第40話 トレジャーモール

「うっし、終わり! 魔石は玄に集めればいいか?」


「すぐ使うだろうし3人で分けてくれ」


「あいよ。1個魔法式出てんぞ」


 どうせゴミだろー? ……ゴミでした、《魔力付与》のレベル2。

 今更Dランク程度の経験値を足しても誤差でしかないんだが。


「サラ、ナイスアシスト~」


「はいはい」


 遊佐が水住に抱き着いていなされている。

 こいつの動きは別格だった。運動神経の良さを契約魔法がブーストしてる感じだ。

 《力場》以外の魔法を使わないのはそれが一番実力を発揮できるからだろう。


「陽太は”式神しきがみ”ってやつ使わなかったな」


「ん? おお」


 陽太が手首にぶら下げている平べったいアミュレットを揺らしてみせた。

 ちょっと面白い魔法を習得してきたらしい。


 形代かたしろと呼ぶアクセサリーをベースに《複写》と《地属性》を組み合わせて使うことで、形代と同じ性質・形状を持った物体を作り出す。

 その物体を式神と呼び、陽太の場合は盾状の式神で自前の盾をコーティングすることで、より重い攻撃に耐えられるようになるとのことだった。


「あんなの相手じゃこいつには頼れねーよ。使うならCからだな」


「そのブタがいきなり盾になるのを早く見たい」


「ブタじゃねえ! 鬼だって言ってんだろ!」


 アミュレットに指を突きつけて強調された。

 俺にはブタの顔にしか見えないが、”前鬼ぜんき”という鬼がモデルというのが本人の談。

 自分で魔法金属を削って製作したとのことで愛着があるようだ。


 陽太はこれをアークの山の中で修行してる怪しい集団に教わったらしい。

 早く強くなりたかったとの談だが、ちょっとは学ぶ相手を選べと言いたい。



 やはり”ノア”のタワー出現以降はほぼ無人だったのか?

 坑道には多くのモンスターがはびこっていた。


 その所為で本来の道が崩されていたりすることもあり、苦戦することはないものの、俺達は当初の予想よりも長い時間をかけて目的地に到着する。


「……ほとんど何も残ってないか」


 薄暗い照明に照らされた地面に散らばるのは、大小様々な岩石。

 ここは俺が最後に働いていた場所……つまり事件の日に採掘が行われていた広間だ。


「ドリルとか置いてんじゃなかったっけか?」


「たぶん事件の後に回収したんだろうな」


 ドリルどころか作業台までなくなっている。もちろん魔石や魔鉱石の取りこぼしも一切ない。

 鬼の班長が全員のケツを叩いて回収したんだろう……よくやるよ、皆タワーを不気味がって第2ゲートには来ないのに。

 エレベーターがゆがんでたのも、その辺の機械を無理やり載せて運んだからかもしれない。


「これは何の箱? 特に仕掛けはなさそうだけど」


 水住が壁際に置かれている空の箱を触っている。

 それは俺にとってハンマーの次ぐらいに馴染み深いものだった。


「遺品ボックスだ。死にかけの奴をそこに入れとくと後で・・色々まとまって楽なんだよ」


 基本的にそいつ自身がアークに持ち込んだものは一緒にデスワープ、そうでないものはその場に残る。


 作業台で死なれると残った支給物をまとめるのが面倒だ。

 だから先に棺桶を用意しておいてやろうという班長の粋なはからいだった。


「…………そう。そこはかとなく浅倉くんのルーツを感じる場所ね」


「観光名所じゃなくて悪かったな。で、お前は何やってんだ」


 遊佐がいそいそと遺品ボックスの中に入り込んでいる。


「なんか入ってみたくなって」


「箱に入るのは猫の習性だろ。お前は犬です」


「犬じゃないです~。――待って」


 急にぴたっと止まって目を閉じた。

 そのまま耳をすましている、ガルムの気配が濃くなった。

 索敵?


