第45話 『 』
朝、登校前。
トーストをかじりながら適当につけた情報番組では、たまたまストラトスの特集が始まるところだった。
普段ならこんなもん見ないが……なんとなく、今日はチャンネルをそのままにする。
SNSのトレンド上位を”ストラトス”、”Aランク”、”領主”が占めているものの、開拓者の少ない年齢層にはピンと来ていない人も多いらしい。
なので明日の決戦を前にその辺りを解説する趣旨のようだ。
『そもそもタワーってあっちゃダメなの?』
ゲスト席の主婦タレントが質問した。
いやいや、と手を振ったのは解説役のおっさんだ。
『駄目なんですよ。皆さんドームには行ったことあると思いますけど、タワーを壊さないとあのすぐそばにもモンスターが寄ってくるんです』
『1本だけ残っちゃってもダメ?』
『むしろ本数が減るほど強いガーディアンが現れやすくなります。怪物がうろつくエリアで観光とかしたくないでしょう? だから全部なんです』
『はい、自分も!』
芸人の男が手を挙げる。
『Aランクは倒すのが難しいって聞きましたけど、なら全部のタワーにミサイル撃って同時に壊せばいいんじゃないですか? そしたらガーディアンは低ランクだけになるし』
『んーそもそも魔法でしか壊せませんが、実際似たようなことをやってる国はあります。最初の頃は日本もそうしてました』
『おっ』
『ただ今の先進国はAランクと積極的に戦う方針に切り替えてますね。……少し外れた話になりますが、アークでは国同士の縄張り争いがもう始まりかけています』
『な、なんか予想外の方に繋がっちゃったな』
『とはいえそれは紛争ではなくて、自国で管理できるエリアをどれだけ広げられるかという競争ですから、早いうちから強力な魔法式を集めておきたいわけです』
『ああ~、去年のナントカ事件みたいなこともあるし?』
『”フェンリル事件”ですね。そういった凶悪事件への対策も込みで、国や協会は開拓者を強化したいと考えています』
芸人の男が納得したように頷く。
そして最後の1人、白髪の男が手を挙げた。
『”領主”という制度の任命試験に開拓者の団体が挑む理解でおりますが』
『合ってます。厳密に言うと”領主”は俗称ですけれども』
『これまでタワーを管理してきたのは国や有名企業ですよね? 急にその……言い方がよくないかもしれませんが、アマチュアの方々に
『タワーは周期的に復活しますから”領主”の仕事も1回では終わりません。ですので確かに、継続力という点については
『実利?』
『例えばお金とか、社会的地位ですね。30年後には人類の4割が魔法を使えるアークに移住するという学説もあるぐらいですが、それも日々の生活を
『社会が彼らを必要とすると』
『そういうことです。”領主”が増えて日本人の活動エリアが広がるごとに非・開拓者も恩恵を受けることになります。そうして社会的意義のある職業だという認知が進めば、投げ出す人も少なくなるでしょう』
『ふーむ』
『ただまずはですね、世界でも限られた勢力しか達成していないAランク討伐にどう挑むのか、という問題があります。ここでストラトスが公開した事前映像を見ていただきましょう』
画面がスタジオから動画に切り替わり……ストラトスのメンバーがBランクを蹴散らすしょーもない映像が流れたかと思うと、転じて赤い空が映し出された。
ドローンによる上空からのアングルがゆっくり地上の方へと向いていく。
眼下に映ったのは巨大な基地。
大鋼がCランク狩りに用意したものとは比べ物にならない規模だ。
その設備が順番に紹介されていく。
”大防壁”
この基地の正面は、防御と迎撃に特化した形になっている。
その役割の大部分を担う防壁は
”バリスタ”
防壁の上は通路になっていて大砲のような魔法具が列になって並べられている。
これを使えば《魔力の槍》が誰でも撃てるという代物だ。
その材料になった魔法式をまとめて誰かに突っ込んだ方がいいのでは? と思わないこともない。
”アトラス”
お馴染みの巨大な魔法機兵。
時間稼ぎ要員として砦の外に何十機も置かれている。
”強化戦闘員”
内側にも外郭ほどの大きさではないが一定間隔で防壁が立てられ、パワードスーツを着た戦闘員が銃を持って行き来している。
そして最後に。
”通信塔”
ここまでの設備は全て、基地の中心にあるこいつを守るためのものだという説明が入った。
大量に集めた魔石を魔力炉として稼働させて通信魔法を常に展開する。
