第10話 姉妹

 水住・・

 あまり一般的な苗字じゃない……家族が上級職員なのか?

 目の前にいる方の水住に見惚みとれていた受付の男が、時間をかけて再起動する。


「ええと、失礼ですがご家族の方……でしょうか? 恐縮ですが上級職員は多忙のため、支部内にいるかどうかも曖昧あいまいでして……」


「失礼します」


 水住を押しのけて前に出る。

 よく分からんが家族に会いたいというなら会わせてやろう。

 喰らえ!


「斎藤商事の浅倉です。心当たりのある部署に連絡とかお願いできないですかね」


「斎藤、え”っ、斎藤商事!?」


「はい。上級職員、斎藤龍ノ介の身内です……下手な言い訳したら部署が吹っ飛ぶぞ」


「じょっ冗談じゃ……!!」


 半ば冗談ではない。

 ボスは事件の時に協会の計画を全部無視して病院から俺を連れ出したが、後から店長に聞いたところその程度の独断専行は日常茶飯事らしい。

 元・Aランク討伐チームのリーダーという日本屈指の実績を持ち、立ちふさがる相手は誰であっても躊躇ちゅうちょなく殴るレベル100の正義マンだ。

 正義ってなんだ?


 ともかくボスの名前は良くも悪くも知られている。

 "取り次ぎとか面倒くせえなあ"ぐらいのテンションだったなら喜んで協力してくれるだろう。


「いえ、ですが協会にも手続きというものがございますので……!」


 単にめちゃくちゃ真面目な人だった。

 なんだ? この罪悪感。

 まるで俺が上司の名前を持ち出して脅迫した現行犯みたいじゃねえか。


 水住が俺の耳を引っ張りながら乱入する。


「すみません、彼のことは無視してください。コボルトレクスに遭遇したので報告に来ました」


「ああ、なるほど……。僭越せんえつですがレポートでしたらわたくしの方でも対応可能でございますので」


「はい、宜しくお願いします」


「嫌だ、上級職員がいい」


 日和ひよるな、水住!

 ちょっとおかしいモンスターだったし上級職員に報告するのは何もおかしくないはずだ!


「――私が代わります」


 その辺りの事情を説明しようとしたら、受付の奥から声が響いてきた。

 スーツを着たすらっとしたスタイルの女性が現れる。


 水住と同じ銀……ではない、少しくすんだ灰色の長髪。

 アイスグレーの瞳が細身の眼鏡によって鋭く研ぎ澄まされている。

 なるほど、姉か。

 そういえば"リアルエルフの職員がいる"と聞いたことがあったがそのまんまの見た目だ。


 女性が水住をチラっと見た後に俺の方を向いた。


「東京支部、上級職員の水住と申します。お話は別室で伺います」


 どうしようもないことだがこの場の水住がダブルになってしまった。


「斎藤商事の浅倉です。よろしくお願いします」


「ええ……貴方あなたのことは よく・・存じ上げております。宜しくお願いいたします」


 えっどういうこと? 怖い。



 小さなミーティングルームに通された。

 装備を壁に立てかけ、水住と並んで座ると姉の方は反対側の席に着く。

 コボルトレクスについて説明を求められたので森に入ってからのことを一通り話した。

 話を聞いた水住姉が口を開く。


「そのコボルトレクスは恐らく"なりかけ"だったのではないかと」


「"なりかけ"?」


「モンスターは魔法を集めることでランクアップ――つまり進化します。"なりかけ"というのは、その過程における肉体の再構成が完了していない状態を指しています」


「一気に進化するわけじゃないんですね」


「いえ、通常はその方が多いです。ただコボルトはハウンドの群れに相当圧迫あっぱくされていましたから、縄張りを守るために中途半端でも進化せざるを得なかったのでしょう」


 ……進化のスピードはともかく、行動原理は普通の生き物みたいなんだな。

 モンスターは思ったよりもこっち寄りの存在なのかもしれない。



 そんなことを考えている俺を水住姉が観察するように見ていた。

 妹よりもずっと硬質なその視線を向けられ、何か話を続けようという気力ががれていく。

 報告終わったしもう帰るか。


「失礼ですが、コボルトレクスはどのように討伐されたのでしょうか? 水住紗良さんはCランクの討伐経験がお有りですから、少人数とはいえ不可能ではないと思いますが」


 説明しづらい話を投げ込まれた。

 バカ正直に喋るわけにもいかない。適当にごまかそう――


「倒したのは彼。私は何もしてない」


 と思ったら水住が余計なことをしゃべりやがった!

 "報告に行きたいと言ったくせに妙に静かだな"、と思ってたらこれだよ!


「1人で?」


 水住姉が怖い顔をした。

 一度まぶたを閉じ、改めて俺に向けられた目の奥に魔力がともる。

 その目が確信を得たように細められた。


「浅倉さん。使




 ――――何か見られた。

 完全にごまかすのは無理だな。

 足を組み、自然な動作でポケットに手を突っ込む。


「すみませんが、個人的な事情を話すような関係じゃないと思います」


「……私は"フェンリル事件"の後、公安から貴方を引き取るために病院へうかがうはずだった者です、と言えば伝わるでしょうか」


 引き取り?

 ボスが病室に来た時のやつか。

 そして協会の人間が公安……国から?



