第2話 日常と異変
『ボックスに捨ててこい!!!』
遠くからデカい声で返事が聞こえた。
ここでは死体は一瞬で消滅するので、
だが俺はここで働いて半年のベテランだ。
こいつがもう長くないことは分かっている。
散らばっているハンマーとかヘルメットを"40"――今月40人目の新人だ――と書かれた道具袋に詰め込む。
最後にそいつのベルトを掴むと片手で身体を持ち上げた。
ここはアーク、東京第2ゲート近くにある鉱山の中。
どちらも魔法を使う上で重要な役割を果たすので、それを確保しようと各国が人と金を大量につぎ込んでこういう施設を作らせている。
中でもこの鉱山は特別。
地下の深いところを"ケラトス"とかいうSランクモンスターが
Sランクは世界中どこの国も倒せていない
けど、働く側からすると良いことばかりではない。
あまりにも魔力の濃度が高すぎて、数時間も居ると幻覚・幻聴・幻痛……そういうバッドステータスの連打に襲われるのだ。
耐性がない奴は精神が崩壊して死ぬ。
俗に"魔力酔い"と呼ばれる現象のゴールである。
代わりに運動能力が上がったりするから悪いことだけでもないんだが。
片手にぶら下げてきた40番くんを、空洞の端にあるボックスに荷物と一緒に放り込んだ。
俺も仕事に戻らないと。
少し歩いてからふと振り返る……そのわずかな時間で、40番くんの姿はもう消えていた。
アークで天に召されると入ってきた側のゲートから放り出されることになるが、目が覚めるまでに最低数時間はかかる。
その後まだ気力があれば戻ってきて、ボックスに置き去りにされた支給品を受け取るだろう。
まあ無理だろうな。
まともに幻覚の相手をするような奴には向いてない。
俺が新人の頃は知らないおっさんの霊が出てきてずっと呪いの言葉を吐いていたが、最近のゲームの悪口を聞かせていたらいつの間にか消えていた。
生き残るのはそういう奴だ。
割当てられたスペースに戻って地面に散らばった石ころを見る。
適当に拾うのは時間の無駄なので、目を閉じて
五感のどれとも結びついていない、魔法と魔力を感知する専用の器官が、いくつかの石ころから不思議な圧が放たれているのを感じ取る。
その1つを作業台に置いてハンマーでぶっ叩く。
ひび割れた隙間から
そのままでは何の力も持たないのに、
そして俺のお給料にもなる、決して足を向けて寝られない存在である。
魔石の周りの余分な部分を叩き砕いていく。
モンスターもそうだが、魔法側のものは魔力なしではダメージを受けないので手加減は必要ない。
――ようやく
当たり。
魔力量は恐らくDランク、時価20~30万円。
モンスターからドロップさせるよりこっちの方がずっと早い。
陽太、お前も鉱山に来た方がいいぞ!
出てきた魔石を6本足ロボットに向けてぶん投げると光線でキャッチされて機体に収納された。
あのロボットも魔法で接続した人間が遠隔操作してるはずだ……1人1機なんてちゃちな話じゃなくて、下手すると10機ぐらい同時に。
すごいよな魔法って――ん?
超感覚に電流が走る。
……モンスターか!
ドリルが壊した大きな岩盤の隙間から無数のコウモリが飛び出てきた。
Eランクの"レッサーバット"。
新人の作業員達が悲鳴を上げる中、班長のおっさんが吠えている。
「とっとと片付けろッ!!」
ういーす。
ちょうど何匹かがこっちに向かってきた。
構えたハンマーを意識しながら魔法を発動する。
「
振るったハンマーが魔力の光を帯びる。
飛び回っているところをぶっ叩かれたレッサーバットが光の粒に変わり、Eランクの魔石を落として消えていった。
2匹、3匹とそれを繰り返す。慣れたものだ。
俺もしかしたら開拓者向いてるかもしれない、ん?
超感覚にまた感知有り、今度はデカいのが来るな。
数秒後、刺さっているドリルごと岩盤をぶっ壊してそいつが現れた。
二足歩行の熊のような、全身毛むくじゃらで上半身が肥大化したモンスター。
顔の部分も
"トロル"、確かDランクのはず。
無理です。
開拓者向いてるなんて思ったのは間違いだった。
こういうのは本職に任せるに限る。
2人の男がトロルに向かって駆け出していく。
着ているのは作業服ではなく戦闘用のジャケットだ。
前にいる男が背中の剣を抜きながら魔法を使う――《
怒りの声を上げて向かってきたトロルに、もう片方の手の盾をぶち当てた。
後ろにいた男は距離を開けて立ち止まり、腰のホルスターからハンドガンを抜いて構える。
もちろん実銃ではない。
ガァン! という音と共に銃口から《
何発かは外れたが、足に刺さった矢を気にしてトロルが膝を折った。
「
魔石から放出された魔力が、矢よりも大きな《
前の男が横に跳んで射線を空け、その脇を飛んだ槍がトロルの胸を突き抜けた!
