第59話 在りし日の召喚
「――――おっ、起きたかい? 兄ちゃん」
軽トラの助手席で目が覚めた俺は、運転中のおっさんに声をかけられた。
凝りをほぐそうと狭いスペースで身体を伸ばす。
「っ……悪かったな、いきなり乗って。どのぐらい経ってる?」
「あ~~5、6時間かね? 拾った時はびっくりしたけど、困った時はなんとやらよ」
ひらひらと手が振られる。
軽トラを見つけた俺は息も絶え絶えに助手席に転がり込んで、それから数秒後には眠りに落ちた。
おっさんからしたら訳が分からなかっただろう。
「着いたらちゃんと料金払うよ。……ん? これどこに向かってる?」
「そりゃもちろん第2ゲートさ! 料金は、まあ今回はサービスでいいぜ! 後ろのお客さんのおかげで繁盛してっからよお」
「後ろ?」
振り向くと、窓越しに見える荷台には3人の男が座っていた。
全員日本人じゃない。
浅黒い感じのお肌で、お顔の彫りが深く、頭には
「あの人達をゲートに連れてくのか?」
「そうだよ?」
「……一応言っとくけど、密入国の手伝いは重罪だぞ」
「……………………」
おっさんはしばらく黙ってから下手くそな口笛を吹き始めた。
「はあ……まともな運び屋だとは思ってなかったけどな」
「見逃してくれっ! さっき助けてあげたじゃねえか!」
「分かってる」
客の行き先が第2ゲートなら目的は一つ、《宇宙船》だ。
ニュースで海外も大騒ぎになったが、あまりにも急すぎて入国が間に合わなかった人も多いだろう。
石油王の皆様はたぶんそんな感じの理由でアークから直接向かっているだけで日本には用がないと思われる。
「通報はしないけど……おっさん、後ろの連中って日本語は?」
「あーいや。通訳さんがモンスターにやられちゃってさあ」
「それでよく続行する気になったな」
「前金だけで一生遊べるぐらいもらっちゃったからよ。やっぱ
ゲヘヘと下品に笑っている。
冷静になって気づいたが、第2ゲートから中東の国のゲートに繋がる道なんて聞いたことがない。
このおっさん意外にも凄腕だったようだ。
「じゃあ忠告しとく、アークトレイル社のイベントには近づかない方がいい。後ろの客は言っても聞かないってか分からないだろうけど、降ろしたらおっさんはドームから離れとけ」
「兄ちゃんがぶっ倒れてたのと関係あんの?」
「そうだ。俺も何が起こるのかはっきりは分からないけど、ろくでもないことになるのは間違いない」
「ほ~ん、
「一生遊べるくらい儲かったんじゃないのか」
「んだから次は二生、三生の分ってな! こんだけでっかい商売が転がってんだぜ? まだまだ休むにゃ早すぎる」
「……おっさんの方がよっぽど開拓者してるよ」
◇
それから数時間後、廃道を抜けた軽トラは荒れ地を走っていた。
遠くに見えるドームまで恐らくあと数十分――しかし、状況は既に動き出してしまったようだ。
ところどころが破れていた半透明のドームの屋根が紫の光を放っている。
恐らくは街の修復……いや、《宇宙船》による時間操作。
荷台の外国人達が歓声を上げた。
超感覚が鋭くなくても、あそこで何かが起きようとしているのは感じるようだ。
かく言う俺も腹の底にビリビリとした痺れを感じていた。
ドームの、どこか一点の地面から、魔力のフィールドが徐々に広がっていくような。
俺はおっさんに言って、軽トラをアークトレイル社に近いドームの入口へと回してもらった。
降りた先では――、
「お~っ」
ボロボロに崩れていた入口が、地面からせり上がっていく光の波に合わせて崩れる前の姿を取り戻していく。
声を上げるおっさんの脇をすり抜けた荷台の外国人達が、こっちに手を振りながら中へと駆け込んでいった。
「おっさん、感心してる場合じゃない。早く行け」
「俺も見物していきたかったねえ。つってもここまで来ると”ちょっとやばいな”って感じもするわいね。――じゃ、兄ちゃん、よく分かんないけど頑張んなよ!」
「本当に助かった、ありがとう」
片手でキザに挨拶したおっさんが軽トラに乗り込むのを見届けて、俺もドームの中へと走る。
「もうこんなに人が……!」
ドームの中は、ごった返しているとまでは行かないものの観光地さながらの人手で賑わっていた。
端っこでこれだ。
中心部がどうなっているかは見なくても分かる。
老若男女入り混じったその人達は、瓦礫の山が光の波に包まれて高層ビルへと変化していくのを見て拍手したり、写真を撮ったりしている。
誰も不安なんて感じていない。
街が魔法のように蘇っていくのを楽しんでいる人ばかりだ。
ただ、気づいているのだろうか?
「
時間とともに廃墟が街に変わっていく、その様子を見れば見るほど自分の記憶との乖離が大きくなる。
このドームは都心みたいな無機質なビルの集まりだったはずだ。
けど現在進行形で目の前に広がっていく光景は、同じビルでも高さのバラつきとか、色合いとかが、なんと言うか日本っぽくないというか。
”アーノルド・ウィンターズ。アメリカ人男性”
唐突に鷹津の言葉を思い出した。
まさか奴の住んでいた街の再現?
