第28話 家族会議

 お高い焼肉屋、その一室を気まずい沈黙が支配していた。


 テーブルを挟んだ目の前の席にはボスが1人で座っている。

 ボスは2人分の体格なので必然そうなった。

 向かい合う俺の隣には店長が座っている。



 …………会話がない。

 最初の注文を済ませて飲み物が届き、今は肉が来るのを待っているところだがとにかく誰もしゃべらない。


 ボスはさっきから瞑想している。

 いつもよくしゃべる店長は、今日に限って黙ったまま日本酒をあおっている。

 わざとだ。

 明らかにこの空気を面白がっている。



 俺がどうにかせねばとは思っているものの――久々すぎてボスとの距離感がリセットされていた。

 普段何を話してたかまったく思い出せない……。


 この俺のボスへの忠誠心は、厚い。

 もしこの人がいなかったとしても、俺は"ノア"を倒す為に再起しただろうが……今の状況まで持っていくには10年あっても足りなかったかもしれない。

 アークの歴史は浅く、一流の開拓者を育てるための方法論メソッドを持っているのはごく一握りの人達だけなのだ。


 まあ"1日10回死ね"みたいなのをメソッドと呼ぶと専門家が怒るかもしれないが。

 段々思い出してきたけどそういうことで忙しかったせいで、ボスと雑談はほとんどしていなかった。

 ボスも元々しゃべる方じゃない。

 口から吐き出す二酸化炭素の量までエコなお方だ。

 神と言っても過言ではない。


「玄」


 神がしゃべった。

 この世界に二酸化炭素を恵んでくださるらしい。


「……………………"ノア"の進捗はどうだ」


「はい駄目」


「む」


 なんとか絞り出したであろう話題が店長に瞬殺された。

 というかボスもずっと話題を考えてたらしい、気を遣わせて申し訳なくなった。


「保護者の自覚が足りない。一言目から仕事の話はないでしょ」


「すまん」


「い、いえ、全然大丈夫っす。逆に俺も仕事以外あんまり記憶ないので」


「学校は? まさかサボってないわよね?」


「サボってないです! 行ってますけど面白い話は特にないっていうか」


 美化委員会を破壊したぐらいで……あ、そういえば。


「一応ですけど、調停委員会の話を」


 ちょうど肉もやってきたので、食事を始めながらかくかくしかじかと説明。

 ボスがふんと鼻を鳴らした。


「意外な話ではないな。元より調停委員にお前を処罰する覚悟はないだろう。ストラトスとの癒着ゆちゃくは、もはや公然の秘密だ」 


「あちゃー、ソフィにまで話が行っちゃったのね。あの子心配性だから……あとでお礼言っておかないと」


「俺はとにかく疲れました。たったあれだけのことを、なんであんなに手間かけないと話せないのかって」


「それはむしろ成果だと思っていい」


 トングでまとめて肉をさらいながらボスが言った。

 流れるように箸に持ち替え、そのまま10枚ぐらいが一気に口の中に運ばれていく。


「龍ノ介、それまだなま


「死なん。手順を踏まれるのは警戒されているからだ。"底が見えない"という評価はお前を動きやすくする。……大鋼は小粒こつぶだが、ちょうどいい材料にはなったな」


 そりゃボスにとったら小粒だろうけど。

 《冬》の概念魔法投げ込むだけで全部終わりだからな。


「"ノア"の方は前に報告したところで止まってます、ゴールデンウイークに3本目のつもりですけど」


「ストラトスの動きが活発になっている。恐らくお前のノワー・・・攻略がプレッシャーに――」


「ちょっと待って?」


 店長が話を止めた。

 俺はある種の期待・・を込めながらそっと目をそらした。


「龍ノ介が言ったノワーって何? 聞いたことないけど」


「"ノア"の支配下にあるタワーのことだ。便宜上、そう呼んでいる」


「…………ふーん、なるほどね」


 店長はそれだけ言って何でもないことのようにスルーした。

 逃げた……。


 いや、責められまい。俺だってどうにもできなかったのだから。

 高原の時は水住に言っても信じないだろうから言わなかったが、ノワーという呼称を最初に使い始めたのはボスなのだ。


『"ノア"の魔力を持つタワー。さしずめノワーと言ったところか』


 ……初めてそう言われた日のことは今でも覚えている。

 俺はガチなのかギャグなのか判断がつかず頭がおかしくなってフェンリルが暴走したふりをして逃げた。


 けど今、ボスに恥をかかせるわけにはいかない。


「ノワーが何か? 確かに委員会でもノワーについて何か言われた気がしますが。といってもノワーは水住と攻略してるんですが」


「どうかしたか?」


「いえまったく」


「ならいいが、とにかく急げ。連中より後になればリスクが増える。水住というのは、水住紗良だな?」


「はい。ボスが知ってる名前とは思いませんでしたが」


 フルネームが出てきた?