「足音がする」


「どっちだ?」


「そっち」


 遊佐が指さした方向には不自然に崩れた壁がある。

 記憶が正しければ、事件の日に向こう側からトロルがぶち破ってきた場所だ。

 同じようにモンスターがやってきてもおかしくないが……。


「朱莉、玄、モンスターっぽいか?」


「…………違う」


 陽太の確認に目を閉じたまま返事をする。

 予幻に映る姿はまだ遠いが、モンスターのように内部まで魔力が詰まっている感じがしない。

 まぶたの裏の暗闇に映っているのは、魔力を持たない存在を囲う蛍火による輪郭・・だ。


 つまり。


「人間だ。数は3」


「戦闘準備!」


 叫びながら陽太が盾を構えて前に出る。

 水住がライフルのマガジンを入れ替え、遊佐が箱から飛び出して槍を構えた。

 俺も剣を抜いて陽太のすぐ後ろにつく。


 アークで出会う人間は善人ばかりではない。

 この前会ったストラトスのカケルみたいなのはまあ良い方で、場合によっては文字通り言葉が通じない相手だっている。

 ゲートの位置は地球の地理を反映しないから、他の国のゲートが近くに出ることだってあるのだ。


 正体の分からない他人が近づいてきた時はまず警戒。

 これは協会がビギナー開拓者にも教えている基本ルールである。



「足音止まったよ! こっちに気づいてると思う!」


「オッケー。……おいコラー!! そこの連中ー!!」


 遊佐の報告を聞いた陽太が声を張り上げた。


「アイムジャパニーズヨウタキリタニ! カモン! ハリーアップ! ファ○クユー!」


 あまりのひどさに後ろの俺達は顔を伏せた。

 こいつの仲間だと思われたくねえ……。


「早く出てこい! 出てこないと《炎の砲》撃ち込むぞ! パリパリになるぞー!」


 今度は脅迫が始まった。

 《炎の砲》なんて撃てるメンバーはいない、完全にはったりだ。

 そんなので出てきたら苦労は――


「ま、待ってくれえ!!」


 出てきたわ。

 崩れた壁の向こうから3人のおっさんが転がり出る。


 汚れた格好で分かりづらいが恐らく40~50代じゃなかろうか? 全員が背中に中身がパンパンに詰まったバッグを背負っている。

 こいつは……。


「盗掘者か」


「人聞きが悪いねぇあんちゃん。アークここにゃ誰かの所有物なんかないはずじゃあねえか」


「前にここで働いてたんだ。あんた達みたいなのを見かけたら地獄に叩き落とせって――」


「見逃してくれえ~~!!」


 3人のおっさんが一瞬のためらいもなく土下座した。

 完全な隙を晒し、魔法を使う気配もない。


 本当に単なるコソ泥? みたいだ。

 呆れ顔の陽太とアイコンタクトを交わして返事を決めた。


「そのまま帰るなら何もしない」


「ありがてえ……あんちゃん達、きっと良いことあるぜ――うっ!?」


「ん?」


 地面を伝わるかすかな揺れと徐々に近づいてくる魔力の気配。

 ……多分知ってるモンスターだ、そういえば鉱山にはこいつがいたな。

 おっさんが目に見えて焦り出す。


「げえっもう来やがった!」


「陽太、”トレジャーモール”だ」


「あー、あいつか。隊列!」


 陽太の指示で俺達は後ろに回って備える。一方おっさん達は慌てて逃げ出し始めた。


「じゃっおじさん達はお言葉に甘えて! はいこれ、お駄賃!」


 ポケットの中から黒曜石のような魔鉱石を取り出して地面に転がすと、あっという間に広間から出ていった。

 それ欲しいやつじゃないんだよなあ。


「なんだったんだろあの人達……」


「疫病神。トレジャーモールはあの人達を追ってきたんだと思う」


 遊佐のつぶやきに水住が答えた。

 おっさん達も足止めのためにわざと魔鉱石を置いていったと思われる。

 トロルにでもぶん殴られねえかな。


「水住さんは《槍》! 朱莉は射線空けるように気を付けろ! ――《前鬼》!」


 陽太が盾を持っている手をかかげた。

 ぶら下がっているアミュレットが光を放つと無数の金属片が出現し、盾を覆い尽くす。

 元の2倍ぐらい大きくなったその前面には、アミュレットと同じブt……鬼の顔が表れていた。


 そうこうしているうちに揺れは大きくなり、そのピークと共に地面を突き破ってそいつが現れる。



《Cランク:トレジャーモール(獣型)》



 外見はデカいモグラだが、全身に石がこびりついて表皮はほとんど見えていない。

 両目にはおっさんが置いていったものと同じ、黒曜石のような魔鉱石がまるでサングラスのようにくっついていた。


 こいつらは魔鉱石をコレクションする習性を持ち、縄張りと決めたエリアを掘り返しては荒らし回る。

 まさに鉱山作業員の天敵のようなクズ野郎だ。



 クズ野郎がキシャーと吠えて鋭い爪を陽太に振りかざし、鬼の盾がそれを難なく受け止める。

 害獣駆除の時間が始まった。



「なんっっにも見つからなかった」 


 穴の中からにょきっと広間に顔を出して言った。

 所詮はCランク。陽太がタンクとして十分機能したこともありあっさり倒したはいいものの、ここに来た目的は未だ達成できていない。

 探していた魔鉱石はどこにもなかった。


 陽太達にはおっさん達が出てきた壁の向こうに行ってもらい、俺の方はトレジャーモールが出てきた穴をしばらく潜ってみたのだが……あまりにも長かったので引き返してきたところだ。


「お疲れ、俺らの方も収穫ナシ。やっぱあいつらが根こそぎ掘っていったんだろうなー」


 玉ねぎを切りながら陽太が返事した。


 玉ねぎを切りながら……?


