第31話 お目付け役
俺は歩いて遊佐から距離を取った。
「浅倉?」
「ちょっと実験するぞ。……やばいと思ったら逃げろ」
「いやいやいや、なに!? なにすんの!?」
もう逃げ腰の遊佐を手で止めながら魔石を取り出した。
――フェンリルについて判明した新たな事実がある。
1本目のタワーで召喚されたキマイラを倒した後、ドロップした気配はあるのに魔法式が残っていないのが気になっていった。
なので2本目のタワーの時は水住に手伝ってもらい、倒した瞬間から魔法式がどうなるかを観察してみたのだ。
結果としてはフェンリルが
魔法式を吸収して強くなるのはモンスターの本能、Sランクにまで到達したやつのそれが弱いはずもなく。
やけに好戦的で勝手に動こうとするのもそういう理由だったのだ。
そんなフェンリルの前にCランクのガルムがいるとどうなるか……。
9割オチが見えてる状況で俺は魔石を割った。
――はい、やっぱりな!
一瞬で左手から飛び出した《フェンリルの爪》が腕ごと前に伸ばされる。
遊佐がピシッと固まった。
狙いはもちろんガルム、だが先に距離を取っていたので届くまでには至らない。
……ん!?
右足がブーツの上から異形の姿に変わっていく。
くるぶしの辺りまでが獣毛と鱗に覆われ、つま先にはスパイクのような3本の爪が現れた!
こいつ、いつの間に腕以外も……!?
「ギャーーーーーーーーーーッ!?」
例によって勝手に前に踏み出そうとするのを抑えつける間に、悲鳴を上げた遊佐が一目散に逃げだした。
転がっていた槍を拾い上げながらオリンピックに出られそうな速さでクレーターの端に到達し、数回のジャンプで視界の外に消えていく。
獲物を見失ったフェンリルが足を解除する。
……前途は多難だった。
◇
"遊佐:どーすんの ガルムが食べられちゃうんだけど!?"
"あなた:何とかしてくる"
"遊佐:お願い~! あたしも足手まといにならないように頑張る"
"遊佐:……してくる?"
"あなた:明日から3本目 フェンリルが満足するまで泊まりだな"
"遊佐:ついてってもいい?"
"あなた:喰われるが"
"遊佐:ちゃんと離れとくから!"
"遊佐:アステリズムが休みで暇なのー"
"あなた:お前は留守番です"
"遊佐:やだ!"
"遊佐:やだやだやだやだやだ"
"<遊佐から着信中>"
俺は通話を拒否して遊佐をブロックリストに入れた。
自室で改めて明日の荷物を確認する。
ジャケットと武器ケースはいつも通りだが、今回は動きの邪魔にならない程度のバッグも持っていくことになる。
ゴールデンウイーク4連休分の携帯食料とかさばらない調理器具を入れたものだ。
寝る時は座るだけなのでそっちの道具は必要ない。
魔石もいくらか持っていくが、最終的にはタワーからパクって補給する目論見でいる。
よし、全部揃ってる。まさか俺がこんな真面目にチェックをする日が来ようとは。
今日は早めに寝てしまおう……。
◇
翌日。朝早くから第2ゲートを渡った俺は、いつもの
3本目のタワーは今までで一番遠いところにある。
荒れ地を車で移動し、沼地を抜け、その先の遺跡の奥まで行かなければならない。
元々今回は合宿だが、そうでなくとも1泊2日は見ておきたいような道のりだ。
瓦礫の中を1時間近く歩いた。
ようやく見えた出口には待ち合わせた相手が――いない。
外か。
店長いわく心配性な人だから、ドームの屋根が落ちそうなところは避けたのかもしれない。
心構えが少し緩んでしまった。
ゲートから荒れ地に出ると、俺を待っていた相手が灰色の長髪を揺らして振り返り、小さく手を振った。
ソフィアさんだ。
応えるように手を振りながら歩み寄ったところで俺は固まった――その見た目の衝撃に。
着ているのは上級職員用の真っ白なバトルジャケット、ボスと同じものだ。
スタイルに合わせて調整してあるようで全体的に細身でシュッとして見えてとても凛々しい。
