第15話 雷が如く

「何のつもりですかアナタ達は!!」


 いきなりの大音量、スーツの男の顔には怒りと焦りが混ざっている。


「リザードキングを狩りにきました」


 俺は淡々たんたんと答えた。


「今朝の報復ほうふくなら正気とは思えない。これは国も関わるプロジェクトで、メディアの取材も来ているんですよ!?」


「俺の評判は今更ですから。ただ一応、先にこいつと話してもらえませんか」


「何――?」


「お世話になってます」


 前に出た陽太を見て男が顔をしかめた。


「桐谷くん……まさかここまで頭が悪かったとはね」


「どうしてもお話したいことがあって来ました」


 陽太が背筋をピンと伸ばして両手を身体の横に揃える。

 綺麗な"気をつけ"の姿勢からバッと頭を下げた。


「昨日のこと、申し訳ございませんでした!!!!」


 謝罪の言葉が辺り一帯に響き渡る。


「何をやったとかやってないとかじゃなくて、僕らが大鋼さんにご迷惑おかけしたのは事実です。その後始末をできなかったことも。本当にすみませんでした」


 打って変わって、今度は一言一句噛みしめるように。

 男はそれを無表情で聞いている。


「今からでもできる責任の取り方があれば教えてください。代わりに何かを手伝うとか……簡単には言えないですけど、賠償のこともきちんと考えます。ですから――」


 そこで一度頭が上がる。


「"アークに入るな"って誓約書、あれだけは考え直してもらえないでしょうか。お願いします!!」


 そして最後、顔が膝につくような勢いでもう一度頭を下げた。




「――ああ、いいですよ。その件は忘れていただいて」


 陽太の肩がふるえた。

 頭がもう一段深く下がる。


「ありがとうございます……! さっき言ったことは必ず――」


「もう必要ありませんから」


「……え?」


 間の抜けた声が響く。

 男の顔を見ている俺には分かっていた。

 状況は何も変わっていないことが。


「この件を協会に持ち込めば調停委員会が動きます。それでアークへの侵入許可が取り消されるでしょうから、アナタ達はそれで終わりです」


「い、委員会って……そういう場所じゃ、もっと公平な……」


「公平? くくっ」


 失笑、そうとしか表現できないわらいだった。

 陽太はそれを呆然と見ていた。


「あれは利害調整の場ですよ。アークを企業われわれにとってより良いものにするために残すべきを残し、排すべきを排す。まさか学校の委員会と同じように考えていたのですか?」


「……そんだけのことしましたか、俺ら」


「アナタの想像以上に目障りでしたよ」


「ならどうやっても」


「消えてもらいます、アークから。……桐谷くん、アナタは相手の力の見極めを誤った。大人の邪魔をするとはこういうことです。地球ではこの経験を活かせるといいですね」


 男の言葉が最後の希望を奪い、陽太の肩が落ちた。

 ――だがほんの数秒でその背中に力が戻る。

 振り向いた陽太の顔は決意に満ちていた。


「玄、ありがとな。……俺もやる」


「分かった」


 そのまま後ろに下がったことで今度は俺が対面する。

 男は呆れてため息をついた。


「で、君はその付き添いですか。浅倉くん」


「ご存じの通り失うものがないので」


「信用の下限をゼロだと思っているなら間違いですよ。アナタは自分で自分をさらに暗い場所へおとしめている」


「ずいぶん余裕ですね。俺達が来た時はあんなに焦ってたのに」


「それは認めましょう。ただ冷静になってみればガーディアン戦にトラブルは付き物です。……見なさい」


 男が穴の中に指を向けた。


「あれが我が社の力です。Bランクモンスターにさえ対応可能な、上位の開拓者にも並べる戦術チーム。アナタ方ごとき小粒こつぶのイレギュラーに何ができるのか……好きに試してみるといい」


