第29話 天満悠

 明るい色のジャケットを着た遊佐は、身体の脇に身長より少し短い槍を突き立てている。

 対面しているのは5人の男。

 うち4人はモブだが、一番前にいる奴には見覚えがあった。


 背は高く筋肉質、短髪で両サイドに剃り込みを入れている。

 着ているのはやたらと傷の付いたパンクなジャケット。

 野性の獣のような顔には、遊佐とは対照的に不敵な笑みを浮かべている。


 確か……カケルとかいうやつだ。


 動画サイトでは広告をスキップできるまでに5秒ほどかかるのがお決まりだが、その直前までこいつが映っているので覚えてしまった。

 Bランクの巨漢"タイラント"相手に拳で戦う実力者。

 ストラトスがまだクランではなく、パーティーだった頃から所属している正真正銘の一軍メンバーだ。


「しつっこい、行かないって言ってるじゃん!」


 遊佐が吠えた。

 表情からは本気の敵意がにじみ出ているが、カケルの方は余裕のまま笑っている。


「考え直せよ朱莉あかり。ウチ来た方がぜってーオマエの為だ」


「アステリズムを抜けるわけないでしょ!!」


「残りの奴もまとめてりゃいいだろ、もう1人は抜けてんだからよ」


「ふざけないでよ……!」


 一触即発とはまさにこのこと、遊佐はいつ槍を構えてもおかしくない。

 早めに割って入った方がいいな。



 クレーターのふちを滑り下りる。

 言い争っているところに近づくと、何人かの男が俺に目を向けた。


「これからはストラトスの時代だ。アークの端っこでBだのCだの相手しても金になんねえよ――あ?」


「お金の為にやってるん、じゃ?」


 カケルに遅れて遊佐が気づいたが……様子がおかしい。

 すぐ近くまで来た俺を見ると目を見開き――手を震わせて槍を取り落とした。


 ……怯えている・・・・・・


 遊佐にそんな態度を取られる理由は……あった!


 超感覚が捉えた。

 怯えているのは、遊佐の中にいる何か・・だ。

 その恐怖が表の遊佐にまで影響を与えているらしい。


 けど今は一旦――


「お前、浅倉玄人だよな? ウチに何の用だ」


 この状況を何とかしないといけない。

 カケルとその後ろの連中の目には強い敵意が込められている。

 俺は遊佐を指さした。


「こいつに呼ばれてきた」


「は? 適当言ってんじゃねえぞガキ。どう見てもお前にびびってんじゃねえか」


 まったくその通りで反論のしようもない。

 ついに座り込んでしまった遊佐は、それでも俺から視線を離していない。

 肩を抱くようにして震えを抑えながら何かをしゃべろうとしているようだ。


 だがその猶予をカケルは与えない。

 一気に俺に詰め寄ると胸倉を掴み上げてきた。


「失せろや。朱莉は俺らが連れてく」


 それだけ言って突き飛ばされる。

 わずかにたたらを踏んだだけの俺を見てチッと舌打ちをした。


「クズ野郎が……自分の立場分かってんのか?」


「今から犯罪者になろうとしてる奴に言われたくない」


「お前には関係ねえ――」


「まっ、て」


 震える声が響き、その場の視線が声の主に集まる。

 遊佐は俺を見ていた。


「いかない、で……!」


 その声も、表情も、必死さにあふれている。

 自分の中にいる何かの怯えを、全力で抑えつけていた。


「……はあ」


 深いため息を吐いて、遊佐の前、カケルとの間に割って入るように立つ。

 最初からそのつもりに決まってるだろうが。

 こんな状況に水住の友達を置いていけるわけがない。


 いや……もし知らない奴だったとしてもこうしただろう。

 何故なら俺は、斎藤商事の浅倉玄人だからだ。

 あとで店長とボスに顔向けできなくなるようなことは一切やらないと決めている。


 カケルの表情が怒りに染まる。

 後ろにいた取り巻き共が俺を包囲した。

 踏み込んできたカケルの、プロボクサー並みの鋭い拳が飛んできて――不自然に止まった・・・・


「なっ!?」


「ハッ……」


 《影縛り》。

 俺は驚くカケルを鼻で笑って拳を固め、


「フェアにやると思ったのか? 甘いんだよ、ストラトス」


 思い切りやつの脇腹に叩きつけた!!!!