上だけ見ればめちゃくちゃかっこいい美人である。
上だけなら。
一方で下は"ド"がつくエロさだ。
ピッチピチになったレザーパンツは天才彫刻家がその生涯をかけて彫ったような美脚を全宇宙に強調している。
やみくもに細いわけではない、外から見ても分かる運動経験が詰まった生命力にあふれる下半身だ。
ソフィアさんの歩く動作に合わせて万華鏡のように変わるその景色が、おっぱい派の俺に"今すぐ改宗しなさい……"と教え
「浅倉さん。女性をそのように見てはいけませんよ」
「……………………うわっ!? すみません!!」
いつの間にか目の前に苦笑いするソフィアさんがいた。
バチンと正気が戻ってペコペコ頭を下げる。
ちょっと前に遊佐に怒られたばかりなのにまるで学習していない……。
「そう意識されると恥ずかしいんですからね……。車はこの辺りで待っていれば?」
「は、はい。ちょっと遅れてるみたいですけど」
「分かりました。一応駐車場に移動しておきましょうか」
そう言って前を歩き出した。
その背中には細身の長剣と折り畳まれた弓がぶら下がっている。
腰にはお尻が隠れる程度のポーチをつけているが、矢筒は見当たらない。
もちろん格納されている可能性はある……けどあまり本数は持ち運べなさそうだが。
とはいえ、手ぶらに近いのはベテラン感があって格好いいな。
舗装が荒れ放題の駐車場で待つこと5分。
軽トラに乗っていつものおっさんがやってきた。
「悪いね、道が混んでてさあ!」
しょうもねえ冗談を。
フットワークが軽いので1本目のタワーから依頼しているおっさんだが、しゃべりだすと面倒くさいのが欠点だ。
案の定ソフィアさんを連れている俺を見て目を見開いた。
「あれ……兄ちゃん、この前の女の子と違くない?」
「冗談言える相手かどうかジャケット見て判断してくれ」
「分かってるよ! 上級職員様だろ? 1回ぐらいは見逃してよお」
「初めまして。お察しの通り、協会上級職員の水住と申します」
ソフィアさんが軽い礼の後におっさんをじっと見た。
まずい、仕事モードだ。
「あなたは……珍しいですね、この
「え? い、いやあねえ。人がいないところの方が逆に儲かるかなって、逆に」
「営業許可証を拝見しても?」
「ももももちろんですよ、ははは……」
慌てて軽トラから書類を取り出した。
よかった無許可じゃなくて、予定がいきなり吹き飛ぶのはごめんだぞ。
おっさんは静かになって平和な荒れ地の旅が始まった。
ソフィアさんと2人、時折雑談を交えながら荷台に揺られている。
……しかし本当に同行してくれるとは。
"俺のことも心配している"と言ってたのを社交辞令とまでは思ってなかったが、水住が不参加になった時点で今回は見送りかなと思っていた。
当初の予定と違って合宿になったし。
合宿と言っても、要は肉体的・精神的な健康を無視してエンドレスに戦い続けるというだけなので……正直保護者の目があるとやりづらいという理由もあった。
しかしその辺の後ろめたさを逆に察知されてしまったらしく、メッセではなく電話で優しく尋問されて洗いざらい吐いた結果こうなっている。
基本的には俺の意思を尊重してくれるらしいが本当に駄目な時は止めるとのこと。
そのラインが俺と大きく離れていないことを願うばかりだ。
◇
荒れ地と沼地の境目で軽トラのおっさんと別れた。
ここからは徒歩でタワーを目指すことになる。
歩けば2~3時間で着きそうに見える位置に立っているが、いざ沼地に入ってみるとめちゃくちゃ歩きづらい。
基本的に膝まで水に浸かってるし、たまにある陸地は全部泥だ。
視界は常に中途半端な大きさの木にふさがれている。
足元に気を取られ、なんとなく木を避けながら進んでしまうと、ぐるっと回っていつの間にか入口に戻ってしまうことさえありそうな迷いの森だ。
しかしさすがと言うべきか、経験豊富なソフィアさんにそういう心配は無用らしい。
