第19話 テロリスト(ほぼ確)

 3日経って昼間の学校。

 教室にチャイムが鳴り響き、黒板を背にした先生が3時限目の終わりを宣言した。


「きりーつ、礼!」


 日直が号令をかけると室内が一気に緩くなり、その空気を縫うようにして外へ向かった。

 昼休みになる前に水住に会う用事があるのだ。



 廊下はごった返していた。

 俺が言うのもなんだけど、こいつら何しに出てきてんだ?

 同じ階にある教室とはいえ端から端まで歩くことになる、地味に時間がかかりそうだ――という心配はすぐにいらなくなった。


「あっ……」


 道をふさいでいた知らない女子グループが、俺に気づいて慌てて避ける。


「うん? ……おっ」


 その不自然な空気を感じ取った男子が原因を見て声を漏らした。

 さざなみのように反応が広がり、廊下に1人分の道が開いていく。


 大鋼との一件はSNSや一部のニュース番組ですっかり広まっている。

 俺の評判が格段に悪く(?)なってるのをビンビン感じるぜ。



 水住の教室に到着。

 中に入ると、それなりガヤガヤしていたのが一瞬で静まり、"あいつ何しに来たんだ……?"という目が向けられる。

 お前らがびっくりすることです。


 窓際にいた水住も俺に気づいた。

 差し込んでくる光が銀髪に当たりキラキラ反射して、後ろの席の奴がちょっと大変そうではある……えっ、前の席の奴はなに? ミイラ?


 水住の前には顔を包帯でぐるぐる巻きにした男? が座って、何故かこっちに手を振っている。

 こっわ。

 そいつとなるべく目を合わせないようにして進むと、"何?"という表情で見上げてくる水住に声をかけた。


「水住、金くれ・・・


「……ああ、そういえば」


 用事を理解した水住がバッグを開いてガマ口財布を取り出す……でっかい赤文字で"バカ専用"と書かれている。

 その中から硬貨をつまむと、差し出した俺の手のひらにそれを落とした。

 500円玉1枚。


「おい、マジでこれだけか? 高校生の昼飯だぞ」


「学食の一番高いメニューでも600円でしょ」


「足りないんだが」


「何日かに分けてやりくりを学べってこと。文句は志乃さんに言って――」


「ちょちょちょ、ちょい、一旦いい? いいか?」


 急にミイラ男が割り込んできた。

 というかこの声……。


「陽太か? どうしたそれ」


「俺のことはいい! 一旦心配しないでいいから、まずお前らがどうしたのか教えてほしい」


「どうしたもクソも見た通りなんだが。信じられるか? 今日からお小遣い制だぜ」


「まったく意味が分かんねえ……」


 ほんとだよ。意味分かんねえよな。



 経緯はそれほど難しくはない。

 簡単に言うとちょっと高い買い物をしてしまったのだ。

 その、まあ……6桁中盤ぐらいの。


 何を買ったかというとコンタクトレンズ型の魔法具で、目で見るだけでスマホと連動してスキャンが行われ、対象の情報が視界内に表示されるようになる。

 水住や陽太がカメラも向けずにモンスターを判別してたのが気になって、調べたらそんな神アイテムが発売されていることが分かり。


 "これから厳しい戦いも待ってるしええやろ!!"


 と思って最新機種を衝動買いした直後に店長の抜き打ちチェックが入った。


 ボスが俺を斎藤商事で預かるにあたって、生活の面倒を見ると言ってくださったのが店長だ。

 そんなわけで変なお金の使い方をしていないか、たまーにチェックが入っていたのだがそれが今回クリティカルヒットした。

 内容はともかく、そんな高額なものを、何の計画もなく、ただ衝動的に買った大・愚か者である俺は大人のガチの説教を食らって半泣きになり、罰として"お金のありがたみを知るキャンペーン"に叩き込まれたのである。


