オープン《ワールド》~冤罪で終わった高校生は、雷と共に無双する!!~

ロノカテ

第1話 運命の日

 ――薄暗い病室のベッドの上で、俺は膝を抱えてうつむいている。

 窓に鉄格子・・・がはまっているこの部屋は、俺に与えられた檻だ。

 でもこの檻にいる間は世間から……俺を攻撃する何十万人もの人々から守ってくれる。

 そう思って毎日の警察の取り調べを耐えている。


 いつかは壊れる・・・だろう。

 それが分かっていても何もできない。

 俺はそのことから目を背けるために、こんなことになった経緯を思い返していた――。



浅倉あさくら、ちょっとだけ残ってくれ。……浅倉 玄人あさくら くろと! 聞こえないふりするな!」


 2学期最後のホームルームを終え、今まさに高校1年の冬休みに突入したところを先生に呼び止められた。

 クラスメート達が"何やったんだこいつ"みたいな顔で教室を去っていく。

 心当たりはある……3時限目をサボったことだ。

 自分でも信じられないが1時間近くウ○コしてた。

 マジで。


 正直に話しても信じてもらえる自信はないし、なんなら普通にサボったことにした方がいい気がするぐらいだ。

 重苦おもくるしい気分で教卓に向かう。


「先生……今日ちょっと調子悪いんで短めにお願いします」


「さっきまでピンピンしてただろ。情報提供タレコミがあったんだよ、お前が危ないバイトをやってると」


 ああそんなことか。

 一気に気が楽になって背筋が伸びた。


「ただの鉱山作業員っす」


「長い教員人生で初めてだぞ、それやってる生徒」


「って言っても異世界アークに一般人が行けるようになったの最近でしょ」


 4~5年前だっけかな。

 けど地球と"ゲート"が繋がったのはもっと前の……俺が5歳の頃だから11年前ぐらいか。

 そう考えるとずいぶん長い間、国と大企業だけでアークを調査してたんだな。


 "タワー"を壊せるようになったから開放されたのか?

 それとも神様がやったとかいう拉致事件・・・・を危険視してたのか。

 両方か。


「めっちゃ時給いいんですよ。魔石ませきとか魔鉱石まこうせき掘ると補助金? が出るとかなんとかで」


「そうは言ってもなあ、アークの鉱山といえばスーパーブラックで有名だぞ? 開拓者かいたくしゃと同じぐらい危ないんだろ?」


「死因が魔力酔まりょくよいかモンスターかの違いだけですって。どうせ生き返るんだし」


 それを聞いた先生の顔が苦々しくなった。

 アークで死んだ奴はゲートの地球側に強制転送される。

 とはいえ死んだ時の記憶は残るので、先生のように抵抗のある人がほとんどだ。

 俺はほとんど引きずらないがそういう奴はごくまれと言える。


「で、チクったのは陽太ようたですか?」


「チクったってお前な。お、ちょうど来たぞ浅倉、相方が」


 誰が相方だ。

 視線を追いかけて振り向くと、ドア窓の向こうに見慣れた男がいる。

 通りすがる連中から口々に声をかけられ、そのたびに「ういー」「おつかれーい」と適当な挨拶を返していた。


 ようやく教室に入ってくるかと思えば、既に開いているドアを開けようとして2回も虚空を引っかいた。

 目ついてんのか?


「おーい桐谷きりたに、ドアもう開いてるぞ」


「……素振りっス!」


 適当すぎる言い訳と共に桐谷 陽太きりたに ようたが入ってきた。

 短髪で俺より少し身長が高く、名前のごとく陽のオーラを纏う男だ。


「陽太、俺のバイト先の悪口言っただろ」


「わりいわりい、けどあんなとこ早く辞めとけって。くろも開拓者に戻ろうぜ」


 今更モンスターハンターなんかやってられるかよ。

 俺だって中学の頃はレベル4の、たとえば《ほのおほう》みたいなド派手な魔法を撃ってみたかった。

 アークを探検して、地球じゃあり得ないような奇跡が起こせる魔法を見つけてみたいと思ったこともある。

 けど高校入って試してみたら夢のまた夢だとよく分かった。


「コスパ悪いんだよ開拓者は。協会は"ドームを守ろう"とかめちゃくちゃ宣伝してたくせに金出さないし」


「最近は企業のスカウトも増えてるから前とは違うって。それこそウチの学校の――」


「ちょっと待てお前ら」


 先生がストップをかけた。


「長くなりそうだから後は帰ってからにしろ。……先生が言いたかったのはだな、アークのことはどこの国もまだよく分かっていない、どんなトラブルが起きるか想像もつかない場所だってことだ」