もしそうだとしたら、アーノルドがやっているのは時間操作ではない……。
嫌な予感が猛烈に湧き上がる。
再現はみるみるうちに進んでいき、もはやドームは都市としての姿を完全に取り戻していた。
どんどん濃くなっていく魔力は、まるでタワーのすぐ傍にいる時のように圧迫感を膨らませている。
その中心地、アークトレイル社のビルに向かって駆ける。
「おい、どいてくれッ! ――ちっ!!」
ビルに近づくほど観光客の密度は増し、残り数百メートルからは歩く隙間もないほどの集団が行く手をふさぐ。
先に見える高く位置した演台へと、今まさに鷹津が向かっていくのが見えた。
そしてその地下深く……ずっとずっと深くから、恐ろしいほどの魔力がせり上がってくる!!
俺は《力場》を踏んで空に跳んだ。
拍手と歓声を響かせる人々の頭をいくつも越え、さらに高度を上げてから大声で叫んだ。
「鷹津ッッ!!!!」
鷹津の視線が一瞬だけこっちに振れた。
しかしすぐにうつむくように伏せられ、組んだ両手を祈るように頭上に掲げる。
それが合図だった。
――――鷹津の真下から、巨大な白い腕が地面を突き破って現れた。
ビルほどの太さを持つその腕に貫かれ、奴の立つ演台は地面ごと崩落し始めた。
鷹津の姿が見えなくなる……すぐ傍にいた何百人もの観光客達もだ。
それどころか崩落によって作られた巨大な穴が、その周囲にいる数千人もの人々を呑み込むように半径を広げ始めた!
”キャーーッ!?”
”うわああああっっ!!”
悲鳴を上げ、なすすべもなく落ちていく。
逃れた人達も穴の周りでバタバタと倒れている。
あの腕が放つ魔力にやられているのだ!
白い巨腕の見た目は、空気がパンパンに詰まったグローブのよう。
宇宙服か?
その手の先に異常な量の魔力が集束していく。
「クソッ!!」
阻止が間に合う距離ではなかった。
魔力が上に向かって撃ち出され、ドームの屋根をすり抜けて、さらに上の赤い空に突き刺さる。
刺さった部分から
――――青。
俺達のよく知る、地球の空の色だ。
《力場》の上で立ちすくむ。
空に広がり赤を駆逐していくその色を見て、俺はこのアークの
地面の穴から逃れた人々はその空に注意を向ける余裕もなく、押し合いながらとにかく遠くへと離れていく。
崩落は止まり、残されたのは穴の中心から突き出た白腕だけ――ではなかった。
穴の中から這い出して来る。
10、20……あっという間に何十体、何百体ものモンスターが。
動物型からオートマタまで、第2ゲートに棲むあらゆる種類のそいつらが例外なく目を紫に光らせ、逃げ惑う人々を襲い始めた!
一瞬の迷い。
白腕に向く視線をねじ切り、地上のモンスターを迎撃すべく《力場》を――、
「う、わっ……!?」
降りていく途中――唐突にそれは起こった。
俺の身体から何か大きなものが飛び出し、バランスを崩す。
落下する俺の目に映ったのは白い光の球と、それに巻きつく雷の束。
出ていったのは《フェンリル》の魔法式――いや、フェンリルそのものだった!
「何してんだ!?」
逆さまに落ちながら叫ぶ、なんだ?
空中で姿勢を立て直すも視界のブレが治まらない。
左右の目が全然別の見え方をしていた。
左目だけ《フェンリルの目》になってるのか!?
地上に降りた俺にモンスター達が襲い掛かる!
「エンチャント!」
ブレた視界に振り回されながら、抜剣と同時に魔力を付与して薙ぎ払う。
アンタレスから手に入れたレベル5のエンチャントは、”雷”を失った刃であっても紙を裂くようにモンスターを屠っていく。
そしてその”雷”は、天を指す白腕に向けて落とされた。
青い空を断ち割る稲妻に灼かれた白腕が穴の底へと沈んでいく。
それを追う《フェンリル》の魔法式。
「ッ――待て!!」
追いかけようとする俺は慣れない視界にたたらを踏んだ。
彗星のように飛ぶ魔法式が穴の上空へと到達する。
「ふざけんな、今更お前だけで……!!」
反射的に言い募る。
けど、いずれこうなることは心のどこかで分かっていた。
俺という器はとっくの昔に役目を果たし終えていたのだから。
左目の《フェンリルの目》から伝わってくるのは燃えるような闘争心。
宙に浮かぶ魔法式は少しだけ動きを止めたかと思うと、一瞬の後には力強く稲妻をまき散らし、白腕を追って穴の中へと消えていった。
「フェンリル――え?」
魔法式が視界から消えたのに左目が
自分の一部を俺に置いていった?
何のために?
……直接確かめればいい!
視界はようやく落ち着いてきた。
片目だけの予幻を駆使し、立ちふさがるモンスターを斬って斬って斬りまくる。
穴の底ではきっと、フェンリルとアーノルドが決着を……!
”退がれッッ!!”
「!?」
戦場に聞き覚えのある怒号が響いた。
声がした方に魔力が集まり、もはや馴染み深い《冬》の概念魔法が解き放たれる。
白い嵐が10数える間もなく穴を氷で閉ざしていった。
「ボス!!」
叫んだ俺を見つけたボスが恐ろしい勢いで近づいてくる。
そのまま俺の襟を掴んで引きずり始めた。
「地球に退く!」
「ボス、フェンリルが――!」
「諦めろ!」
「行きます! あの先で……がっ!?」
――――襟から離れたボスの手が、拳となって腹を打ち抜き。
俺はそのまま意識を失った。
オープン《ワールド》~冤罪で終わった高校生は、雷と共に無双する!!~ ロノカテ @renbu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。オープン《ワールド》~冤罪で終わった高校生は、雷と共に無双する!!~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます