第12話 最後の友人

 見学当日。

 俺は朝からフル装備で第3ゲート管理所にやってきていた。

 陽太の話では、アークに行く前に一度ミーティングがあるらしい。

 大鋼相手の担当者ともそこで顔合わせさせるとのことだ。



 廊下を歩いてれば誰かと合流するかもしれない……と思ってたのに、誰とも会わずにミーティングルームに着いちゃったんだが。

 まさか時間ミスった?

 ……そういやなんかメッセージ来てたな。

 スマホを取り出そうとして、少し開いている入口のドアから話し声が聞こえることに気づく。


「――すみませんでした」


 陽太の声。

 何があった?

 気配を消して中を覗いた。



 会議室のようなスペースで陽太が頭を下げていて、それに3人の男が向かい合っている。

 まんなかの不機嫌そうなスーツの男は大鋼だいこうの社員だろう。

 後ろにいる若い男2人は装備からするに開拓者……どこかで見たような気もする。

 和気わきあいあいって雰囲気ではない。


「桐谷くん、"すみませんでした"じゃないでしょ。"申し訳ございませんでした"だよ、こういう時は」


「はい……申し訳ございませんでした」


「学生はこれだからなあ。後始末も手伝ってなかったよね? 君たちがやったのになんで帰ったの?」


「それは――」


「俺らが帰っていいっつったんですよ」


 スーツの男の詰問きつもんに開拓者の男が割り込んだ。


「ミスの挽回ばんかいられちゃっても困るんで。あんな荒れた現場、素人には対処できないっスから」


「ああ、なるほど。ストラトスさんには本当にお世話になりまして……応援の方々も来てくださったおかげで何とか間に合いましたよ。このお礼は後日必ずさせていただきますので」


 陽太達が何かやったのか? そのケツをストラトスが拭いた、そんな話の流れになってる。

 後ろの開拓者達に頭を下げていたスーツの男が陽太に向き直る。


「本当なら損害賠償だけど、まだ学生ということで今回は特別に不問ふもんにするから。代わりにこの件は他言・・しないように。それと……君達には"今後アークに立ち入らない"という誓約書せいやくしょを書いてもらいます」


 ……今なんて言った?


「それはさすがにっ……いえ、すみませんが」


「まさかできない? これだけ説明させて、どれだけウチに迷惑かけたかまだ分かってないのか!? 開拓者ごっこで現場を引っかき回しておいて――」


 男の罵声ばせいが続く中、静かにドアを開けた。

 四つん這いになって獣のように男達の背後に忍び寄る。

 ヌッと立ち上がると陽太が目を丸くした。


「玄!?」


「よう」


 軽く手を振る。

 男達が「うおっ」と驚きの声を上げて振り返る。

 スーツの男が非難ひなんの眼差しを向けてきた。


「なんだ君は!」


「そいつの友人の浅倉です」


 ポケットに手を突っ込んで答えた。

 俺の機嫌は非常に悪かった。


「浅倉? 君、もしかして」


「またてめえかよ」


 2人の開拓者がスーツの男に並んだ。


「友人つったか? やっぱ追い出して正解だったな。こいつ、ニュースになったテロリストですよ」


 そいつの顔を正面から見て思い出した。

 こいつら水住にドームで絡んでたアホ共だ。

 それがストラトスとは、嫌な縁だな。


「ああ、やはり君ですか。例のあわれな少年・・・・・というのは」


「あわれ? 初めて言われました」


「協会とビジネスしていれば裏の事情も回ってくるんですよ。……歴史に残る犯罪を犯しながら、その見返りだったはずのSランクに見捨てられた少年」


 男の顔に哀れみと、隠しきれないわらいが浮かんだ。


「実際のところアナタは逮捕されてはいませんが、もはや真偽しんぎなど関係なくそういう立場なんです。率直そっちょくに言えば……フフッ、未来がない。もう少しご自分をかえりみて行動することをおすすめします」


「省みるとは」


「見学に参加するつもりで来たんでしょう? まともな企業がアナタを受け入れる訳がない。少し考えれば分かることだろうに」


 ……………………確かにい。

 もしかして俺ってバカか?

