第34話 焦燥

「お見事です」


 シグルーンの残骸を見てソフィアさんが言った。

 オートマタはモンスターじゃないから消えないのは仕方ないが、この後のことを考えるとちょっと邪魔だな。


「正直なところ、浅倉さんの実力を見誤っていました」


「相方が優秀なもので」


「最強の矛をたずさえているからと言って、誰もがそれを届かせられるわけではありません。あなたは間違いなく相手よりも格上でした」


 褒めすぎィ! 俺は口角をへの字に曲げながら頭を掻いてごまかした。


 ただ、確かに"負けるかもしれない"という感じはまったくしなかった。

 最近の俺の脳内ライバルが初めて会った時の完全体フェンリルに設定されているからかもしれない。


 まだ何も知らなかった俺が動かし、それでも同じSランクに勝ってしまったという事実の大きさをようやく実感しつつある。

 けど俺は、いつかその最強のモンスターとも――


「タワーに向かいたいのですが、お付き合いいただいても?」


「――あっ、はい。行きましょう」





「これが"ノア"の……」


 ソフィアさんが上を見ながら呟いた。

 もうタワーに触れられる距離まで近づいている。


「あ、触る時は気をつけてください。魔法使わなきゃ大丈夫ですけど」


「支配の力を持っているのでしたね」


 慎重に手が伸びていき、紫の表面を撫でるように触れた。


「確かにこれは魔力を吸っています。ただ、他に得られる情報は何も……幻視でも中の魔法式がよく見ええない」


「向こうから邪魔されてる感じですか?」


「いえ……混沌と言うべきでしょうか。数えきれないほどの魔法式が重なり合っていて、それぞれの意味を抜き出すことが難しい」


 そう言ってソフィアさんは手を離した。


「浅倉さんが言うようにガーディアンを再召喚する機能があるなら、その素になるモンスター達がまとめて封じられているのかもしれません」


「なるほど」


「この後私は街を調査しに行ってきます。帰還ルートの確保がメインですが、余裕があれば工場の様子も確認してくるつもりです」


「すみません、お任せしちゃって」


「いえいえ。それよりも浅倉さん、連戦されるとのことですが無理はしないように。危ないと思ったら予定を切り上げてくださいね」


 ……俺はあいまいに頷いた。


 このタワーはガーディアンを倒されてもある程度の時間で再召喚を行う、これは2本目を壊す時に水住に付き合ってもらって確かめていた。

 間隔は10分のことも1時間のこともある。

 出たのは全てCランクだったが、これは3本目なので恐らくBも混ざるはずだ。


 求めていた成長の機会を前にして、原因の分からない焦りが湧き始めている。

 "無理をするな"というのは、もしかしたら無理かもしれなかった。



 2日目を終えた俺達は礼拝堂に戻ってきた。

 一足先に食事を終えたソフィアさんは、何やらタブレットで作業している。

 俺はといえば、ぼーっと飯の支度をしながら今日のことを振り返っていた。



 狙い通りにタワーは何度も召喚を繰り返し、俺達はガーディアンと戦い続けた。

 15体ぐらい出てきただろうか?


 相手はほとんどがCランクで……そういえばガルムとも戦ったな。

 裂けた口の大きな黒犬。

 "ノア"に支配されているのでフェンリルにびびることはなかったが、当然苦戦するようなこともなかった。


 Bランクで出たのは……ミノタウロスの親戚みたいな"グレンデル"と象の怪物"カトブレパス"。

 どちらも正面から来るパワー系だったのでフェンリルの敵ではない。



 本格稼働の初日としてはまずまずの成果と言ってもいいはずなんだが、俺はどうにも満足いっていない。

 理由は分かっている。

 シグルーンでもそうだったように、Bランクに脅威を感じなくなったからだ。


 "余裕"と言えるほど差がついているわけではない。

 けどフェンリルに合わせて慎重に戦えば、負ける可能性はまずないとまで言える。

 俺の超感覚はそのレベルにまで磨かれていた。


 だからこそ俺は、もうBランクから学べることがなくなってしまっている。


 俺達が次に戦う強敵は、タワー5本目のAランク。

 その時が来るまで恐らく半月の猶予もない。


 そしてAランクにとって、Bランクは"余裕"の部類の相手になる。

 このまま戦い続けたとして、俺達はそいつに並ぶ強さを手に入れられるんだろうか?



