第33話 合宿開始

 広場からそのまま真っ直ぐ進むのが最短ルートらしいが、ソフィアさんの提案で一旦工場から離れる方向へ迂回していくことになった。

 別ルートの道路も長く続いているのを見ると、改めて街の大きさを実感する。


「ほんとにたくさん人が住んでたんだなあ」


「これでも遺跡の中では小さい方ですよ? 別のゲートには何万人も暮らしていたような遺跡もありますし」


「それだけいたのに、地球に戻れたのはほんの数人でしたっけ」


「ええ、公開されている限りは5人。"転移者"達が送還魔法を作り出したそうですが……送れたのはそれが限界だった」


 その人達も今では全員が亡くなったと発表されている。

 ……そういえば帰ってきた彼らは、全世界に向けての会見で"ゲートが出来てもアークには行くな"と言ってたと思うが。


「そもそもゲートを作ったのって誰なんですかね」


「それも"転移者"だと考えられています。送還魔法をベースに新たな転移手段を開発する計画があったと」


「なるほど」


 俺は"ノア"の可能性もあると思ってたけど、よく考えたら自分から拉致しておいて帰すわけないか。


 そして結局、他の"転移者"達は帰ってこられず、アークでは生存者も見つかっていない。

 ゲートの完成が遅すぎたのか、それとも他の理由があったのかは分からないが……。

 哀しい話だな。





 迂回により一度は遠ざかったタワーが、歩き続けるうちに再び近づいてきた。

 街並みを抜けた先のひらけたエリアに建てられている大きな礼拝堂。

 その裏手にある墓地に生えているとのことだ。



 特別頑丈に作られているのか?

 礼拝堂は周りの家とは違ってある程度原形をとどめていた。

 敷地に入ると、追ってきていたオートマタ達が急に関心を失くしたように引き返していく。


「ここは特定の機体しか入ってこられないと聞いています」


 見送りながらソフィアさんが言った。

 宗教のことは詳しくないが、この大きさといいよほど重要な施設だと思われる。

 予定ではこの礼拝堂を今日を含めて4日間の拠点にするつもりだ。


 が、トラブル発生。

 入口の部分だけ崩れてしまったようで微妙に通路が塞がれていた。

 とはいえ下の方に空間があるので、這っていけば問題はないが……。


「《念動力》で動かしてもいいのですが……いえ、壁は残しておきたいですし、このまま入ってしまいましょう」


 そう言って身をかがめたソフィアさんがお尻を突き出し――!?

 まずい!

 俺はあわてて目を逸らした。


 でも我慢できずに結局見た。

 腰のポーチで隠れていたソフィアさんのお尻がピチピチのレザーパンツで強調されていく――


「……俺が先に行きます!」


 ――のを見続けることに耐えられず、気づけばそう申し出ていた。


「え? ええ、分かりました、お願いします」



 不思議そうにしながら前を譲られ、俺は四つん這いになった。

 心の中の悪魔が


"何故逃げた!? ゴミが!! クソ童○野郎!!"


 と叫んでいる。

 ゴミはお前だ。

 俺は同じ変態でも、正面から見て怒られる堂々とした変態でありたい。


"一生あのケツが見れなくてもいいってのかよ?"


 ……………………うーん。


 やっぱり引き返そうか悩んでいるうちに入口をくぐり抜けてしまい、俺は礼拝堂の中に入った。

 結構荒れている。

 木製の椅子はほとんどが腐り落ち、宗教的な器物は何も残っていない。

 泥棒に入られたのだろうか?