Aランクの強さの象徴である召喚魔法――手下のモンスターを大量に呼び出すそれに、チームで連携して対処するための
締めくくりとしてリーダーの天満が登場する。
明日の戦いは後日動画で公開されるが、ドームまで来ればライブ配信でも見られるらしい。
同じくドームにある映画館ではパブリックビューイングもやるそうだ。
『ストラトスがまだパーティーだった頃から、この日を夢見ていました。最高の仲間達と、最強のクランを目指す第一歩。応援よろしくお願いします!』
そんな一言を最後に画面がスタジオに戻り、出演者達は口々にストラトスについて語り出した。
専門家によるとさっきの基地は、Aランク戦の先駆者である既存の”領主”のものとほぼ同じらしい。
つぎ込まれた資金と集められた実力者達。
その本気度に煽られて、世間の関心は俺が思っていた以上に高まっているようだった。
◇
移動教室帰りの休み時間。
廊下の窓からなんとなく渡り廊下をチラ見したところ、窓枠にもたれて外を見る朱莉が見えた。
珍しく1人だ。
放っておけずに教室に戻るルートを変え、渡り廊下に入ったところで気づかれる。
「クロ……」
「よう」
片手を挙げて歩み寄り、窓枠に背中を預ける。
「あはは、なんか気づいたら来ちゃってて」
朱莉が力なく笑った。
ここはファーヴニルへのリベンジ会議で俺達が集まった場所だ。
「サラ、今日お休みなんだって」
「ズルくね?」
「仕方ないじゃんお仕事なんだし。はぁ~~」
ため息をついて俺の隣にずるずるとしゃがみ込む。
Aランク戦がいよいよ明日に迫り、水住は
最近2人でいるのを見かけるようになっていた朱莉は、また置いてけぼりになっている。
「あたしじゃないんだってさ。抜けちゃった理由」
「分かってただろ」
「うん。だからやっぱり……あたしじゃ、どうにもできないんだなーって」
……何を言ってやることもできない。
朱莉と話せたことで水住は踏ん切りをつけられたのかもしれないが。
こいつの方は、果たして同じことができるのだろうか。
しばらく沈黙が続いた。
足元の朱莉は動かない。
そろそろチャイムが鳴りそうだが、気が済むまで付き合ってやりたいと、
「ねえ、クロ」
思ったところで声を掛けられた。
俺を見上げる目と目が合う。
「もしさ……あたしがこれからずっと、なんでも言うこと聞くって言ったら――」
寂しそうな目だった。
そんな目をさせたくなかったから、言い終わる前に頭に手を被せる。
「わっ」
「”全部めちゃくちゃにしてくれるか”って? それでお前は、俺をけしかけた責任を一生背負うのか。させるわけないだろ」
できるかできないかで言えば、できる。
けど結局水住とストラトスとの関係は分からずじまいで、それを強行するほどの動機は見当たらなかった。
ただの学生である俺が調べられたことなんて精々ストラトスの給料が良いことぐらい……店長も相当疑っていたし、何より上級職員のソフィアさんがいる。
何か悪い証拠があったら必ずアクションを起こしていたはずだ。
闇雲に突っ走れば迷惑がかかるのは水住だけでは済まない。
朱莉もそのことは分かっているはずだった。
被せた手で乱暴になでると、そのまま頭を俺の脚に預けてくる。
また沈黙が戻った。
「おっ?」
渡り廊下の先を横切ろうとしていた陽太が俺達に気づく。
一緒にいた仲間達と別れて歩いてきた。
「どしたお前ら、って分かってるけどさ。もう明日だもんな」
「朱莉が襲撃に行こうってよ」
「え”っ」
「冗談~」
「おーびびった……お前らが言うと笑えねえよ。日本中敵に回しても気にしなさそうだし」
日本中は盛りすぎ。
と思ったが……俺も普段見てないスポーツ選手の活躍が気になることはある。
あのぐらいの注目度はあるか。
「あー、じゃあさ、襲撃はともかくこっそり近くまで行って見学しねえ? そんで危なくなったら助けに行こうぜ」
陽太も朱莉を気遣ってくれたみたいだが、俺はちょっとバツが悪かった。
何も予定がなかったらよかったんだが……。
「悪い。俺は第2ゲートの5本目だ」
「そういやそうだった、玄は玄でクライマックスだもんな。そっちもついていけりゃよかったけど」
「ボスがいるから心配ない。ってことで2人で行ってこいよ」
「ううん、家で大人しくしてる。アークにいると何するか分かんないし」
「そ、そか。……じゃあせめて水住さんがド派手に活躍できるように祈っとくわ」
陽太が両手を組んで意味不明の呪文を唱え始めた。
朱莉がちょっと無理やり笑ったところでチャイムが鳴る。
それで解散になった。
