第3話 Sランク
ヘリは荒々しくドーム前の荒れ地に着陸し、おっさんは俺を気にすることもなく
俺も後を追うように走り出す。
各エリアから戻ってきたトラックやバイクがそこら中に乗り捨てられていた。
すぐにドームに入ってビルの間を抜け、ゲートの管理所まで辿り着いたが、既に異常な長さの待機列ができている。
みんな地球に逃げ込もうと必死だ。
いろんなところで警報が鳴っているし、何より謎の地震がさっきからずっと続いている。
「早く通せ!!」
待っている人達の一部がわめき始めた。
座り込んで泣き出してしまった人もいる。
アークではそこそこ死に慣れている俺でさえ、段々胃が締め付けられてきた。
――地震が止まった。
誰も声を出さなくなった。
わめいていた人も泣いていた人も静かになった。
終わって……ない。
超感覚が警告を発している。
下だ!
地面の遥か下に、何かがいる!
再び地面が揺れ始めた。
さっきまでの比じゃない揺れの強さに立っていられずしゃがみ込む。
地の底から響く音がどんどん大きくなって――
現れたそれが何なのか、すぐに分かった。
鉱山の中で何度も感じたことがある巨大な魔力。
Sランクモンスター……"ケラトス"だ。
まだ世界で一度も倒した者のいない、神話級の怪物がそこにいた。
降り注ぐがれきや、コンクリの破片を追いかけてケラトスが着地する。
地球のクジラと大きな違いはない。
前ヒレは地中を掻き分けられるようにか、モグラの手に近い形だ。
そしてとにかくデカい。
地球で一番大きいというクジラの模型を見たことがあるが、その倍を軽く越えている。
ケラトスが前ヒレを大きく掲げ、歌うような吠声を上げ始める。
俺達が誰も動けない中、背後に轟音と衝撃が走った……振り返ると、地面から"
ビルと同じぐらいの大きさの、見上げるほどの岩の塊。
その場所には、ついさっきまでゲートの管理所が、アークからの脱出手段があったはずだった。
Sランクの発する魔力に当てられ、周りで人が何人も倒れ始める。
全員死ぬのか。
一周回って冷静にそう思った時――。
見上げた山のもっと上、ドームを覆うガラスの屋根に、
その魔力が何もない空間に
裂け目の向こう側で紫の目が光った。
その目の主が
裂け目から這い出たモンスターが地面へと降り立つ。
……狼?
大きさはケラトスの半分以下だが、それでも十分デカい。
体のほとんどは体毛で覆われ、そうでないところには鱗のようなものが生えている。
前脚の爪は岩でも難なく砕けそうで、尻尾は鈍器のような太さ。
明らかに戦闘特化型のモンスター。
「"フェンリル"……!? え、Sランクがなんで2体も」
隣で腰を抜かしていたスーツのおっさんがつぶやいた。
手を貸して引き起こしてやる。
フェンリル、それがあの狼の名前なのか。
フェンリルの目に灯る紫の光が不気味に揺らめく。
ケラトスに向かっていくその姿からは、妙に生気を感じらない。
まるで幽霊みたいだ。
相対するケラトスが敵意をあらわに尾びれを持ち上げ、道路に叩きつけた。
直後に四方八方の地面から岩の
ふわっと
いきなりSランク同士の戦いが始まった!
