第38話 珍道中
「というわけで今回はこのメンバーで行きます」
何やら難しい顔をしている水住と陽太に宣言した。
2人ともジャケットを着たフル装備だ。
水住はライフルを肩にかけ、陽太は背中に剣と円盾を背負い、足元に大きなバッグを置いている。
場所は第2ゲート、赤い空と破れたドームの天井に覆われたいつもの廃墟。
俺達は4本目のタワーを攻略すべく土曜の朝から集合していた。
「魔石とかの経費は俺が持つ、ガーディアンは多分Bランクだから――」
「ちょいちょいちょい」
陽太が口を挟んできた。
「なんだよ」
「
「……誰を連れていくかは浅倉くんが決めることでしょ」
そう言いながらも水住は態度を決めかねている。
しれっと同行させれば流されるかとも思ったが、さすがに無理だったようだ。
首だけ回して後ろを見る。
そこには俺の肩を掴み、背中に隠れながら覗き込むように水住を見ている遊佐がいた。
赤く染められたサイドポニーが揺れている。
距離的には間違いなく背中におっぱいが当たっているはずだが、恐らくかついでいる剣が接触を妨げていた。
俺に何の得もないポジショニングにイラついてきたので脇に避ける。
「ちょっ、浅倉……!」
慌てる遊佐の腕を引っ張って横に立たせた。
「こいつも連れてく。言っておくけどお前らを仲直りさせるとかいう話じゃないぞ。遊佐、確認だけど現物持ってけばいいんだよな?」
「あ、うん。……えっとね、浅倉がちゃんとした魔法金属の剣を探してるんだって。それであたしがお世話になってる武器屋さんに聞いてみたら、今は材料の魔鉱石が品切れしちゃってるらしくて」
鉱山が止まってるのが原因だ。
ドームの事件以来あそこを管理していた企業は撤退してしまったので、今ではいわゆる廃鉱になっている。
「俺もAランク相手にただの金属剣はキツいし、ついでに魔鉱石拾ってこうと思ってな」
「それは分かったけどよ」
陽太が言い淀んでいる。
まあ武器屋を紹介してもらう交換条件みたいな感じだが、遊佐が俺についてきたがる理由の説明にはなっていない。
そしてその説明をすべき遊佐は、槍を抱えて気まずそうに水住をチラチラ見ている。
水住の方は……何故かうらめしげに俺を見ていた。
イライラァッ!
「おい、いいか? 陽太も水住も今回は俺が手伝ってもらうつもりで呼んだ。当然遊佐も戦力に入れてる、それだけ大変な攻略になるってことだ」
俺は水住と遊佐に、お互いをちゃんと見るよう手で促した。
「終わるまででいいから前みたいに仲良いフリしろ。連携取れないレベルなら呼んだ意味がない」
「「……」」
2人が無言のまま視線を合わせたり合わせなかったりした。
俺と陽太は黙って見守る。
しばらく経ってから、水住が諦めたようにため息を吐いた。
「……朱莉。今日はよろし――」
「サラーーーーーーーーーーーー!!」
言い終わる前に遊佐が突撃して水住を押し倒した。
そのまま大型犬さながらにむしゃぶりつかれて水住の上半身が見えなくなる。
時折聞こえるうめき声は遊佐の「わ”あ”あ”あ”ん”」という泣き声……鳴き声? に呑まれていった。
放り捨てられた槍を陽太が拾い上げる。
「やっぱこうなるよなー……朱莉も結構
「そういや知り合いだっけか」
「おう、水住さんと同じで彼女経由。つっても朱莉は友達多いから前から被ってたっちゃ被ってたけど……まさか玄が拾ってくるとは」
「遊佐から来たんだよ、水住と最近絡んでるだろって」
「なーる、あ終わった」
ようやく落ち着いた遊佐が身体を離し、水住の両手を掴んで引っ張り起こした。
水住はまだ出発前だというのにグロッキーになりかけている。
「浅倉、ほんとありがと……っていうかヨウもいるんだ。ほんとに浅倉と友達だったんだね」
「俺と玄はガチだぞ、心の友と言っても過言じゃない」
「1ヵ月2万でな」
「お金の関係なんだ……」
有名人の親友を名乗りたいという需要にも応えていきたいと思う。
ドン引きする遊佐に陽太があわてている間に水住が再起動。
