第18話 行く者と去る者

「やめなさいおバカ」


 店長が言った。

 怒ってはいない、ただただあきれている顔だ。

 陽太と2人で斎藤商事までやってきたところ"ロープなんて買ってどこに行くのか"と聞かれたので、経緯を説明してみたらこの暴言だよ。

 どうやら俺達の熱意が伝わらなかったらしい。



 スレイプニルとの戦いからほぼ1日が経っていた。

 激戦で穴の地盤が弱っていたらしく、魔石の前で遊んでいた俺達は崩落に巻き込まれて仲良く地球に戻された。

 当然のように魔石も地下深くに沈み、俺達の儲けは幻のものとなった――


 などという結末を認めるわけがない。

 800万円は今でもあそこで俺達を待っている。

 俺と陽太は即座に救出作戦を計画した。


「店長、この格好かっこうを見てください。俺達は本気マジなんです」


 ライト付きヘルメット・安全靴・無駄にデカいバッグ……その他細々した装備を身に付けている。

 今日の朝ゲート近くの作業用品店が開いた瞬間に飛び込んで買ったものだ。


 けどゲートへの突入直前、肝心の地下に降りる方法を考えていなかったことに気づき、あわてて斎藤商事に寄ることになった。

 ロープが売ってたのはラッキーだった。

 やはりあの魔石が俺達を呼んでいる!


「あのね。Cランクの魔石なんてモンスターにとってもお宝よ? 1日も放っておいたらとっくに無くなってるから」


 …………なるほど?

 専門家の貴重な意見が俺のロジカルシンキングに油を差した。

 よく考えたらCランクレアどころかEランクノーマルだってその辺に転がってるのは見たことがない。

 空いてる魔石は死んだモンスターの復活材料になるか、生きてるモンスターのおやつになるかだ。


 いや、だが……!

 諦めきれない俺の肩に陽太が手を置いた。


『行こうぜ、玄。お宝探しは算数じゃないだろ? 俺らなら1%の奇跡を掴み取れる』


 パーセントは算数じゃねえか。

 声が反響して聞こえるのは陽太だけガスマスクを被っているからだ。

 俺は絶対必要ないと言ったのだが、この男は"地下には毒ガスがあふれてるに違いない"と言い張って譲らなかった。

 さっきからシュコーシュコーとうるさい呼吸音を漏らしている。


『なにせ俺らは……Bランクを倒した最強のコンビだからな』


 そして今朝からずっとこのネタを擦り続けていた。

 よその店員に散々絡んだのにまだ足りないらしい。


 店長が手に持っていたカタログを丸めた。

 俺と陽太の頭を順番にポコンポコンと叩く。


「Bランクなら協会から報酬が出るはずよ。緊急依頼前だからそこまで高くはないと思うけど、今回はそれで我慢しなさい。大鋼からは何も言ってきてないの?」


「あ、そうだった!」


 正気に戻った陽太がガスマスクを外す。


「俺の方に連絡あった、昨日のことで話聞きたいってよ。例のあいつじゃなくてたぶん偉い人」


「昨日の今日で? しかも日曜だぞ」


「あんた達の反撃がそれだけ衝撃だったのよ。もう大筋ネットニュースに流れてるとはいえ、大鋼としては当事者と話しながら落としどころを探りたいのでしょうね」


 陽太と顔を見合わせた。

 落としどころと言われても、"領主"に絡む大鋼の立場は終わったも同然だろう。

 なので向こうから来なきゃ今後関わることはないつもりだった。


 だが、どうしても"誠意"を見せて決着したいというなら答えは1つだ。


「金だな」


「いくらになるんだ? こういうの。分かんねーけどとりあえず1億とかでいいのか?」


「ダメもとで100億にしとこう」


「やめなさいったら」


 本日2回目のお叱り。


「お金の話になるなら今回は向こうの言い値にしておきなさい。今更ただの学生扱いなんてしないでしょうけど、一歩退いてあげるのも大人の作法だと思って」


「そういうもんですか、分かりました!」


 陽太が真面目に頷いた。

 そんなこんなで、失った魔石はまだ俺達の足を引っ張っていたが――この長い土日もようやく落ち着きを見せようとしていた。




 ドアベルがチリンチリンと音を鳴らす。

 客だ。

 邪魔にならないうちに引き上げるか。


「それじゃ店長、また来ます」


「はーい……うん? ちょっと待って、玄のお客さんかも」


 俺?