「けっ、けっこふひゃるじゃねへが……」


 口の中にたまった血をべっと吐き出した。

 周りにはカケルを含めた5人の男達が転がっている。


 例外なく腹を抑えているのは俺がそこ以外狙えなかったからだ。

 ごく基礎的な、それこそ拳の出し方ぐらいはボスから教わったが、早々に"才能がない"と判断して残りの訓練を辞退した過去がある。



 その代償は俺の身体に現れていた。

 頭から身体まで5人に殴られ蹴られての全身打撲。

 左目は腫れ、つぶれてまったく見えていない。


 慣れない打撃に酷使された右手は、バキバキに骨折して血まみれになっている。

 多分頭の骨は砕けてるし中身にもダメージが出ていると思う。


 臨死体験の専門家であるこの俺の見立てでは、命がもってあと数分というところだろう。

 《影縛り》とかいう近接最強魔法チートを使ったくせにこの体たらくである。


 魔石を割る時間さえあれば頼れるフェンリル相棒が全員(遊佐ごと)引き裂いた可能性もあるが、ともかくそんな余裕は見当たらなかった。



「うぶっ……くっ、そ、卑怯者が……!!」


 うずくまっているカケルが、血を吐きながら負け惜しみを言い始めた。

 肋骨が砕けたぐらいで情けない。


 今の俺がそうであるように、魔力のサポートがある俺達は、本来その意志さえあれば残りHP1まで動けるはずなのだ。

 "片腕が取れてからが本番"というボスの格言を教えてやりたい。


 けど……時間がない。

 死んだら地球に戻されてしまう。

 最低でも気絶ぐらいはさせておかないと遊佐が心配だ。




「そこまでにしてもらえないかな」




 ――すぐ近くで男の声がした。


 口調は柔らかいが、意志の強さを感じる声だ。

 どこか聞き覚えのあるそれに目を向ける。



 ……なるほど。

 これが実物か。


 長身にバランスの取れた手足。

 クソほど整った顔の上には、いけ好かない白染めの髪が乗っている。

 背中に長剣を背負い、着ているものは実用性よりもキャラクター性を重視したような装飾のジャケットだ。


 俺を見据える目に敵意はない。

 だが声と同じく、いざとなれば戦いを躊躇しない強さがにじみ出ていた。



 天満てんま ゆう

 ユニークスキルを持つストラトスのリーダー。

 最強の開拓者を目指す男がそこにいた。



「悠、《回復》を……!」


 手を伸ばすカケルに天満が首を振る。


「駄目だ。見ただけでも非はカケルにあったと分かるよ。そろそろ悪い癖は治してもらう」


 そう言って周りに倒れている他の男を見ると、そいつの身体が淡い光に包まれた。

 すると男が顔をしかめながらも立ち上がる。


 超自然魔法、《回復》。

 初めて見た。


 カケル以外の男達を回復させると、天満が崖上の車を指さした。


「先に現場へ。彼を運んでくれ」


 男達がカケルをかついで逃げるように去っていく。

 それを見送ってから俺の方に向き直る。


「移動中にあの車を見つけてね。こんなところに用事はないはずなのに何事かと思えば……いや、」


 その目が心配そうに細められる。


「まずは君も《回復》を――」


「いらない」


「でもその怪我は」


「お前の弱っちい仲間と一緒にするな」


 完全にやせ我慢だが、この状況に現れた奴を新手・・とみなさない平和な思考回路はしていない。

 《回復》と見せかけて他の魔法を使われるリスクがある。


「分かった、君がそう言うのなら。自己紹介が遅くなったけど僕は天満。ストラトスのリーダーを務めさせてもらってる。浅倉くんのことはよく知ってる……というのも」


 バツが悪そうな、申し訳なさそうな表情を見せて、


「"君との衝突は避けろ"と事務所から連絡があったばかりなんだ。その矢先にこれとは……本当に申し訳ない」


 両手を脇に揃えて丁寧に頭を下げてきた。

 非常にしゃくだが、その態度にも言葉の端々にも誠意を感じ取っている自分がいる。


「あんたの所為ではないだろ」


