第26話 調停委員会
開拓者協会の本部はいわゆる都心にある。
普段あまり馴染みがないそのエリアでは、午後4時を過ぎたというのに"まだまだこれから"と言いたげなサラリーマン達が行き交っていた。
スマホのマップを見ながら歩いていくと駅から数分で目的のビルに到着。
50階建てぐらいか?
上の方行くと耳詰まったりするのかな。
入口の前では"日本開拓者協会 東京本部"と刻まれた立派な石板に出迎えられる。
とにかく中から外まで金がかかってそうなビルだ。
自動ドアを抜けると改札のような保安ゲートがあり、警備員に訪問目的とIDカードの提示を求められた。
開拓者登録をした時のカードを渡しながら答える。
「調停委員会に出席します」
警備員が少し眉をひそめた。
バッグはないとはいえ俺が学校の制服、かつ1人で来ているのが気になるのか。
はたまた単に俺のことを知っているが故の反応か?
ともかく訪問予定はちゃんと通っていたらしく、渡されたゲスト用のパスを首にかける。
受付のお姉さんにも同じことを伝えると、どこかに連絡を取ってから"担当者が来るので待つように"と伝えられた。
高級そうなソファに座ってしばし待つ。
数分後。
エレベーターからベージュのスーツを着た女性が現れた。
俺に向かって丁寧に一礼し、
「浅倉玄人様、お世話になっております。理事室の渡辺と申します」
「こんにちは、浅倉です」
俺も一礼を返した。
女性が周りをうかがうような様子を見せる。
「調停委員の皆様はお揃いですので、浅倉様さえよろしければこのままご案内いたしますが……お一人でいらっしゃったのでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
「かしこまりました。それではご案内いたします」
後ろについてエレベーターに乗り、一気に40階まで上がる。
意外に耳はなんともならなかった。
降りた先の廊下を歩いてたどり着いたのは両開きの大きな扉。
この中に入れば、ついに調停委員会が始まることになる。
何を話すかについては事前に店長と打ち合わせを済ませている。
俺が1人で来たことにもそれなりの理由があった。
難しい交渉をしにきたわけではない、協会に俺のスタンスを伝えるだけの話だ。
向けられる視線に頷くと、応じた女性が両開きのドアの片方をノックし、押し開けて入室する。
俺も続いて足を踏み入れた。
その先には――想像と少し違う光景が広がっていた。
想像通りだったのはいわゆる会議室だったこと。
学校の教室のようなものではなく、社会科見学で行った国会議事堂の一室に近い。
床にはマット、椅子はパイプでなく木製、とても広い会議机が中央に置かれている。
その会議机の三辺を囲むように20人ぐらいのスーツの男達が座っていた。
想像と違ったのはその男達が和気あいあいと喋っていることだ。
大きな笑い声はないが、談笑と言えるぐらいの会話がそこら中で行われている。
もっと厳粛な雰囲気でやるものだと思っていたので拍子抜けしてしまった。
「失礼いたします。浅倉玄人様をお連れいたしました」
「おおっ!」
女性の一言に会議机の奥、俺の正面に座っている男が野太い声で反応した。
60代ぐらいか?
髪型はきちんとセットされ、顔には年相応のしわやシミがあるが歴戦のビジネスマンの風格が感じられる。
……何となく腹に一物ありそうなおっさんだ。
見れば座っている会議机の辺には他に空いている席が3つと、それから距離を空けて書記らしき2人がいるだけだ。
説明がなくても偉い人だと分かる。
「よく来てくださいました浅倉さん。開拓者協会の常務理事、兼任調停委員の
「こんにちは、浅倉です」
「さ、どうぞそちらの席へ」
着席を促されたのは入口の正面、2つしか席がない会議机の辺だ。
そのうち片方の席にはもう人が座っている。
座る前にちらっと隣を見た――あいつだろうな、と思っていた男だった。
俺と陽太が一戦を交えた、大鋼の担当者だ。
着席と同時に周りの談笑は自然と静まった。
石山理事が出席者達を見回す。
「えーそれでは、定刻よりも少々早いですが始めさせていただきます。他の兼務理事が欠席となっておりますので、本日は私、石山が議長を務めさせていただきたいと思いますが、異議のある方は挙手をお願いいたします」
沈黙。
「ありがとうございます。略式ですが、欠席者については兼務理事3名のみとなっております。委任状は議事録と併せて保管いたしますので必要のある方はご確認ください――」
それからしばらくは委員会の流れの説明があった。
まずは俺と大鋼、どちらも文句のない客観的な事実の認定。
次にお互いの言い分の表明。
各委員を交えた質疑応答を挟んで、委員会による調停案――要は仲直りの条件だ――の提示。
また一方の非が特に大きい場合には、懲戒処分が検討される。
「それでは事実の認定から始めさせていただきます。お二方ともご認識と相違のある場合は説明の後に挙手してください――」
引き続き理事が、俺と大鋼の間で起きた一件についてまとめたものを読み上げる。
特に俺から補足すべきことはないものだった。
「――以上が当委員会が把握している事実となります。お二方、誤りがあればお願いいたします」
「ありません」
「ございません」
俺と大鋼の男が同時に答えた。
「それではこのまま本事案の調停、または懲戒処分に関する双方のご意見をお伺いします。まずは……浅倉玄人さん」
……ん? 俺から?
