第50話 彼女たちのエピローグ①
「あっ、クロだ!」
学校で朱莉に声をかけられた。
移動教室の帰りのようで、派手な見た目の友人達と並んで廊下を歩いている。
その友達の1人に持っているペンケースや教科書を預けると、
「えいっ」
俺の後ろに回り込んで、何故か背中に飛び乗ってきた。
「先帰ってて~」
そのまま友人達に手を振っている。振られた方は最初あっけに取られていたが、何が面白いのか?
俺の顔を見て楽しそうに笑い出した。
失礼な奴らめ。
「ごゆっくりー」
「浅倉ー? 持って帰っちゃっていいからねー」
「やかましい」
さえずる女子共に言い返したら、再び”アハハハ!!”と笑われた。
なんやねん。
背中の朱莉はご機嫌な様子だ。
「しゅっぱつ~」
「はいはい」
足を脇に抱えてやりながら別方向の階段に向かう。
こいつ、俺の行き先分かってるんだろうか? パン買いに行くだけだけど。
「玄……と朱莉? 何やってんのお前ら」
今度は陽太と出くわした。
さっきの授業は体育だったらしい。そろって体操服のアホそうな連中とつるんでいる。
「おんぶだよ」
「おんぶ!」
「お前らがそれでいいならいいやもう。……けどよ、玄。お前、み、み~……、いや、やっぱなんでもねえ!」
「なんだこいつ」
セミかな?
陽太は手を振って去っていく。アホそうな連中もそれぞれ声をかけてきた。
「浅倉~サインくれよ~」
「お前急にモテてるらしいじゃん」
「陽太のダチなら俺らもダチだよな? フェンリルのダチだぞって自慢していい?」
「うるせえうるせえうるせえ!」
しっしっと手で払うとそいつらも笑いながら去っていく。
朱莉がもっとご機嫌になった。
「ちょっと前とぜんぜん違うね!」
「そうだな。より面倒くさくなった」
「えー? 今の方が絶対良いって! あたしめっちゃクロのこと聞かれるけど、みんなすごいって言ってるよ?」
「ふん」
鼻息で返した。
そりゃこれだけ扱いが変われば何とも思わないことはないものの、”何を今更”という気持ちも当然ある。
全員が全員敵だったわけじゃないとはいえ、これからはスタンスを変えようなどという気にはならなかった。
「ほんとに良かった~、色んなことが上手くいって。何がどうなっちゃうんだろうって不安だったから――あっ!?」
「ん?」
「クロ、下ろして!」
人気のない階段を降りたところで朱莉が離れる。
俺の前に立つと少しだけまじめな顔になった。
「あのさ、今更だけどさ。……助けてくれて、ほんとにありがとう」
「ほんとに今更だな。どういたまして」
「ごめんて。っていっても、
「そっちも俺が何とかする。放課後あいつと話す予定だから」
「……分かった、甘えさせて。…………でっ、でさ~?」
朱莉が急に周りを確認したかと思うと、指を合わせてもじもじし始めた。
「あたし言ったじゃん? ストラトスを何とかしてくれたら、な、なんでも言うこと聞くって……」
「確か断ったよな、それ」
「お礼がしたいの! どのぐらい嬉しいか、口じゃ上手く言えないから!」
「はあ」
「とにかく言ってみて! ……1回だけじゃなくて、これからずっと
言われて俺は目を閉じた。
遊佐朱莉は美少女である。
主観的にもそうだし、世間から受けている評価においても同じだ。
明るくポジティブで友達思い、メンタルはちょっと弱いが、きっかけさえあれば自分で立ち直れる強さを持っている。
総合的に見て、男女の枠を外したとしてもこれだけ人間偏差値の高い奴は中々いない。
そんな美少女に”なんでも言うことを聞く”などと言われているこの状況……他人事なら、そいつが前世でどんな徳を積んでいたとしても死罪にしているだろう。
他の生徒がいたら俺とて通報されてもおかしくなかった。
しかし……今この場には2人だけ。
俺は静かに目を開くと、朱莉の赤くなった顔から視点を下げておっぱいを見た。
”なんでも”
その言葉の意味をかみ砕く。
一瞬びくっとした朱莉の腕が、俺の視線からおっぱいを守ろうとして、途中で止まった。
止まったせいでむしろ持ち上げる感じになった。
「な、なんでも、いいよ……?」
朱莉は恥ずかしそうに笑っている――その肩ごしに知らない生徒の姿が見えた。
手には小さなビニール。購買で買ったらしいパンを持っている。
それで俺は、ここに何をしにきたのかを思い出した。
「朱莉」
「……うん」
「パン買ってきてくれ」
「…………なにパン?」
「なんか甘いやつ」
「おっけー!!」
朱莉がびゅーんと勢いよく駆けていく。
用事が済んだ俺は教室へと引き返す。
…………階段を上がりながらもう一度考えてみた。
健全な男子高校生ならもっと他に頼むことがあったように思う。
なんなら朱莉もそれを、覚悟? しているようにも見えた。
では、何故そうしなかったのか。
階段を上がり終える頃には、俺はその答えに辿りついてた。
「朱莉じゃ――――抜けない」
俺史上最低のひと言が口から転び出た。
でもしょうがねえだろ本心なんだから……情が移り過ぎたか。
近くにいると頭をもみくちゃにしたい衝動にかられることはあるが、どうしてもエロとは結び付かないというのが本音なのだ。
いや言うほど最低か? 友達をエロい目で見ないなんてむしろ褒められるべきだよな?