 今更ボスがアイドル好きみたいな情報が増えたらもうパンクするぞ。


「ユニークスキル持ちはお前が考えているより名が知れている。前に教えたが、高ランクモンスターの最大の特徴は――」


「防御力っすね」


 それも物理、魔法両方の防御力を指す。

 俺が魔法式を奪い、ボスがとどめを刺したフェンリルは例外として、Sランクが未だに人間には倒せていない理由もそこにある。

 核ミサイルでノーダメだったのは有名な話だ。


 もちろんランクが上がれば攻撃力も上がるが、それは主にモンスター同士の話。

 もっとランクの低い攻撃でも人間は死ぬからあんまり影響がない。


「ああ。そしてAランクに通じる魔法はAランクを倒さなければ手に入らない。下のレベルから鍛えていくのは、人間の寿命を考えると不可能に近い」


「その壁を超えるのがユニークスキルですか」


「他の手段もあるにはあるが……ともあれ彼女はストラトスの重要人物キーマンの1人と言えるだろうな」


「ははあ」


 だからストラトスからの扱いが異次元に良いのか。


「お前の方は? フェンリルを使いこなせているのか」


「まだ不安定ですけど、最近はコミュニケーションも取れるようになってきて良い感じです。ただあの犬っころ、たまに頑固になるというか……あれ、何か言いました、俺?」


 ボスの眉間にしわが寄っていた。

 いつもそんな感じの顔ではあるが、今回は少し違う。


「玄。あまりフェンリルに情を移すな」


 ガチトーンだ。

 かなり久々の、説教される時に近いトーン。

 にわかに緊張が高まってきた。


「どんなに本物の生物のようでも奴らは魔法だ。お前が認識している感情は結局、魔法式が生物の心理を模倣エミュレートしているものにすぎない」


「けど……例えばモンスターが怒ってたら、魔法も怒ってるってことにならないですか?」


「ならない。お前はお前の怒りを裏切らないが、魔法は違う。モンスターの怒りが不合理だと判断すれば即座に書き換えられる」


「なる、ほど」


 ……1秒前まで怒り狂っていたフェンリルが、その根っこにあるシステムによって一瞬で黙らされてしまう。

 もし本当にモンスターがそういうものなら、確かに、俺とフェンリルが何かを積み上げたとて意味はないのかもしれない。

 けど。


「俺はフェンリルがそういうやつだとはどうも……」


「玄――」


「ストップ」


 しゃべりかけたボスを店長が止めた。


「理屈と感情がぶつかるなら、龍ノ介、あんたは玄を信じてあげるべきよ。玄の超感覚はあんたよりも上なんでしょ?」


「ああ。数値化して比較できるものではないが、フェンリルの魔法式を背負う効果は大きいはずだ」


「ならあんたには見えないものが玄には見えてるかもしれない。……言いたいことは伝わってる。目的を果たす為の優先順位を間違えるな、ってことよね」


 頷いたボスを置いて、今度は俺と目を合わせてくる。


「でもね、玄。一つ覚えておいて。"モンスターは子孫を残さない"。子供のモンスターを見たことある?」


「そういえばないような」


「厳密にはゼロじゃないんだけどね。生物を模倣してるのになんで繁殖しないのかっていうと、弱くなっちゃうから」


「……そうか、あいつらに必要なのは遺伝子じゃない」


「そ。子供を作ろうとしたら自分の魔法式の一部を切り離すことになる。それを許容できないから魔法は生物の本能を否定する、そういう話」


 俺が理解したのを見て店長が微笑む。


「もしかしたらあんたとフェンリルの間には……思わぬ落とし穴とか、すれ違いがあるかもしれない。それだけは忘れないでおいて」




 それから先の食事は、静かだが和やかな雰囲気で終わりを迎えた。