ここは元々"領主"の縄張りだったので来たことはないと言っていたが、事前の情報収集は万全のようだ。
俺を先導する後ろ姿にはまったく迷いが見られず、汚れることも気にしないで水面をジャブジャブ踏み抜いて進んでいる。
あとで《浄化》を使えばいいとはいえ、これが妹の方だったらもっと嫌そうに後ろを付いてきただろうな。
「うん?」
休憩を取れるような場所もなく歩き続けて数時間。
気づけば生えている木の量はずいぶん少なくなっている。
そして足元の感触に、これまでよりも何か人工的な硬さを感じるようになった。
これは……。
「もう遺跡に入ってます?」
「そのようですね。
やっぱりか。
簡単に下調べしたところ、今回目指している遺跡は以前に人が住んでいた街の廃墟らしい。
人というのは俺達のようにゲートから渡ってきた連中ではない。
10年ぐらい前、ゲートが繋がるよりも先に"ノア"に無理やりアークにワープさせられた"転移者"達のこと。
当時は死んでも地球に帰還できず、その人達は生きていくためにいくつも街を作ったそうだ。
歩いているうちに足元の水面が大分下がってきた。
朽ちた建物の数も増えている。
遠くの木々の先には、明らかにここまでと様子の違う開けた場所が見え隠れしていた。
ようやく休憩できる……だがその前に。
「ソフィアさん、何かいます」
超感覚に反応あり。
ただ、いると思われる方向には木々しか見えていない。
またトレントじゃないだろうな。
「……確かに。微弱ですが私にも感じ取れます」
「小さいやつですかね。動いてる気配がないので無視でもいいか」
「一応
ソフィアさんが立ち止まった。
隣に行って様子を見ると目を閉じて何やら集中している――何やらじゃないな。
目に魔力を集めているみたいだ。
数秒後、静かに目を開いて辺りを見回し、進行方向から外れたところにある木を指さした。
「あの木の裏に張り付いています。Eランクのようですからこのまま進みましょう」
「今ので見えたんですか?」
「……
"意外"の2文字が顔に書いてある。
「聞いたことないです。そういうテクニック? は、うちのボスの方針で後回しになってたので」
「なるほど。つい忘れてしまいますが、浅倉さんはまだ開拓者になられたばかりでしたね。ではよい機会ですからお教えしましょう」
「ありがとうございます!」
「思わぬところで教師ができて私も嬉しいです。幻視というのは、簡単に言うと超感覚と視覚を繋げる技術になります」
ソフィアさんが微笑みながら自分の目を指さした。
「"影おくり"という遊びに近いかもしれません。目に魔力を集中させてみていただけますか? 超感覚を意識しながらです」
俺は目を閉じて言われた通りに魔力を集めた。
活性化していない時の魔力は色が薄く、まぶたの裏にも映らない。
だが超感覚は確かに目にそれがあることを感知している。
「そのまま見えないはずの魔力を見ようとし続けていると、いつか
ソフィアさんがしゃべり始めた頃には、まぶたの中を行き交う淡い光が既に見えていた。
魔力濃度はさっきまでとほぼ変わらない。
なのに見えるようになったということは……本来の視覚で捉えているものではないってことなのか。
"影おくり"。
足元の影をしばらく見てから空を見上げると、そこにないはずの影が映るという遊び。
これで目を開ければいつもは見えていない、モンスターや魔法が保持している魔力が超感覚を介して見えるようになるのか。
理屈を飲み込みながら目を開けて――
「うっ!?」
――あまりの情報量に脳がパニックになった。
今まで見ていた世界の上に、同じ大きさの別世界が重なっているような。
反射的に全ての情報を飲み込もうとしてますます混乱した結果……ひどいめまいを起こし、俺はバランスを崩して倒れてしまった。
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