たぶん朱莉の方もそんな感じだろうし。
まさか俺のことを逆ロックオン……逆ロックオンってなに? ともかくそういう感じのことをしてはいないはずだ。
脳裏にもう一人の女子が思い浮かんだ。
朱莉に頼まれたこともある。まったく浮ついてはいないつもりだが頭をリセットしておかなければ。
今日俺は、あの一件に残された最後の問題を解決しに行くのだ。
◇
放課後、俺は旧校舎の裏側で水住を待っていた。
この場所は全校生徒共有の告白スポットに指定されており、盗み聞きを働いた者は重罪に処せられるというルールがある。
そんな場所に水住を呼び出したのはもちろん人に聞かれたくない話をするため。
当初は”電話でいいでしょ”とメッセで言われたが、ここを指定したらやたらと
3回ぐらい打ち間違えてたなあいつ。
しかし、いつまでこんな回りくどいことをせにゃならんのか。
俺も、恐らく水住も、ここ最近は学校を出ると記者やら知らない開拓者やらに絡まれてしまう。
今日のようにデリケートな話は外だとできたものではない。
早々にほとぼりが冷めるのを祈るばかりだ。
「――来たか。……何やってんだ?」
校舎裏に現れた水住はびっくりするぐらい挙動不審だった。
近くにある木の裏をのぞいたり、旧校舎の窓越しに中に誰かいないかを確認し、最後に周りを一周してから俺のところにやってくる。
しばらく目を合わせずに視線をぐるぐるしてから、ようやくちらっと俺を見た。
「コン、ニチハ」
ダメだこれは。何があったか知らないが、今日の水住はすこぶる調子が悪い……ああ、そうか。
そういえばストラトスの一件以来ちゃんと話すのは初めてだった。
距離感を測りかねていてもおかしくはない。
「最近は? まだ忙しいのか?」
本題の前に近況から話しておくとするか。
カチカチになっていた水住が少し柔らかさを取り戻した。
「ん……少しだけ落ち着いた、と思う。もう何回か警察には行くけど」
「さすがにすぐに終わらないよな」
「それでも最初の週に比べたら、ね」
最初の週か。
思い出したくもない大騒動だったな。
あの戦いからもう2週間以上経っていた。
俺がやった基地の襲撃、それとストラトスをいきなりAランク戦に引きずり込んだくだりは、いくつものドローンがドームまでライブ配信しており。
その数時間後には地球のネットにもアップされて大炎上を引き起こした。
SNSではストラトスのファン共が”浅倉を逮捕しろ”と暴れ回り。
テレビでは緊急特番で事件についての検証や考察が行われ。
学校の電話は休日にも関わらず鳴りやまなかったと聞いている(申し訳なくてさすがに謝った)。
全国レベルで注目を受けていたイベントを、ほぼ1人で潰した男の扱いとしては自然と言えよう。
俺があの時言った脅迫がどうたらなんて誰の気にも留められていなかった。
その流れが変わった要因はいくつかある。
1つはその日のうちに発表された――、
「ソフィアさんは? 特にまずいことも起きてないか?」
「…………姉さんのことが気になるんだ」
「なるだろ。代わりにあの人がクビにでもなったら意味がない」
ソフィアさんによる、ストラトスとその後ろ盾についての告発だ。
上級職員は、特にアークに関わる人間にとって絶大な信用力を持つ。彼女の告発だけで開拓者の多くは連中の反対側に回ることになった。
もちろん水住も加わった。元々怪しんでいたアステリズムのファンなんかはすぐに信じてくれたようだ。
「姉さんは心配無用。今はもう”自分達は被害者でした”って言ってない人の方が少ないんだし」
「加害者側だと思われたくないもんな」
協会でさえもう身内切りに走っている。
最初は当然のように関与を否定したが、証人が何人も出てきたのを見てすぐに”調査中”にコメントを切り替えた。
とはいえそれだけのことで観念するほど、協会という組織は潔くない。
身内に加害者がいることを世間へ公表する……そうせざるを得ないほど強力な証人が出てくるか?
往生際悪く見極めようとする連中に引導を渡したのは。
「天満くんのおかげね」
「……そうだな」
ストラトスのリーダー、天満悠による声明だった。
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