◇
「玄、最終チェック」
「はい」
店長に促され、ジャケットのポケットの中身を引っ張り出してカウンターに置いていく。
第2ゲートでの決戦を数時間後に控えた俺は、ゲートに入る前に斎藤商事に立ち寄っていた。
ドームで準備があるボスとは直前に合流予定。
タワーまでの移動時間を考えるとそろそろ行った方がいいかもしれない。
今回は泊まりでもないし、道中それほど厄介なエリアも通ることはない。
Aランク戦に集中するためにそういうタワーを最後に残せと言われていた。
ボスはかなりの数のAランク戦を経験しているが、勝率100パーセントというわけではないらしい。
その言葉に改めて気が引き締まっている。
「魔石はOKね。新しい剣は? 試し切りは済ませたって言ってたけど」
「大丈夫っす。エンチャも前とは全然違います」
肩に引っかけた武器ケースを軽く揺らしてみせた。
朱莉の紹介で魔鉱石を持っていったものの、武器屋には『1週間で製作は無理っス』ともっともなことを言われてしまったので、同じ素材を使った出来合いのものを安く売ってもらった。
握りとかはオーダーメイドに遠く及ばないらしいが、そこにこだわるほど剣技に
エンチャが強くなればなんでもいい。
ケースの中に収まっている刃は、魔力を通すとほんの少しだが
雷エンチャを乗せればAランクにも十分通用する見込みだ。
「そう。……頑張ってね、玄。この半年間、あんたとフェンリルがやってきたことをぶつけてきなさい」
店長が俺の肩に手を置いた。
思えばこの人にも大変迷惑……というと絶対怒られるが、心配をかけたというか、とにかくお世話になってきた。
ボスがいきなり連れてきた俺を困惑しながらも受け入れてくれた人だ。
当時世間からの犯罪者扱いが全盛期だった俺は、ボスとの訓練を言い訳になんだかんだと店長には関わらないようにしていた。
迷惑をかけたくなくて、もっと言えば自分が嫌われるのも嫌だったから。
ちょっとしたきっかけでその微妙な距離感が解消されてからは今のように気安くなったが……それがどれだけ俺の救いになったことか。
「必ず勝ちます」
「勝った後も気をつけて。あの紫のタワーが全部壊れたとして、その後何が起こるか誰にも分からないんだから」
「ノワーっすよ、店長」
「ああ、もう……。そのバカな呼び方、龍ノ介が二度としないようにちゃんと終わらせて」
2人で小さく笑った。
「紗良ちゃんの方も気になると思うけど、あんたは自分の正念場に集中するのよ」
「ちゃんと切り替えたつもりです」
「よし。じゃ、行きなさい」
「はい。行ってきます」
店長に見送られながら出口に向かう――シン、と少し神経が冷える感じがした。
戦いの直前の感覚が、いつもよりずっと鋭い気がする。
だからだろうか。
店の前に止まったタクシー。
それを見た時に嫌な予感がした。
降りてきた人を見て、その予感が確信に変わる。
ドアが勢いよく開かれ、ベルが不規則な音を鳴らす。
灰色の髪を揺らして駆けこんできたソフィアさんが店内を見回した。
スーツを着ているが眼鏡はかけていない……普段ならやさしげな目元が、強い焦りを見せている。
「斎藤さんは!?」
「第2ゲート」
店長が冷静に答えた。
「ドームにいればいいけど移動してる可能性もある。当てにしない方がいいわ」
「そう……ですか」
「ソフィ、説明できる? 何があったか」
意識的に感情を消した店長の口調に、ソフィアさんは少しだけ我を取り戻したようだ。
頭の中を整理するように目を閉じ――小さく口を開いた。
「私でした」
「……どういうこと?」
「紗良がストラトスに入った理由。クランの
”脅迫”。
この問題の中で何度も頭をよぎった言葉。
ソフィアさんが動いたということは、確証があるということだ。
血圧が急に上がったのを感じる。
後ろにいた店長が俺と並ぶように立ち位置を変える。
「その可能性はあんたと私で最初に疑って、非合理的と結論づけたはず。協会がアークの秩序を守るには自前の戦力……つまり上級職員が不可欠。いくら国の圧力がかかろうとそこは不可侵でしょう」
「ええ。”領主”1つから得られる利益のために私が離反するリスクは取らない。そういう話でした」
「付け加えるなら今回上手くいったとして、今後被害者が口をつぐみ続ける? 最終的には仲間に引き込めるぐらいのものがないと――」
「どうやら彼らの計画には、それだけの何かがあるようです」
……最初は脅されて協力した奴が、今度は仲間になることを選ぶような、利益?
