第39話 鉱山の洗礼
原因は恐らくレールのゆがみだ。その所為で俺達が立っている昇降板の上下動作が引っかかってしまっている。
さっきから鳴っていた異音がそれだろう。
ただこの手の障害に何の対策もしていないはずがない。
恐らくまた、安全を度外視したシンプルな解決方法を用意しているはずだ。
「なんか動かせるボタンねーのか!? ……お?」
操作盤に駆け寄った陽太が声を上げた。
「上、下、停止、最後のなんだこれ。”押したら殺す”って書いてあんぞ」
「押すな!!」
「うわっ!?」
俺は慌てて陽太を押しのけた。
「ギリセーフか」
「押さねーよこんなあからさまなボタン!」
「何のボタン? それ」
水住は落ち着いてボタンを観察していた。
遊佐はちょっと興味ありげに、陽太は露骨に警戒している。
俺はボタンのそばに手を置いた。
「いや、知らない」
「その割にはずいぶんあわててたけど」
「それはだな…………俺が押してみたかったんだ」
ポチっとな。
絶対押すなって書いてあるくせにめちゃくちゃ軽いタッチで沈み込んだボタンがあっさり底を打った。
途端に周りで赤いランプが回り出す。
「バッ、玄、てめー!!」
「すまん、前から押してみたくてつい」
「”つい”じゃないでしょバカー!!」
「バカのことは
水住の注意を遮るようにガコン! という音が連続で響く。
レールと昇降板、その連結部分が外れた音だ。
一瞬で全ての支えを失った昇降板が一気に落下し始めた!
「「わーーーーーーーーっ!!!!」」
遊佐と陽太の絶叫が響き、水住が静かに目を閉じた。
まあこの鉱山だったらこんな感じだよなあ、1回強引に外した方が修理しやすいだろうし。
そんなことをのほほんと考えながら、俺も地下深くへと吸い込まれていった。
◇
「お、ついた」
電源装置をいじっていた陽太が、明るさを取り戻した照明を見て言った。
昇降板の残骸が散らばる広い空間が黄色っぽく照らされている。
周りの壁は全部岩だが、足元は坑道内のプラットフォームとしてコンクリで舗装されていた。
「もしかしてエリア変わるごとにつけるんか? めんどくせー」
「れんぶつくわけないだる」
「何言ってんのかわかんねー。2人ともそろそろ許してやれよ」
ほんとだよ。
無事一番下まで到着したのはいいものの女子2人に左右から頬を引っ張られていた。
2倍ぐらい顔デカくなってない?
なんなら自分の伸縮性にちょっと驚いている。
実際のところ、昇降板の落下はそれほどのスピードではなかったこともあり余裕で対処できた。
俺が《影縛り》で不時着させる必要もなかったぐらいだ。
水住が《トレントの蔓》で足元に大雑把なネットを張り、全員が宙ぶらりんになったところで遊佐が《力場》を使って水住を回収。
俺と陽太もそれぞれ《力場》を出して3人でぴょんぴょんと降下した……我がパーティーは非常に優秀である。
特に遊佐は水住を抱えながらも全く危なげない動きを見せていて、ガルムとの契約魔法の有用性を改めて教えてくれていた。
が、それはそれとして地下に着いてから大クレームの嵐。
その後はこうして体罰を受けさせられていたが、陽太の言葉でやっと手が離れる。
「ほんっっとバカ! サラが怪我したらどうすんの!」
「自分の心配じゃないのかよ」
「あたしはぜんぜん大丈夫だけど、サラは運動音痴なんだから――」
「朱莉?」
「あ、ごめん」
「それはもう知ってる――あぶねっ」
にゅっと伸びてきた水住の手が耳を掴む前に避けた。
