第25話 遊佐朱莉

「で、なんでうちに来たんだ?」


 食後しばらくしてからようやく理由を尋ねた。

 洗い物の担当でひと悶着あったが、その辺も片付いてお茶を飲みつつのんびりしているところだ。

 お茶といってもペットボトルに紙コップだけど。


「今日のお礼をしないと釣り合わないと思ったから」


「まだ気にしてるのかよ」


「嫌だったらそう言って」


 大歓迎です。

 ただ言い方は悪くなるが、俺が水住に付き合っている最大の理由は店長のお願いだからだ。

 貸しも借りも水住に紐づくとは考えていない。


「そのお礼がどうして晩飯に」


「志乃さんに相談したら"料理が一番喜ぶ"と」


「はあ…………」


 どういう気の回し方なのか。

 俺はため息をつきながらスマホを起動し、アプリを開いて店長へのメッセージを入力した。


"自分:死ぬまでついていきます"


 最高の雇い主だぜ。

 すぐに既読が付いたかと思うと、猫が親指を立ててグッ! としているスタンプが送られてきた。



 しばらく他愛もないやりとりが続いてから今日のガーディアン戦の話になった。

 問題だったのはユニークスキルだ。

 強力なのは間違いないが、モンスターに警戒されすぎてしまっている。


「《魔力の槍》がもっと速く飛べばな」


「パーティーなら拘束系の魔法を使えばいいけど、Aランクのガーディアンを止めておけるかどうか」


「その時使うのは《魔力の砲》になるのか。どんな魔法なんだ? レーザーみたいな感じか?」


「見た目はそう。ある程度当て続けないと期待した威力が出ないみたい」


「当然チャージにも時間がかかると」


 遠距離アタッカーって大変だな。

 エンチャして殴るだけの近接が気楽すぎる。


「あとは近接側の攻撃次第か。遠距離を気にする方がリスクでかいと思わせれば」


部隊レイドの近接パーティーにそこまで期待できるかは……リーダーは大丈夫だと思うけど」


「リーダー?」


「ストラトスのリーダー。知らない? ユニークスキルを持ってる人」


「ああ」


 そいつか……俺の嫌いな奴ランキング2位になった男だ。



 長身イケメン。

 髪を真っ白に染めていてそれが"二次元のキャラクターのようにハマっている"というのがファンの評価だ。

 表でも裏でも爽やかで性格の良い人物らしく、通っている大学に潜伏するアンチですら欠点を見つけられていない。

 それどころか反転してファンになった。


 もちろん開拓者としての実力も折り紙付き。

 ソロでBランクを討伐するスペックに加え、ユニークスキルまで兼ね備えている。

 本来両立できない炎と氷のエンチャントを無理やり同時使用するスキルのようで、纏った剣は強烈な白い光を放っていた。

 確か《光のエンチャント》と呼ばれていたはずだ。



 そして何より、野心がある。

 自分自身が最強の開拓者に、そしてストラトスを最強のクランにすると堂々宣言している。

 Aランクと"領主"認定はそのスタートラインに過ぎないとのことだ。

 そんな奴を支援するために日本中から人や企業が集まっている。

 ちょっと前にアリーナでやったストラトスの決起会は、4万席のチケットが一瞬で売り切れたらしい。




 …………SNSを漁ったり陽太と話したりアンチと交流しているうちにめちゃくちゃ詳しくなってしまった。

 もはや俺自身がアンチと言っても間違いではない。

 そのうち嫌いな奴ランキング1位である公安の田中くんを抜いてしまうかもしれない。


「あいつ以上はいないだろうな。駄目なら失敗だ」


「私は砲を扱えるようにならないと。ノ……タワーに触ってみるのは良い練習になりそう」


「明日もやっておくか」


「明日?」


「うん? 2本目」


「……え?」


「え?」


 俺はスマホのカレンダーを見た。

 間違いなく今日は土曜日、明日は日曜日。

 けど水住が気にしているのはそういうことじゃないらしい。


「攻略するなら準備がいるでしょ」


「いや今日のところほど面倒くさくないし」


 あとドームからも1番近い。

 今日泊りになってたらともかく、もし1日で済んだら連日で行けるようにあえて2番目に近いところを選んだのだ。


「近い場所でも生息モンスターとか、連携のこととか」


「2人だからアドリブでいいだろ。……もしかして疲れてるか? なら別に来週でも――」


「疲れてない」


「いや、」


「疲れてない。分かった、集合時間は連絡して」


「はい」


 しまった、店長から急ぐように言われたのもあり俺基準で考えていた。

 無理しなきゃいいんだが。




 ――翌日。


