第49話 戦いの終わり

 それから俺達は、永遠に続くかのような戦いをすることになった。

 お互いに相手の身体は狙わない。

 全力で振るわれた剣が目指すのは、同じく相手が振るった剣だけ……攻撃手段を奪うためだけの戦いだ。


 俺は天満のことが嫌いだが、憎んではいない。

 天満も似たようなものだろう。

 だからどちらもその先・・・へ踏み込むことができないまま、ただ時間だけが過ぎていく。



「ら″あっ!」


「シッ――!」



 気合を乗せて大上段から振り下ろした剣が、身体ごと回して振り上げられた剣に受け止められる。

 立場を変えながらもう何度も繰り返したやりとりだ。

 これだけ長く続いているのは武器がほぼ互角なのも影響している。


 エンチャントはフェンリルに由来する俺の方がはるかに上だが、天満はユニークスキルでその差を詰めている。

 一方で剣としての性能は向こうがまさっていた。

 使っている魔法金属の質が明らかに数段違う。



「ハッ……ハッ……」


「スゥ――」



 そしてお互いまだまだ動ける。

 とはいえ俺は根性に依るところが大きいが……天満の方は呼吸を乱してすらいない。

 基礎的な鍛錬を何年も続けてきたんだろう、時々それを窺わせるような剣術も見せていた。


 そしてまた、次の衝突のために身構えようとして、



「すごいな、浅倉くんは」



 そんな言葉に出鼻をくじかれた。



「君の剣は明らかに素人だ。なのに僕とぶつかっていられるのは、エンチャントの未来さきを読んでいるのかな」


「いちいち説明はしない」


「手の内を明かせってことじゃないさ。体力だって限界に見えるのにまったく動きが鈍らない。そこまでできるんだね、水住さんのためなら・・・・・・・・・


「…………は?」


「好きなんだろう? 彼女のことが。青春か……皮肉でなく、とても羨ましく思う」



 そう言って天満は少し笑った。

 戦いの合間を埋める戯言にしては、その口調にも表情にも、真に迫る感情が入って見えた。



 だから俺はキレた。



「お前、あいつがパーティー抜けてからどうなったか知ってるか」


「えっ?」


「酷いもんだぜ。アステリズムのファンからは”裏切った”って言われて、学校では陰口叩かれてんのも、俺は聞いた。……けどあいつは何も言わなかった。バカだからな。そうやって自分で引き受ければ、悪い連中から家族や友達を守れると思ったんだよ」



 それを本当に実行できる奴が何人いるだろうか。

 水住はついに今日、この運命の日までそれをやりきってみせたのだ。

 心折れてもおかしくない瞬間は、何度もあったはずなのに!!



