第52話 ゲート
――薄暗い倉庫の中で、俺は目を覚ました。
オレンジ色の小さなランプが埃っぽい床を照らしている。
その床に座らされている俺は、鎖で両腕ごと
痛みに耐えながら辺りを見回す……見覚えのある内装。
知っている場所。
すぐ横にある箱の上に、俺が読めるような向きでメモ用紙が置いてある。
”ごめんね”
震える字で書かれたそのメッセージを読んで、俺はうなだれた。
こうするしかなかったのだ。
これまで当たり前だと思っていた全てが変わってしまう……そういう経験は前にもあったはずなのに。
未だ覚悟のない愚か者の俺は、ほんの一週間前の、平和な日常を思い返さずにはいられなかった。
◇
「連れてってよ~~っ!!」
「何度も言ってるようにお前は留守番です……おいこら、掴むな!」
足にかじりつく朱莉を引き剥がす。
朱莉はギリギリまで抵抗を続けながら、後ろにいる陽太へバッと顔を向けた。
「ヨウもなんとか言って!」
「いや諦めろよ。5本目のタワーについていきたいって……この前のAランクで
陽太は呆れ顔だ。
珍しくこの3人での下校中、雑談のネタ程度に第2ゲートの話を出したら朱莉に火がついてしまった。
いわばラスボス戦に向かおうとする俺に自分がお供しないのはおかしいと主張している。
「しかも玄と斎藤さんのコンビだぞ。俺らじゃ足手まといにしかならねーって」
”領主”のごたごたが片付いたので、改めて第2ゲートでのAランク戦に挑もうという話だ。
メンバーは当初の予定通りボスと俺だけ。
最後のタワーの危機に”ノア”がどう出てくるか、という問題もあるが……そもそもAランク相手に半端なやつを連れていくのは厳しかった。
面倒を見る余裕がない、で済めばまだいい。
「がるるるるるるっ!!」
「唸るな。いいか、朱莉。ボスは俺ほど優しくない。来る分には止めないかもしれないけど戦闘中に気を遣ってくれたりなんかは……あれ?」
ふと思い当たったのはアンタレス戦の一幕だ。
ボスは空から颯爽と降りてくる直前、当然のように俺やストラトスを巻き込んで《冬》の概念魔法をぶっ放した。
あそこってこいつらもいたよな?
「お前らって《冬》の……、ブリザードみたいなのが墜ちてきた時どうした?」
「「凍った」」
「おお……」
口を揃えた二人に対してすぐにコメントが思いつかなかった。
だから俺のところに来たのが水住だけだったのか。まさか朱莉のファーストデスがボスによってもたらされるとは……。
「なんかすまん。あの人悪気はないんだ。ただ色々振り切ってる」
「いいっしょ、水住さん助かったし」
「朱莉は? トラウマとかないか」
慣れで緩和されるとはいえ、死に方によっては日常生活に支障をきたすようなフラッシュバックが起こることもある。
《冬》が原因ならそんなにエグい感じではなかったはずだが……。
「全然。わっ、綺麗だな~って思って、気づいたらベッドに――ぎゃっ!?」
なら良かった。
脇をくすぐり、朱莉の腕が緩んだ隙に足を引き抜いた。
歩き出すとすぐに並んできたものの、駄々こねは一旦諦めたらしい。
「ほんとにすごい人なんだ、斎藤さんて。他の事務所の子が言ってた通り」
「ボスの悪口言ってたやつの名前教えろ」
「悪口じゃないって! ……や、やっぱ微妙かも」
「教えろ」
「せっかく落ち着いてきたのに事件起こすんじゃねーよ! ってか結構有名だぞ、あの人のエピソード」
「なに?」
エピソード? ……よく考えると俺、あんまり昔の話知らないんだよな。
”Aランクを討伐した上級職員がいる”っていうのは開拓者になる前から知ってたけど。
「Aランクと1人で丸一日戦ったとか、
「最初の方が聞きたい」
二つ目は意外性がない。
「一緒に行った協会のチームが斎藤さん以外全滅しちまって、その人らが復帰するまで1人で戦ってたんだってよ。なんつったっけ、確か……」
「”ヨトゥン”でしょ? 雪のゴーレムみたいなモンスターだよね」
朱莉が差し込んだ。
「あーそんなやつだ。……ほんとかわかんねーけど、途中から
「ボスならおかしくない」
俺はうなずいた。
こちらもまったく意外性は……え? ならあのバカでかい剣を片腕で振り回したってこと? 嘘だろ?
魔法と言えばなんでも済むと思わないでほしい。
しかし情けないのは同行した協会の連中だ。その時俺がいればそんなことにはならなかったものを……。
といっても、たぶん俺が中学の頃の話だろうが。
その後もとりとめのない雑談をしながら歩いていく。
今日はたまたま2人とも予定がないらしい。ならせっかくの機会だ。
「これからアーク行くか。埼玉の第5ゲートにいい感じの鉱山があるらしい」
「なんで休みがそろったのにアークなんだよ! しかも鉱山! カラオケとかでいいだろ!」
「あたしちょっと時間かかるかも、5時集合でいいー?」
「……えっ俺が少数派?」
何がカラオケだぬるいこと言いやがって。
陽太だけAランク戦に引っ張っていってやろうか――なんて考えた時。
超感覚が反応した。
即座に振り返り、反応した先を凝視した……幻視は難しいか。
アークと違って目に見えるほどの魔力は、本来ここには存在しないのだ。
「クロ?」
「どうしたよいきなり」
存在しないはずの魔力を地球で感じるケースは、知る限り1つしかない。
俺は2人に向き直った。
「
「げっ……」
「ほんと?」
2人とも微妙な顔だ。
慌てた方がいいのか流しちゃってもいいのかって感じの。
それもそのはずで、新しいゲートが開くのは事件ではあるものの”大”事件ではない。
世界で見れば毎日どこかで、日本でも1年に数ヶ所は開いている。
一般人に周知されないゲートもあるから実際はもっと多いだろう。
東京には既にゲートが4つあって、さっきのが5つ目。
人の多いところに開く傾向があり、大抵はすぐ通報されて自衛隊が駆けつけてくる。
その場所は安全のために国が……収用?
とにかく住んでる人は立ち退かされることになる。
お気の毒だ。
「結構近いし、俺達は電車だからな。誰の家とも被ってないと思う」
「じゃあまあ、いいか。開いちまったもんはしょうがねーし。1年ぐらいして公開されたら見に行こうぜ」
「…………ね、クロ。さっき向いてた方?」
「そうだけどどうした?」
朱莉が少し焦りを見せている。
「距離は? 歩いてどのぐらいとか分かる?」
「……第2ゲートは駅降りたところから分かる、で感覚的には同じぐらいだから、10分? 名前忘れたけど、デカい私立の高校辺りかも――朱莉!?」
「そこ、あたしの友達が通ってるっ!!」
言いながら走り出した! 条件反射で俺と陽太も走り出す。
が、朱莉の身体能力は地球であっても飛び抜けている。
俺達との距離がどんどん離れていく。
「超っ、金持ち学校だぞ! あんなとこにもっ、友達いんのかよっ!」
陽太が走りながら途切れ途切れに言った。
敷地が異常に広いとか聞いたことはある。けど今はそんな情報より、
「いきなり校舎に突っ込んでもおかしくないな」
「やるだろ、あいつなら!」
朱莉の不法侵入を止めなければならなかった……しかし。
小さくなっていく背中を追いかける俺達にも、徐々にその高校が見えてくる。
事が起こる前に対処するのは、どうやら難しいようだった。
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