 同じようにくぐり抜けてきたソフィアさんが周囲を見回した。


「ここだと少し広いですね。奥を探してみましょうか」


 同意して進むと準備室のような小部屋があったので、そこを使わせてもらうことにした。

 屋根があるところで休めるのはありがたい。

 地球はもうとっくに夜になっているが、アークには昼夜の概念がなくずっと赤い空のまま。

 外で寝ると明るくて全然落ち着かないのだ。




 疲れも溜まったということでタワーに行くのは明日からになった。

 ……というか、すぐに行こうとしたら怒られた。


 この4日間の課題は重要なものばかりだが、ラインを越えるとソフィアさんに引きずられて帰ることになりかねない。

 初日ぐらいは大人しくしておこうと思う。


 あとは食事をとって寝ましょう、ということで各々が準備開始。

 2人とも似たようなパウチのレトルト食品だ。


 しかし、俺がせかせかとバッグから湯せん用の鍋を取り出している間に、ソフィアさんはなんと魔法だけで作業を済ませていた。

 《念動力》で浮かせたパウチを魔法で作り出した水球に突っ込み、同じく魔法で火を灯して沸騰させている。


「浅倉さんの分も温めましょうか?」


「…………大丈夫っす」


 俺は意地になって断った。

 どうせ鍋以外の火と水は同じ魔法なのに。

 ソフィアさんはくすくす笑いながらその作業を見守っていた。




「《風属性》をメインにした理由ってあるんですか?」


 食後の雑談中、特に深い意図はないが聞いてみた。


「威力の調整がしやすいんです。上級職員は人間を相手にすることも多いですから、殺傷と非殺傷を使い分けられる方が便利だと思いまして」


「あれ? うちのボスは《氷属性》……?」


「そ、そうですね……うーん……凍結による拘束を狙っている、とか……」


「ははは……」


 少し考えてから"ボスは逆に殺傷能力を上げたいんだろうな"と気づいたが、苦しいフォローをさせてしまった。

 話題を変えよう。


「《妖精》も使ってましたよね。水住よりずっとレベル高いやつ」


「紗良は私を真似して使い始めたのですが、あまり合わなかったようでして」


「ああ……ソフィアさん大好きですからね、あいつ」


「そうでしょうか……? 昔はもっとしたってくれていたのですが、最近は話す機会も減ってしまって」


「え? いや、あの、全く心配いらないかと」


 寂しそうなソフィアさんに向かって小刻みに首を振った。

 大好きというのはぼかした言い方で実際は信者に近い。下手すると俺が適当に作ったグッズとかでも買うと思う。

 今はストラトスのあれこれですれ違っているだけだろう。



 明けて2日目。

 といっても空の色は変わらないが、ともかく俺達は墓地の中までやってきた。


 タワーの前には、ここまで見たことのなかった大型のオートマタが倒れている。 

 ……人型か?


 陶器のような材質の白い身体に、黄土色の金属鎧。

 手足がついているが武器の類は持っていない。


 ここで倒れているということはタワーを壊そうとしたのだろうか?

 けど何があったにせよ、オートマタを動かしていたのは魔法だ。


 それが"ノア"の魔力の前で放置されているということは。


 俺達に反応したタワーが、その紫の輝きを増していく。

 いつもであれば現れる空間の亀裂は今回はなく、代わりに"ノア"の魔力がオートマタに憑りついた。

 倒れていたオートマタがきしむ音と共に立ち上がる。


《Bランク:シグルーン(人形型)》


 名前付きか。

 識別されたってことは同型の機体が他でも見つかっているらしい。


 こちらを向いたシグルーンは巨人の女騎士のような見た目をしている。

 これまでのオートマタとは違って顔には無機質な表情が彫り込まれていた。


 シグルーンが右手を真横に、そして左手を俺に向けて伸ばすと、それぞれの手に光の槍と盾が現れた。

 その目から紫の光が放たれる。

 戦闘準備完了ってか。


「私は後ろで」


 ソフィアさんが下がっていく。

 ここに来た目的のこともあるので"今回は1人で戦わせてほしい"と伝えている。

 俺の動き次第で残り3日のソフィアさんの予定が決まることになる。

 心配をかけないように立ち回らねば。



 シグルーンが踏み出すのに合わせて前に出る。

 魔石を取り出し、砕き、《フェンリルの爪》を左手に呼び出した。


 振りかざされた光槍が俺に向け高速で突き込まれる。

 まるでレーザーだ。

 これを見てから反応できる奴は人間じゃない。


 もちろん俺は人間なので、事前に超感覚で予習済みだ。

 光槍を迎え撃つように左手を伸ばす――衝突!

 実体のない槍が《フェンリルの爪》と競り合い、魔力の火花が散る。

 ここからどうする、フェンリル?


 爪が独りでに雷気を放つ――当然攻めるか!

 空いてる右手で少しお高い魔石を割ると雷気が稲妻に変わる。


 そのまま蒼雷を纏った爪が光槍を押しのけ、シグルーンがのけぞった。

 フェンリルから追撃の意思を感じて実行に移す。



 ――今回の合宿の発端はフェンリルへのエサやりだ。

 ただそれとは別に、遊佐を見て思ったことがある。


 ガルムと息を合わせた時の驚くようなスピード。

 契約者との同調が深まるほど契約魔法の効果は高まる……その理解が正しいとすれば。


 俺は契約者じゃないのかもしれないし、フェンリルも契約魔法にくくられる存在ではないのかもしれない。

 けどもっと強くなるにはお互いの心を合わせることが必要だ。


 いつまでも右手と左手のどっちを動かすかで喧嘩してるわけにはいかない。

 なので今回は俺がフェンリルをサポートしよう。前に出て殴れば満足するから合わせる方も楽だし。


 後ろに一歩退いたシグルーンが、追撃のために距離を詰める俺を光の盾ではね返そうとする。

 それに対してもフェンリルは突撃を選んだ。

 さっきと同じように腰を捻り、左手の爪を盾にぶち当てる――さすがに今度は受け止められたが、やはり魔法としての格が違う。

 激突した部分から光の盾に亀裂が走り広がっていく。


 一方で爪はまったくの無傷。

 接近戦の不利を悟ったシグルーンが前に出ている脚部をたわめ、大きく跳び離れる気配を見せた。


 けどそれ、ミスったな――《ゴースト》。


 死霊の手が脚部の魔法式に干渉し、後ろに跳ぶ力を突然失ったシグルーンの身体が前に倒れてくる。

 あとは《力場》を蹴って位置を合わせるだけでよかった。


 フェンリルが吠え、雷爪がさらに大きく鋭く伸びていく。

 残りの魔力を全部込めた一撃がシグルーンの顔から胸までを大きく切り裂く。

 それが決着になった。

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