互いの想い

 式はつつがなく進み、ミアの挨拶も無事終わった。

 そして昼を回り、王による締めの言葉の後は、ミアが待ちに待った剣舞でフィナーレだ。

「俺、近くで見たい!」

 かしこまって座っていたミアだったが、この時ばかりは立ち上がり、バルコニー前の方へ出ていく。それにつられてラタタ家の他の者も皆、手すりの近くまで集まった。

 大きめの剣を横に持った二十五人の自衛隊がズラッと並ぶ姿に、ミアは興奮して食い入るように見る。

 金属でできた鎧甲が頭から胴体を覆い、顔は見ることができない。それ以外の部分は黒い革でできた光沢のある服で、赤と黒のベルトや布が装飾としてつけられている。

 足のふくらはぎ辺りまである赤いマントはサバル国剣舞に欠かせないもので、舞った時に美しくなびくのが特徴だ。

「あ、始まるみたい!」

 太鼓と笛の音が始まり、ミアは一瞬たりとも見逃すまいと真剣だ。

 しばらくすると、今まで人形のようにピタッと止まっていた男達が剣を鞘から抜き取る。

 ブオンと音がしそうなほど速く力強い動きは息を忘れるほど美しく、ミアは見ているだけで胸が熱くなった。

「あ、もしかしてあの人……」

 全体を見るように注意していたミアだったが、一人の男の動きを目で追ってしまう。

 猛々しく振り下ろされる剣の動きや、それとは逆に繊細な剣さばき。

 彼は以前自分が見た男と同一人物であると確信した。現に、今もミアの目を捉えて離さない。


 わぁあああ!

 歓声が剣舞の終わりを告げる。

 二十五人の隊員達はその場に整列し、剣をしまう。

 ミアが目で追っていた男は、軽く剣を二回払う仕草をして鞘へと収めた。

「え……?」

 ミアは思わず息を飲む。その動きはガイアスがいつも剣をしまう時にする動作だ。

 以前、その動きについて聞いた時、「祖父から聞いた話だが……」と理由を教えてくれたことがある。

 ガイアスの曽祖父は、若い時に戦争で戦ったことのある人で、『剣を扱う時、亡くなった仲間や命を奪った人間の魂が自分を覆っているような気分になる』と言っていたそうだ。

 剣を収める時には、そのドロドロとしたモノを払い落とし戦いを忘れたいと、剣を払うような仕草をするのが習慣になった。

 そんな曽祖父の意志を忘れないよう、祖父も、それを聞いたガイアスも、こうやって剣に纏う魂を払っているのだ。

(俺の憧れの人は、ガイアスだったんだ……)

 歓声の中、去っていく自衛隊の男達を見守るとラタタ家も後ろへと下がる。

 王が最後に締めの挨拶をし、会場は大いに盛り上がった。


 控室に戻りいろんな事を考えているミアに、カルバンとスーシャが話しかける。

「ミア、よく頑張ったな。もう着替えていいぞ」

「かっこよかったわよ」

 ミアは兄達に頷くと、真剣な顔で尋ねた。

「ねぇ……剣舞をしてた人達の控室ってどこ?」

「まさかと思うが、行く気じゃないだろうな」

 こめかみに青筋を立てながらカルバンが問うが、後ろから見守っていたリースがすかさず答えた。

「ミア、目の前の棟の一階だよ!」

「こら、リース!」

 怒っている兄を無視して、ミアが急いで腕輪を掴んだ。

「ありがと!」

 それだけを言うとヒュンと消えてしまったミア。

 察しの良いリースは、頑張れと小さくエールを送ったが、その頭を兄にガシッと掴まれる。

 恐る恐る後ろを振り返ると、カルバンが眉をこれでもかとしかめさせて、リースを見下ろしていた。


 剣舞を終えたガイアスは、城の向かいの棟の中にいた。

(さっきまでは、この上の階にいたんだよな)

