第9話 コボルトレクス

 木々の間を通り抜けながら、圧力のぬしであるモンスターにどんどん近づいていく。

 逆に少しづつ遠ざかっていく崖の方からは、ガーディアンの警戒する気配が大きくなり始めた。

 どうするにせよのんびり考えている時間はなさそうだ。

 けど前から来る圧力の異質いしつさ――強いというよりおかしな気配――が、俺の判断を迷わせていた。



 森の中、少しだけ開けた空間に出たところで後ろの水住を制止する。

 相手が近い。

 できるだけ広いところでぶつかりたかったからだ。



 そしてついに、木々をへし折りながら現れたそれは――巨大なコボルトのような・・・・モンスター。

 後ろにいる水住が一気に緊張したのを感じる。

 この大きさは当然、森の入口で見かけたような普通のコボルトではない。


「"コボルトレクス"。……Cランク」


 低くおさえた水住の声。

 相手を刺激しないように気をつかっているのが分かる……アステリズムはCランク討伐の実績はあるが、水住1人の力ではないんだろう。

 ただそういうのを抜きしても、低く評価はできない異様な見た目の相手だ。



 まずその犬顔には目が片方しかなく、その片目も半分ぐらいが飛び出ている。

 体の高さは3メートル行かないぐらいで、あちこちから骨がボコボコと飛び出しそうなぐらい角ばっていた。


 そしてコボルトは、棍棒のような原始的な武器を使うモンスターだ。

 こいつも例に漏れず棍棒を……ただし、大人2人でも余りそうな太さの大樹を、1本まるごと・・・・・・指をぶっ刺して掴んでいた。

 しかもただの樹じゃない。

 エンチャントに近い魔法をかけているのか? その表面は灰色に染まっている。


 コボルトの"王種レクス"。

 その名前に相応しい実力はあるだろうそいつが、隻眼せきがんで俺達を捕捉ほそくする。

 岩柱のような大樹を振り上げながら、身の毛もよだつ雄たけびをあげた。


 Cランクは危険度も高ければ生息数もそれなりで、アークではSランクよりも多くの人間をほふっている。

 単なる動物の延長線を超えた本当の"モンスター"だ。

 倒せる開拓者は上位10%にも満たず、普通なら出会った瞬間から撤退を前提に組み立てることになる。



 ……だが、今日は水住がいる。

 俺は店長にこの女を任された。

 万に一つのリスクさえ許すつもりはない――行くぞ、フェンリル・・・・・・・・・


前衛ぜんえいをお願い。《魔力の槍》を撃つから、その結果で撤退の手順を――」


「水住」


 隣に立った水住に、前を向いたままで指示を出す。


「何もしないで、そこから動くな」


 それだけ言って歩き出した。

 深い集中に入る――水住が返事をしたとしても、その声はもう届かない。




 一歩進むごとに戦意が高まっていく。

 その戦意を受けて、眠っていたフェンリルが目を覚ます。

 コボルトレクスが大樹を引きずり、こちらに向かって歩き出した。


 少しずつ距離が縮まる。

 フェンリルが、俺の目を通して敵の姿をとらえる。

 背中の剣を抜き、左手で魔石を掴んだ。




 そして……ついに大樹の間合いに入った。

 コボルトレクスが大きくえる。

 魔石を割り、ささやくように呼びかけた。


「――エンチャント」


 その瞬間、剣が閃光を放つ。

 刃が纏う稲妻がひらめく――《雷のエンチャント》。

 目にしたコボルトレクスが動きを止めたすき疾駆しっくする。


 コボルトレクスはすぐに立て直した。

 太い腕に万力まんりきが込められる。

 

 来た。

 少しだけ後ろに引かれた大木が、勢いをつけて横薙よこなぎに振るわれる。

 進路上の木々が一瞬でし折られていく。

 俺に届くまであとわずか……今!


 急ブレーキをかけながら全体重を前に移す。

 もはや地面と平行になった身体の上を、破壊的な質量が通り過ぎていった。

 敵はもう目の前だが、あと一歩。

 軸足じくあしを変えながら踏み出し、地面を向いたまま剣を構え――斬り上げた。


 剣先が、纏う雷が、地面を割りながら上へと伸びていく。

 コボルトレクスの脚、胴体……そして体の奥にある魔石。

 剣の軌跡がその全てを破壊する。

 上体をひねるようにして、剣を振り抜いた!


