第41話 一触即発
翌日。
魔鉱石探しはすっぱり諦め、来た道を引き返してエレベーターのところへと向かっていた。
あそこから伸びるトンネルの先はいよいよタワーだが、どのぐらい歩けば着けるのかは分からない。
今日は日曜、明日から学校なので早めに目途をつけておきたいところだ。
――だが。
「ストップ」
「玄?」
異変はトンネルの入口で生じた。
厳密には察知できたのがそこで、起こった場所はもっと先だ。
「誰かがタワーで戦ってる」
そうとしか思えない魔力のゆらぎを感知。
”ノア”の魔力を俺が間違えることはあり得ない。圧力からいってBランクが召喚されたようだ。
「まさか昨日のおっさん達じゃねーよな」
「そんなに強そうには見えなかったよ?」
陽太と遊佐が揃って首をひねっている――その横で水住が何か思い当たった様子を見せた。
「ストラトスかもしれない」
「何?」
「マジで?」
「……」
俺と陽太が疑問符で返した一方、遊佐は黙り込んだ。
「最後のタワー……Aランク戦の日が発表されて注目が集まってるから。その熱が冷めないよう手を打つつもりって聞いてた」
ボクシングでいうスパーリングか。
C相手にやっても盛り上がらないが、Bは探しても簡単には見つからない。それで次が4本目、確実にB以上がいるであろう第2ゲートに出張してきたと。
なら、その動画の主役になる、この先で戦っているメンバーは。
思い当たるやつは1人しかいない。
◇
トンネルは元々車で移動するような道で、地理的にも隣の山に向かうような感じだから当然長い。
その長い道を俺達は言葉少なに歩き続ける……考えていることはそれぞれ違うはずだ。
俺にとっては深刻な話じゃないが。
俺が誰に許可を得ることもなく壊してきたように、タワーは誰かのものってわけではない。
これまではたまたま第3ゲートを行くストラトスと住み分けになっていただけだ。
だから
しかしその考えとは裏腹に、何度か召喚が行われた後は戦闘の気配がなくなっていた。
タワーが壊された様子もない。
歩くうちに俺達は、重機を輸送するための大きなエレベーターを発見した。
かなり頑丈な作りになっているので帰り道の心配はいらなくなった。
ただ、見つけた時から既に稼働していたそれらの設備が、やはりここに俺達以外の誰かがいることを示していた。
そしてタワーの気配が間近に迫ってきたトンネルの中――ついにそいつらと出くわすことになる。
大人数の足音と話し声が聞こえてきた。
陽太が手を挙げて後ろの俺達を制止する……。
来た。
曲がり道の先から現れたのは、性別も職業もバラバラな集団だ。
20人ぐらいか? ほとんどのやつは武器を持っていない。
ラフな格好でカメラとか、テレビでよく見る長い棒状のマイクをかついでいたり。
はたまたスーツを着込み、手にはビジネスバッグを持つ少し場違いなサラリーマンがいたり。
やたらと化粧と髪型をキメた美人のお姉さんもいたりする。
開拓者らしき装備を持っているのは2、3人程度だ。
その中の1人の男が俺達に気づいて先頭に走り出た。
「こんちはー、俺達ストラトスですけど……ん?」
「こんちは、登録開拓者の桐谷っす。後ろのは――」
「チッ」
陽太のあいさつをさえぎるように男が舌打ちを鳴らした。
俺達に気づいた後ろの連中の間に、ざわめきが広がっていく。
「浅倉玄人……
「待てコラ、俺は無視かよ!」
無視された陽太が吠える。
俺はなだめるようにその肩を手で押さえた。
「落ち着け無名」
「やかましいわ!」
「じゃれてるところ悪いけどよ、ウチはお前らとは――」
「僕が話そう」
向こう側から響いた声に今度は男の方がさえぎられた。
集団を割って前に出たのは白髪のクソイケメン野郎。
天満悠だ。
その隣には細身で背が高く、メガネをかけた頭良さそうなイケメンが控えている。
こいつもカケルと同じメインメンバーだったはずだが……名前は思い出せない。
天満が俺達に向かって気さくに片手を挙げた。
「やあ。浅倉くんに水住さん、遊佐さん……それと桐谷くんで合ってるかな?」
「えっ、あっはい、桐谷っす!!」
「ストラトスのリーダーを務めている天満といいます、よろしく。隣は僕の仲間の
「よっよろしくお願い――いてっ!」
俺は陽太のケツを蹴った。
「芸能人相手にアガってんじゃねえ。遊佐をゴミ扱いした昨日のお前を思い出せ」
「オーラが違うんだよオーラが……!」
ダメだこいつ完全にびびってる、俺が話そう。
どうも状況が少し
何が不穏って、言葉の流れ弾を喰らった遊佐がまったく反応しなかったことだ。
ガルムを通じて伝わってくる感情は、決して穏やかなものではない。
「僕達は見ての通りというか、タワー帰りでね。プロモーション動画の都合でBランクを探してたんだ」
「こんな大人数で第2ゲートまで来てか」
「ははは……戦闘は
アークに”カメラマン”や”スタイリスト”だと……?
なめやがって……。
心の闇がムクムクと膨れ上がっていく。
”奴らを滅ぼせ!!”
