第16話 スレイプニル

 地面を揺らしながらのたうち回るリザードキング。

 その近くの足場から裏側に回っていた陽太が飛び降りてくるのが見えた。

 雷エンチャで斬った感触はコボルトレクスよりも固いが、Sランク元が元なだけにCランクに通用しないなんてことはなかったようだ。

 このまま畳みかけて――



 超感覚が背後から迫る魔法を感知した。

 振り向きざまに薙いだ剣が飛んできた《魔力の矢》を捉えて斬り捨てる。

 大鋼の戦闘員が足場の上からライフルをこちらに向けていた。


 その一発を合図に全方位の足場から次々と矢が放たれる。

 やる気になったのか。

 いや、けどこれは……?


 ゴミみたいな射撃精度だ!

 撃たれる前から分かる、突っ立ってるだけでもほとんど俺には当たらない。

 たまに超感覚が"直撃コースだよ"と教えてくれるものだけ防げば、何の脅威もなかった。


 人間相手の訓練をろくにやっていないんだろうが、適当すぎて逆にイライラしてくる。

 お手本見せてやるよ!

 反撃の《岩の矢》を1本生成して足場に向けて撃ち放つ、が、矢は大きく上に外れた。

 突然始まったノーコン射撃バトル――その空気を再起動したアトラスがぶち壊す。


 《ゴースト》が起こしたシステムエラーから回復したらしい。

 大鋼は完全に俺を標的にしたようだ。

 Cランクとぶつかり合える金属の塊が一気に突っ込んできた。



 先にこいつから斬るか。

 アトラスの突撃に合わせるようにゆるく駆ける。

 衝突地点よりかなり前で片足を踏み切り、斜め上に跳ね――もう一方の足で空中を蹴った・・・・・・


 《力場》、平たく言えば多段ジャンプの魔法。

 硬めのスポンジのような空気の塊を蹴って空へと跳ねた。

 それなりに使用率が高い魔法で、極めた奴は常に三次元戦闘できるらしいがバランスを取るのが結構難しく、ミスれば変な姿勢で地上に落ちることになる。

 俺も単純に高度を稼ぐぐらいでしか使えないが、今回はそれで十分だ。



 接触の瞬間には既にアトラスより高い位置に来ていた。

 最後の前ジャンプで身体を思い切り捻ると、下を通り抜けていくアトラスのど真ん中に剣を振る。

 剣身よりも長く伸びた雷刃が、ザンッ! とその胴体を焼き切った!


 動力機構を一瞬で破壊されたアトラスが勢いのまま倒れ込んでいく。

 一方で上空に身を投げ出した俺にも地面が迫っていた。

 無理やり視界を下に向け、段々近づいてくる自分の影に意識を向ける……《影縛り》!


 影にノイズが走り、地上スレスレで落下が止まる。

 魔法を解除してから受け身をとって立ち上がった。



 胴体を半ばまで割られたアトラスはさすがにもう動かなさそうだ。

 あとは足場の連中に気をつけながらリザードキングの相手をすれば――と思ったら、アトラスの残骸がガガガと音を立てて宙に浮き始めた。


「喰らっとけ!!」


 陽太の《念動力》だ。

 持ち上げた残骸を振り回したかと思うと結構なスピードで足場にぶつけている。

 慌てた戦闘員達が《力場》を跳んで穴の上に逃げていく。


 状況は一旦俺達が制したといっていい。

 後は大鋼が立て直すまでにリザードキングにとどめを刺すだけだが、ストラトスが調子に乗って参戦してくるかどうか。

 けど陽太が言うには2軍メンバーらしいしな。

 びびって降りてこないか?


 一通りの戦闘員を蹴散らした陽太が走ってきた。


「聞いてたよりやべーな、フェンリル。近くいるだけで酔うわ……よくこんなもんと付き合えるよ、お前」


「鉱山で働けば誰でもこうなる」


「嘘つけ!」


 一連のゴタゴタの間にリザードキングは回復を終えていた。

 せっかく斬り飛ばした尻尾がすっかり元通りになっている。

 さすがはガーディアン、タワーの魔力使い放題は伊達じゃないが、その余波で本来燃費の悪い雷エンチャも維持できていた。

 これなら俺1人でも問題ない。


「陽太はストラトスの方、を――!?」


「どうした?」


 作戦変更を伝えようとした矢先、超感覚の異常な警告――そして俺の内側からフェンリルの闘志が伝わってくる。

 頭が締め付けられるような感覚と急激に高まる重圧。

 見ればリザードキングも動きを止めていた。

 ……上だ!



 突然穴の上から飛び込んできたモンスターが、いななきを上げて底に降り立った。

 六本足・・・の灰馬。

 リザードキングよりは小さいが低ランクとは一線を画す大きさで、白いたてがみと尻尾は繋がっていてまるで光の川のようだ。

 全身が筋肉質で一番前の二本足は特別太く、ひづめひづめはハンマーのようになっている。

 そしてその魔力は明らかにCランクのレベルじゃない。


「"スレイプニル"……!?」


 陽太の驚愕。

 そう、こいつはBランクモンスターのスレイプニル。

 全開拓者の1%も討伐していないというランクの1体。

 タワーの数は残り3本、いつガーディアンによる縄張り争いが起こってもおかしくなかったが、よりによってこのタイミングかよ……!