 ミアと合図を送り合っていたあの時間が嘘のようだと、ガイアスは甲冑を脱ぎながら考える。

 一階に用意された控室では、剣舞に参加した男達が雑談をしながら着替えている。

「ガイアス、剣舞があるせいで全休にならなくて残念だったな」

 剣舞団の一員でもある、第四隊隊長・バルドがガイアスの肩にポンと手を置く。

「そうそう、せっかくの祭だってのに」

「今度は休みもらえるように上に言っとくから、しっかり休めよ」

 ガイアスより年上の団員達も周りに集まってきた。

「いや、大丈夫です」

 各隊の隊長や副隊長ばかりの剣舞団では、ガイアスはまだ若造と言われる年齢だ。年齢が一番下であるガイアスは、皆から子供扱いされることが多かった。

 ガイアスは濡れたタオルで全身を拭くと、午前着ていた服に着替えた。城の中とあって、他の皆も正装に腕を通している。

 その間も、今日見たラタタ家の話で持ち切りだ。

「え! お前、城内警備だったのか?」

「ああ。シナ王妃もスーシャ様も、お美しかった……」

「俺なんて、城下で見回り班の指揮だぞ」

「ははっ、ご愁傷さま」

 今日の式の感想を、思い思いに話している男達。

 ミア様が……白い毛並みが……と、話題の中心のほとんどは、今日の主役であるミアだ。

 皆の話を聞きながら下を向いていたガイアスに、フッと影がさす。周りがどよめき、『ミア』という単語がいくつも聞こえた。

「ガイアス」

 聞きなれた声に顔を上げると、白い狼がガイアスを見下ろしていた。

「ミア……?」

 呟いたガイアスにミアが静かに問いかける。

「なんで黙ってたの?」

 腕を組み、いかにも『怒っています』といった風で立っているミア。

「なぜここにミア様が?」

「ガイアスに何の用事だ?」

 混乱した様子で団員達が話しているが、ミアは気にせずガイアスだけをじっと見ている。

 剣舞に参加したことがなぜ分かったのか疑問に思いつつ、ガイアスは謝ろうと口を開く。

「ミア、すまなか……ッ、ん」

 スッと顎をミアに持ち上げられ、それと同時に唇に柔らかい何かが触れた。

 そして、すっきりとした花の匂いを残して離れていく小さな薄いピンク色。

 ガイアスはその色を目で追ったが、ハッとして我に返る。

「……ミア?」

 混乱するガイアス。ミアは後ろを振り返った。

「彼を少し、借りてもいい?」

 ミアと目が合った男達がコクコクと勢いよく頷いたと同時に、二人の姿は控室から消えた。

 さっきまでガイアスが座っていた椅子には、白い毛が一本、ふわりと落ちた。


 フワッ……

 シーバ国の王宮内。今はラタタ家全員がシーバ国にいるため、シンとしている。

 ミアはガイアスの手を取ったまま、自室に転移していた。

「ミア、さっきのは一体、」

 ガイアスの言葉に答えることなく、ミアはその広い胸に抱きついた。

「……ミア? 顔を見せてくれ」

「やだ」

 勢いとはいえ、生まれて初めてのキスを皆の前でしてしまったミアは、羞恥でおかしくなってしまいそうだった。

「ミアの顔が見たい」

「だめ」

 黙って剣舞に参加したことを怒っているのかと思っていたガイアスだったが、ふと見えたミアの真っ赤な頬を見て照れているのだと分かった。

 ガイアスはミアの頬から顎に手を滑らせると、こしょこしょと毛づくろいするような手つきでくすぐった。

 ミアがビクッと反応して顔を上げる。

「あ、こっち向いたな」

 ミアが前に教えてくれた『狼の気持ちいい部分』。

(こんな時に役に経つとは……)

 小さな背中に回したガイアスの手は、逃げないようにその身体をがっちりと抱き込んでいる。

 顎に掛けた指はミアを上向きに固定するために少し力が入っており、ミアは顔を逸らすことができない。

「ガイアスッ……いじわるしないで」

「していない」

「俺がなんでガイアスの顔見れないか、分かんないの?」

 顔を赤くさせて目をぎゅっと瞑ったミア。その瞼に、ガイアスはそっと口づける。

「ん……っ」

 驚いてピクッと肩を揺らしたミアの可愛らしい反応に誘われ、ガイアスはその唇に自分の口を寄せた。

 ちゅっ……

 リップ音がシンとした部屋に響き、ガイアスがゆっくり顔を離した。

「分かっている」

 目を細めて嬉しそうに笑う顔を見て、ミアはさらに顔を赤くさせて固まってしまった。


 それから、照れて硬直しているミアを落ち着けるためにガイアスがソファへと誘った。

「ふぅ……」

 二人で並んで座り、肩をさすられてやっと落ち着いてきたミアが息をつく。

「ミア、剣舞のこと、言わなくてすまなかった……」

 ガイアスは、控室で見た怒った表情のミアを思い出し、頭を下げる。

「どうして俺に黙ってたの?」

「ミアが、別の剣舞団員に会いたがっていたから」

「別の……?」

 誰のことか検討もつかないミアは首を傾げた。

「ジハード陛下の戴冠式で見たという団員だ。控室まで来たのに、会わなくてよかったのか?」

 ガイアスの言葉に、ミアの耳がピクッと動く。

「なにそれ……」

 ミアの尻尾は揺れ、パシッ、パシッとソファを叩く。それに気付いたガイアスだったが、ごまかさずに全てを話すことにした。

「最後に会った日に、剣舞に出ると伝えるつもりだったんだ。だが、ミアの『憧れの人』の話を聞いて、その団員と過ごした方が良いだろうと思ったんだ」

 ガイアスが出ることを言えば、ミアは気を遣ってその団員と話せないかもしれない。

 その告白に、ミアはわなわなと震える。

「俺のこと、どうでもよくなったの?」

「ミア……?」

「あんなに熱烈な手紙送ってきたくせに!」

 ミアの口から聞こえる『手紙』という単語に、ガイアスは驚く。ミアに会いたくて送った何通もの手紙。届いているのかいないのかさえ知らなかったが、ミアはその存在を知っていた。