 笑っている。

 巨大な魔法機兵と、それをバックアップする大規模な戦闘部隊。

 並みの開拓者では足元にも及ばない戦果を実現する力を誇示こじし、その優位を確信して。

 その間も俺は男の顔から眼を離さなかった。



 ――パチッ――



 小さな破裂音。

 同時に俺の身体を極小の稲妻がう。

 一瞬のそれを男は確かに見て、目を細め、飲み込み……そして気づいた。

 その目と口がわずかに開かれる。


「…………雷? いや……あり得ない。アナタは、アナタには使えないはずだ……」


 目で見たものと持っている知識を即座に繋げることはできても、それで出た結論を受け入れられていない。

 自己論理を疑っている。

 その背中を押してやる前に言っておきたいことがあった。


「俺は陽太こいつがハメられようが、借金背負おうがどうでもいい。力のある奴に譲るべきだっていうあんたの意見も否定しない」


 本心だ。

 何故なら陽太はしぶとく、そして周りを味方にできる。

 こいつなら1千万だろうが1億だろうが大騒ぎしながら稼いで、その過程で強くなって、大鋼とも今度は対等に渡り合っただろう。

 そんな奴にわざわざ恩を売るほど暇していない。


「けどな……こいつには夢があるんだ。具体性も何もない聞いたら鼻で笑うような夢が。それでも、そういう夢を持てるだけでも、俺やあんたとは違うんだよ」


 夢を持つ。

 この男にそのとうとさは伝わらないだろう。

 俺だって、例の事件でその資格を失くしてしまうまでは考えもしなかった。


「ミスは2つ。あんたがその夢を可能性ごと踏みにじろうとしたこと。もう1つはそいつが俺の友人だったってことだ。だから俺は……大鋼あんたの未来をぶっこわしにきた」


 もはや見間違うことはない量の雷気が散っている。

 フェンリルが俺の戦意に反応し、今まさに始まろうとしている戦いにたけっているのだ。



 男がごくりと唾を飲み込み、何とか平静を保とうとして息を吐く。

 表情を整えてから仕切り直すように口を開いた。


「分かりました。前提の認識に誤りがあり、ご不快をまねいたことはお詫びしましょう。よろしければ場を改めて、」


「もう遅い。――全部斬る」 


「待っ――」


 制止を無視して穴に飛び降りた。

 壁に刺さっている足場に着地。戦闘員が反応する間もなく次の足場へ跳び、どんどん下へと降りていく。

 ほどなくして底に到着した。

 中央では《魔力の矢》が飛び交う中、リザードキングがアトラスとせめぎ合っている。


 お前の相手はそいつじゃない――《ゴースト》。


 呼び出された死霊の手がアトラスの魔法式システムに干渉する。

 たったそれだけで機体のバランスが大きく崩れた。

 リザードキングが超重量の尻尾を振り回す。

 まともに食らったアトラスが、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。



 突然の状況変化に足場から降り注いでいた矢が止まる。

 その隙を縫うようにリザードキングの前に進み出た。

 巨大な爬虫類の目が俺を捉え、超感覚が攻撃の予兆を激しくアピールする。


 始めよう。


 背中の剣を抜き、ポケットから魔石を取り出す。

 無造作に歩きながら間合いに入った。


 リザードキングが大きく体をひねる。

 アトラスを吹き飛ばした超重量の尻尾が、俺に向かって飛んでくる。


 魔石を割った。


「エンチャント」


 フェンリル魔法式が吠え、剣身に稲妻がはしる。

 身を低くしてかついだ雷刃を迫る尻尾に叩きつけた。

 重い衝撃が伝わる。

 気合で振り抜いた。


 ――その一撃で斬り飛ばされた尻尾が、地面に着くこともなく光となって消えていった。


 リザードキングが大きく口を開けながら激しく転がり、地面が揺れる。

 俺とフェンリル、世界に憎まれる1人と1匹が力を示す。

 その最初の戦いが始まった。

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