 もうオフの気分だから帰ってほしいというか俺が帰りたいんだが。


 嫌々振り返ると、そこにいたのは昨日ぶりの水住だった。

 全く予想してなかったのはお互い様らしく、向こうも目を丸くしている。


「浅倉くん、と桐谷くん。何? そのヘルメット。……また何か企んでるの?」


 違った、俺達の格好がバカなだけだった。


「"また"ってなんだよ」


「水住さんは俺らを何だと思ってるのか」


「昨日のこともう忘れてる……?」


 過ぎた話だ。

 とはいえ水住の中の俺達が企業襲撃の愉快犯扱いだとしたらおさまりが悪い。

 愉快エンジョイから本気ガチに訂正したところでプラスになるかは分からないが……。


「一応説明しておくけどな」


「あ、水住さんには大体話しといたぞ」


「ん? ……陽太に逃がしてもらった時か」


「あれマジで大変だった。玄が邪魔者扱いしたせいでめちゃくちゃ機嫌が悪くなって――」


「黙って」


 水住のひとにらみで陽太が凍りついた。


「あれは水住が悪い。盾役タンクもいないのに《魔力の槍あんなの》撃ちやがって……小学生みたいに強い魔法から使えばいいと思ってんじゃ、痛い、引っ張るな」


「スレイプニルの注意を引く必要があったの」


「他の奴にやらせろ」


「はいはい、2人ともそのぐらいで」


 店長がほがらかに割って入った。

 俺の耳から水住の手が離れる。


「紗良ちゃんはソフィが目標だから、周りの人を簡単に見捨てられないのよね。で、今日はどうしたの?」


「彼にまた仕事をお願いしたいと思って来ました」


 またタワー偵察か。

 といっても第3ゲートのタワーは……昨日のところを抜けばあと2本しか残ってないが、それも見に行きたいとか?


 話の続きを待ってみるも水住は言いよどんでいる。

 ようやく話し出そうとしたところで俺を見て、何かに気づいたように一度言葉を引っ込めた。


「変な誤解をされたくないから言っておきますが、彼に特別な感情はありません」


「俺はお前が嫌いです」


「その上で浅倉くん。しばらく私とパーティーを組んでほしい」


「どのぐらい」


「1ヶ月から2ヶ月ぐらいだと思う」


 なっが。

 しばらくということは、行きたいところがあるとか倒したいモンスターがいるみたいな分かりやすい依頼ではないらしい。

 あとそもそも、


「自分のパーティーはどうするんだ。アステリズムって普通に活動してるんだろ?」 


 俺も予定はあるが時間の融通は利く方だと思う。

 ただ4人パーティー、しかも企業所属のほぼ芸能活動と掛け持ちされてしまうと、仕事と呼べるほどの時間同行できるか分からない。


 というかこいつ人気タレントみたいなポジションだったはずでは?

 また俺が叩かれるじゃねえか。



「アステリズムは退から、大丈夫」



 水住は何でもないことのように言った。


「脱退?」


「私は1人でストラトスに参加する。ただクランがAランクに挑戦する日までソロになるから、それまであなたに付き合ってほしい」


「あー、それで1ヶ月以上か」


 俺も何でもないことのように合わせた。


 ……俺はアステリズムについてそれほど詳しくはない。

 誰がいて、どんな付き合いがあって、パーティーとして何を目指していたとか、そういうのはさっぱり分からない。


 だが水住が、今の話を表情を全く変えずにするような、その程度の関係性だったんだろうか?


