う魔法と同じ規模を指している。

 そこまで上げるといっても、直接ドロップする可能性があるBランクモンスターは倒せるパーティーがほとんどいない。

 かといってレベル3以下の魔法式をちまちま集めて強化していたら何年かかるかも分からない。


 その辺の問題は全部金で解決するんだろうが、それを参加したばかりの水住につぎ込もうというのだから、ストラトスの本気度は狂気に近い。

 もしくは単純に金が腐るほど余ってるか。

 スポンサー付きまくってるしそっちな気がしてきた。


「とりあえず分かった。あとはなるべく水住が動けるように戦ってみる」


「ありがとう。……そろそろ行きましょう、タワーで何があるか分からないし」




 休憩を終えて歩き出したが、その後の旅路はほとんど順調だ。

 遠くにいる馬型モンスターをスレイプニルと間違えたり、モンスターじゃない原住生物のヤギに取り囲まれたぐらい。


 久々の人間が珍しかったのか?

 明らかに魔力がおかしいエリアでも、ただの動物達には関係ないらしい。

 バッグの中のう○こ拭く紙を渡したら気に入られてしまい、そのまま付いてきたので、俺達はヤギ飼いみたいになりながらタワーの方に向かっていった。



「ほら、解散しろ」


 先頭のヤギの頬をぺちぺちと叩く。

 もう何もくれないことが分かったのか、それともさすがに嫌な気配がしてきたのか、ヤギ共は聞き分けよくUターンして去っていく。

 残された俺達は目の前に現れた崖の下を覗き込む。


 下にはこれまでと違って緑がほとんどない。

 数百メートル先にはもうタワーがあり、それを囲むようにして広い範囲に枯れ木が生えていた。

 降りる道は……ここを管理してた企業は崖の周りに沿って道を作っていたみたいだが、しばらく放置されている間に崩れてしまったようだ。


「《力場》で降りるか」


 空中散歩のお時間だ。

 昇りに比べれば降りる方は簡単だし高度もせいぜい2、30メートル。

 問題ないだろうと思ったが、水住は困った顔をしている。


「ごめんなさい。《力場》は持ってなくて」


「ん? こういう時はどうしてたんだ?」


「メンバーが《浮遊》を持ってたの」


 あーなる。

 役割分担はパーティーの強みでもある。 

 《浮遊》は戦闘に使える速度じゃないが移動用としては十分だし、わざわざ《力場》を取る必要がなかったわけか。



 ならば仕方がない。

 いや、本当に仕方ない。よこしまな気持ちは一切ない。

 俺は瞬時の判断で背負っていたバッグを崖下に放り投げた。


「えっ、ちょっと!?」


「壊れるものは入ってない。水住、背中に乗れ」


「…………は?」


「お前を乗せて《力場》を降りる」


 きっぱり宣言した。

 見た感じ迂回路はないし、ロープ代わりになるようなものもない。

 俺が作った《力場》を踏ませるのは論外だ、絶対にバランス崩すから。

 なので一緒に降りるのが一番安全で手っ取り早いという結論になった。


 しかし水住の目はスーッと冷えていく。


「痴漢」


「暴言!」


けがらわしい。初めからこういう目的で……」


「付いてきたいって言ったのはお前です。そもそもおんぶってそこまで言われることか?」


「限りなく犯罪に近いから」


「近くない。……分かった、なら今回はそこで見てろ。1本目だし様子見ついでに1人で行ってくる」


 無理強いするつもりはない。

 終わったらまた昇ってこないといけないので若干予定が変わるが、そのぐらいは何とかしよう。


「それはっ……ううん……!」


 俺の本気が伝わったらしく、水住がおでこを抑えるようにして悩んでいる。


「乗るならあと5秒」


「……分かった、分かったから」


 世話の焼ける奴。



 俺の剣はライフルと一緒に水住に背負わせた。

 軽くストレッチをしてから水住に背を向けてしゃがみこむ。


「来い」


 水住が観念したようにため息を吐き、ゆっくりと近づいてくる。

 両肩に柔らかく手が置かれた。

 そこからどうすればいいか分からなくなったようなので、わざとらしく前傾してやると上に乗るように体重を預けてきた。

 機を逃さずに両足を捕まえて立ち上がる。


「あっ……」


 女子をおんぶうおおおおおおおおおお!!!!