 結論として水住は最後にダウンした。

 昼からタワーに向かい、召喚されたCランクをあっさり撃破。

 無事タワーも壊せたので帰宅しよう、となったところでへばったので俺がおんぶして帰ることになった。


 ともかくこれで第2ゲートのタワーはこの土日で2本壊されたことになる。

 第3ゲートで活動しているストラトスに迫る勢いだ。



 つい先日まで封鎖中だったいわくつきのゲートでの大事件に、世間の関心は週明け早々から高まっていた。


「なあ、浅倉。ちょっといいか――」


「ガルルルルルルッ!!!!」


「うわあ!? わ、わりい何でもない!!」


 名前も知らないクラスメートが飛びのき、そそくさと同じ教室にいる仲間たちのところへ戻っていく。

 ちょっといいかだと? いいわけないだろ。

 毎日夜までアークにいる俺にとって昼休みは貴重な睡眠時間だ。

 今まさに寝ようとしてるところに声をかけてくるんじゃない。


 改めて机に敷いた自分の腕に突っ伏した。

 あいつもタワーのことを聞きに来たんだろう。

 今日で3日経ったが、昨日辺りからそういう奴が一気に増えた。


 週明けからニュースになっていたものの、やったのが俺だとリークされたので当初は深掘りを避けるような空気になっていた。

 その空気が変わったのは水住の同行が判明してからだ。

 水住の立場は今でも人気開拓者ではあるが、一部の連中からは"ストラトスのリーダーになびいてアステリズムを裏切った"という評価を受けている。


 そんなやつが危険人物とタワーを攻略?


 "何が起きているのか、ストラトスを裏切ったのか、やっぱり浅倉に脅されているのか?"

 SNSではそんな憶測が飛び交っている。

 "やっぱり"と書いた奴はいつか訴訟するリストに加えておいた。



 そういうわけで事の真偽を確かめようという奴らがわざわざ訪ねてくる。

 けどそういうSNSに親しい奴らは、事件当初は俺を世間から追放すべきという思想にまれていたはずだ。


 今更話したくなってももう遅い。


 そんなしょうもないことを考えながら俺は目を閉じた。



『――くら。――――』


『あさ――、――?』


 暗闇の中で声が聞こえて意識が浮上する。

 机を叩くトントンという音が、その声が夢ではなかったことに気づかせた。

 突っ伏したまま緩く頭を振って目を覚ます。


「浅倉、起こしてごめんけどちょっといい?」


 知らない女の声がした。

 誰だ。

 頭と首だけ持ち上げて机の前を視界に収める。


 胸でっっっか……。


 まだ覚醒しきっていない意識が本能に引っ張られてデータベースの検索を始める。

 これほどのおっぱいの持ち主はそうはいない。

 数瞬で検索結果が脳内に表示された。

 一致率100%、こいつだ。


「いや見過ぎだから……! ふつうもっと遠慮しない!?」


遊佐ゆさか。何の用だ」


「あれっ、あたしたち喋ったことないよね? なんで顔も見ないで、っていうかそろそろ胸見るのやめて!」


「首の角度が限界」


「ええ~……こういう感じなの浅倉って。――はい、これでいい?」


 遊佐がしゃがみこんだことでその容姿が視界に入ってきた。

 サイドポニーにまとめた髪は9割が真っ赤に染められ、残りは毛先を中心に黒いメッシュが入っている。

 着崩した制服と合わせてかなりアクティブな印象を与えてくる外見。

 実際パーティー・・・・・の中では元気担当、明るい顔立ちと性格で男女どちらからも人気のメンバーだ。


 遊佐ゆさ 朱莉あかり

 この学校2人目のアステリズム。

 けど今は動画で見せていたようなはつらつとした顔はしておらず、少し差し迫った雰囲気をただよわせている。

 そのまま俺に顔を寄せてきた。


「いきなりごめん、ちょっと時間もらえない? 学校終わったあと。ほんとごめんけど、できれば早いうちに」


「分かった」


「怪しいよね? わかるわかるわかる、でもちゃんと話すから……え、いいの!?」


 遊佐が声を潜めながら驚いた。

 そりゃこのタイミングでふざけた用事じゃないだろうし。

 水住の友達には多少気を遣ってやろう。


「けど今日は無理だ、夕方から用事がある。明日でいいか?」


「全然大丈夫、ほんっとありがとう……! メッセ交換しよ、あとで連絡するね」


 そう言ってアプリの登録を済ませると遊佐は帰っていった。

 俺はあくびをしてもう一度眠り込む……それなりに英気を養っておかないといけない。


 なにせ今日は――開拓者協会本部で行われる、調停委員会の当日だからだ。

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