「逃げろ!」
誰かが叫んで、
口々に悲鳴を上げて反対の道路へと走り出す。
俺も流されるようについていく。
行く当てなんてない、ただそこから逃れるために。
◇
2体のモンスターはとにかく動き回って魔法を撃ち合っている。
使っているのは《雷の槍》や《岩の塔》に見えるが……人間の魔法はモンスターの真似だと聞いたことがある。
今見ているオリジナルは、都市を簡単に滅ぼしてしまえそうな規模や破壊力。
まさにケタ違いだ。
道路をまっすぐ進んでいれば逃げられるなんて状況じゃなかった。
ぶっ壊されて倒れたビルが道を塞ぎ、迂回した先に大岩の槍が飛んできて、後ろからいくつもの落雷に追い立てられる。
そんな状況で周りの人はどんどん少なくなっていき――気づけば俺は独りになっていた。
「はっ、はあっ……!」
荒い息を吐いて立ち止まる。
足が動かない。
首を回してみると、高層ビルが散々破壊され、見通しが良くなってしまったドームの中で戦いは続いていた。
フェンリルは小刻みなステップで立ち位置を変えながら、雷槍での遠距離攻撃をメインに戦っている。
強力な
……超感覚の意見に従えば、あいつは何かに無理やり体を動かされているような気がする。
合ってるかは分からない。
一方でケラトスは道路を破壊しながら地上を
戦況は
フェンリルの足元に尖塔がいくつも生えて、それをゆらりとステップして避ける、避ける。
ひと際大きな尖塔をバックステップして――!?
こっちに来た!?
着地の勢いを殺すようにフェンリルが地面を滑り、俺の目の前で止まった。
風圧で巻き上げられた砂ぼこりから目を隠す。
……風が収まった。
目を開けると――こっちを向いたフェンリルが俺を見据えていた。
その全身からは、空間がゆがんで見えるほどの膨大な魔力が発せられている。
「うっ、あ……」
生まれて初めてのその感覚に、足から力が抜けて膝をついた。
それでも視線は貼り付いたようにフェンリルから逸らせない。
――俺を見るフェンリルが、何かに気づいたように
その目に灯っていた紫の光が消えていく。
現れた
突然牙をむき出しにすると、魂が吹き飛ぶような
完全に腰が抜けた俺に向け、フェンリルが口を大きく開けて近づけてくる。
そのまま俺はくわえられ、そして飲み込まれた。
悲鳴すら上げることができずに暗闇へと落ちていく――。
…………真っ暗だ。音もしない。
いつまで経っても底につかない。
フェンリルの食道がどのぐらい長いのかは知らないが、1キロは無いはずだろ。
けど、おかげで段々落ち着きを取り戻してきた。
ふと気づいたが、もう落下はしていない?
無重力ってやつか。
そう意識してから周りを見ると、遠くの方に白い光が見える。
暗闇の中を泳ぐようにして向かってみる。
◇
近づいてみると、光っていたのは白い球だった。
どうやら魔力の塊みたいだが、紫の光がその球を侵食するかのように押し包もうとしている。
さらにその上から、バーコード状の発光体が何重にも球に巻きついていた。
"……フェンリルの魔法式!?"
発した声が闇に吸い込まれる。
ただのバーコードのくせに異常な圧力を発している。
これが、フェンリルの全てなのか。
モンスターは厳密には生き物ではない。
いくつもの魔法式が組み合わさることで生き物の姿を
俺の理解で大ざっぱにまとめると、フェンリルは"頭"の魔法式と"胴体"の魔法式と"尻尾"の魔法式が組み合わさることで、ああいう見た目の
ということはこれを壊せばフェンリルも……と思ったが、バーコードに交じって
あれも魔法式なのか?
もしそうだとしたら相当特別な魔法だろう、バーコード以外の形なんて聞いたことがない。
触ったら全身を吹き飛ばされそうな予感がする。
じゃあ仕方ない、こっちをやるか。
俺は白い球を包もうとしている、明らかに異物な紫の光に目を向けた。
確かドームの屋根にフェンリルが現れた時もこの魔力が集まっていたと思う。
まあ明らかに悪いことしてそうだし。
そう思って腕を伸ばす……あ"っ。
手が滑って魔法式に――触れてしまった瞬間、この紫の光に対する、フェンリルの強烈な怒りが伝わってきた!
それに引っ張られた俺の感情まで荒れだして、勢いのまま紫の光の中へと手を突っ込んだ。
"消えろ!!"