 などとは1ミリも思っていない。

 ロボットアニメ第1話の起動シーン並みにシリアスな気分で直立した。

 水住はスタイル良いが特別身長が高いわけでもない。

 なのでそんなに重いことは――、



 ……………………あれ?

 思ったよりも。



 その戸惑いは致命的なミスだった。

 立ち上がった直後の不自然な停止は、俺が考えたことを水住に想像させるのには十分だったらしい。

 後ろから伸びてきた腕がするりと首に巻きつく。


「どうかしたの? ……浅倉くん」


 押し付けられた胸と殺意で心臓のドキドキが止まらない。

 どっちだこれ。

 追い詰められた俺は、無言のまま崖からダイブした。




「二度とやらないからっ!!」


「結果的には無事だったろ」


「無事!? 今のが!?」


 結果だけなら。

 過程を評価すると《力場》を踏み外して2人まとめて落下した事実が入るが、大したトラブルではない。

 普通に《影縛り》で不時着できた。

 けど水住は失神しかけるほど怖かったらしく、下りてからもしばらく俺の背中を叩き続けている。


「人背負ってると難しいな、やっぱ重量バランスが……なんでもない」


 "叩く"から"刺す"に変わりそうだったので慌てて引っ込めた。


 気を取り直して進みたいところだが、枯れ木の森の先に見えるタワーには、その紫色以外にも異変があった。


「ガーディアンがいない・・・。上から見た時にそんな気はしたんだが」


「モンスターが狙うほどの魔力がない? でも……」


「魔力濃度はもう普通のタワーと変わらないか」


 登山道を抜けたところぐらいまでは低かったのに。

 あんまり遠くに拡散しない魔力?

 ただそっちはともかく、ガーディアンがいない理由には心当たりがあった。


「事件の時なんだが、フェンリルは"ノア"が召喚したっぽいんだ」


「……防衛のために出てくる可能性はありそう」


「それと近づいたモンスターは問答無用で取り込まれるとかな」


 うちの狼さんは"ノア"に吸収されていたようだが、そのへんのガーディアンに負けてそうなったとは思えない。

 モンスターはあの魔力に対してほとんど耐性がないと考えた方がいい。


「とにかく戦闘になる前提で行くぞ。もちろん俺が前衛で――」


 そのまま作戦会議に移ろうとして言葉を止める。

 超感覚に違和感。


 水住がその様子を見てライフルを構え、周囲を警戒。

 俺は逆に目を閉じて感覚を集中した。

 タワーの魔力のせいで分かりづらいが……まさか、こいつか!?


「何もいないように見えるけど。待って、《魔力の波》で――」


「水住、木だ!」


 背中から抜きつつエンチャントした剣をすぐ近くの木に投げつける。

 回転しながら飛んだ刃が幹に刺さると、その木がもぞもぞと動き出した!

 買ったばかりの魔法具レンズが視界に情報を表示する。


《Dランク:トレント(精霊型)》


 俺をターゲットにしたトレントが太い枝を伸ばし、ブン! と鞭のようにしならせる。

 叩きつけられるそれを余裕を持って回避――するよりも前に、水住の《魔力の矢》がその動きを縫い留めた。


 行動を切り替えて素早く近づき、刺さったままの剣を抜き取ってから再び斬りつける。

 斬性を帯びた魔力が堅い木の幹を斬り裂いていく。


 そのままザンッ! と真横に断ち割られたトレントは、魔石と魔法式をドロップして消滅した。

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