「少なくとも、紗良が相手の本気を察するだけのものが。……昨晩遅くに大学時代の先輩から連絡がありました。彼女は管理省の職員で、直前まで”決起会”と称した彼らの宴席に出ていた。管理省からは事務次官、協会からは理事が出ています」
「紗良ちゃんについての話があったのね」
「匂わせる程度でしたが、危機感を覚えたと言っていました」
「けどそれだけで断定はできないでしょう」
「ですから私はついさっき、そこに出席した理事を問い詰めてきました。浅倉さん、石山理事のことは覚えていますか?」
うなずいた。
調停委員会で話した男だ。
「彼がその人です。元々疑っていたので材料があったのと、
「まさか……認めたの!?」
「認めた上で私を説得しようとしました。”今日の作戦が上手くいけば、こんなやり方をした理由もすぐに分かる”と。そして、」
ソフィアさんが拳を強く握る。
「”妹さんには多大な支援を行った。ストラトスへの参加にあたっていっさい不利益は与えていない”。そう、言っていました」
「バカなことを……!」
店長が吐き捨てた。
……そうか。
あいつを脅した連中は、その程度の認識なんだな。
「その理由については?」
「詳細は吐きませんでした。……私はこの手口が紗良にだけ使われたとは思いません。他にも被害者がいるはず。もし彼らの計画から、紗良が望まずとも利益を受けてしまえば」
「最低でも見て見ぬふりを疑われるわね。それを防ぐには計画自体を失敗させるしかない。……ソフィ、あんたまさか」
「はい。斎藤さんと連絡がつかない以上、私には――」
ソフィアさんが俺を見た。
「私が頼れるのは、浅倉さんしかいません。……こんなことを、よりにもよって貴方にお願いするのは、本当に間違ったことだと分かっています」
”恥”、”悲愴”、”懇願”。
そういうものが混ざり合った目をしていた。
「それでもどうか。どうか一緒に、ストラトスと戦っていただけないでしょうか」
心臓が聞いたことのない音を立てている。
「その後のことは、将来のことも含めて必ず私が責任を取ります。ですからどうか……妹を、助けてください!」
そう言って頭を下げたソフィアさんを見下ろして、俺はしばらく呼吸を止めていたことに気がついた。
ゆっくり、意識して息を吸い、吐く。
息を吸い――
『大丈夫』
息が止まる。
一週間前、朱莉を抱きしめる水住の姿がフラッシュバックした。
「玄……」
店長を手で制した。
とにかく……とにかくやるべきことは分かっている。
電話だ。
ぶるぶると震える手をポケットに入れ、なんとかスマホを掴んで取り出した。
『大丈夫』
握りしめたスマホが曲がる。
割れた画面に映る連絡先を開き、ボスの名前をタップして、耳に当てる。
”ただいま電話に出ることができません”
留守録のメッセージが流れ始めた。
伝言を残す。
「すみません、ボス。そっちには行けなくなりました。俺は……」
一瞬、目を閉じた。
「俺は」
見えた気がした。
あの時見えなかった、水住の表情が。
『私は、大丈夫だから』
「――ストラトスを、潰します」
こんなに怒ったのは、生まれて初めてだった。
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