「それで大変っていうのは? 浅倉くんはもうBランクに苦戦しないと思ってたけど」
「フェンリルありならそうだけど、今回はなしでいく」
「……なしで、初パーティーの4人でBランク?」
「頼むぞメインアタッカー」
水住がもう一度倒れそうになった。
◇
いつもの軽トラのおっさんに鉱山のふもとまで送ってもらう。
入口まで敷いてある登山道も残っていたが、高原の時と同じで木々に呑まれてしまっていたので車で通り抜けるのは難しくなっていた。
ここから先は結構な距離を歩いて登ることになる――が、勝手知ったる元・職場だ。
道に迷うことはないから気長に行けばいい。
ちゃんと泊まりの準備もしてきたし。
「浅倉とヨウのバッグって何入ってんの? まさか1泊なのにテント持ってきてないよね?」
遊佐が疑わしげに見てくる。
”甘えたこと考えてないよね”みたいな態度だが、芸能人のこいつらの方がはるかに温室開拓者なので心外ではある。
「俺はカレーの材料で、陽太は調理器具。鍋とか」
「「……林間学校?」」
遊佐と水住がハモった。
その反応は分かるというか俺も陽太に”林間学校じゃねえんだぞ”ってツッコミはした。
ソフィアさんとの攻略がそうだったように、開拓者は携帯食やレトルトが基本になる。
持ち運ぶ体力とか、急な戦闘における機動力を考えれば難しい話じゃない。というかレトルト普通に美味いし。
だがそれで納得しなかったのがシェフ桐谷だ。
「ていうかレトルトでよくない?」
「ダメだ!」
「普通に美味しいじゃん!」
「いつでも食える味は思い出になんねんだよ。自然の中で作ったその時だけの味に価値があるんだ!」
本当に林間学校みたいなことを言い出した。
まあ今更反論したところで、バッグの中の鶏肉やニンジンが消えてなくなるわけでもない。
遊佐と水住にも”食料の持参は不要”と伝えておいたのでこいつらの夕食も確定している。
あとはシェフの腕がゴミでないことを祈るばかりだ。
森の中の登山道を進む。
たまに目的のタワーが木々の先にちらつくことがあり、遊佐や陽太なんかは
『鉱山入らないで直接行っちゃえばいいんじゃね?』
なんて言ったりもしたのだが、そこは水住が説明した。
確かに地上からでも近づけるんだが、その辺りは隣の山に巣食っているハーピィの縄張りなのだ。
ハーピィは下位種でもDランク、上位種だとBランクの鳥人型モンスター。
1体1体はそうでもないがとにかく数が多く、タワーの攻略と並行して相手するのは分が悪い。
なので地下からタワーの根っこ部分を目指していく……それが"領主"がこのゲートを管理していた頃からのセオリー、というのが事前に調べてきた水住の談。
それを聞いて、俺は初めて自分の元職場が"領主"のグループ会社だったことを知った。
まあ今となっては関わることもないだろうが。
ついでに事情をまったく知らない遊佐にタワーの紫色がああだとか"ノア"がこうだとかを話しておいたが、あんまり興味なさそうだった。
こいつの興味は頭からケツまで水住だけのようだ。
陽太や遊佐は元気いっぱいだが、水住の体力が不安すぎたので休憩を入れながら進むこと数時間。
山の中腹にぶち開けられた坑道が近づいてくる。
その手前には舗装された広いスペースが森の侵食に抵抗する形で残っていた。
ヘリポートがあった場所だ。
「めちゃくちゃ懐かしいな……よくこの辺からヘリ乗ってたわ。もちろん貴様ら小市民はヘリなんか乗ったことないだろうが」
「撮影でよく乗ってた」
「高いとこ苦手だからイヤだったなー」
「なんでいきなしマウント? ちなみに俺も乗ったことある」
「嘘だろ……?」
他にはない福利厚生だぞ! ここで働ける幸せをかみしめろ!! みたいなこと当時の班長に死ぬほど言われたのに。
……冷静に思い返してみると洗脳の気配があるな。
そんな思い出のエピソードと共に坑道に入っていく。
物理的な意味で山の中なので入口から先は真っ暗だ。