 けど俺は帰り際にボスの残した言葉が気になっていた。


『企業の動きがおかしい。敵とも味方とも言えない……何か裏の意図があるように思える。気を付けろ』



 ……前から考えてはいたが、今度のタワーでは少し無理をする必要があるかもしれない。

 俺とフェンリル、それぞれがいち早く高みを目指すためにも。



"あなた:というわけで3本目のタワーは連泊しようと思う"

"あなた:俺はGW全部使うけど、水住は最後だけでもいいからな"


"水住:何が というわけで なのか分からないけど"

"水住:ごめんなさい、GWは一緒に行けなくなった"

"水住:ストラトスの方にどうしてもと言われてしまったから"


「おおう」


 返信を見て声を漏らすと周りにいた人達がびくっとした。

 すんません。

 そしてちょうど扉が開いたので、体育館みたいな空間を列になってぞろぞろ進む。


 焼肉から一夜明けた翌日の放課後、遊佐に呼び出されて第3ゲートのドームに向かっているところだ。

 一旦家に帰って装備を整えてきた。


 ゲートの渦が待機列を飲み込んでいくのを見ながら返信する。


"あなた:分かった、また次で呼ぶ"


"水住:こっちも4本目が終われば落ち着くと思う。よろしく"


 俺の番が近づいてきたのでスマホをしまった。

 本当なら……といっても推測だけど、ストラトスの4本目はもうちょっと後でもよかったはずだ。

 そもそも早く壊すだけでいいなら一軍メンバーがさくさく済ませていただろう。


 そうしなかったのは、そいつらですら勝てるか分からない5本目Aランクのために他のメンバーを鍛えているからだと思っていた。

 たぶん世の中の話題が第2ゲートに移りつつあるのを気にしてるんだ。

 その共犯が、同じストラトスの水住なのは皮肉であるが。



 ゲートを渡って無事ドームに到着。

 やはり第2ゲートと違って活気にあふれている。

 適当に道路を歩きながらスマホのログを開いた。


"遊佐:学校終わったら第3ゲートでいい?"

"遊佐:アーク側!"


"あなた:こっちじゃダメなのか"


"遊佐:ちょっと魔法で確かめたいっていうか"

"遊佐:し、しかもできるだけ人がいないところがいいっていうか……"

"遊佐:超怪しいけどほんとに変なことじゃないから!!"


"あなた:はいはい"


"遊佐:ドームの南口にいっぱい穴空いてるでしょ"

"遊佐:一番大きいので待ってる"



 読み飛ばしてたけど外かよ。

 穴……というか、クレーターがたくさんあるところか。


 第3ゲートの最初期、タワーを壊しきれなくて暴走スタンピードが起きた時の名残らしい。

 自衛隊がミサイルでも使ったのかもしれないが、とにかくそんなに人が寄りつく場所じゃなかったのは確かだ。



 ドームを出て荒れ地を15分ほど歩くとそのエリアに着いた。

 これまでと同じ景色に大小さまざまなクレーターがいくつもある。

 一番デカいと言われてもすぐにはピンと来ないが……目印があった。


 少し先のクレーターのそばにゴツい車が停まっている。

 自衛隊のジープをもう少しカジュアルにしたような、上位の開拓者が好むオフロード仕様のものだ。

 遊佐が運転してきたとは思えない。


 怪しくないとか言っておいて、まさか本当に罠だったり……。 


 そんなことを考えながら近づいていくと何やら声が聞こえてきた。

 遊佐か?

 かなり声を荒げている。


 クレーターのふちに立つ。

 中では赤髪のサイドポニー……遊佐と、5人組の男達が向かい合っていた。

 先頭に立っている男には見覚えがある。


 ――ストラトスの一軍メンバーだ。

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