「切り替え早過ぎだろ……今日はここで寝るのか?」


 エプロンを着けバンダナを巻いたシェフ桐谷が、魔法で作った岩の台にまな板を置いて調理を始めている。

 その横では遊佐が、IHのような魔法具に乗せられた飯ごうをわくわくしながら見守っていた。

 まあ夕食にしてもおかしくない時間ではあるが。


「おう、壁ふさいじまえば警戒も楽だし」


「浅倉おかえりー、ヨウ、これもう開けてみていい!?」


「いいわけねーだろまだ沸騰もしてねーのに!」


「ただいも。水住は?」


「あっち!」


 遊佐が壁に開いている穴の方を指さす――ちょうど帰ってきたか。

 向こう側から出てきた水住が、壁に向き直ってから魔法でその穴をふさいでいる。

 あとは寝る時に交代で見張りすれば十分だろう。


「お疲れ」


「浅倉くんも。魔鉱石、こっちは見つからなかった」


「俺の方もだ。仕方ないから今回は諦める」


「その剣のままでいいの?」


「Aランクの強さはやってみないと分からんしな」


 とりあえず自分に気休めを言っておく。

 道具もないのに自分で穴掘ってみるわけにもいかないので仕方ない。今回全部のルートを探せたわけでもないし、また1人で来てみてもいいか。


「水住さん助けてくれ、朱莉が使い物にならねえ!」


「ひっど! あたし調理実習ちゃんと出てるよ? 去年サラと一緒だったし」


「”もうキッチンに近づかない”って約束したはずでしょ」


「えっあれまだ有効なの……?」


「おい、俺にも何か仕事くれ」


「朱莉と2人でテーブルでも作ってて」


 ”でも”ってなんだ”でも”って。



 そんなこんなで陽太と水住が作ったカレーを、俺の《地属性》と遊佐の監督で作ったテーブルでいただき。

 その後は陽太が持ってきたトランプで大貧民・・・(他の3人は”大富豪”だと言い張ったが雑魚だったので無視した)で遊んだ後、男女で別れて交互に寝ることにした。


 先に寝るのは女子、俺達は休みながら夜番だ……。



 女子2人が寝てから数時間が経った頃。


「……起きてる?」


「起きてる」


 近くに来た水住の小さな声にそう返事した。

 岩に背中を預けている俺は、警戒ついでに予幻の練習をしようと目を閉じていたので誤解したようだ。

 目を開くとすぐ横で揺れる銀の髪が視界に入った。


「隣、いい?」


「いい。トイレか?」


「死んで。朱莉が抱き着いてきて目が覚めたの」


 なるほどな。

 少し離れた場所には岩を基点に張られた《トレントの蔓》にカバーをかける形で女子エリアが作られている。

 中では今頃遊佐がアホ面で寝ていることだろう。


 隣で膝を抱えた水住が身じろぎをした。

 話題を探すように周りを見回している。


「桐谷くんは……?」


「”必ず起きるから寝たふりさせてくれ”だと」


「どう見ても寝てるけど」


 まあそう。

 陽太はいわゆる釈迦のポーズで完全に寝息を立てている。

 寝る時までアホじゃなければ気が済まないこの男がそんなことを言い出した時は、《影縛り》でまぶたを固定してやろうかと思ったが……。


 今日のカレーに絶対入れたいスパイスとやらを深夜まで探し回っていたらしいので思いとどまった。

 美味かったし。

 俺は死ぬまで起きてられるので夜番も問題ない。


 再び沈黙が場を支配する。


 俺は水住の方から話したいことがありそうだと思って黙っていた。

 やがて水住が軽く咳払いする。


「お礼を言っておこうと思って。朱莉のこと」


「あいつの行動力に感謝しろよ。自慢じゃないけど、人前で俺に話しかけるのってハードル高いんだぞ」


 テロリストの友達だと思われかねないからな。


「連れてきてくれたのは浅倉くんだから。変な言い訳もつけてたけど」


 俺が何も言わずに鼻を鳴らすと、水住は声を出さずに笑った。

 武器屋を紹介してもらう話は本当だ。

 けど、遊佐があまりにも哀れだったので同情してしまったのは否定できない。


「次は自分で呼べ」


「……落ち着いたらね。それじゃ、また明日」


「おやすみ」


 女子エリアに消えていく水住を見送った。



 ……昼間は山を登って、洞窟を探検し。

 夜は皆で夕食を作って、遊んで、寝る前はこっそり話をする。

 本当に林間学校か修学旅行みたいな一日だった。

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