「トップの責任だよ。開拓者は不良扱いされることが多いからこそ、僕がクランを律しなければいけないんだ。それと」


 もう一度俺の全身を見て顔をしかめた。 


「君が反撃を抑えてくれたことにもお礼を言いたい。……それがもし遊佐さんのためだったとしたら、君は言われてるような人じゃないのかもしれないね」


 名前を呼ばれた遊佐がびくんと震えた。

 けど、その様子はさっきまでよりも大分落ち着いたように見える。


「遊佐さんも本当にごめん、カケルのことは必ず対処するよ。一応だけど、遊佐さんがこうなってるのはフェンリルとガルム・・・の関係でいいのかい?」


「ガルム?」


 知らない名前でもなかった。

 Cランクの猟犬型モンスター、要はハウンドの上位種の名前だ。

 遊佐の中にはそいつがいる?


「君達2人のトラブルでなければそれでいいんだ。――それじゃ、僕はこれで」


 きびすを返して歩いていく。

 向かう先のクレーターの上には、天満が乗ってきたであろう別の車が停まっていた。



 ……よかった、なんとかギリギリもちそうだ。

 あいつの前で死ぬのはプライドが許さない。


「――そうだ。浅倉くん、1つ聞いてもいいかな? 君と組んでる水住さんのことだ」


 と思ったら振り返りやがった。

 しかも水住?

 遊佐の前で、今一番デリケートな話題に触れるとは。


「なんだよ」


「彼女を簡単な食事とか、親睦会に誘うにはどうしたらいいと思う?」


「…………は?」


「真剣な話なんだ。加入の事情は複雑だけど、ストラトスに参加するからには彼女にも良い時間を送ってほしいと思ってる。……でも、現状は同じチーム内でもコミュニケーションを取っていないみたいでね。それは僕の希望を通り越して彼女の安全にも関わる問題だ」


 水住、まさかのぼっち。

 というより鎖国か。

 まあ何か考えが……いや、どうだろう。

 俺はイケメンに生まれたことも美少女に生まれたこともないので奴らの苦労は分からない。


 ただ、水住はバカでもなければ、人の気遣いが分からない奴でもないのは確かだ。


「今お前が言ったこと、そのまま言えば来ると思うぞ」


「……そうかい? 分かった、やってみるよ。ありがとう」


「早く行け」


「ああ。それじゃ、また」


 後ろ手を振りながら今度こそ去っていく。

 その姿が視界の外に消え、車の走り去る音が聞こえたところで……ついに限界が来た。



 振り返ると、未だにぺたんと座り込んだままの遊佐が俺を見上げていた。

 その目の奥では遊佐ではない何かが俺に恐怖を訴えている。


「何もしないっての」


 右手を遊佐の頭に伸ばした。

 抑えつけるように手のひらを落とすと、そのままゆっくりと撫でてみた……あ、まずい。

 俺血まみれだったわ。


 遊佐の赤い髪を少し違った色の赤が濡らしていく。

 髪からしたたるそれを見て、遊佐が不思議そうな顔をした。

 ぬぐい去ってやる暇もなく――直後に俺は立ったまま絶命した。



 全身に走る衝撃で目を覚ます。

 開いた視界はゆっくりと回転中……床を転がっている。

 反動を利用してバッと立ち上がると、目の前にいる協会の職員が目を剥いた。


「え”っ!? ……え”え”!?」


 奥に見える長い人の列も同じリアクションだ。

 いつもの体育館みたいな施設の中。

 アークで死んでゲートの地球側に飛ばされた後の、俺にとっては慣れ親しんだ光景である。


「い、今復活したばかりじゃ……」


 普通アークで死ぬと地球で目が覚めるのに半日はかかる。

 精神的なダメージの自己修復時間という説が有力だが、俺にそんなものは存在しない。


「間違えてワープしたんだ。じゃ、そういうことで」


 それだけ言い置いて勝手にゲートに入った。

 さっきのことが遊佐のトラウマになったら悪いしな。

 早めに迎えにいってやらなければ。

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