 掴まれていた大樹が、重い響きと共に地面に落ちる。

 全身を焼き・・切られたコボルトレクスは、断末魔だんまつまもあげずに光の粒となった。

 蒼雷が小さくはじけるような音を残して消えていく……。



「それで、釈明しゃくめいは?」


「俺は悪くない」


 森の帰り道でチクチクとなじられている。

 罪状は"私を邪魔者扱いしたこと"だそうだ。

 フェンリルについては……俺から妙な気配がするのでなんとなく察していたらしい。

 さすが有名開拓者様はいい超感覚を持っている。


「うちの狼はSランク様だぞ? 水住のしょっぱい属性魔法なんかあってないような……痛い!」


 いきなり耳を引っ張られた。

 水住はそんなにガチな態度ではないが、不服というか色々とに落ちていない様子だ。


「どうして私の前で使ったの。誰かに話すとか考えなかった?」


「どうせそのうちバレる。そんなことより店長のオーダーの方が大事だ」


「……ハウンドに使ってた変な魔法もフェンリルだったの?」


「いや、そっちは超自然魔法ちょうしぜんまほう


「超自然!?」


 耳から手が離れた。

 今日一番、なんならフェンリルのことよりよほど驚いている水住が、俺からぱっと距離を取る。

 威嚇いかくするような目が向けられた。


「どんな魔法かちゃんと説明して」


「分かった」


 両手をげて無害をアピールした。


 水住の反応は、知らなければ過剰かじょうに見えるが実際のところ無理もない。

 "超自然魔法"は魔法のカテゴリの1つで、その例は《洗脳せんのう》《呪詛じゅそ》《変異へんい》などかなりとがったラインナップになっている。

 《回復かいふく》などごく一部の例外はあっても、基本は"犯罪者専用魔法"と言われても反論できないレベルなのだ。


 しかもドロップ報告数が異常に少ない。

 他のカテゴリ――概念魔法は除くとして――の1万分の1ぐらいしかない。

 そのため"ヤバい魔法しか存在しない"という噂だけが都市伝説のように広まっていた。



 俺が持っている超自然魔法は、《ゴースト》と《影縛かげしばり》の2つ。

 どちらも正式名称は不明なので、勝手にそう呼んでいる。


 《ゴースト》は、ボスの経験によるといわゆるハッキングの魔法らしい。

 魔法式に干渉かんしょうして動作不良……要は発動を遅らせるとか、弱かったり不安定な魔法なら破壊してしまうこともできる。

 こいつのレベルは俺のエンチャントのレベルに影響を受けているようだ。


 もう1つの《影縛り》は、狙ったもの……物質でも現象でも、どんなものでもその動きを停止させることができる。

 これだけだとめちゃくちゃ強そうだが、裏側のような目に見えないところまで把握はあくしていないと不発に終わるので使い勝手は非常に悪い。

 物体なら影を停止させてしまえばその影の持ち主にも影響するので、俺はそうやって使っている。



 説明を聞いた水住が複雑な顔を見せた。


「そんな魔法、一体どこで?」


「どことは言えないけど、俺を鍛えたのは斎藤商事のボスだからな。そういう魔法をドロップするエリアを知ってたんだ」


 アークには"地獄じごく"と呼ばれる、悪魔型のモンスターが縄張りにしているエリアがいくつかある。

 『超感覚を鍛えるならここが最適だ』と言われて放り込まれたのだ。


「……事件からどんな生活をしてきたのか今日で想像ついたけど、それを差し引いても、今のあなたをうらやましがる人は多いと思う」


「俺が? アホだろ」


「実力で解決できるトラブルは少なくないでしょ」


 俺は首を振って返事のわりにした。

 魔法を使うには、まずそれを認識する超感覚、続けて魔力酔いを抑える耐性、そしてその魔法との相性が重要になる。

 フェンリルも超自然魔法もそういう面では最悪の部類で、半端はんぱな奴が使えばトラブル解決どころか自分が死ぬだろう。

 強力な魔法は、ただ黙って使われてくれるものではないのだ。



 ドームに戻った俺達はそのまま解散……と思いきや、水住が協会へ寄りたいと言い出した。

 コボルトレクスの見た目が異常だったから報告しておきたいんだと。

 何か別のことを考えてそうな様子だったが、報告自体はおかしいことじゃないので付き合うことにした。



 そんなわけで俺達は、ゲート管理所近くの大きな建物――開拓者協会・東京第3ドーム支部に足を運ぶ。

 開拓者用の窓口で水住が受付に声をかけた。


「こんにちは。水住上級職員・・・・・・ぎをお願いできるでしょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る