第36話 人類の切り札


「いってえ……」


 カウンター気味に吹き飛ばされた所為でろくな受け身もとれなかった。

 予幻を解除し、まだ残るめまいを頭を叩いてごまかそうとする。


 が、どうにもならなかった。

 揺れる視界のまま立ち上がり、ソフィアさんの元へと向かう。




「……降参です」


 座り込んだままのソフィアさんが両手を挙げる。

 いやいやいやいや、


「すみませんでした!!!」


 俺はジャンピング土下座で地面に頭をこすりつけた。

 0から100まで俺が悪い。

 あとフェンリルが悪い。


「顔を見せていただけませんか?」


 俺はバッと顔を上げた。

 今なら死ねと言われても実行する覚悟だ。

 もちろんソフィアさんは矮小な俺ごときの命なんかに興味はないらしく、ひとしきり顔を見た後に安心したように頷いた。


「良かった、影響は抜けたようですね。浅倉さん自身は満足されたでしょうか」


「影響……? いやそれより、満足なんて感じでは全然! 申し訳なさしかないです! かなり手加減されたと思いますし」


 本気なら砲はともかく、槍の連発でもっと早く決着が付いていたはずだ。

 そう思っての言葉にソフィアさんは困ったように微笑んだ。


「あくまで対人戦の範囲ではありますが、私は全力で戦いましたよ?」


「え? 《風の槍》はもっと撃てたはずなんじゃ」


「……なるほど、そこに認識の違いが」


 何の話だろうか。


「私はもう魔力酔い寸前なんです。《風の槍》はレベル3、連発するには負担が大きいですから。むしろ、」


 一旦言葉を切ったかと思うとちょっと悔しそう表情を見せ、


「フェンリルをいつでも使える浅倉さんの方が例外なのですよ? それをこともあろうに"手加減"だなんて」


 わざとらしく膨れてみせた。

 俺は申し訳なさと尊さで死んだ。


「すみません。あと幻視も一応形になりました、まだ不完全ですけど」


「それは良かった。紆余曲折あったとはいえ教師役が務まったなら本望です。…………思えば、この4日間は色々と発見がありました」


 思い返すように虚空を向いた視線が、再び俺に戻る。


「貴方の覚悟を知れたこともそうです。私が想像していたような、巻き込まれただけの子供ではない。真実に突き進む力があると証明してみせた」


「こんなことやらかしておいてどの口で、と思われそうですけど」


「?」


「俺は自分の目的の為だけに戦いたいわけじゃありません。世話になった人にはちゃんとお返しするつもりです……もちろんソフィアさんにも。俺の力を認めてもらえるなら、そういう機会には必ず呼んでください」


「ええ、分かりました。1人の開拓者として浅倉さんを頼らせていただきます」


 ソフィアさんが微笑んだ。

 地べたに座った俺達の間に朗らかな静寂が流れる。




 ――それを破ったのは、紫に染まるタワーの明滅。

 再召喚の合図だった。


「そうか、時間経っちゃってたか」


 頭をかいて立ち上がる。


「俺がやってきます。ソフィアさんはそのまま――」


「いえ、ここは私が」


「え?」


 ソフィアさんが立ち上がった。

 ふらついてはいないが、ちょっと気だるげだ。


「魔力酔いがきついんじゃ」


「この機会にお見せしておきたいものがあります。確認ですが、タワーごと破壊・・・・・・・してしまっても構いませんね?」


「え、あ、はい」


 何する気なんだこの人。

 そうこうするうちにタワーの光は輝きを増し、空間に走る亀裂の中からモンスターが……出てこない?


 いや、何かいる、煙みたいなやつが。

 そいつは放置されていたオートマタ、シグルーンのバラバラになった残骸にりつくと、なんとその体を浮き上がらせて操り始めた。


 ……識別はできないが、ポルターガイストみたいなモンスターがいるのか?