 つまりあの時裏で手を組んで、俺を管理下に置こうとした連中の1人。

 なるほど、"敵"か。



 ポケットの中の魔石を割った。

 張り詰めた室内に魔力があふれる。

 水住がねるように立ち上がった。


「浅倉くん!」


 顔を見なくても焦りが伝わる。

 姉の方は俺から視線を逸らさない。

 敵意は感じないが、このまま終わらせるつもりはない。


「水住、部屋を出ろ。少し揉める」


「そうじゃなくて……姉さんは志乃しのさんの親友だから! 私の依頼を受けてくれたのもその関係!」


 親友……志乃さん店長の?

 水住の顔を見た。かなり緊張している。

 姉の方の顔を見た。少し困っているような気がする。



 ……もう一度水住の顔を見た。今度は小刻みに頷いている。

 俺はそっと立ち上がると、椅子を脇にずらしてジャンピング土下座した。


「申し訳ありませんでしたッ!!!!」



「浅倉さんの反応は……いたかたないところもあると思います。当時の協会の対応には不信感を持たれて当然でしょう」


 頭の上から水住姉の声がする。

 さっきまでの硬さはない。むしろ柔らかく、聞いていて心地の良い声だ。


「私自身も説明不足のままデリケートな事情に踏み込んでしまいましたし……ですからその、そろそろ許してあげませんか、紗良?」


「駄目」


 俺の上で水住の声がした。

 土下座継続中の俺の背中に水住が座っている。

 ついさっきまで実の姉に危害を加えられそうになった件を延々えんえんなじられていたところだ。


 俺としても一切反論の余地はない。

 押し付けられるケツの感触を楽しむ余裕もなくただ一心に床を見つめていた。

 あと30分ぐらいは行けると思う。


「今日は助けてもらったのでしょう? 信用できると思ったから私に紹介してくれたのに、これ以上は話しづらくなってしまいますから」


 天使だ……。

 水住が俺の背中から降りた。

 俺も立ち上がり、改めて一礼すると席に座り直す。

 これ以上の謝罪は逆に失礼だろう。


「先ほどの話の続きですが――」


「姉さん、その前に」


 水住が姉をさえぎった。


「眼鏡を外して」


「……今は業務中ですので」


「外して」


 有無を言わせない口調でちょっと驚いた。

 言われた姉の方はしばらく悩むような態度を見せると、ため息をついてゆっくりと眼鏡を外す――





「浅倉くん。姉さんを変な目で見たら殺すから」


「……………………見てないです」


 眼鏡オフの効果は絶大だった。

 元々とんでもない美人ではあったものの、鋭すぎて直視しづらかった目付きが一気に柔らかくなっている。

 さっきまでが地獄の門番だとしたら今は天の女神だ。

 隣の水住を見てから今度は正面の水住さんを見ると、"上位互換"というブッ殺されても文句を言えない感想が浮かんでくる。


「姉さんはこの見た目だと声をかけてくる人が多いから。仕事中は眼鏡をかけてもらってるの」


「紗良、いけませんよ。公私はきちんと区別しないと」


「区別し過ぎたから誤解されたんでしょ」


「もう……浅倉さん。改めまして、水住ソフィアと申します。少し行き違いもありましたが、今後は仲良くしていただけると嬉しいです」


「す、はい、ぜひ」


 危うく告白しかけた。

 姉から妹への話し方が敬語なのが気になるが、普通以上に姉妹仲は良いらしい。


「えーと、お姉さんはうちの店長とご友人? なんですか?」


「ソフィアで構いませんよ。志乃とは長い付き合いでして、紗良のことは私からも相談していたんです」


 ふわりと微笑ほほえまれて俺は死んだ。

 ボス……今までありがとうございました……。


「浅倉さんのお話も時々聞いていました。斎藤さんの指導を受けていると聞いて悪い予感はしていましたが、まさか3ヶ月でCランクまで……」


 ソフィアさんの表情が少しけわしくなる――が、それでも人のさは消せていない。

 こんなに素晴らしい人を心配させるボスは悪に違いない。

 俺が倒す。


「私が貴方を引き取っていれば他のやり方もあったはず……と、考えてしまいますね」


「どうせ偉い人は俺を戦わせたがったんじゃないですかね」


「そのようなことはさせません。私に限りませんが、上級職員はそれほど聞き分けがよくありませんので」


 全員ボスみたいな感じなのかよ。

 強さ重視で任命しちゃうとそうなるのか? まあ協会なんかどうなっても構わないんだが。


「私はあの事件の発端ほったんを知っています。ですから貴方と斎藤さんがこれからしようとしていることも、おおよそは推測できる」


 ソフィアさんは一度言葉を切り、真剣な目で俺を見た。


「困ったことがあれば必ず声をかけてくださいね。貴方をみちびくはずだった者として、必ず力になりますから」



 ミーティングルームを出る前に水住とソフィアさんはハグを交わしていた。

 一応、念のため、万が一に備えて俺も順番待ちしておいたのだが、水住ににらまれて断念。


 困った顔で笑うソフィアさんは部屋を出る時には眼鏡をかけてあの鉄面皮てつめんぴに戻っていたが、見送りでは周りに見えないように小さく手を振ってくれていた。

 良い人だったな。



 そんなこんなで濃い放課後が終わって俺達は地球に戻ってきた。

 適当に解散して店長に報告に行こう、と思ったところを呼び止められる。


「浅倉くん。少し話す時間、ある?」

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