そのまま辺りを見回している陽太に歩み寄る。
「道が2つか。玄、これどっちよ?」
「タワーはこっちのデカい方だな」
俺は片方を指さした。
コンクリートの舗装が続いているトンネルのような道で、本道といってもいい。
タワーまで大部隊をスムーズに運べるように整備したと聞いている。
「と言っても俺は行ったことないんだが、道なりに歩くだけであっさりタワーに着くらしい」
「なら最初は別方向ね」
水住がもう片方の支道を見た。
いかにも坑道という感じの、2~3人が並んで歩ける程度の幅の通路。
舗装もなく足元には石ころが散らばっている。
「タワーの方に採掘ポイントは置かないと思う。魔鉱石を取りに行くなら」
「こっちの狭い道か~……すっごい雰囲気あるけどさ、5分でもういいやってなりそう」
「ちなみに俺の職場まで30分はかかります。で採掘ポイントはもっと奥」
「うへー」
遊佐が天を
天っていっても岩だが。
「浅倉くん、走って取ってきたら?」
「ふざけんな。……いや、それでもいいけど。お前らここで半日ぐらい待てるか?」
「冗談だから。どうせなら色々見てみたいし、案内して」
「余裕っぽいけどここからはモンスター出るからな。陽太?」
「おう。全員注目!」
陽太がビッと手を挙げた。
個人的にはとても不満だが、今回はこいつがリーダーということになっている。
俺と遊佐は指揮経験なし、水住はサブリーダーやってたらしいがアタッカーに集中してほしいので、一応現役パーティーリーダーである陽太が選出されたのだ。
「基本は俺、朱莉、玄、水住さんの順で。もちろん俺が
陽太が移動中に打ち合わせていた内容を復唱する。
言われた通り今回は基本フェンリルを出さないつもりでいた。
なんでかというのは難しいが……なんとなく、俺達は”あと一歩”な気がするのだ。
Bランクを軽々倒せるようになった割にソフィアさんに
今回が終われば次は最後のタワー、そこで俺達はAランクと戦うことになる。
”領主”と自衛隊、あとはボスのようなごく一部の人間しか勝てていない怪物と、だ。
ここで適当にBランクを瞬殺してしまえば、その最後の一歩を得る機会がないままそいつと対峙することになってしまう。
なので今回は他の人から学んでみるつもりでいた。
一番期待できるのは遊佐だ。俺達と同系統っぽい契約魔法を使い、より近い関係をガルムと築いてその力を引き出している。
「あのさ。やっぱあたし、サラの前じゃ……ダメ?」
その遊佐がおずおずと手を挙げた。こいつは水住に対してあからさまに過保護モードだ。
水住の方もやんわり”無用”と伝えてはいるのだが……今朝まで微妙な関係だったこともあり上手くいっていない。
「槍持ってる朱莉が真ん中いてどーすんだよ」
「うっ。でもそれ言ったら浅倉だって剣じゃ、あれ? ……そういえばフェンリルなしって、浅倉何すんの?」
「え? おいおいおいおい」
オイオイオイオイオイオイ。
いきなりとんでもないこと言い出したなこいつ。
言いたいことは分かる。陽太がタンクで遊佐が近接アタッカー、水住が遠距離アタッカー。
役割足りてるけど浅倉くんは? ということだろう。
まあしょうがない、遊佐は俺と組んだことないからな。
「陽太、小娘に説明してやれ。この俺の偉大なポジショニングを」
「…………」
「え?」
おい桐谷くん?
「玄はまあ、超感覚良いみたいだから索敵かなあ……」
「違う、戦闘の時の話だ」
「いや俺も組むの2回目だし」
そういやそうだったわ。
ならば!