 どうあれ操ってるシグルーンはBランク。

 砕けた部分が多いと言えどその黄土色の鎧の堅さは折り紙付きだ。



 ソフィアさんが背負っている機械弓を手にした。

 折りたたまれていた本体を展開すると、上下をつなぐように光のつるが現れる。

 魔法具なのか。そのまま腰につけているポーチをまさぐろうとして、俺を見た。


「壁になっていただけますか?」


 そのぐらいは当然だ。

 頷いてソフィアさんの前に立つ。

 ゆっくりと近づいてくるシグルーンを見据え、背中の剣を――


「あ……いえ、そうではなく私の後ろに立っていていただければ」


「え? こうですか?」


「はい、背中合わせになるように……ありがとうございます、そのままで」


 そのままトンと背中を預けられた。

 頭からケツまで電流が走ったかのように全身が硬直する……もう頼まれても戦えないかもしれない。


「見てください」


 ジャケットごしなのにめっちゃ柔らかいし良い匂いがすりゅ……。


 などというふざけた感想は、ソフィアさんが差し出したものを見て吹き飛んだ。

 1本の矢だ。

 ポーチに仕舞われていたとは思えない長さだが、弓と同じで縮められていた形跡がある。


 そしてその先端。

 輝く真銀・・の矢じり。

 この目で見るのは人生で2度目の――


「ミスリルです。ながい年月を高濃度の魔力に浸されて生まれる、限りなく魔法に近い物質」


 ソフィアさんがその矢を弓につがえた。


「特徴は多すぎて説明が難しいのですが……戦闘に限れば、付与した魔法の効果を本来よりもはるかに大きくすることができます。――エンチャント」


 矢じりに魔力の輝きが灯り、小さな風を纏う――その風がどんどん拡大していく。

 一定のサイズで止まったかと思えば次は密度だ。明らかに、ソフィアさんが使った魔力を越える魔法が発動している!

 矢じりが纏っているのはもはや小さな台風と言っていい。


「ミスリル自体が周囲から魔力を吸収するのです。使用者が解除しない限りは半永久的に魔法が発動することになります」


 俺に体重を預けたソフィアさんが弓を引き絞る。

 矢じりは風が荒れ狂い、ミスリルの部分がゆがんで見えるほどだ。

 迫るシグルーンにその破壊が向けられる。


「ユニークスキルと並ぶAランクへの攻撃手段。よく見ておいてください……この力が、いつか貴方を導く日が来るかもしれない」


 そして――――全てのものが止まったような、そんなソフィアさんの集中を感じた数瞬後。

 矢が放たれた。


 一瞬だった。


 光線のように飛翔した矢は地面に線状のクレーターを刻みながら前に進み、シグルーンを木っ端みじんに粉砕した。

 それだけでは終わらない。

 まったく勢いを落とさないまま射線上にあったタワーにも直撃する。


 タワーはいつものように防御障壁を展開――したはずだが、それすらはっきり分からない。

 気づけばその前面には大穴があり、向こう側の景色が見えていた。

 そして魔石の塔は魔力のきらめきをばら撒きながら、あっという間に崩壊していった。


 言葉が出ない。


 ……フェンリルがボスに斬られたのは、ボスの氷エンチャのレベルが高いからだと思っていた。

 ミスリル自体にここまでの効果があったとは……おっと。


 背中で支えていたソフィアさんがすとんと落ちそうになったので、一緒に腰を下ろして軟着陸させた。


「申し訳ありません……さすがにもう限界のようです」


「お疲れさまでした。矢は俺が拾ってきますから、ん?」


 遠くから近づく何かの魔法を察知した。

 銀の光がこちらに向かってくる、ええ……?


 矢じゃん。


 飛んできたミスリルの矢が俺達の前に突き刺さった。

 ソフィアさんが風エンチャを解除する。


「貴重なものですから。なくならないように操作魔法が付与してあるんです」


「な、なるほど」


 よかった。

 取ってくるとは言ったもの見つからなかったらどうしようかと思ってた。

 武器に使える大きさのミスリルなんて値段がつけられない、まともに流通するほど産出してないはずなのだ。

 ソフィアさんが持っているのもこの1本だけだろう。



 ともかく、今度こそ、このエリアでやるべきことは全部終わった。

 俺は立ち上がってソフィアさんを見下ろした。


「身体はどうですか?」


「もうしばらくは……。浅倉さん、本当に申し訳ないのですが、ひとまず礼拝堂まで抱えていただいても?」


「もちろん」


 ソフィアさんの弓と剣を預かって肩にかける。

 続いてしゃがむような姿勢をとってもらい、荷物を担ぐように反対側の肩の――


「あ、あの、前の方で大丈夫です」


「え? ……あ、はい」


 つい癖で、というか妹の方を運んだ時の流れでやってしまった。



 その後は人生初のお姫様抱っこの感触で脳みそがぐしゃぐしゃになりながら礼拝堂に戻り。

 魔力酔いが落ち着いた後のソフィアさんとルートをたどって街を抜け、森を抜け、軽トラのおっさんと合流してドームに戻った。

 そしてゲートを渡って地球に帰還。

 何となく気恥ずかしい空気の中"また何かあった時は"と約束してお別れした。



 第2ゲートのタワーは、残すところあと2本。

 次の目的地は決まっている。


 事件の日まで俺が働いていた――懐かしいあの鉱山だ。

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