第20話 再訪


『調停委員会についてご説明させていただきます。こちらはアークにて協会の登録者間での紛争が生じ、一方または双方が被害を受けた場合に申し立てにより招集される機関となっております』


「はい、知ってます」


 調停委員会のことは、店長からは"厄介な開拓者に首輪をつけるシステム"と説明を受けている。

 陽太から"あれ以来大鋼から連絡がない"と聞いていたこともあるし、こうなる可能性もあるとは思っていた。


『恐れ入ります。委員会の目的は紛争の再発防止にあり、当日は両当事者にご出席いただいたうえで聴取ちょうしゅを行います。その後、事案の重大性を考慮しながら委員による調停案の提示、あるいは兼任常務理事から懲戒処分ちょうかいしょぶんが提議されることになります』


 まさに店長の話だ。

 企業は平均的な開拓者をはるかに上回る戦力を持っているが、いつでもどこでもそれを展開できるわけではない。

 衝突すれば負けてしまうようなシチュエーションは当然ある。


 けど国からすれば、より規模の大きい成果を上げてくれる企業の仕事を邪魔されてしまうのはよろしくない。

 だからあまりに都合の悪い奴はアークに入れないようにするぞ、というムチをちらつかせてバランスを取る……のが調停委員会だったのだが、最近は国でアークを担当する管理省かんりしょうとつるんでやりたい放題になりつつある。



 という話を店長から聞いた時は、目だけ開いて頭は寝てたはずだが、意外と覚えてた。



 その後も堅苦しいルールの話が続いてから日程の話になった。

 特例による招集とのことで、かなり急だが1週間後の夕方から行われると説明された。


『浅倉様は未成年ということもございますので、保護者の方をご同伴いただいても差し支えございません。代理人を立てられる場合は手続きがございますので、恐れ入りますが前日までにご連絡願います』


「分かりました」


 そのやりとりを最後に電話は終わった。



「というわけで委員会に出てくる」


「本当に落ち着かない人……」


 あきれ顔の水住と廃墟の中を歩いている。

 2人ともフル装備だ。

 見上げればあちこちに穴が開き、ひび割れているドームの天井と赤い空が目に入る。


 今日は土曜日。

 俺達はついに第2ゲートのタワー、その1本目の攻略に踏み出していた。



 早朝5時から第2ゲート管理所に集合してアークへ転移。

 約4ヵ月ぶりに来たこの場所は、聞いていた通り事件当時とほとんど変わっていなかった。


 ゲート前にある協会のビルは再建されていたが、他に無傷のビルはほとんど存在せず、折れたり穴だらけになっている。

 道路もめちゃくちゃで人も歩いてない。

 最近は都市建設も魔法でやってるので地球よりかなり早く復旧できるはずだが、誰かが取り組もうとしている気配さえ見えなかった。


 さびれてるとは知ってたが、まさか本当に誰もいないとは。

 水住も同じことを気にしている。


「ここまで放置されてるのはおかしい気がする」


「事件の原因が分からないのを気にしてるんじゃないか? 世の中的には」


「ドーム全体が……? どこかは先走りそうなものだけど」


 確かに先に直しとこうって会社もいないと不自然ではある。

 ……協会が裏でストップをかけてるのか?