 ふと思いついて魔力を目に集めてみた。

 幻視で外を見ようとすると逆に見えすぎてぶっ倒れるが、ならどうなるか。

 目を閉じたまま自分の内側を覗き込むように意識する。


 ――上手くいった。


 俺の内側、深いところにある暗闇を小さな白い光の球が照らしている。

 その球にはバーコード状の発光体……フェンリルの魔法式が巻きついていた。


 魔法式はところどころが欠けている。

 そして記憶では、その魔法式とともに周囲を駆け巡っていた蒼雷は、今では小さな稲妻を走らせるのみになっていた。


 多分これは《雷》の概念魔法。

 Sランク戦で使った、光速化する魔法式の残滓ざんしだろう。


 それらは俺が"ノア"から奪い切れなかった部分。

 フェンリルは、その修復のために戦いを求めている。

 ……相手がBランクだとしても、それで力を取り戻せるなら意味があるはずだ。




 そうやって自分を納得させて、迎えた3日目も同じように戦い続けた。

 出てくるガーディアンは相変わらずCランクかBランク。


 繰り返し行われる戦闘で、俺達の連携はどんどん良くなっていく。

 最後に出たBランク、首元に青い炎のような襟巻を付けた大鷲"ガルーダ"との戦いでは、ついにフェンリルが《雷の槍》でサポートに回った。


 それは俺の動きが自分フェンリルの意思と衝突しないと認められたことを意味している。

 難敵であるはずの空飛ぶ高ランクは、その連携を前に爪痕すら残せないまま撃破された。




「浅倉さん、そのは……? ……いえ、すみません。見間違いだったようです」


 礼拝堂に戻った後、ソフィアさんが急に険しい顔をしたと思ったらそんなことを言い出した。

 何かと思ってスマホのインカメで顔を映したが、急にイケメンになったということもなく、本当にただの勘違いだったらしい。



 それから最終日となる4日目についての話があった。

 ソフィアさんは残りの区画を調査してから、帰還ルートを確保するための仕掛けの設置に出向いてくるとのこと。

 工場の近く、かつ俺達が通らない方向に小型の《敵寄せ》魔法具を仕掛けてくるそうだ。


 タワーを壊してから遠隔式のそれを作動させ、オートマタの注意を引くことで行きよりもずっと早く帰れる見込みらしい。

 何から何までお世話になりっぱなしで頭が上がらない。


 けど、その感謝の心の裏には、"まだ戦い足りていない"という気持ちがあった。

 多分俺は……それを隠せていなかった。



「今すぐに帰りましょう」


 タワーの前でソフィアさんが言った。

 その表情はひどく真剣だ。


 今日は早くから俺の戦いを見守っていて、途中で姿を消し、しばらくして戻ってきたかと思えばこの一言だった。

 《敵寄せ》の設置が終わったんだと思うが……。


「予定より早くないですか?」


「……受け答えに支障はないのですね。ですが浅倉さん。今の貴方はフェンリルの影響を受けすぎているように見えます」


 影響?

 俺は首をひねった。


 確かに今日も戦い通しだし、フェンリルと思考が一致する場面も増えてきてはいる。

 けど俺は俺のまま……だよな?



 よく分からないから俺もてみるか。

 目を閉じたまま幻視を使う。――フェンリルの魔法式は、この2日間で間違いなくその欠損を埋めつつある。

 それを見ると、


「もう少しだけ戦わせてください」


 最初から用意していたように口から言葉が出た。

 さっきまでの自分がどこかに消えていく。

 今は戦えば戦うほど強くなっていくような気がしていて、それを現実にしたいという衝動を止められなかった。


「いけません。貴方と意思疎通を取れなくなってからでは遅い」


「あ、あと2、いや3回だけ!」


 俺の最短30分、最長3時間の延長申請を聞いたソフィアさんは深いため息を吐いた。

 その雰囲気がお仕事モードへと変わっていく。


「浅倉さん、明日は月曜日です」


「……? はい」


「学校ですね」


「……そうっすね」


「出発前に志乃と話しました。"もし玄が予定を延長しようとしたら、首に縄をつけてでも連れて帰ってほしい"、だそうです」




 …………俺は聞こえなかったフリをした。

 タワーの方を向いて、まるでそこに何かがあるように見上げてみせる。



 ――背後から迫る魔法を察知!

 飛びのくと同時にフェンリルが反応し、迎撃の《雷の矢》を放つ。

 相殺したのは《風の矢》だ。


 宙を舞う光球妖精、全部で9つのそれが周りに展開されていた。

 ソフィアさんの冴え冴えとした視線が俺を射抜く。


「その通りにさせていただきます……安心してください、救助任務にも慣れていますから。目が覚めた頃には地球です」


 実力行使かよ!

 俺の意識が切り替わる。


 冗談みたいな流れで――まさかのソフィアさんとの戦いが始まった。

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