トロルがうめき声も上げずに一瞬で光の
「すっげえ」
思わず声が漏れる。
一部の魔法は"レベル"と呼ばれる区切りで分けられていて、さっきの《魔力の槍》はレベル3。
モンスターでいうとCランクが使ってくる魔法と同じぐらいの魔力が込められている。
Dランクのトロルが一発で倒されるのも当然だ。
当然そのレベルの魔法をDランク以下のモンスターから
ということは、あのパーティーはCランクを倒せる超・優秀な開拓者なのか。
ついでに水住達のパーティー、アステリズムもあのぐらい強いのか……。
モンスターはいなくなったが後片付けが大変そうだ。
ドリルは壊れ、壁の破片が散らばり、作業員の数もなんか減っている。
レッサーバットにやられたのか逃げ出したのかは分からない。
とはいえ俺はそろそろ定時になる。
道具を整理しておこうと作業台に戻ったら、近くに光るバーコードみたいなものが浮いていた――魔法式のドロップ!
あわててスマホを取り出しカメラを向けると、AIが自動的に識別を行って結果を表示する。
《付与魔法:魔力付与(レベル1)》
よくあるハズレでした。
同じ魔法は集めれば集めるほどレベルが上がり、高ランクのモンスターにも攻撃が通ったり逆に防げるようにもなる。
もしも自分が開拓者なら、武器に魔力を
けどその道は苦行で、今の俺のレベル1から2に上げるだけでEランクを千体は狩る必要があるらしい。
またはDランクに特攻してレベル2の
レベル3以降の話は知りたくもない。
普通に売るか。
スマホを近づけると組み込まれた魔法金属に魔法式が吸い込まれていく。
もうちょっと集まったらマーケットに行こう。
『浅倉ァ!! さっさと上がれ!!』
「はいっ!?」
クソビビった……!! もう時間になってたらしい。
まとめた道具をボックスに入れて空洞を後にする。
今日も良い汗かいたぜ。
番号でなく名前で呼ばれるのはベテランの証だ。
部外者共はすぐ違法労働だのなんだの言うが、俺はほどよく承認欲求を満たされながら気持ちよく働いていた。
洞窟の中の帰り道を歩く。
仮設橋を渡り、はしごを昇り、近道ジャンプに失敗して地面にダイブし。
這いずりながら剥き出しのエレベーターに辿り着いて上昇ボタンを押す。
音を立てて動き出した床に寝転がりながら待つこと10分。
最後の穴道を抜けてようやく鉱山の外に出た。
といってもこの辺りは山の中腹、景色は普通に森なのであんまり開放感はない。
整地されたエリアに待機している送迎のヘリコプターに向かう。
定刻にはギリギリ間に合ったらしい、が、中にいたおっさん操縦士が俺を見て嫌そうな顔をした。
「チッ、1人の為に飛ばすのかよ」
「す、すみません……。って聞いてないし」
既にヘッドセットを着けていた。
班長もそうだけど働いてるおっさんって皆イライラしてないか?
怒ってる大人は正直苦手だ。
頭の中で抗議しているうちにヘリは離陸した。
開きっぱなしのドアから足を垂らす。
上昇する視界が直立する木々を追い越し――この世界特有の
森と山脈、草原にそれを流れる大きな川。
見渡す限りの大自然は日本だと北海道ぐらいでしか見られなさそうなスケールだ。
中でも一際大きなスペースを占める荒れ地、その真ん中あたりには明らかな人工物が居座っている。
ドーム。
超々巨大な半球状の強化ガラスで覆われた人類の拠点。
どこのゲートのドームかにもよるが、ほとんどは東京都の小さい区ぐらいの広さがあるらしい。
中にはこれまた都内と変わりない密度で高層ビルが並んでいるのが見える。
アークの出入り口であるゲートは、あの中で開拓者協会によって管理されている。
ふと、今日陽太から聞いた話を思い出して振り返る。
目線の先にあるのは高さ数百メートルにも及ぶ魔石の塔、タワー。
鉱山の近くに1本、他はドームを中心にしてバラバラの方角に4本の全部で5本が立っている。
「"領主"ねえ」
アステリズムが選ばれるかもしれないっていう協会の役職。
本当の名前は……特別指定なんとかだったと思うが、覚えられないのでみんな"領主"と呼んでいる。
彼らの仕事は常に魔力を放出してしまうタワーを定期的にへし折り、周りの魔力濃度を抑えることだ。
濃度が上がりすぎると強いモンスターが集まってくる。
その結果ドームを襲撃され、住んでる人が被害を受けたというニュースは決して少なくない。
ただそれにはAランクの化け物を倒せる戦力が必要らしい。
これまでは大企業と自衛隊にしかできず、彼らだけが"領主"として各ゲートに属するタワーを管理してきた。
けど最近、開拓者からも"領主"になるパーティーか
陽太はそんなことを言っていた。
ともかくそいつらはドームに住んだり働いたりしている人達のヒーローだ。
高校生でもそんなチャンスがあるんだから陽太がやりたがるのも分からなくはない。
といっても、あんなデカい魔石の塔をどうやって折る……ん?
「なんだ?」
超感覚が何かを伝えている。
感じる位置は遠い、だが魔力の
……タワーから?
意識した瞬間、タワーの根本からてっぺんまでを、見たこともない紫色の魔力が駆け上がった。
しかも1本だけじゃない。
遠くに見える5本全てのタワーが、まるで燃えるような紫の光に包まれている!
操縦士のおっさんがヘッドセットを頭からむしり取った。
「なんだよあれ……ッ!! おいッガキ、お前何か知ってるか!?」
ヘリの爆音にも負けない怒鳴り声に、俺は黙って首を振るしかできなかった。
何か想像もできないようなことが起ころうとしている。
分かったのはそれだけだった。
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