 スレイプニルが俺達を無視してリザードキングに襲い掛かる。

 リザードキングが迎え撃つように酸の塊を発射した!

 応じるようにスレイプニルの口から紅弾が放たれ、2つの魔法が空中でぶつかり――あっさりと紅弾が打ち勝った。

 そのまま相手に直撃させて大ダメージを与えている。


 苦し紛れにリザードキングが振り回した尻尾を跳び越え、スレイプニルが相手を押し潰すように着地する。

 いななきを上げながら前脚を何度も叩きつけた。

 リザードキングの動きがどんどん鈍くなる。

 そしてひと際激しいいななきから、紅い輝きを纏って振り下ろされたひづめが相手を踏み抜いた!


 その一撃でリザードキングが光になって消滅していく。

 ドロップした魔法式をスレイプニルが吸収した。

 後に残ったのは……魔石だけだ。



 ――誰も動けない。

 スレイプニルの出方を待つような沈黙が流れていく。


 俺に戦わない選択肢はない。

 俺自身がBランクとやってみたいか以前に、フェンリルからかつてないほどの戦意が俺に伝わってきていた。

 強敵を前にして高ぶっている。

 もし退こうとすれば何をしようとするか分からないぐらいだ。


 けど大鋼の粉砕は終わっているのに陽太を付き合わせるのは……いや、最悪陽太はいい。

 問題は上にいる水住だ。

 絶対に死なせるなと厳命されている相手がいる中で下手に戦いたくはなかった。



 静けさを破ったのは、スレイプニルのすぐそばに刺さった《魔力の矢》。 

 誰がやった? と思う間に次の矢が、そして何本もの矢が飛び始める。

 ……上の連中が、あまりの緊張に耐えられなくなったらしい!



 スレイプニルが動いた。

 軽い踏み込みだけで足場へ跳び上がり、まだ残っている戦闘員を蹂躙じゅうりんし始めた。

 やられた奴は淡い光に変わって消えていく――穴の中も外も、大パニックになった!



 スレイプニルを追いかけて走り出す。

 奴はもう一番上の足場に跳びついていた。

 外の連中は大鋼、ストラトスの区別なく逃げ出していて迎撃しようとする気配もない。

 ただ1人、見知った銀髪だけが例外だ。



 水住の構えたライフル、その銃口を中心に円状に魔力が収束する。

 《魔力の槍》にしては発動が遅い……違う、チャージが長い!

 気づいた直後にその魔力が銀色に変わり、圧力が格段に大きくなった。

 ユニークスキルか!


 銃口がぴたりとスレイプニルに向けられる――まずい、あれは強すぎる・・・・・・

 抜き打ちで呼び出した《ゴースト》を《魔力の槍》にぶつける。

 照準を狂わせるためだけの干渉、直後に銃口から射ち出された槍は狙いから大きく逸れていった。


 直前で槍に気づいていたスレイプニルがワンテンポ遅れて足場を離れ、俺の前方に着地した。

 上にいる水住に向かって叫ぶ。


退がれ!」


 あいつは注意を引きすぎた。

 上で狙われたらフォローできない、ここで俺がやるしかない!


 立ち直ったスレイプニルが接近する俺に反応し、前脚を大きく振り上げる。

 ハンマーのようなひづめが燃えるように紅く輝く。

 俺の斬り上げと奴の踏みつけが衝突した!


 ――互角!


 前脚は目の前で押し留められている。

 雷エンチャじゃなかったら俺ごと潰されてた……ただ長くはもたない。

 ひづめから凄まじい熱量が伝わってきている。

 後ろから来る陽太の気配に叫ぶ。


「水住を逃がせ、さっきの槍で狙われる!」


「Bランクだぞ!? 1人じゃ無理だ!」


「フェンリルがいる!」


「……クソッ!! すぐ戻る!!」


 離脱していく陽太が置き土産に崩落していた足場を《念動力》でぶっ放した。

 脇腹に食らったスレイプニルがわずかによろめき、俺はその隙に距離を取る。

 さて……どうするか。


 ……雷エンチャの全力を引き出す必要がある。

 フェンリルのランクはS、《魔力付与エンチャント》は人間が作った"レベル"なんて基準にはおさまらないはず。

 本来ならBランク相手に競り合うような強さじゃない。


 事件の時、俺は"ノア"からフェンリルの魔法式の大部分を奪い取った。

 地道な狩りで補充したとはいえ欠けてる部分は多いだろうが、出力低下の原因が魔法側とは思えない。

 恐らく武器だ。

 安物の金属剣じゃない、雷エンチャを受け止められる器が要る。


 手っ取り早いのは――フェンリル自身・・・・・・・


 けどそれを呼び出すということは、あの時のようにフェンリルの意思で身体が暴走するリスクを負うことになる。


 スレイプニルが俺を威嚇し、超感覚が警告を鳴らす。

 決断の時が迫っていた。

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