 斎藤商事を除いて俺と仲良くしたい企業は存在しない、当たり前の話なのに何故か行ける前提で来ちゃったよ。


 勢いよく参戦した俺がボコられて大人しくなったので、連中は気持ちよく帰るらしい。


「理解できたようで何よりです。これから忙しいので誓約書の件はまた連絡します……逃げられると思わないように」


 スーツの男が勝利宣言をして部屋から出ていった。

 残ったのは俺と陽太だけだ。




 適当な椅子を引いて座った。

 突っ立っている陽太にも座るように促す。

 しばらく沈黙が続いた。


「おい、何やらかした」


 5分ぐらい経ってようやく声をかける。


「……俺らは何もやってない」


「犯人は皆そう言うらしいぞ」


 俺の茶化ちゃかしにも陽太は無反応で、気が抜けたように天井を眺めている。


「雑用のこと、前に話したよな。昨日タワーの周りの雑魚掃除があってさ。さっきの男の指示でエリアを受け持って……狩り切れずにモンスターがあふれた」


「そんなに多かったのか」


魔法具まほうぐだよ。大鋼が連絡なしで《敵寄てきよせ》を使いやがった」


 魔法具は魔法を発動させる機械の総称。

 エリアに置いたそいつから遠隔で《敵寄せ》の魔法を使い、集めたモンスターを陽太達やストラトスに討伐させたと。

 ただ効果が強すぎて事故ったようだ。


「あのおっさんはなんて?」


「"事前に連絡した"ってよ! それだけじゃねえ、さっきいたストラトスも俺らに声かけたとか言い出しやがった」


「ハメられたのか」


「多分。連中とも会ったけど、『ここは俺達がやるから向こうに行け』って言われただけだ」


 あとでお小遣いでももらうのかね。

 "アークに二度と来るな"なんてアホみたいなことを言ってたのは、その辺を探られたくないのかもしれない。



 ともかく今回のガーディアン討伐は大鋼にとって大事なデモンストレーションで、どうしても途中参加の陽太達が目障りだったらしい。

 わざわざ茶番を仕掛けて排除しようとするぐらい。


「で、お前はなんで相手の言い分を受け入れてんだ?」


 おっさんの逆ギレも演技には見えなかった。

 陽太が天井を向いたまま目を閉じて眉間にしわを寄せた。

 ……なんだ?


「逃げてる時によく分かんねー機械見つけたんだ。ロゴ入りで見るからに高そうだったし、何とかそれだけでも持ち帰ろうとしてよ」


「もうオチが見えた」


「拠点に入った瞬間さっきの奴が真っ青になって……」


「運んだのは?」


「……《敵寄せ》中の魔法具だった」


 ブフッと吹き出した。

 あまりにも想像通りすぎた。


「笑うなよ、良かれと思ったんだって! 死ぬ気でかついで全員で守り抜いたってのに」


「それで拠点にモンスターが来たのか。今度からお前のことテロリストって呼ぶわ」


「ふざけろ! しかも結局壊れたのはしっこの壁だけだぞ? 段々冷静になってきたけど、俺らそこまで悪いことしてねーわ!」


「まあそもそも向こうが原因だからな」


 けど、その間抜けなところをストラトスに見られたのが逆ギレの原因だろう。

 実際のところ損害賠償なんかは鼻で笑える話だ。

 "アークでその国の法律が適用されるのはドーム内に限る"と国際的に決まっている。

 だから外にある物は誰にぶっ壊されても文句を言えないのが常識だ。




 とにかく状況は十分に理解した。

 


「わりい、玄。ストラトスに紹介できないどころかトラブルが増えちまった……ほんとすまん」


「気にすんな、正直そんな当てにしてなかった。またな」


「おう。…………ん? 玄、ちょっと待て」


 椅子から立って歩き出したところを呼び止められた。


「お前どこ行く気?」


「アーク」


「大鋼のところ行こうとしてんだろ。やめろ」


「やめねえ」


「そこまでキレる話じゃねえって! 俺、もう1回謝りに行くからさ、ちゃんと話せば分かって――」


「無理だな」


 椅子から立ち上がった陽太に向き直る。


「ストラトスの前でアークに来るなって言われた意味、分かってないだろ。あいつらが"領主"候補だって言ったのお前だぞ」


「……取り消せないってことかよ」


「たかが高校生も押さえられないって客に思われたくなきゃな」


『逃げられると思わないように』


 大鋼の男の言葉には本気を感じた。

 どんな手段を使ってでも陽太達を追い込むつもりだろう。



 だが、今回は。

 みつく相手を間違えたな。



「あいつは企業の代表としてここに来て一線を越えた。その代償は企業に払ってもらう。……今日の討伐は失敗させる」


「何を――」


「連中の狙いは、俺が狩る」


 "たかが高校生"を本気でおどしたことに怒っているわけじゃない。

 俺は陽太に義理がある。

 それをつらぬくことは、良いとか悪いとかを超えた、俺が俺であり続けるためのルールだ。


「忘れちまったみたいだからな、"フェンリル事件"を。誰の前で何を言ったのか分からせてくる」


「本気かよ!? せっかく大人しくしてたのに無駄になんだぞ! 事件のことだって、これからどう言い訳してもお前が犯人だと思われちまう」


「誰にどう思われるかで、やるべきことが変わるのか? 俺は違う。テロリストでも何でも好きに呼べばいい」


「……マジで変わったんだな、玄は」


 そうだ。

 こいつが知っている俺は、あの病室で死んだのだ。



 陽太が立ち上がった。


「なら俺も行く!」


「何しに? 企業とやり合う覚悟あるのか」


「ねーよんなもん! けど、これは俺の問題だ。だからまずは筋を通す。それでもし玄が言った通りなら……俺も戦う」


「その場にいたらどんな結果でも良いことないぞ」


「そうだとしても、こんな形で終われるかよ!!」


 動き始めた陽太を止める理由は俺にはない。

 持ってきていた装備を身に付け、壁に立てかけていた大きな武器ケースを肩にかついでいる。

 準備は終わったようだ。


 じゃ、


「行くか」


「おう!」

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