 そこで一旦言葉を切り、まじめな顔で俺達を見た。


「生き返るからってゲーム感覚で行くんじゃないぞ。人生で大事なものは命だけじゃないんだからな」



「今は配信者ストリーマー型の開拓者が流行ってんのよ」


 帰り道で陽太の講義が始まった。


「パーティーで動画撮ってアップして、人気が出たら芸能事務所とかに拾われる。有名なのは"ストラトス"とか……"アステリズム"はさすがに知ってるよな?」


「うちの生徒が入ってるパーティー、だったよな」


「女子パーティーだと日本トップクラスの人気だぜ。登録者数500万人超えてる」


「へえ」


 思ったよりも多かった。

 けど女子パーティーだからな。

 男性登録者数の目的がけて見えるぜ。


「どうせほとんどエロ目的だろ」


「それは玄の頭ん中がエロいだけ、でもねーか。ウチから入ってるのは朱莉あかり……遊佐ゆさと、いや、まず遊佐って分かるか? 派手な赤髪のやつ」


「どの赤髪か分からない」


 うちの学校髪染めOKだからな。

 赤だけなら何人かいたはずだ。


「なら学校で胸が一番デカい女子思い浮かべてみ、そいつが遊佐。普通に友達だからこれ言ったの内緒にしてくれ」


「ちょっと待て」


 脳内のおっぱいデータベースを起動した。

 サイズを大きい順に並び変えて一番上をチェック――なるほど、こいつか。

 だが。


「おっぱいは出てきたけど顔が出てこねえ」


「振っておいてなんだけど玄は本当にゴミだな。ならもう1人の水住みすみさんは?」


「そっちはさすがに分かる」


 分からんわけがない。

 同じ1年の水住 紗良みすみ さら

 あまりにも美人で学校どころか地域の有名人だ。

 俺も初めて見た時はゲームキャラのコスプレかと思って固まった記憶がある……しかも本人の前で。

 思い出すだけで死にたくなってきた。


「同業になりゃチャンスあるかもしれねーぞ」


「ない。可愛い子はイケメンと付き合うのが自然界のルールだ。そのうち熱愛発覚してファンも目が覚める」


「ゆがみすぎだろ! なんだよ、好きな子イケメンに取られでもしたんか?」


「あれは忘れもしない中学3年の――おっと」


 かなしい思い出を掘り返しかけたところで後ろに気配を感じ、少し脇に避けた。

 早足で通り過ぎていったのは、今まさにうわさしていた水住だった。


 空色の目に銀色の長髪。

 ハーフだかクオーターだか、そういうタイプだと聞いている。

 言うまでもなく整った外見の持ち主だが……冷たいとは言わないまでも、少し温度の低い雰囲気の持ち主だ。


「俺も銀髪イケメンに受肉して学校生活無双したい人生だった、ってどうした?」


「玄。俺、何かまずいこと言ってないよな?」


 何を焦ってるんだこいつは。


「まずいというか普通に失礼だとは思う」


「おお……彼女が水住さんと友達なんだよ。愚痴ぐちられたらぶっ殺される」


「手遅れだな。その時はアークでやってもらえ」


 すぐ生き返るから。

 しかし水住が開拓者か。

 普通に頭も良さそうなのに、わざわざ身体張って稼ぐタイプだとは思わなかった。


「アステリズムって強いのか?」


「強い! Cランク倒すのに1年かかってない。俺のパーティーもガチでやってるけどDがやっとよ」


「C? マジか、完全に上位層なんだな」


「もしかしたら"領主りょうしゅ"になるかもなんて言われてるぜ。正直追いつける気が……いや、玄!」


 陽太が足を止めた。


「お前が来ればワンチャンある、と思う! 100パーかんだけど! ……俺、マジでアークでなんかデカいことやってみたいんだ。手伝ってくれよ」


 入学してからずーっとこんなこと言ってるなこいつは。

 確かに魔法のない地球でこれ以上何を成し遂げようが、向こうでの偉業に比べたら天と地の差があるだろう。

 人類の新天地フロンティアと呼ばれてるような世界だし。


 ただ、陽太の熱のこもった言葉にも俺の心は動かなかった。

 ため息を吐いて口を開く。


「悪いけど俺は、そういうことができるタイプじゃない」


 16歳にもなれば自分の器ぐらい分かってくる。

 世の中では俺と同い年のスポーツ選手とかが既に活躍していて、そういう奴をネットやテレビで見るとたまに考えるのだ。

 もし俺がこいつらと同じ才能や能力を持っていたとして、同じように大舞台で、同じような才能を持った奴らと戦えるだろうかと。


 ……残念ながら、想像の中でさえ俺は小さく固まっていた。

 それが器と呼ばれるものだ。


「日の当たらないところの方が合ってんだよ。お前はお前でデカいことやって金持ちになれ。で、俺を雇え」


 とはいえストレートに"俺は小心者です"というのもしゃくなので、そんな冗談で締め括る。

 陽太にも大体は伝わっただろう。

 口をへの字にして残念そうに息を吐いた。 


「分かった。悪いな、何度も誘って。また来年声かけるわ」


「○ね」


 毎回断るの面倒くさいんだが。


 駅の改札で陽太と別れ、ホームに来ていた電車に飛び乗る。

 ドアにもたれかかって何となく視線を動かすと、別の車両に水住が乗っていた。

 距離があるのに一瞬で気づいたのはそういうオーラの持ち主だからだろう。


 ……有名な開拓者はもう世間的に芸能人と変わらない扱いらしい。

 陽太は何度も誘ってくるが、そういうものを俺は求めていなかった。


 電車がトンネルに入り、景色が一気に暗くなる。

 慣れ親しんだ暗さだ。

 そう、やはり俺のフィールドは――。



 鉱山の中。

 わずかな電灯で照らされた空洞の中に何十人もの作業服の男達がひしめいている。

 岩盤にぶっ刺さっているドリルがド派手な音を立てながら石ころをばら撒いていく。


 六本足で這い回るロボットがその石塊に向かってビーッと光線を放つと、その光線に釣られて宙に浮いた・・・・・石塊がロボットの背負うカゴにおさまった。

 同じ要領でカゴを満杯にしたロボットが俺の近くに寄ってきて石ころをぶちまける。


「ウッ、ウワアーーーーー!! 嫌だーーーー!!!」


 隣にいた名前も知らない同僚がいきなり悲鳴を上げた。

 そして糸が切れたかのようにぶっ倒れてピクリとも動かなくなる。


 これだよこれ。

 テンション上がってきたぜ。

 俺は大きく息を吸い込んで叫んだ。


「班長ー!! 40番が死にましたーーーー!!!」




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