第48話 最強


「うわああああああああああっ!!!!」



 増殖したアンタレス達は、あまりの事態に硬直した人間達に立ち直る猶予を与えなかった。

 それぞれが鎌を振るたびに何人もが斬り飛ばされる。

 当初100人規模の部隊レイドだったストラトスは、その数をあっという間に半分近くまで減らしていた。



「ちっ!」



 俺は水住達を探そうとするが……その前に1体のアンタレスが立ちはだかる。


 初めはどこかに本体がまぎれているのかと思った。

 けど予幻で見ても、こいつらは個体ごとにまったく見分けがつけられない。



 これが召喚魔法だったら下位のモンスターを出現させるはずだ。

 理屈的には余った魔法式を指揮下のモンスターとして組み立てるというもので、自分の体を構成している魔法式をコピーするわけではない。

 それができるならコピーを自分自身に組み込んで無限に強くなるモンスターが生まれてしまう。


 しかしそのルールを一部とはいえ破っているのがこの概念魔法。

 もちろん見た目だけって可能性もあるが……!



「どけ!!」



 最初から全力、《フェンリルの爪》でアンタレスの右の鎌と激突する――やや押してはいるもののハリボテなんて強度ではない。

 さらには増殖前と同じ鋭さで爪尾が伸びてきた!

 反対の手で構えた剣で受け流すも、その鉤爪の1本に肩を抉られてしまう。


 続いて振るわれる左の鎌が予幻に映る。

 後ろに退くしかない――離脱しながらフェンリルが放った《雷の槍》がアンタレスの頭を襲う。

 牽制程度のつもりだった雷槍が、予想を外れて黒鉄の鎧をわずかに貫いた。



「……そういうことかよ!」 



 アンタレスが概念魔法でも破れなかったルールを見つけた。

 弱点というほどではない。

 ただ時間をかけていいなら、こいつらの相手はさっきの1体だけよりだったかもしれない。



 けど状況はそれを許さなかった。

 近場のストラトスを片付けたアンタレス達が一斉に彗星すいせいを作り出す。

 その光景はまさに絶望だ。


 1つ1つは不発に終わったものより小さいが、全てが同時に発射されれば基地の中を焦土にして余りあるだろう。

 止めに行こうにも目の前のアンタレスが邪魔をする。

 今度こそ、俺達の概念魔法を使うしか……!!



 ――――ブルッ、と身体が震えた。



 同じ震えでも、アンタレスの概念魔法を察知した時とは性質が違う。

 寒い・・

 震えるほど身体が寒かった。



 予幻がその原因を捉えた。

 バッと見上げた空、分厚い雲の下をヘリコプターが飛んでいる。

 そこから何か小さくて、信じられないほどの魔力を込められたものが墜ちてきていた。

 真っ白で、キラキラ光っていて、最初に想像したのは……雪の塊だった。


 


 戦闘中にも関わらず《望遠》で凝視する。

 白いのは雪、光っているのは氷、それが高速で渦を巻いて球状になっている。

 まるで小さなブリザードのように。



 ……超感覚より前に身体が反応したのは、もしかしたら魔法とは関係のない、実体験・・・から来た本当の第六感かもしれなかった。

 全身を氷漬けにされた半年前の記憶がよみがえる。



 あれはボスの・・・――《冬》の概念魔法だ!!



「伏せろッッ!!」



 叫ぶが早いが、《岩の壁》を作って陰に伏せる。

 さらに飛び出した《フェンリルの尾》が俺を巻くように防護した。



 ようやく気づいたアンタレスが間抜けにも空を見上げて威嚇する。

 墜ちてきた《冬》がそいつに直撃し――絶対零度が解放された!


 強烈な白い光と共に雪と氷が吹き荒れ、五感の全てを奪われる。

 戦場を支配する《冬》が収まるまで……何もかもその場を動くことはできなかった。




「……おお、今度は生き残った」



 どのぐらい経った?

 時間の感覚がぶっ壊れるような氷雪の嵐を、無事しのぎきったらしい。

 不思議なものであれほど吹き荒んでいた雪はもうどこにも残っていない。

 ただ、視界に映るものは、そのほとんどが真っ白に凍り付いていた。


 地面も、防壁も。

 そして目の前にいるアンタレスも。



 ――――ボスが、その氷像アンタレスを粉々に踏み砕いた。



 大柄な身体を上級職員の白ジャケットで包み、こちらに向けた背中に掛かるのは真っ黒な巨剣。

 刃は真銀ミスリルの輝きを放っている。

 足元の残骸は気にも留めずに辺りを見回した。



「ボス――!」


「玄、見たな? 魔力が分割されている」


「……はい!」



 過程を省いたボスの言葉に何とか追い付いた。


 《冬》の概念魔法は、ボスがAランクを倒して手に入れたものだと聞いている。

 だから強力なことには間違いないが、同じAランクを一撃で倒せるとは考えづらい。


 であればアンタレス達は何故凍ったのか?