俺は水住に熱い視線を送った。
「…………」
「お前がその反応なのはおかしい」
小首をかしげるんじゃない。
キマイラ戦はフェンリルなしでもタンクやってたし、《ゴースト》で空から叩き落としたりもしてただろ。
「ふざけてるわけじゃないんだけど、浅倉くんとの探索は思い出せないことが多くて」
「やっぱりそのままでいい」
俺が悪かった。
水住は見かけによらずチキンハートなので、過度なストレスがかかると記憶が飛んでしまう。
ボート乗った時のことまで思い出させたらかわいそうだ。
「浅倉ってさあ……もしかして、そうでもない?」
「
「え? 何言って――ちょっ、ガルム!? なんで言うこと聞いてんの!?」
「これが上下関係というものだ」
手をくるくる回してみせると、遊佐の身体がガルムの意思に引っ張られてその通りに回り始めた。
俺の言うことを聞いているわけではなく、その意図を
ソフィアさんを1人で倒してから俺を見る目が変わったのか? いつの間にかそこまで連携が取れるようになった。
ついでに前に遊佐と会った時と違って、ガルムを食料のように観察する気配もなくなっている。
「朱莉、行くぞ! 遊んでんな!」
「違うんだってばー!」
そのまま回り続ける遊佐を置いて出発した。
◇
慣れ親しんだ坑道の一本道を歩いていく。
いきなり枝分かれすることはほとんどない。分かれる時はまず広場があり、そこから色んな方向に道が伸びていく。
広場は元々採掘ポイントだった場所が多く、あらかた鉱物を掘り終えたらまた別の道を掘っていくのだ。
ただ、未採掘の魔石が残っているとそれ目当てのモンスターがたむろすることがある。
「陽太、先の広場に3体いる。トロルだ」
歩きながら目を閉じて発動した予幻に人型モンスターの輪郭が映っている。
懐かしい。よく護衛のパーティーが瞬殺していたやつらだ。
”ノア”のタワーの近くだから魔力が吸われてるはずだが、さすがに鉱山が大きすぎて吸い切れてないのかもしれない。
あの頃のモンスター達は引っ越しもせずに残っているらしい。
「もう見えてんのか。オッケー、行こう」
剣を抜き、盾を構えた陽太が広場に踏み込んだ――前方から重い足音が響く。
泡を吹くような口汚いうめき声も聞こえてきた。
俺達も陽太の後ろに続いて広場に入る。
向かってくるのは3体のトロル、毛むくじゃらの大柄な猿人だ。
前列に1体で後列に2体。
片方の足を前に出し続けるような不格好な走り方でスピードはあまりない。
こっちが態勢を整えるには十分な時間があった。
一番前にいる陽太が《挑発》を使った。
表現しがたい魔力の超音波のようなものが発せられ、イラっと来たトロル達の
そこに向かって盾をぶつけるように走り込んだ陽太に、先頭のトロルが拳を叩きつけた。
金属と肉がぶつかる鈍い音が響く――が、陽太は押されることなく受け止めている。
その数秒前から駆け出していた遊佐が槍をかついだままジャンプした。
続けて《力場》を使って2歩、3歩と、地上にいる時とまったく変わらないスピードで空中を進む。
あっという間に陽太の上を跳び越えると、後ろのトロルの1体に槍を突き刺した。
そのまま相手の前後左右を《力場》で跳ねまわって翻弄している。
後ろにいた最後のトロルはそんな遊佐には目もくれない。
未だ盾で耐えている陽太を潰すべくサイドに回る動きを見せていく――俺の後ろでガァン! というライフルの音が響いた。
飛び出した《魔力の矢》がそのトロルの膝を縫い、バランスを崩して転倒させた。
接触からわずかな時間で有利な状況が作れている。
俺はパーティーメンバーのレベルの高さに満足し、腕を組んでうんうんとうなずいた。
しかしゴリッという感触とともに後頭部に硬いものが当てられる。
「働いて」
「すいません」
俺は魔石を割った。
とりあえずやってる感を出そうと、陽太の盾を殴り続けるトロルに《ゴースト》を差し向ける。
魔法式への干渉によりその剛腕から力が抜けた。
「おっしゃ!」
好機と見た陽太が地面から《岩の杭》を生やしてトロルの腹を打つ。
魔法的な攻撃力は低いが衝撃は重く、打たれたトロルは反射的に下げた頭を陽太に斬られて消滅した。
そして既に1体倒していた遊佐が、水住が矢で抑えていた最後の1体に槍をかざす。
「おしまいっ」
胸の中心を
戦闘終了だ。
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