店長から聞いてた話と違うな。
最初は大鋼から話す流れのはずなんだけど。
「はい」
「ご意見をお願いいたします。例として、本事案に関わる範囲で先程の事実に補足すべき内容。また大鋼社により与えられた損害があればその詳細や回復に要した費用、あるいはその回復のために相手方に望む
俺は軽く頷いた。
どちらにせよやることは変わらない。
椅子を引き、机に軽く手をついて立ち上がると委員達の視線が集まった。
さっさと済ませよう。
息を吸い、ほんの少しだけ身体に力を入れながら口を開く。
「補足したいことはありません。その上で浅倉玄人は、この件に関する
委員の間に言葉にならないどよめきがあふれた。
理事がおもむろに手を挙げる。
「口を挟んで申し訳ない。調停を一方的に拒絶した場合、通例では協会の理念に反するものとして懲戒処分が検討されています。この点はご存じでしたか?」
「知っています」
「そちらを織り込んだとて、なお大鋼社に対して、えー……穏やかでないお気持ちがあるということでしょうか」
「いえ、もう終わった話だと思っています。つまり、」
理事の目をひたと見据える。
「この件で面倒な交渉をする気は全くないってことです。あなた方の好きにすればいい」
ここにいる調停委員はその全員が
つまりここは"仲間がやられた! 俺達でやり返すぞ!" という場所なのだ。
刃向かったら最悪ゲートを使えなくなるので、訴えられた開拓者は難しい交渉……または全面降伏を迫られることになる。
けど俺は少し(?)特殊な立場にいる。
店長に言わせれば"どこで何してるか分からない方が怖い"存在であり、ついでに"フェンリル事件"の時の対応が理由であからさまに協会を敵視している。
使用禁止にしたところで協会が管理していないゲートを使うと思われてるだろうし、実際そうするだろう。
そして何よりも……国や協会が"ノア"を手に入れたいのは間違いない。
一方俺は、たとえあれに世界を支配する力があっても滅ぼすつもりでいる。
あえて保護者なしで来たのも"大人の駆け引きはしない"というメッセージを、協会のお偉いさんに直接ぶつけてやろうと思ってのことだった。
「なるほど……ご意見頂戴しました」
理事が頷いた。
「議事進行を外れてしまいますが、浅倉さんのおっしゃったことはある程度理解できます。我々の間には複雑な経緯がある。……ただ、」
俺の横に向かって手を差し伸べる。
大鋼の男がそれを視線で受け止めた。
「結論を出されるのはまだ早いかもしれません。彼の意見も聞いてみてはどうでしょうか」
「そういう順番ですから」
「ありがとうございます。それでは大鋼株式会社さん、ご意見をお願いいたします」
「はい」
男が立ち上がった。
何となく立ったままでいた俺に目を合わせてくる。
ひと呼吸の間を置いた後――男が俺に
「大鋼株式会社の責任者として、本事案の全ての経緯につき浅倉様がこうむられた被害、およびご不快の念につき心からお詫び申し上げます」
「はい?」
「弊社は浅倉様にご回復いただくべき損害がないことをこの場で明言し、またご要望があれば浅倉様の損害回復に尽力することをお約束いたします」
……どういうこと?
理解が追い付かない。
つまりこれは……相手が無条件降伏ってことか?
なんで?
あっけに取られている俺を放置したまま会議室の空気が一気に緩んでいった。
頭を下げている男はともかく、周りの委員達は笑顔で頷いたり顔を見合わせている。
同じように笑っている理事がゆるゆると手を振った。
「緊張させてしまって申し訳なかったね、浅倉くん。議事の都合で順番を前後させてしまったが、つまりそういうことなんだ。今回の件はそれほど
「はい、失礼いたします」
男が頭をもう一度下げてから席に座った。
その表情からは何の感情も読み取れない。
「大鋼さんがどうしても君に謝罪したいというからこの場を設けさせてもらったんだ。少し大げさだと思うかもしれないがね」
「意味のない集まりってことですか」
「いやいや、そんなことはないよ。手続きを踏むのは大事だ。だから申し訳ないが、賠償の件を正式なものにするために質疑応答にも付き合ってほしい。……議事録が不完全だと、委員会の予算を削られてしまうのでね」
"予算を決めているのは石山理事でしょう!"
という野次が飛んで、皆が笑った。
「えーそれでは質疑応答に移ります。委員の方々、挙手いただけますか」
「理事に質問いいでしょうか」
座っている委員の1人が手を挙げる。
「はい、なんでしょう」
「本件と間接的に関わりのある内容でも構いませんか? つまり……彼が先日タワーを2本も攻略したことについて知りたい委員も多いかと」
「"間接的に"ってキミ、無理やり絡めて聞くつもりでしょうが」
「ハハハ……、それはやはり大きな成果ですから。開拓者の中でもタワーを破壊できるのはごくわずかです。加えて彼は自分の
その言葉に賛同した委員達が口々に俺を褒めたたえた。
"素晴らしい" "よくぞそこまで" "卒業したらぜひ我が社に"
そんな言葉が次から次へと耳に入る。
――気持ちが悪い。
その気持ち悪さの原因はなんなのか。
直感が俺の口を開かせた。
「何を
会議室が静まり返る。
数秒置いて理事が手を組み合わせた。
「怖がっているとは? どういうことかな?」
「あんた達は、何かを怖がってこんな茶番をやっている」
俺がその対象でないことは確かだ。
言ってはなんだがBランク程度に苦戦し、そしてフェンリルの不安定さ故に今後どこまで伸びるかも分からない。
少なくとも協会や企業の連中が、現状で仲間に謝罪を強要してまで茶番をセッティングするほどの危険はない。
こいつらは一体何を……。
俺と理事の視線が交錯する。
誰も言葉を発さない時間が続いた。
"――! ――――!!"
会議室の外から声が聞こえる。
かと思うと後ろでドアが勢いよく開かれる音がした。
振り向いた先にいたのは……ダークスーツを纏った綺麗な女性。
灰色の長髪。
眼鏡の奥で光る、鋭いアイスグレーの瞳。
水住ソフィアさんが立っていた。
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