照明は劣化してないと思うが、例によって稼働に要る魔力をタワーに吸われているらしい。
「よし、俺のヘルメットの出番! ……あれ? 水住さん?」
勇んでバッグの中を漁ろうとしていた陽太を尻目に水住が《妖精》を呼び出した。
宙に浮く光球が、とりあえず歩く分には問題ないレベルの光源になって前を照らしている。
「浅倉くん、電源装置の位置は分かる?」
「すぐそこだ」
「あれえ?」と困惑する陽太を残して進んでいく。
間もなく見えてきたのは地下に降りるための大きなエレベーター……と言っていいのかも分からない、フェンスすら付いてない剥き出しの昇降板だ。
これは人間用で、重いものを運ぶ時は別の出入口を使ってたらしいが俺も詳しくはない。
もしここがまったく動作しなかったら探す必要があるが……多分大丈夫だろう。
俺はエレベーターの制御盤の脇にある、太いケーブルと繋がったボックスに歩み寄った。
ふたを開けて中に小さな魔石を投げ入れ、勢いよく閉める。
ふたの裏側の出っ張りが魔石を壊して魔力を放出させ――数秒後には周りの照明が点灯して明るくなった。
「え、これだけ!?」
遊佐がびっくりしている。
「なんかもっと、映画みたいにコード抜いたり差したり、レバーの上げ下げとかないの?」
「ない。そういうのって大抵安全のための仕組みだからな、ここには無縁だ」
仕組みや手順を複雑にすることで事故を防ぐのは地球では普通だが、一方で修理やメンテのコストは上がってしまう。
ここにはモンスターを始めとしたトラブルの種がありすぎるし、さらに言えば事故って死人が出たとしてもどうせ復活する。
ならもうシンプルにして諸々の手間を省こう、というのがアークの鉱山だ。
地球じゃないから守るべき法律もないし。
「柵とか壁も触るなよ。電流走ってる時あるからな」
「サラ~、やっぱ行くのやめない? ってわけにも行かないんだった……」
遊佐ががっくりと首を落とした。
大袈裟なやつめ。
全員がエレベーターに乗ったのを確認してから操作盤の前に立つ。
これまたシンプルでボタンは4つしかない。
”↑”と”↓”、それと”一時停止”のプレートがついたボタン、最後に何も書いてない真っ赤なボタン。
その真っ赤なボタンの周りには、黒いマーカーで”押すな” ”絶対に押すな” ”非常時も押すな” ”押したら殺す” と書きなぐられている。
「じゃ、行くぞ。何が起こってもいいようにしとけ」
「玄、いちいち
ガコン! と一度大きく揺れたかと思うと、そのままギーギーと音を立ててエレベーターが降り始めた。
記憶の中よりもゆっくりしたスピードだが、見上げると乗り込んだ場所の照明がどんどん小さくなっていく。
地下特有の圧迫感を感じ始めた。
にしても――
「ちょっ、音うるさくない? 大丈夫なのこれ」
軽く耳をふさいだ遊佐が言う通りエレベーターの動作音がかなりうるさい。
俺が乗っていた頃はこんな音しなかった。
原因は恐らく昇降板と連結されている四隅の柱……縦向きのレールだろう。
極端に重いものをこれで運ぶとフレームがゆがむ、みたいな話を班長から聞いた気がする。
「浅倉くん、前からこんなに――あっ」
そしてついに、水住がしゃべっている途中でエレベーターが停止してしまった。
「「止まったーーーー!?」」
陽太と遊佐が叫んだ。
水住が困った顔で上を見る。
「戻れる距離ではあるけど……結局下にいけないなら意味がない」
……あれを使うしかないか。
俺は”絶対に押すな”ボタンに目を向けた。
過去押したことはないし、押したらどうなるか聞いたこともないが……何となくどうなるのか、オチは見えていた。
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カクヨムコンテスト10に参加しました!
またなろう版に合わせてタイトルを変更しています。
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