「俺の事、諦めたら……許さないから、」

 ガイアスを見つめる大きな目には涙の膜が張り、今にも零れそうだった。

「他の人と、なんて言わないで……」

「俺は、ミアを諦めるなんて言っていない」

 ガイアスは、ミアの小さな手を取り包み込む。

「今日一日、一日だけその団員と会ってもいいと思っただけだ。次の日からは、たとえミアがそいつを好きになっても、戦ってミアを手に入れるつもりでいた」

「ガイアス……」

「ミアは分かっていない。俺はもう、離してやれない」

 ガイアスの手は小さく震えていた。

「ミアのことが、好きなんだ」

 ガイアスは必死で、ミアのことを好きだという気持ちがいっぱい詰まった表情をしていた。

 初めて見るその顔に、今まで我慢していたミアの涙がポロッと落ちた。

「……っ、俺も、ガイアスが、好き、ヒック……大好き」

「両想いなんだから、泣かなくていい」

 泣き出してしまった小さい狼をあやそうと、ガイアスはミアを自分の膝に乗せ、その背を優しくさすった。


 すー、すー……

(どうしたらいいんだ)

 ガイアスは困っていた。

 あれから、ミアの背を撫でていたガイアスだったが、今は眠るミアを抱きしめる形でじっとしていた。

 今日一日の疲れと、安心したのもあってか、ミアがこの体勢のまま、すやすやと寝息を立てだしたのだ。

(このまま寝かせてやりたいが、俺も帰らなければ……)

 式の主役であるミアは、当然今晩のパーティに顔を出す予定だろう。

 ガイアスの仕事も今日は剣舞に参加するのみだったが、退勤の報告をしに事務室へ行く必要がある。

 しかし、すよすよと安心しきった顔で眠っているミアを見ていると、無理やり起こすのは憚られる。

(あと十分だけ寝かせよう)

 目の前にある頭にキスを落とし、ガイアスは温かいミアの体温を感じて幸せをかみしめていた。


 ドンドンッ

 誰かが部屋をノックしている。返事をしてもらうため、ミアの肩を揺すろうとした瞬間……

「失礼します」

 こちらの返事を待たずに黒い狼が中へと入ってきた。

 狼は一瞬ポカンとした顔をしたが、すぐにキリッとした顔に戻るとこちらに歩いてきた。王家の家紋の入った上着を着ているため、この男が王宮の者であることは分かる。

 ガイアスは、思わず「しぃ……」と声を出さないようその男にジェスチャーをした。

 眉をひそめた男だったが、ミアが寝ていることに気づくと、観察するようにジロジロとガイアスを見た。

「あなたは……?」

 小さな声で問いかけてくる男に、ガイアスも同じ大きさで答える。

「サバル国のガイアス・ジャックウィルと申します。ミア様とは仲良くさせていただいておりまして……数分前まで、ここで話をしていました」

 じーっと見てくる狼に、自己紹介と今の状況を軽く説明する。

「私はミア様の従者のイリヤと申します。ガイアス様のことはよく伺っております」

(ミアの従者だったのか……)

 ノックはあったものの、返事を待たずに入ってきたので、てっきり王族なのかと思っていた。

「起こしましょうか?」

「いえ、ミア様が本日頑張ったのは確かですから、そのまま寝かせておきましょう。パーティの時間が近くなったら、私が起こして連れて行きます」

 そして、ガイアスのことはイリヤが自衛隊の本部まで送るというので、有難く頷いた。

 ミアをふかふかのベッドに降ろすと、「ガイアス」と寝ぼけて自分を呼んできた。

 先ほど想いが通じ合ったばかりの愛しいミアの行動に顔が緩みそうになるが、横からじっと突き刺さる視線に、なんとか冷静さを保ち布団を掛けた。

「あの、何か?」

「いえ」

 それだけ言うと、ガイアスの肩に手を置いたイリヤは一緒にサバル国まで転移した。


 転移したのは、指定した通り第七隊の隊長室。ここはガイアス以外は立ち入ることがないため人目につかない。

 ガイアスは、イリヤに頭を下げる。

「お送りいただきありがとうございます」

「ガイアス様はミア様の大切な方ですから、私に敬語は不要です」

「承知した」

「では、失礼いたします」

 短く言葉を残し、イリヤはその場から消えた。

 不思議な雰囲気の従者であったが、ミアとガイアスの関係に関しては意外にも好意的な雰囲気だった。

 そのことに安心しつつ隊長室から出た。

 事務室に向かうガイアスは、仕事モードに切り替えようとするが、忘れていた心配事を思い出す。

(明日は、質問攻めにされるんだろうな)

 団員だらけの控え室の真ん中で堂々とキスをしたミアとガイアス。

 明日の職場が騒がしくなるのは避けられないな……と、諦めながら事務室へ入っていった。

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