 時間が解決するような事件じゃなかったと思うけどな。



 ドームの出口ではタクシー代わりに予約した軽トラが運転手のおっさんと共に待っていた。

 第2ゲートまで出張してもらうのは大分高くついたが、水住が折半してくれるというので今回は採用。

 周辺は大抵荒れ地なので車で抜けるのが一番楽だ。


「お忍びデートってやつ? そりゃここなら誰にも見つかんねえわな!」


 おっさんの下品な冗談に水住がピリつくこと2時間。

 軽トラは荒れ地を駆け抜け、目的地である登山道を登る。


 行けるところまで行ってもらってからおっさんと別れた。

 帰りは別の場所で合流になることを伝えておく。


「ここから歩いて高原に出るぞ」


 しばらく使われてなかったからか、登山道の続きは森の一部と化している。

 タワーまではさらに歩いて5~6時間かかる見込みだ。

 これでも第2ゲートの中では2番目に近いというから、先のことを考えるとげんなりした気分になる。


「疲れたら言えよ。この森、多分危なくないから休んでもいいし」


「余計なお世話。浅倉くんこそバッグが重たそうだけど」


「見た目だけな」


 俺はこの前買った無駄にデカいバッグをかついでいた。

 中には秘密兵器が入っているが、その出番は帰り道になる……今はとにかく歩くのみ。

 俺達は道の上を進んで森の中に入っていく。



 元々企業が管理していた道なので劣化はそれほど激しくなく、かなり歩きやすい。

 道中では1度だけコボルトと戦闘になったが後は平和なものである。



 だが進んでいくうちに、人工物であるが故の問題に直面してしまった。

 どっちもきちんと舗装された、目印のない分かれ道……。



「フェンリル、決めろ」


「浅倉くん」


「俺が諦めると思うなよ。お前が動かないとこの森からは出られません」


「浅倉くん、それ、本当に意味あるの?」


 ある。

 わざわざ魔石を割って呼び出した《フェンリルの爪》の間に、太めの枝を挟んで地面に立たせている。

 ちょうど分かれ道の中間地点。

 フェンリルが枝を倒した方向に進もうという試みだ。


 ……しかし爪は微動だにしていない。


「俺達は3人パーティーだぞ。こいつにも当事者意識を持ってもらう必要がある」


「少し後悔してきた……」


 残念だがもう遅い。

 フェンリルが状況を理解してるとは思えないが、今後のためにも俺達はコミュニケーションを増やす必要があるのだ。


 ということでしばらくダル絡みしてみたところ、びっくりすることに効果が出始めた。

 フェンリルは今、間違いなく俺のことを


 "面倒くせえなこいつ"


 と思っている。

 言葉は通じないがふわっとした感情は伝わってくるのだ。



 そして――ついに根負けしたのか、爪が勝手にぐわんと動いて枝を弾いた。

 狙ってはないと思うがちゃんと道を指している。

 俺はドヤ顔で水住に振り返った。


「な?」


「自分で動かしただけでしょ」


「超感覚の鈍いやつはこれだから……暴力反対!」




 そんな一幕を挟みながら歩き続けてついに森を抜け出した。

 次は高原だ。


 大きく開けた視界にはなだらかな緑の野原が広がり、さらに遠くの周囲は山に囲まれている。

 標高が高いから風がひんやりして気持ちがいい。


 さっきまで登山道だった道はまだしばらく先まで続いている。

 その終点と思われる位置には、紫の魔石の塔……"ノア"のタワーがそびえ立つ。 


「自分の目で見るのは初めて」


「俺は事件の時以来だ。やっぱ普通のとは違う感じがするな」


 タワー自体ではなく、周りが。

 歩いているうちにその感覚が確かなものになっていく。


「魔力濃度が上がってない」


 普通のタワーは魔力を放出するので周囲の魔力濃度が上がっていく。

 そのままにしておくとモンスターが集まりすぎてしまうので、定期的に壊しましょうというのが"領主"の役割でもある。


 だがこの高原は、タワーの間近にも関わらずそこまで濃度が高くないようだ。

 さすがに登山道よりは高く感じるが……?


「《望遠》で見てるけど大きなモンスターはいないみたい。彼らにとっても不気味なのかも」


「あんだけビカビカ光らせてるのにな」


 パチ○コ屋みたいなセンスしやがって。

 気づけば時間は地球基準で10時を過ぎている。

 魔力の身体サポートがあるとはいえしばらく歩きっぱなしだったので、一度道を外れて休憩を取ることにした。




 小高い丘に2人で座り込んで昼食……といっても携帯食だが。

 それからしばらく、特に話すこともなくぼーっとする。


 ――静かな場所だ。

 最近のことを考えるとそれが貴重に思えて、黙っていても不思議と気まずい感じはしなかった。


「ここ、前はこんなに静かじゃなかった」


 ぽつりと水住が言った。


「タワーがああなる前か?」


「そう。あの頃はモンスターも原住生物も多くて……景色が良いから撮影でよく使われてたけど、カメラの後ろは大抵ひどいことになってたと思う」


「絶対視聴者にもバレてただろ。アステリズムお前ら結構あざとい動画出すよな、クリスマスケーキのやつとか」


 水住が死んだ目で生クリームを混ぜ続ける動画だ。

 店長のおすすめで見たものの、もはやアークも開拓者も1ミリも関係なかった。


「事務所の企画だから……! あんな仕事までやらされるなんて思ってなかったのに」


「そもそもなんで入ったんだ? 違ってたら悪いが、目立ちたいってタイプには見えないんだが」


「友達に誘われたの。姉さんからも『ちゃんとした事務所で開拓者になってくれる方が安心』って言われたから」


「なら正しい」


 俺は深く頷いた。

 ソフィアさんが言うなら間違いない、ケーキだろうがバレンタインチョコだろうが何でも作れ。

 そんな俺に向けられる水住の視線はキンキンに冷えている。


「前にも言ったけど、姉さんを変な目で見たら……」


「見てないです。けど水住、ソフィアさんだっていつかは結婚するんだぞ。その時泣きわめかないように耐性つけとけよ」


「そんな日は来させない」


 こっわ。

 というか、あの見た目で彼氏がいないとはとても思えない。

 きたるべき日に死人が出ないことを祈るばかりだ。

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