悪魔が叫ぶ。叫ぶな。
「タワーがモンスターを
「礼は言わねえぞ」
「そんなつもりじゃないさ」
「とはいえ」
苦笑する天満に続けて隣のインテリメガネが口を開いた。
「我々が破壊したとて文句を言われる筋合いはありませんがね。貴方は”領主”ではないのだから」
「浅倉くんにもそういう心積もりはないよ」
「悠は彼の肩を持つべきではない。ストラトスのマーケティング上、彼が我々と絶対に相容れない立ち位置にいることは承知のはずです。だからこそ、」
言いながら、俺の後ろにイライラした目線を向ける。
「何故水住さんが同行しているのか。演習にも参加せず、何をやっているのですか?」
振り返る。
矛先を向けられた水住は、その目に冷たい空気を纏わせていた。
「大規模演習以外は任意参加のはず。それ以外で私が何をしていようと、口を挟まれるいわれはない」
「颯馬、水住さんの言うとおりだ。優先を求めてはいても禁止はしてないだろう?」
「契約上そうであっても暗黙の了解というものがあるでしょう。浅倉さんは言ってみれば”裏番組”だ。我々の”創造性”とは真逆のベクトルで注目を集めている」
インテリが吐き捨てるように言った。
実際SNSでは、俺達が対立している前提で”領主に選ばれるのはどちらか”というコメントをするやつも多い。
片方のタワー攻略が進めば、もう片方の進度も確実に言及されるような風潮が出来上がっている。
「私は彼を軽視していない。水住さんもストラトスの一員である以上、その存在意義に傷をつけるような――」
インテリの口が最後まで言い終えるよりも前に閉ざされた。
燃えるような怒りの気配が、俺の脇を抜けて前に出る。
遊佐だ。
かついでいた槍をぐるんと回し、穂先の逆側、石突を地面に勢いよく叩きつける。
コンクリの舗装にヒビが入った。
そしてその赤い髪が、あっという間に半ばまで黒く染まっていく。
まずい。
即座に一歩前へ。
遊佐のジャケットの襟首を掴み、もう片方の手で魔石を握った。
後ろの水住も動いた気配。
「朱莉、やめて」
相手側も動いた。
開拓者達は武器を構え、そうでない連中は遊佐の空気に圧倒されて後ずさりする。
メガネが腰に差していたハンドガンを抜こうとして――その腕を天満が抑えつけた。
「悠!」
「大丈夫だ。……僕達はもう行くよ。遊佐さん、また機会があればその時に話そう」
「消えて」
遊佐の返答は突き刺すようなものだった。
普段のゆるさは言葉尻にも背中越しの雰囲気にも感じられない……契約魔法の、同調率? を上げるとこうなるのか。
ちらっと目が合った天満に”行け”と促す。
天満は申し訳なさそうに片目をつむると、手の動きで他の連中を歩かせた。
ぞろぞろと俺達の横を通り過ぎていき……天満がその最後尾につく。
「浅倉くん、これが終われば僕達は同じAランクへの挑戦者だ。楽しみにしてるよ」
そんな一言を残して、ストラトスは去っていった。
「放して」
ストラトスの足音が聞こえなくなった頃。
俺に襟首を掴まれたままの遊佐が首だけで振り返って抗議した。
何言ってんだこいつは。
俺がじっと睨み返すと一瞬目で抵抗したものの、しゅるしゅると意気がしぼんで力が抜けていく。
髪の毛も元の赤に戻っていった。
「……ごめんなさい」
「ほんとだよ。なんでよりによって俺が暴走を止めなきゃならないんだ」
一番暴走してしかるべきだろうが。
手を放して襟を軽くはたいてやる。
「くはー」
脇にいた陽太が息を吐いた。
「あーやばかった、”トンネル崩すしかねーかなこれ”とか考えてたわ」
「この場はどうにかできても後が大変でしょ、それ。浅倉くん、止めてくれてありがとう」
「おう」
「うっ、あぅ、うう……ごめんっ!!」
遊佐がガバッと頭を下げた。
「あいつが言いたい放題言うからつい、わーってなっちゃって」
「私からも謝らせて。アステリズムの問題に巻き込む形になったわけだし」
「真の強者は怒りを制御するものだぞ」
「え? 玄がそれ言うのかよ……」
陽太をじろっと見るとあわてて目線をそらした。
大鋼の時のことなら俺は十分制御出来てたつもりだ。ちゃんと相手が一番やられたくないタイミングまで待っただろ。
「ま、まあ余計な時間食っちまったけどさ! パパっとBランク倒して、タワーもぶっ壊して、そしたら地球で祝勝会しようぜ!」
陽太が気を取り直すように声を上げた。
「パパっとってな、お前タンクでまともにBランクやるの初めてなんだろ?」
「このパーティーなら大丈夫っしょ! 見せつけてやろうぜカレーの絆を」
「何となく嫌だからやめて、それ」
「……あたしも嫌かも、それ」
陽太の友情アピールは不評だったが、2人を復調させるきっかけにはなったらしい。
俺達は適当な話題を続けながらトンネルの先へと向かっていく。
色々あったが、ここでBランクをあっさり倒せば、また昨晩のような雰囲気に戻れるだろう。
たぶん全員がそう思っていた。
◇
しかしそう上手くはいかなかった。
トンネルの果て、剥き出しの岩肌が広がる大きな空洞。
無数の魔石、それと中央に立つ”ノア”のタワーの紫の光が空間を明るく照らしている。
タワーはこの空洞よりもさらに深いところから突き出し、また天井を突き破って穴を開けていた。
その先は恐らく赤い空の下へと続いているだろう。
だが俺達の問題は上でも下でもない――ただ目の前に現れる。
”ノア”のタワーが強く輝き、紫の魔力が空間に亀裂を描く。
それを叩き割るようにして、中から這い出てきたものは。
《Bランク:ファーヴニル(竜型)》
ドラゴン。
同じランク内でも、その他のモンスターとは一線を画すと言われている種族。
Aランクに次ぐ強さを持つ神話生物が、俺達の前に立ちはだかった。
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