 肉体魔法式はコピーできてもエネルギー魔力はコピーできないからだ。

 最大出力はオリジナルと同等みたいだが……それを維持するためのリソースは分割されている。

 広範囲・高威力・持続ダメージの《冬》の概念魔法に、そのリソースを削り切られたのだろう。


 見ればかなり離れた場所にいた個体すらも余波を喰らって体が凍り付き、その動きを大幅に鈍らせていた。

 ついでにストラトスの連中も凍っていた。



「《軍勢》の概念魔法だ」


「《軍勢》……」


「1体地下に逃げた。恐らくタワーを完全に吸収するつもりだろう、追いかけろ」


「ボスは?」


「この場を抑える」



 言いながら背負っている巨剣を引き抜いた。

 右腕に装着している強化外装パワードアームに魔力のラインが灯る。



「エンチャント」



 ミスリルの刃が強く光った。

 溢れた冷気が剣全体を巨大な氷刃へと変貌させ、足元の地面が凍りついていく。



「”状況はストラトスの手を離れた”と協会は判断した。お前は行け、この事件を終わらせてこい」


「――ありがとうございます!」


「気を付けろ。《軍勢》が解除されれば魔力も戻る」



 振り返ったボスに勢いよく頭を下げ、防壁の外の森へ向かって走り出す。


 その先にある壊れる前のタワーが立っていた場所には、確かに後ろのアンタレス達と同じ魔力が感じられた。

 少しずつ大きくなっている。



 奥歯を噛みしめた。

 ”この事件を終わらせる”。その意味……この戦いの目的をもう一度頭に刻みつけて、森を駆ける。

 基地から聞こえる戦闘音は木々をすり抜けていくうちにどんどん小さくなり、やがて遠くで鈍く響く程度になった。

 代わりに前方の気配が近づいてくる。



「ここか……!」



 そしてついにアンタレスが残した痕跡へとたどり着いた。

 森の中に大穴と、奴がなぎ倒したであろう木々に囲まれた不自然な空間。

 同じように倒れた木々が道のように先へと続いている。


 遠くないところに奴はいる。

 だが、気づいてしまった。追いかけるように後ろから迫る気配があることを。

 その気配の主が誰なのかも俺には何となく分かっていた。



 少し考えて……俺は待つことにした。

 終わらせるためにはそうするべきだと思ったのだ。



 そう時間をかけずに気配の主――天満が木々の間を跳び抜け、広場に降り立つ。

 俺を見ると、疲れた顔で意外そうに笑った。



「待っていてくれたのか」


「仲間はどうした」


「まだ向こうで戦っているよ。君の狙い通り、僕達は失敗した。”領主”にふさわしいだけの力を示せなかった……。加えて君の告発が広まれば、今回起きた全てのことでストラトスは非難バッシングを受けることになる。だからせめて、アンタレスだけは僕の手で倒してほしいと託されたんだ」



 ……託された? メンバーから?

 気に食わない。



「僕からも確認しておきたい。君が言っていた脅迫を受けたメンバーは、水住さんのことでいいのか?」


「そうだ。お前は関わってなかったのか?」


「誓って関わっていないし知りもしなかった。ただ、」



 天満が記憶を思い起こすように目を閉じる。



「みんなと1人ずつ話した時、何人か暗い目の色をしたメンバーがいたのは覚えている。水住さんもその1人だ」


「……それだけで気づけとまでは言わない」


「その色を塗り替えるのが僕の責任だと思っていた。ストラトスを成功させてね。結局、叶わなかったけど」


「で、お前はここに何をしに来たって?」


「言った通りだよ。僕の手でアンタレスを倒し、仲間達にせめてもの誇りを――」


「くだらねえ」



 吐き捨てるように言葉をさえぎった。



「誇り? 違うだろ。そいつらはしがみつきたいだけだ。これからストラトスお前らをぶっ叩く連中に、”Aランク討伐”って実績かざして言い返したいだけだ」


「彼らは悪事に加担したわけじゃない。それに僕には”最強”のクランという夢を見させた責任がある」


「お前にとっての”最強”は勝ち負けだけで決まるもんなのか」



 そうじゃないはずだ。

 ついさっき、仲間達に”守るための強さ”を目指すと言っていたのだから。


 俺にとっての”最強”が、勝てないと分かっているSランクフェンリルに1人で挑み、堂々と渡り合ったボスであるように。

 人がそれを信じる理由は必ずしも何かを上回ることじゃない。



「仲間を理由にして勝つことにこだわって……その先に、お前が本当に目指してたものが残ってんのかよ」



 それを目指すお前の背中に――仲間達は付いてきたんじゃないのか?

 声に出さない言葉をくみ取ったように、天満の顔が伏せられた。



 そしてその顔が上げられるよりも前に、鞘から剣が引き抜かれる。



「それでも……それでも僕には、これまで積み上げたものをなかったことには、できない」


「そうか。なら、俺がきっちり終わらせてやる」



 応じるように剣を抜く。

 もう片方の手には魔石を掴んだ。

 どのみち言葉で決着ケリが付くなんて期待はしていない、ぶつかるのがほんの少し遅くなっただけだ。

 天満の表情も完全に戦うものに切り替わっている。



 魔石を割ったのは同時だった。



「「エンチャント!!」」



 俺の剣が蒼雷を纏う。

 天満の剣が炎と氷を反発させ、生まれた白光で剣身を包んだ。

 お互いの踏み込みが重なる。

 剣の軌跡までもがガッチリと咬み合い――激突の衝撃が木々を大きく揺らしていった。

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