第32話 "転移者"の街
硬い地面に叩きつけられ、顔が泥水に浸かる。
「浅倉さん!?」
反射的に目を閉じたことで情報量が抑えられた。
そのまま身体の痛みを無視してすぐに立ち上がる。たかがめまいで転ぶとは情けない。
「すみません、ちょっとくらっときて」
「ちょっとで済んだようには……! 目は大丈夫ですか!?」
「多分。そろそろ戻ります」
まぶたの裏にはまだ見えないはずの魔力が見えていたが、もう拡散し始めている。
目の前にソフィアさんの気配がしたと思うと両肩を掴まれる……支えてくれているみたいだ。
あまり長くさせても悪い。
適当に目を開くと、アイスグレーの瞳が心配そうに俺を見つめていた。
「もう大丈夫っす」
へらっと笑いながら支える手を軽くたたく。
「……本当に何ともないようですね」
ソフィアさんが安堵の息を漏らしながら身体を離した。
「私の思慮不足です。初めは何も見えない方がほとんどなのですが、超感覚に依存する以上"見えすぎる"可能性も考えておくべきでした」
「いや、最初の1回はいつやってもこうだったと思いますから。早めに教わったおかげで合宿の目標もできましたし」
あんまり気にしないでほしい。
今の時点では何に使えるか分からないが、手札が増えるのはありがたいからな。
「お気遣い感謝します。……念のため」
そう言ってポケットから取り出した魔石を割ると、俺の身体が温かい光に包まれた。
地面にぶつけたところから痛みがひいていく。
「《回復》持ってるんですね。相当レアなのに」
「上級職員はそれなりの支援を受けていますので」
少数精鋭って感じだもんな。
開拓者じゃない人達の救出任務もあると聞くし、協会の顔として活動させているだけのことはある。
気を取り直して移動を再開し、間もなく沼地を抜け出した。
石畳の道路の先には大きな門、その奥には廃墟と化した街が広がっている。
一旦その場で休憩することにする。
「この街は"転移者"達が最初の方の時代に住んでいたエリアと言われています」
ソフィアさんが解説してくれた。
「建物のつくりは大昔のヨーロッパに近いです。彼らは現代人とはいえ、まだつたない魔法で街を作るにはその頃の様式が合っていたのでしょう」
「はい……」
「どうかされましたか?」
「いえ、前々からよく分かってないことがありまして」
"時代"という部分の話だ。
地球の人が転移させられたのは10年ぐらい前なので、現在に至るまで時代と呼ぶほどの期間はなかったんじゃないか?
初めて聞いた時の俺はごく自然にそう考えていたが、実際にはあったらしい。
「昔は地球とアークの
地球に戻ってこられた"転移者"は、みんな老人だった。
……が、その後DNA検査により、アークに転移した時期のその人達は
つまり地球のわずかな時間で子供が老人になってしまうぐらい、アークの時間の流れが早かったという仮説。
確かに目の前の廃墟も10年でここまで崩れるか? という見た目だが……。
「"少なくとも1000年以上経過した遺跡がある"と述べている学者はいますが、浅倉さんのおっしゃりたいことも理解できます」
「こっちに1日いると地球でも1日経ってますからね、普通に。今体験してるのと全然違うもんで」
「仮説はいくつかありますが……現象だけ見て解釈するなら、元々早かった時間の流れがどこかで調整された、というところでしょうか」
「何でもありだなあ。そういう魔法だと言われたら仕方ないですけど」
「この世界自体が魔法の産物である可能性もありますからね」
世界を作る概念魔法か。
実在するとすれば、一番近そうな"ノア"の力を欲しがる奴がいるのも当たり前だな。
休憩を終えた俺達は門をくぐって街の中に入る。
わずかに蛇行しながら伸びていく道路の脇には、石造りの家、だったものが立ち並んでいる。
屋根がきちんと残っているのは数えるほどだ。
壁も壊れて中が見えている家がほとんどで、その残骸がところどころで通行を妨げていた。
「"オートマタ"がどこにもいない」
ソフィアさんが呟いた。
そういえば確かに。
俺は歩きながら超感覚に集中してみた。
今でいう魔法具、そして企業が作るアトラスの原形でもある。
事前に調べたところによるとこの遺跡のオートマタも野良化してモンスター同然になっており、街に入ってきた者達を攻撃してくるという話だった。
けど超感覚には小さな魔力、恐らく魔石の気配はそこら中にあるものの、オートマタを動かすような魔法の気配はしていない。
タワーがノワーになったのと関係あるのか?
