第23話 最初の一撃

「まだ目がチカチカするんだが」


 まぶたを閉じたり開いたりしても治らない。

 ついさっき水住に押し倒され、顔面にライフルを突きつけられて《魔力の球》を連射されてからずっとこの調子だ。

 虫も殺せないレベル1にこんな効果があったとは。


「ペットのしつけは飼い主の責任」


「飼い主より犬小屋に近いポジションなんだけどなあ、俺」


 そんな一幕はともかく…ついにこの時が来た。

 ガーディアンの邪魔もなくなった今、ここに来た目的を妨げるものは何もない。


 俺達はタワーの根本まで歩いていく。


「……壊せるの? これ」


 水住が上の方を見ながら疑問符を浮かべた。

 もし東京タワーの前で"今からこれを壊す"と言われたら俺も同じ反応になる。

 ただ実際壊してる"領主"の連中がいるわけで。


「属性エンチャ。普通のタワーと同じならそれでいけるらしい」


 他にも色々あるみたいだが今回はそれで行く。

 普通のエンチャと属性エンチャの違いとして、後者は物理的な攻撃力もアップさせる。

 前者で金属をぶっ叩いても剣が折れるだけだが、後者ならエンチャの属性やレベル次第で斬り裂けるようになるのだ。


 代償として燃費は悪いが、タワーは魔石の塊だ。

 表面さえ削れれば魔力は勝手に補充してくれるだろう。


 1つだけ問題があるとすればこいつがノワーであること。

 半端な使い手が壊そうとしても"ノア"の魔力に魔法を侵食され、奪われてしまうだろう。


 ……だが。


 俺はタワーの表面、つるつるした紫魔石に手を乗せた。

 途端に起こる超感覚の警告とフェンリルの猛烈な拒絶反応。

 魔石からあふれ出した紫魔力が俺の身体を包み、フェンリルの魔法式を狙い、侵食する――


「なめんな」


 ――ことはできなかった。

 気合一つで"ノア"の意思、そして紫魔力が消し飛び、正常化した魔力だけが残された。

 水住が目を見開いている。


「びっくりした……あれが"ノア"」


「壊そうとすると魔法が乗っ取られるぞ」


「防御はどうやって?」


「精神攻撃みたいだからな……魔力耐性と気合の掛け算とか?」


 本当にそんな感じだから困る。

 事件当時の俺はフェンリルとの2人がかりでもあっさり押し切られてしまったが、そのメンタル豆腐野郎は公安とSNSにぶっ殺されてもういない。

 修行を積んできた俺からすれば「なーにがアークの神様じゃい」というレベルでしかなかった。

 鍛錬を怠った"ノア"の負けだ。


「あと触ってみて分かった。こいつ……魔力を出してるんじゃなくて集めてる。普通のタワーと逆だ」


「私も触っていい?」


「やばそうなら引き剥がすぞ」


 頷いた水住がタワーに触れるも、反応はない。

 トリガーはやはり攻撃の意思か。



 水住はそのまま目を閉じて何かを探っている。

 考えてみれば、これはめちゃくちゃデカいモンスターに直接触って魔力の流れを学ぶようなものだ。

 水住の超感覚も鍛えられるかもしれない。


「少し試してみる」


「ん? あっこら!」


 急に紫魔力が噴き出した! ――が、なんだ?

 勢いが俺の時より弱い?


 水住が発動したのは《魔力の槍》、その端から侵食しようとする紫魔力が何かに押し留められている。

 かと思えば、数秒後にはその全体が銀色に染められた。


「ユニークスキルで上書きしたのか?」


「そうみたい。槍が発動するまでの時間も普通の魔石よりずっと早くなってる」


 チートを許すな!!

 水住が槍を解除してタワーから手を離した。


「浅倉くんに頼んでよかった。正直に言うと、期待してた以上に良い経験ができてる」


「そりゃどうも」


「あとこれは早めに壊した方がいいと思う。放っておくとまた召喚されるかも」


「そうだな、離れてろ」


 水住が後ろに下がったのを確認し、魔石を割って左手に《フェンリルの爪》を呼び出した。

 即座に噴き出してくる紫魔力を精神力で抑えつけ、逆に燃料へと変えていく。


「エンチャント」


 猛るフェンリルが爪に蒼雷を放つ。

 左手を弓のように引き絞り、目を閉じた。



 ――ついにここまで来た。

 あの事件から4ヵ月。

 ほんの一部だとしても、"ノア"に直接ダメージを与えるところまで!!


 俺とフェンリルの混ざり合った戦意が爆発する。

 身体を捻り、全力の雷爪をタワーに叩き込んだ!