そう叫んだ直後――閃光、そして轟音が響く。
視界が白く塗り潰され、意識が遠くなる……。
何かと繋がった感覚。
間もなく視界が戻ると、俺の前には……自分より
異常なほど視線の位置が高い。
足元を見てみると、鱗に
ケツに力を入れると尻尾らしきものが持ち上がった感覚があった。
………………なるほど。
どうやら俺は、フェンリルになってしまったらしい。
びっくりしすぎて放心していた。
けど状況は俺を落ち着かせてくれなかった。
ケラトスはこっちの様子がおかしいのを警戒していたようだが、今は尾びれで地面を叩く臨戦態勢だ。
そしてフェンリル、この体の本来の持ち主の怒りもまた、激しく俺の感情を煽っている。
何がなんだか分からんが、こうなったからにはやるしかない!
行くぞ!
地面を蹴って思い切り前に進む。
四足歩行は保育園以来だがまるで違和感がない。
むしろ一歩ごとに感覚が馴染んでいくようだ。
ケラトスが岩槍の弾幕を張ってくる。
回避を――
俺の周りからいくつもの雷槍が撃ち出され、岩槍とぶつかって相殺した。
意外にもフェンリルがアシストしてくれるらしい。
撃ち合いながら互いの距離はどんどん近づいていく。
接触まであとわずかのところに踏み込んだ瞬間、弾幕に加えて地面から迎撃の岩柱が飛び出した。
雷槍は間に合わない、なら!
急停止、体を大きく回して尻尾を岩柱に叩きつける。
そして砕けた
少し
お互いもう一度向かい合うが、状況はさっきと大きく変わっていた。
ケラトスからは
フェンリルの喉から"ヴヴヴ!"と勝手に唸り声が漏れる。
勝てる! ……いや、本当にこんなもんか?
Sランクは世界中どこの国も倒したことがない化け物のはずだ。
それがこの程度で?
ケラトスの苦悶が止まり、纏う雰囲気が変わった。
その腹を大きく膨らませながらゆっくりと頭を上にもたげていく。
魔力を溜めている?
何かがまずい。
けど走り出した俺よりも、撃ち出された雷槍よりも早く、天を
――"歌"だ。
これまでの吠声にただ
美しい……これは美しい、
"死の歌"だ。
その歌を
街路樹が一瞬で枯れて土に変わった。
空を駆ける雷槍が、魔法を定義する何かを失って消滅し始めた。
そして……ついに俺もその歌に捉えられる、その直前。
どこか近くで、雷の鳴るような音が聞こえた。
……?
ビルの崩壊が止まった?
いや、よく見るとスローモーションを100分割したようなスピードで動いてはいる。
街路樹もそうだし、まだ飛んでいる雷槍も似たような感じだ。
違う。
どうやらフェンリルが切り札の魔法を使ったらしい。
全身に雷を纏った俺は、物理的な限界を超えた……恐らく光に近い速さで動いていた。
そのまま死の歌の領域に突入し――2つの、恐らくは究極の魔法が衝突する。
歌を喰らった俺は死んでいない。
魔法同士は完全に互角でせめぎ合っている。
なら、決着を付けるのは……!
全身に力を込めてケラトスの頭を狙い、跳び立つ。
奴の見開いた大きな目と視線が交わった。
"エンチャント!"
前脚の大きな爪が蒼い稲妻を纏う。
思い切り振りかぶり、力任せに叩きつけた!
雷の刃と化した爪がケラトスの頭部を……そのまま全てを切り裂いていく。
歌が終わり、体の大部分を失ったケラトスが、地面に身を横たえながら消滅していく。
ダムが決壊したような魔力の
それが収まると、後には白い光の球だけが残されていた。
俺とフェンリル、その両方が勝利の雄たけびを上げる。
――俺の人生が変わってしまったのは、このすぐ後のことだった。
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