「スレイプニルより店長の方がよほど怖いわ。とにかくそんな感じだ」


「なんでそれを水住さんが管理してんの?」


 俺も知らない。

 2人分の視線を向けられた水住がそっけなく顔をそらした。


「依頼料代わり」


 返事は一言。

 ただ意味は察した。この女、結局店への依頼じゃなくて俺の予定についてくることになったのに、まだ世話になる立場だと気にしていたのだ。

 店長に俺に関する手伝いを申し出たんだろう。


「で、お前はどうしたんだその顔。彼女の新しい趣味か」


「あーいや、大鋼のことでパーティーの話し合いがあってさあ。"なんで俺らも連れてかなかった!"って喧嘩になっちまって」


「血の気が多すぎる……」


「玄には言われたくねーっつの! まあでも終わったらすっきりしたわ。これで心機一転よ」


 陽キャのコミュニケーションは俺には難しすぎた……しかも地球で喧嘩したのか。

 アークで負った怪我はゲートをくぐれば綺麗さっぱり元通りだが、逆の場合Uターンするだけではまったく効果がない。

 《回復》持ちの伝手があるわけでもないだろうに。



 パーティーメンバーといえばこの教室にもいたよな、と思って見回したら、陽太ほど派手ではないが顔に包帯を巻いた男子と目が合った。

 こっちを見て"サンキュー"と言うように指をグッとしている。

 俺も手をひらひらと返しておく――これで用事は大体済んだ。

 あとは確認が1つ。


「それで水住、いつでもいいんだな?」


 問いかけに水住が頷いた。

 近日始める第2ゲートのタワー攻略に向けてウォーミングアップをする予定があり、その都合の確認だ。

 やりとりが最小限なのは面倒事を避けるため。

 あんなデカいの1本でも壊したらすぐバレるが、それが遅くなるに越したことはない。



 なにせ水住は芸能人で俺はテロリスト(仮→暫定)だ。

 言ってみれば光と闇の有名人……でもないか。

 水住は少し、雲行きが怪しくなってきている。



 こいつのアステリズム脱退とストラトスへの加入は、数日前に所属事務所から公開されてSNSのトレンドを塗り潰した。

 反応の多くは驚きと、否定、そして嫌悪・・


 ストラトスのリーダーであるクソみたいなイケメンがわざわざ歓迎動画を出したのがまずかったらしい。

 一部のファンを反転させるには十分だったらしく、リーダー側に付いているファンも水住の容姿をやっかんで攻撃を始めていた。

 学校の連中の目もこれまでとは変わってきている気がする。



 一方で大鋼とやり合った俺へのご意見は速やかな逮捕を望むものがほとんどだったが、ちょっとだけ褒められてもいた。

 特にフリーの開拓者は企業が大嫌いなのでクズ同士戦ってくれたのがとても嬉しかったらしい。

 覚えとけよお前ら。




 何にせよ、俺達はここ1週間の2大ニュースの当事者になっている。

 せめて最初の方だけでも目立たず行動したいところだ。


「今日から行くぞ、あとで連絡する」


「今日?」


 水住が怪訝けげんな顔をした。

 いつでもいいんじゃなかった?


「今日の放課後は委員会の一斉集会でしょ?」


「そうだったっけか」


 完全に忘れてた。

 まあいいだろサボりで、俺がいる方が迷惑だろうし。


「じゃあ明日で」


「それはいいけど。……浅倉くん、もしかして出ないつもり?」


「出るだろ普通。学校の一員として」


「一応聞くけど何委員会」


「美化委員会」


 くじ引きで決まったやつだ。

 出ない俺には関係ないがたまにある清掃活動以外は楽な委員会だった気がする。

 俺の答えを聞いた水住がにっこりした。


「そう。私も同じ」


 ……………………。


「出る?」


「…………どちらかというと俺、美化される側っていうか」


「出ろ」


「はい」


 出陣。



 予想以上の地獄にしてやったぜ。

 衝撃の初委員会が終わって今は帰り道だ。


 まず場を仕切っていた3年がやらかした。

 やはり美化委員会に俺が混ざっているのは"もしかしてギャグなのか?"という印象を与えるらしく、集まったメンバー……特に1年の緊張をほぐすために俺をいじろうとして失敗した。


 本人もどこまでいじっていいのか分からずに見切り発車した結果、いじりきれずに謝ることになったせいで俺の危険度がますます強調されてしまった。

 "大きいゴミは浅倉くんが得意だからね"じゃないんだよ。

 笑ったらまずいだろ。



 その後は役職を決めることになったが、副委員長を選出する流れで何故か俺に視線が集まった。

 なるわけがない。

 暫定テロリスト兼・美化委員会副委員長は思想が強すぎる。



 極めつけはゴールデンウイーク明けに予定されている校内美化活動――要はゴミ拾い――の打ち合わせだ。

 各クラスから男女1名ずつが委員になっているのでそのペアでやりましょう、という順当な流れで進みかけたところで……俺のぺアの女子が泣いた。

 大泣きじゃなくてしくしく泣く、見る者の心に一番刺さる泣き方だった。



 結局どうなったかというと、勇気ある水住さんが『共通の知り合いがいるので』と浅倉くん係を名乗り出たことで無事解決した。

 水住と組むはずだった男子の悲しい顔が忘れられない。

 初めから終わりまで苦い顔をしていた俺にとっても相当疲れる委員会になった。



 とはいえまだ5時を過ぎたぐらい、一旦帰っても何時間かアークをうろつく時間はあるだろう。

 フェンリルとのコミュニケーションも増やしておきたいところだし――ん? スマホが鳴ってる。


 知らない番号だ。

 とりあえず出てみた。


「はい」


『――お世話になっております。わたくし日本開拓者協会、東京本部、理事室の渡辺と申します。こちらは浅倉玄人様の番号でよろしかったでしょうか』


 電話口から聞こえてきたのは、いかにもビジネスウーマンという感じの事務的な女性の声。

 協会から?


「はい、浅倉です」


『ありがとうございます。本日は調停委員会に関するご連絡でお電話させていただきました』


 "委員会"。

 今一番聞きたくない単語が飛び出してきた。


『規則第8条に基づき、登録開拓者である浅倉様、及び特別協会員である大鋼株式会社との間の紛争調停を目的とした委員会が招集されることになりましたので、お知らせいたします』

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