「好きとか青春とか、そういう話じゃねえ! 俺はあいつに救われてほしいだけだ!!」



 ”救いたい”じゃなかった。

 俺にできるのは壊すことしかないから。



「それに比べてお前はなんだ? ”最強”のクラン作って、人も金も集めて、それで何か1つでも守ったのかよ!!」



 壊すことしかないからこそ――せめてそれだけはやりきってみせる。

 今この瞬間、俺の覚悟が定まった。



「馴れ合いは終わりだ。……天満悠、お前を殺す」



 アークでは、人は死んでも生き返ることができる。

 だがそうであっても、自分の手で人に死をもたらすという行為の前には、決して無視できない太いラインが引かれているものだ。


 ここで天満を行かせることで、万が一にもストラトスが生き延びる可能性を残すぐらいなら……。

 それを越えることにためらいはない。



 俺の覚悟がフェンリルに伝わり、剣の雷エンチャが消失した。

 魔力が左手一本に集中していく。


 言われた天満は目を閉じて正面に剣を構える。

 剣道で最初に教わるようなその構えは、まるで自分と対話しているようにも見えた。


 しかしその隙は見逃さない。

 一度後ろに回した剣を全力で天満に投げつける。

 回転しながら飛翔したそれは、一瞬で振り上げられた剣に叩き落とされて剣身の半ばから砕け散った。


 飛び散るその残骸を突き抜けるように走り込む。

 左手に呼び出したのは《フェンリルの爪》。

 天満の剣が再び持ち上げられるが――これは絶対に受け止められない。



 振り下ろされ始めた剣が、突き伸ばされる左手とぶつかるよりもずっと前に、その手の先の雷爪が大きく鋭く変化した。

 ガード不能。

 その剣ごと天満を貫くであろう一撃が、人間としての一線を越える――



「……フェンリル」



 その直前で、相棒の意思により止められた。

 《フェンリルの爪》は解除され、俺の左手は天満の心臓の手前まで伸ばされたところでストップする。

 そうされた理由は……すぐ目の前に立っている。



「君の言う通りだ」



 天満の力ない呟き。

 その剣は上段から振り下ろされる途中で止まっていた。

 明らかに戦意を失ったこいつを見て、フェンリルは決着が付いたと判断したのだろう。



「結局僕は誰のことも守れていない。その上、水住さんを守ろうとする君を斬ってしまったら、掲げた理想を僕自身が裏切ることになってしまう……。だから、」



 少しだけ自分の足元を見てから、力を振り絞るようにして俺と目を合わせた。



「君の勝ちだ。そしてストラトスの……僕達の負けだ」


「……じゃあな」



 長居は無用だった。

 きびすを返し、両脇の木々をへし折って作られた、森の奥へと続く道に向かう。



「待ってくれ。これを持っていってほしい」



 呼び止められた。

 振り返った先で掲げられていたのは天満が使う、鏡面のような刃を持った剣だ。



「いらないんだが」


「この剣はストラトスの象徴、君が持っていれば僕達が敗北した証拠にもなる。――ほらっ!」


「うわっ!?」



 放り投げられ、ゆるく回転する剣の柄をキャッチできたのは完全にたまたまだった。

 一言文句を……、



「「――ッ!?」」



 言っている場合でもないらしい。道の先から感じる魔力が膨れ上がった。

 急がないと!



 今度こそ天満に背を向けて走り出す。

 再び背中に声をかけられることはなく。


 俺達の邂逅は、こうして終わりを迎えたのだった。



 森を飛び出した俺の目に映ったのは、タワーの残骸、いくつも転がる魔石の塊。

 その中心に臥せるアンタレス。

 タワーは地の底から生えている。どれだけ深くに根っこがあるのか分からないが、ともかくアンタレスはその折れた部分を覆い隠すようにして陣取っている。



『タワーを完全に吸収するつもりだろう』



 ボスの言葉を思い出す。奴の魔力はもう戦闘前に近いレベルまで戻っている。

 上等だ。仕切り直しだろうがなんだろうが、



『気を付けろ。《軍勢》が解除されれば魔力も戻る』



 ……そういえば、奴の概念魔法はまだ解除されてない!?



 気づいたと同時にその時が来た。

 遠くに感じていた《軍勢》の気配が一斉に消滅し、目の前のアンタレスの魔力が、



”――――ッッッ!!!!”



 本当の異常値、奴の魔法式が受け入れられる限界をはるかに超えて注ぎ込まれる!

 苦しみに悶えるその黒鉄の体表が、体の奥に埋められた星石を基点に、限界まで熱された鉄のようなオレンジ色になって全身に広がっていく。



「オーバードライブってやつか?」



 スレイプニルも似たようなことをやったな。

 戦闘能力の大幅な向上、それで今度こそ決着をつけようと……いや、まだ止まらない!?


 熱量はさらに上がっていく。

 オレンジ色に染まった巨体がガタガタと震え始めて地面を揺らし、その色は、ついに次の色へと変化する兆しを見せ始めた。

 白。究極の色へ。



 ――――だ。



 理屈は分からない。ただそう捉えた超感覚に従って、俺は駆けた。

 狂乱するアンタレスがめちゃくちゃに鎌を振り回し、纏っていた魔力が熱エネルギーの巨大な刃となって飛来する。


 時に跳び、時に屈んでやり過ごす。

 熱刃が背後の木々をはるか遠くまで焼き裂いて飛ぶのを尻目に、ついに奴の前までたどり着いた!


 その体は、既に”燃えるような”という表現では済まないほどの熱気に包まれている。

 恒星アンタレスを貫くには同格以上の魔法が必要で――俺達はそれを持っているのだ。


 熱でけ始めた地上から、《力場》を蹴って上空へと昇る。

 眼下ではもはや動くこともままならず、ただ全てを焼き尽くす存在になろうとしているアンタレスが俺を見上げていた。


 手を伸ばす。



「フェンリルッッ!!」


 

 伸ばした先のアンタレス……その下、もっと下にある、タワーの巨大な魔力を超感覚で掴み取る。

 お前だけのものと思うなよ。

 掴んだ魔力をフェンリルが強奪し、究極の魔法が目を覚ます。



 来い、《雷》。



 自分の内側で轟き渡る雷が、今再び、俺をこの世界のスピードから解き放った!


 すべてが止まったように見える世界を稲妻になって落ちていく。

 行く先にはアンタレスの魔力の根源、星石がその存在を誇示している。


 ついに至近に突入し、俺を焼こうとする恒星の火が稲妻に押し留められる。

 星石めがけて落ちていきながら、天満の……ストラトスの剣を逆さに構えた。



”いっけえええええッッ!!!!”



 たけりと共に打ち込んだその刃は見事に熱色の外殻をつらぬいて、切っ先を星石に届かせた!! ――けど、まだだ!

 星石が崩壊を拒んでいる!