 そんな疑問を抱えていると、それまで黙って聞いていた店長が俺の隣にすっと立つ。


こんなの・・・・で良ければいくらでも使って。どうせ暇して……はないかもしれないけど。女の子に割く時間ぐらいは何とかさせるから」


 そう言って俺の背中に手を当てた。

 水住には見えない位置で、合図するように指で何回か叩かれる。


 ……店長がそうしろと言うなら。

 俺はわざとらしく肩をすくめた。


「はいはい、こんなので良ければ」


ねないの」


「ありがとう。もちろんちゃんとお店に依頼するから」


「気にしなくていいわよそんなの」


「いえ、浅倉くんは……少し問題はありますが、Bランクを討伐できる上位の開拓者です。ご厚意でお借りすることはできません」


「うーん、その通りだからこそ正規料金だとさすがの紗良ちゃんでも重たいと思うの。今回はある程度期間も見込まれてるしね」


 店長が困っている。

 店のためになるならタダでも全然いいが、水住は問題のある男には借りを作りたくなさそうだ。

 こいつ一言添えないと気が済まないのか。


「なら――ねえ、玄。あんた達の予定・・に付き合ってもらうのは?」


「え? 水住をですか」


「龍ノ介はサポート禁止なんて言ってなかったでしょ? 玄が紗良ちゃんに付き合うんじゃなくて、逆にするのはどうかしら」


 確かにボスは気にしないだろうし、俺の都合に合わせるなら水住が依頼料を払うような話でもなくなる。

 あとは本人がOKするかどうか。

 当然のように水住は話を呑み込めていない。


「予定? ……もしかして前に姉さんが話してた?」


「そうだな、ソフィアさんは分かってると思う」


 俺の目的はボスと初めて会った時から何も変わっていない。

 ボスはその為の準備を宿題として置いていった。

 それは。


「タワーを壊すんだよ。5本・・全部な」


「壊す、って。それに5本? 第3ゲートにはあと3本しか…………まさか」


「行くのは第2ゲートだ。あそこに立ってる紫のタワー、あれを壊しに行く」


 ――"フェンリル事件"から封鎖されていた第2ゲートは、先月開放された。


 あそこで何が起こったのかは、今でも"調査中"とされていて協会の公式発表はない。

 当然そんな危ないところに寄り付く企業も開拓者もほとんどいない。


 だから今でもあのゲートの先には、廃墟のままのドームと――事件の発端になった、"ノア"の魔力に染まったタワーが残されている。


「一応聞くけど、浅倉くんも"領主"を目指してるの?」


「なわけあるか。暇があったら"ノア"ってネットで調べてみろ。オカルトとか陰謀論とか言われてるけど、俺の目的はそいつだ」


「……つまり"フェンリル事件"と関係がある」


「そう考えてる」


 何らかの理由でタワーの1つが"ノア"の魔力に乗っ取られ、そこから他のタワーに感染した。

 その魔力に刺激されたケラトスがゲートを原因と認識して攻撃し、さらに"ノア"も……こいつの理由は分からないが、同じく攻撃目的でフェンリルを召喚した。

 ボスの考えも大体は同じだ。


 あの紫のタワーが"ノア"にとって何なのかは分からない。

 けど全部壊せば、きっと何かが起こる。


「ただし来るなら"死なせない"って保証はできない。普通のタワーと同じならラスト1本はAランク戦だからな」


 俺も未経験の領域だ。

 Bランクのスレイプニルよりずっと強いだろうし、フェンリルと完全に連携してようやく相手になるかというところだろう。

 Aランクからは雑魚を大量召喚する魔法も使ってくるらしい。

 恐らく水住を守るどころの話ではない。


「ってわけだからやっぱやめとくでも」


「行く」


「即答かよ」


「強くなりたいから。……教えて、どうしたらあなたみたいになれるのか」


 …………何があったんだこいつ。

 水住は、なんというか、ガチガチに固まっている。

 事件直後の俺を思い出すぐらいに。




「玄」


「うおっ」


 隣で陽太が急に喋った。


「お前まだいたのか」


「いた。水住さんが黙ってろっつーから大人しくしてた」


「どういう関係なんだお前ら。陽太はどうする? 1人増えるぐらい別にいいぞ」


「……いや、俺はいい」


 やけに神妙だ。

 腕を組み、眉間にしわを寄せている。


「ストラトスと同時にタワー攻略、しかも呪われてるって噂の方。玄はもうそのレベルにいるんだな」


「最強のコンビはどうした」


「正直ふざけてたっていうか、浮かれてた。けどこのままじゃダメだ。俺もきっちり鍛えてくる」


 静かなやる気に満ちている。

 はっきり言って陽太の手持ちの魔法は高ランク狩りには向いていない。

 だから上位の開拓者に食い込むには新しい魔法か、もしくは何か特別な技術が必要になる。


 けどこいつは俺のフォローが必要な奴ではない。

 そのうち勝手に浮き出てくるだろう。


「はい、じゃあ話はまとまったわね」


 店長がペチっと手を叩いた。


「玄は少し早めにスケジュールを組んだ方がいいわ。龍ノ介はストラトスよりも前にAランクと戦うつもりだろうから」


「分かりました」


「あと"死なせないで"とは言えないけど、なるべく気は遣ってあげて――それと紗良ちゃん」


「はい」


 店長が水住の顔を両手で包んだ。


「お店のこと以外でも、困ったことがあったら何でも相談してね。私達はみんな紗良ちゃんの味方だから」


「ありがとうございます」


「ソフィとは最近話せてる?」


「……いえ、あまり。姉は忙しいですから」


「たまにはわがまま言えばいいのに。紗良ちゃんと同じぐらい、ソフィも紗良ちゃんのことを大事に思ってるはずよ」


 ……これ以上は邪魔になるか。

 陽太とアイコンタクトを交わし、店長に手だけで挨拶して店を出た。



 店の外、ふと振り返るとこちらを見送る水住と目が合った。


 ――その冷たい空色の瞳は、いったい何を抱えているのか。

 今の俺には、想像する資格さえないように思えた。




========

お読みくださりありがとうございます、今話でまた一区切りとなります。

次話以降もご期待いただける方はぜひフォローをお願いします。


また面白いと思ってくださった方はあらすじのページから★評価していただけますと大変嬉しく思います。

(既にしてくださった方、ありがとうございます!!!!)

よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る