 生成されたバリアが破壊の一撃を阻もうとし、魔力の火花がまき散らされる。

 一歩も引かず、むしろ身体ごとタワーにのめり込むように押し込み続け、ついに爪がその表面を抉る。


 それが決着だった。


 漏れ出た魔力を爪が喰らい、蒼雷が激しさを増し、さらに奥へと爪が抉り込む。

 その繰り返しで深く入った爪が見えなくなると、腕の位置を起点にタワーにヒビが入り始める。


 一瞬であらゆる方向へと大きく広がっていくそれが、ここからでは見えない頂上すらもその餌食にした頃――タワーの崩壊が始まった。



 あるものはその姿を残したまま。

 またあるものはその全てを魔力にかえして消えていきながら。


 等しく紫の光を放って、タワーを形づくっていた魔石が地上へと降り注いでいく。

 俺は水住が作った《岩の障壁》に走り込みながら、それを最後まで見守っていた。




「ということで帰宅の時間です」


 タワーの残骸を後にして歩き出す。

 行き先は降りてきた崖とは別の方向だ。


「崖を登らないの? ……たとえそうでも、降りた時と同じ方法なら拒否するけど」


「これから行くところが駄目なら登る」


 事前に店長が調べてくれた通りならようやく秘密兵器の出番が来る。

 崖ルートでもいいが野宿になるし、一発目からそれは水住に悪いと思ったので準備してきたのだ。


「あのタワー、元々企業が管理してただろ? 壊した後の魔石はいつも売り物になってたわけだ」


「輸送用のルートが別にあるのね」


「……水住ってもしかして頭良いのか?」


「学年末テスト3位だったから」


「そうですか(笑)」


 店長いわくそのルートはここから高原の地下・・を突き抜けて、俺達が通った登山道の入口近くまで繋がっているらしい。

 行きの時に使えなかったのはそれが一方通行だから。


『普通は放置されれば崩れることもあるでしょうけど、今回その可能性は低いと思って大丈夫。魔石の供給は国策だから整備にもお金をかけてたはずよ』


 というのが店長のお言葉だ。

 まだ第2ゲートの立ち入り禁止から半年も経ってない、十分当てにできるだろう。

 俺は小走りで水住から逃げながらその目印を探し始めた。



 辺りを探し回ること数十分。

 目印の川を見つけてそのまま下流に歩いていく。

 目の前には崖がどんどん迫ってきていて、川はその中へと吸い込まれていっている。


 より近づけば崖には人為的に開けられた大きな穴があり、さらにその穴の中がコンクリートで綺麗に補強されているのが見て取れた。

 奥の方まで明るい魔法の照明で照らされている。

 実にご立派な水路である。


「ここから船で魔石を運んでたってことだな」


 おもむろにバッグを下ろした俺の隣に水住が屈みこむ。


「ゴムボート?」


「お前はなんでも先に言うやつだな」


「浮き輪っていう最悪の可能性も考えてたけど」


「それは店長に止められた」


 ため息をついた水住が目を閉じて両手を組んだ。

 感謝の祈りを捧げているのを横目にバッグからゴムボートを引きずり出し、組み込まれた魔法具を起動する。


 あっという間に空気が注入されて出来上がったのは、ちょっと長めの1人用・・・のゴムボートだった。


「……小さくない?」


「これしかなかった。魔法で安定させるからめったにひっくり返らないらしいけど、そういう機能付きで運べる限界のサイズだ」


 水住が無言のままボートの前半分に体育座りし、そのまま振り返る。

 残ったスペースは俺がギリギリあぐらをかけるぐらい。

 一般的な観点では、まあ……かなり仲良く・・・ないと無理だよねっていう距離感ではある。


 同乗予定の女子も同じ意見、いや、もっと直接的な感想を抱いたらしい。


「変態」


「言いたい気持ちは分かる。けどストラトスでは知らない奴とも組んだりするだろ? そいつが普通の開拓者ならもっと泥臭いことやってきてるわけで」


 水住にはなんだかんだ言ってタレントとしての保護があったはずだがここから先は違う。

 それは本人も分かってるようで、俺を見る軽蔑の視線に迷いが出てきた。


「しれっと合わせられないと恥かくぞ。女捨てろとは言わないけど、割り切るタイミングは学んどいた方がいい」


「…………はあ。またこうやって言いくるめられる……」


 人聞きが悪い。

 とはいえ予想よりも早く決断してくれた、ここ最近の交流で信頼度が上がったのならいいことだ。


 ボートをかついで水路の入口まで移動した。

 俺が抑えている間に乗り込んだ水住が振り返って言う。


「緊急で変なところを触る時は"必ず"先に言ってね」


「分かった」


 ……言わないで触ったら腕が飛ぶんだろうか。

 俺は目の前の華奢な背中に絶対触れないようにのけぞりながら乗り込んだ。


 そうしてボートは出発した。

 少し早めの、だが安定した水流に流されて俺達は水路に呑み込まれていった。

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