……いや、魔力が吸われて濃度が下がろうが、自前の魔石さえあれば動ける機械には関係ないはずだ。
「この先に魔石の散らばるエリアがあるようです。警戒を」
「分かりました」
頷きを返す。
幻視ってほんとに便利だな。
道路を歩くこと3分ほどでそれらしき広場に到着した。
円形で、俺達が来た方向以外にも三方向に道が伸びている。
それほど大きくもなければ特徴的な広場でもないが……昔はここに人が集まったりしてたんだろうな、と思った。
しかし今は、錆びた金属の機械があちらこちらに転がっている。
オートマタだ。
顔のない球形の頭部に四角いボディ、脚部は一輪車のようにタイヤが1つ付いている。
立ち上がった時の大きさは、多分目線より少し低いぐらい。
分類的には小型だろう。
ソフィアさんが近くに倒れているものを注意深く観察している。
「魔石は残っている? 停止状態でしょうか」
「壊れてはなさそうですけど……いや、来ます!」
魔法の気配がした方向を振り向く。
ここからは見えない遠くの方で何かの魔法が発動し、それが広場中のオートマタに伝わった。
機械人形が次々に立ち上がっていく。ぱっと見だけでも20体以上はいるようだ。
「小型ですからEランク相当でしょう。あまり気負わないでくださいね」
すらりと長剣を抜きながらソフィアさんが言った。
一方俺は苦い顔だ。
こいつら、モンスターじゃなくて機械なんだよな……。
オートマタ達が両腕に付けられた銃口を向ける。
俺達がばらけるように跳び離れると同時に、《岩の矢》の一斉射撃が始まった!
その側面を取ったソフィアさんが長剣を構える――剣身を魔法の風が覆っている。
《風のエンチャント》か。
1体のオートマタに一気に迫ると、その胴体の中心部を狙いすまして突き抜いて停止させた。
そして即離脱。仲間の残骸ごと呑み込もうとする矢の嵐はかすりもしない。
さらに回避によって得た猶予を使い魔石を割ると、見覚えのある光の球がいくつも現れる。
《妖精》? 確か水住も使っていた魔法だ。
妖精達はまるで意思を持つように飛び回ると、それぞれが《風の矢》を放ってオートマタを穿ち始めた。
その狙いはどれも正確無比でこのままだと俺の仕事がなくなる。
感心してる場合じゃない。
あわてて魔石を割った。
「エンチャント!」
駆けながらの呼びかけにフェンリルが応え、薙いだ剣がオートマタに達する直前に稲妻が走る。
金属製のボディが刃に触れたそばから焼き切られていく。
明らかなオーバーキルだが、対物理には自信がないのでこれしか選択肢がない。
オートマタが厄介なのはまさに"モンスターではない"という部分で、一応スレイプニルすら傷つけられた自前のエンチャでも、こいつらを叩けば剣がひしゃげるだけの結果に終わってしまうだろう。
ノーコンだから遠距離魔法は期待できないし。
結局広場を殲滅し終わるまでに俺が倒したのは、わずか3体。
残りは全部ソフィアさんが片付けてしまった。
フェンリルからご不満の意思を向けられている気がする……。
「浅倉さん、まだ来ます」
「え?」
ソフィアさんは警戒を解いていない。
最初に魔法の気配がした遠くの方を見つめている。
「情報によるとあちらにはオートマタの工場があります。私達を迎撃するために小型を起こし、それが失敗したとなれば」
その先は聞かずとも分かった。
遠くから大きなものが走ってくる音が響き、次第に地面が揺れ始める。
にわかにフェンリルが張り切りだした。
間もなく姿を現した音の主は、1体の大きなオートマタ。
クモのような四脚のフォルム。
道幅をいっぱい使った大きさだ。
胴体の上に球体の頭部があるのは変わらないが腕はなく、代わりに前面に大砲が備え付けられている。
無いとは思うが、もし物理的な砲弾なんか撃たれたりしたら厄介である。
「あいつは俺が……あれ?」
言い始めた頃にはソフィアさんの妖精達が飛翔していた。
クモを包囲した9つの光球が3つで1隊に分かれ、それぞれが宙に三角形を形づくった。
その中心に魔力が収束する。
クモが迎撃の砲塔を向けた頃にはもう遅い。
それぞれの三角形から《風の槍》が放たれ、胴体を包む装甲をぶち抜いた!
「おー……」
ぼーっと眺めているしかない俺の前でクモが沈黙し、砲塔が地面にガクンと垂れる。
「すぐには増援も来ないでしょう。とはいえあまり彼らを刺激したくは……ええと、何か?」
警戒を緩めたソフィアさんが振り向き、俺を見て不思議そうな顔をした。
俺はなんでもないですと首を振った。
フェンリルからご不満の意思を向けられている…………。
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