 わずかでも持ちこたえれば勝機はある……そう感じさせるような激しい抵抗は、確かに正解の選択だった。

 《雷》は長くはもたない。

 主観時間であと数秒後には俺は元の世界に戻されて、一瞬で焼き尽くされることになるだろう。


 ――フェンリルがそれを許せば、だが。


 轟音。

 俺を目印にして、空から落とされた本物の雷が。

 腕を、刃を、切っ先を通じて星石の中へと流れ込む。


 内部の魔力すら喰らいながら全てを蹂躙する雷が、それを完全に崩壊させるまで――この世界の時間でさえ1秒とかからなかった。

 それがこの事件の、本当の決着になったのだった。





「――――あっづ!?」



 顔面が焼ける感覚で目が覚めた。

 体を起こすために曲げた手が、まだ熱を残した地面を押そうとして何も触れず・・・・・すり抜ける。

 再び地面に叩きつけられ、悶絶しながら仰向けになった。



「ああ、これか」



 伸ばした腕の先、手指が透けて赤い空が見えている。

 壊れた概念魔法の代償。ファーヴニルの時もそうだった。



 これを無視して魔法を使い続ければ……その先に待っているのはたぶん、自己の完全な魔法化だ。

 人間の形を捨て、自分自身が魔法に、もしくは魔法式と化してアークをさまようことになる。

 そんな予感があった。



「まあ、それも今日までだけどな」



 腹筋の力で上体を起こす。同じように消えかけている足先を見て、ため息を吐いたものの心配はしていない。

 概念魔法が壊れていたのは……ついさっきまで・・・・・・・のことだから。



 俺の中でフェンリルが歓び猛っている。

 幻視で内側を覗いてみれば、”ノア”に奪われ、ところどころ欠けていたフェンリルの魔法式は完全な姿を取り戻していた。

 Aランクモンスターの遺した膨大な魔法式を余さず取り込んで、己の物へと書き換えたのだ。



 いや、”余さず”ではなかった。

 強大な力を秘めた魔法式が、視界を戻した俺の先をたゆたっている。

 スキャンするまでもなく分かる慣れ親しんだその魔法式は、普段ならドロップしたのを見る度がっかりするようなしろものだ。



 ただし今回は落としたモンスターの桁が違う。

 Aランクは人間がまともに戦って倒すことができる最高のランク。


 そいつがドロップする魔法もまた、現状定義されている最高レベルとなるのは当然だった。



 レベル5の《魔法付与エンチャント》。

 その魔法式が俺の中に取り込まれていく。

 ボスに並ぶ最高レベルの近接魔法。俺がそれを手に入れたことは、ことを意味していた。



やるか・・・、フェンリル」



 ようやく実体を取り戻した足で地面を踏み、どこかに飛んでいった剣を探す。

 あった。

 拾いに歩きながら気合を入れ直す。



「俺はいつでもいい。今すぐにでも」



 大嘘だ。いいわけがなかった。死ぬ直前まで動いてみせる気概はあるが、物理的に断裂した筋肉とか骨はどうにもならない。

 頑張っても5割、それが今の俺の出力限界だと思う。



 けど、こいつには。

 こいつにだけは弱いところは見せられなかった。

 対等だと示し続けなければならなかった。

 俺達は相棒ライバルだから。


 フェンリルにとっての俺は、自分が回復するまでの仮宿だ。

 それが済んだ以上はいつでも俺から出て元の姿……あの巨大な狼に戻ることができるだろう。


 こいつが、”ノア”に自分だけでリベンジしようとするのであれば。

 何としてでも止めてみせる。

 再び鎖に繋がせはしない。



「払ってもらうぜ。半年分の宿代を……よ」



 宣戦布告。

 拾い上げた剣を何もない空間に向けて、フェンリルの反応を待った。



 …………。

 ……………………。

 ………………………………あれ?



 反応がない。

 というかフェンリルは寝た。


 ……構えた剣が鏡面のように反射して、一人ぼっちでキメている俺を映し出している。

 急に恥ずかしくなってきた。



「えふん」



 咳払いして剣を地面に突き刺し、仰向けに寝転んだ。

 まあ今日じゃないっていうなら別にいいんだ。なんなら最後まで一緒に来るつもりかもしれないし。

 とにもかくにも、第3ゲートでの騒動はこれで終わったのだから。


 しっかり休んで今度こそ、第2ゲート最後のタワーに向かうとしよう。


 …………まぶたが自然と落ちていく。

 抵抗せずに身を任せ、疲れも達成感も、全てが暗闇の中に落ちていった頃。




 誰かの声が、俺の意識を呼び戻した。



「――浅倉くん、浅倉くんっ!!」


「うん……?」



 せっかく気持ちよく眠れそうだったのに。

 抗議の意思を込めてまぶたを開く。


 屈みこんだ水住が、倒れている俺を必死な顔でゆすっていた。

 銀の髪はボサボサで着ているジャケットは血と泥にまみれている。

 ここに来たってことは、向こう側も無事片付いたということだ。


 ……こいつも大変だったよな、本当に。

 色んなことに巻き込まれて、背負わされて、こんなところまで来ちまって。



 それも全部終わったんだ。

 片手を伸ばし、銀の髪ごと水住の頬を包んだ。



「……すっきりしたか?」



 思いつきの冗談めかした言葉を聞いた水住は――くしゃっとその顔をゆがませて。

 俺の胸に頭突きをかますと、そのまま大きな声で泣き始めたのだった。

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