会議の結果
お互いの実家へ挨拶に行ってからしばらく経った。
サバル国王・ジハードからの連絡はあれから一切無く、シーバ国王・アイバンも会議の進捗を口にしない。
ミアとガイアスはそれを不安に思いつつも、今しかない婚約期間を満喫していた。
「ミア……ミア、」
低い声がミアの名前を呼ぶ。聞きなれた耳心地の良い声に、ミアは無意識に手を伸ばした。
「ん、ガイアス……抱っこ」
「……いいのか?」
「うん。早くぎゅーってして」
眠たくて、目を瞑ったまま両手を声のする方に伸ばす。
「……」
いつもならばすぐに自分を包み込んでくれる恋人。
しかし今日は意地悪したい気分なのか黙ってその場から動かない。
「じゃあ、俺が抱っこしてあげるから、おいで」
これならどうだと、ミアが違う言葉で誘惑すると、盛大な溜息が聞こえた。
「はぁ~、ミア様は一体おいくつですか?」
その声は、自分に小言ばかり言う従者のそれで……ミアは完全に覚醒して起き上がった。
「赤子のような我儘でガイアス様にご迷惑を掛けな、」
「なんでイリヤがここに⁈」
てっきりガイアスの部屋だと思っていたミアは、ここが自室であることに気付く。
言葉を遮られたイリヤは、やれやれと頭を振った。
「主人の部屋に従者が入るのは当然でしょう」
ミアは起きたばかりの頭で、昨夜自室で一人で眠ったことを思い出した。
「イリヤ殿に見られたら、ミアが恥ずかしがると思ったんだ。すまないな」
「うん! だ、大丈夫!」
希望していたハグをしてやれず申し訳なく思うガイアス。
ミアは、自分が甘えている姿を従者に見られた恥ずかしさから、布団の中に隠れてしまいたかった。
ガイアスは、ここへ来るまでの経緯を説明した。
ミアが起きる数十分前、ガイアスの屋敷にイリヤが訪れ、シーバ国王・アイバンからの伝言を伝えた。
内容は、『正午にシーバ国王宮にミアと来るように』とのことで、準備が必要だろうとミアを朝から起こしに来た。
ガイアスは既に着替えており、あとはミアの準備を待つだけだ。
「ガイアス、仕事は大丈夫なの?」
今日は平日であり、通常であればガイアスは自衛隊本部に出勤している。
「一日休みを貰った」
「ミア様も今日はお休みになりましたので、早くご準備されてください」
イリヤはミアに用意していた服を手渡すと、さっさと部屋から出て行った。
「良い報告だといいな」
「うん」
少し不安に思いつつ、ミアは用意された服に袖を通した。
しばらくして王宮の部屋へ呼ばれたガイアスとミアが、煌びやかな扉を開けて中へ入る。主に外交で使うこの部屋は、豪華絢爛といった様子で特別感が漂っていた。
「二人とも、急に呼び出してすまなかったな」
「ミア、ずいぶん久しぶりだな。元気だったか?」
シーバ国王とサバル国王が並んで座っている姿に、ガイアスの緊張が高まる。
ミアとガイアスが挨拶をしたところで、さっそくと席に座らされた。
「二人に知らせがあってな……」
アイバンが真剣な声で話し始め、ミアとガイアスは無意識に膝の上の拳を握る。
「お前達の結婚だが、半年後にはできるだろう」
明るい口調の言葉に、二人して顔を見合わせる。
「サバル国側で原案の審査が長くかかってしまったが、昨晩の会議で審議した結果、結婚に関する法を追加することに決まった」
アイバンは最近、連夜サバル国王と会議を重ね、王宮内でも話し合いを行っていた。そして両国ともに、同性の狼と人間が結婚するにあたっての法を新しく定めたという。
サバル国王も尽力してくれたようで、昨日の最終会議で決まった内容は、ガイアスが提示した案とほぼ変わらないものだった。反発してくる者に関しては、ガイアスが遠征の褒美を使ったことを告げると黙り込んだと言う。
「え、そんなことできるの……?」
二年間に及ぶ地獄の遠征。その褒美が、サバル国でそこまで力を持っているとは知らなかったミアは唖然とする。そして、そんなに大切なものを自分との結婚の為に使ってくれたことに嬉しくなった。
ミアとガイアスの場合は子供もできないため、国籍が別でも問題ないだろうと落ち着き、また勤務にさしつかえがなければどちらの国に住んでもよいということに。その新しい法は年をまたいでから公に発表するとのことで、その後であればすぐにでも結婚できるとのことだった。
「感謝いたします」
深々と礼をするガイアスの声は震えていて、ミアはガイアスの手をそっと握った。
「今から忙しくなるぞ」
喜ぶミア達に、アイバンが口の端を上げて笑った。
「なんせ、シーバでミアの結婚のお披露目式をすることになったからな」
「……え?」
アイバンの様子から、それが既に決定事項だと分かったミアは眉間に皺を寄せる。結婚後にシーバ国民に顔見せをする程度だと思っていたが、アイバンは大々的な式にしようとしている。
「新しい法を知らしめる良い機会にもなる。お祝いで王宮を開ければ、国民も喜ぶだろう」
うんうんと頷いているサバル国王に、また準備の日々が始まることを理解して項垂れるミア。
(ガイアスも、こんな面倒くさそうなこと、絶対したくないよね……?)
ミアが隣を見ると、ガイアスはミアの予想に反して目を輝かせていた。
「ガイアス、いいの?」
「もちろんだ。楽しみだな」
嬉しそうに微笑むガイアスを見ていると、式の面倒くささより、結婚できる幸せをじわじわ感じ出したミア。
「うん!」
両王の前だということも忘れ、ミアはガイアスに力いっぱい抱き着いた。
◇◇◇
サバル国にある自衛隊本部の食堂。
全隊が利用できる施設であり昼は混みあっているが、少し時間をずらせば人はまちまちだ。
昼休みに別の業務をしていたガイアスは、珍しくそこで遅めの食事を取っている。
「隊長お疲れ様っス! 隣いいっスか?」
偶然か否か、マックスに背後から声を掛けられた。
「もう座ってるだろ」
マックスはガイアスの横に既に腰を下ろしている。そしてその隣にはケニーがおり、礼儀正しくお辞儀をしていた。
三人で仕事の話をしていたが、気付けばマックスがミアとの生活について尋ねてきた。
前回適当に答えたことでいろいろと拗れてしまった……答えれるものに関しては正直に話した。
「あの……すっげぇ聞きにくいんっスけどぉ~」
マックスはちらちらとガイアスの顔色を窺う。
「……なんだ」
聞きにくいならば聞くなと思うが、別に全てに答えなくても良いのだ。もじもじとする部下の奇妙な姿に耐え切れず、話だけは聞くことにした。
「ミア様と、そういう事したんスか?」
「おい、お前!」
マックスの問題発言に動揺したケニーは、スプーンをカチャンと床に落とした。
慌てて止めようとするが、マックスは興味津々に、「どうなんスか?」とガイアスに詰め寄る。
学生のような質問に溜息が出そうだが、変にごまかしてもしつこく聞いてくるだけだろう。
「ああ」
返事は期待していなかったのか、マックスは驚いて目を見開いている。
「や、やっぱり、そうっスよね……そうか、恋人って、そうっスよね……」
マックスは自分に言い聞かせるように呟く。
「じゃあ、どんなプレイするんっスか?」
「バカ野郎!」
あまりに失礼な質問に、ケニーが思わず立ち上がりマックスの頭を叩く。
「いてーっ! おい、ケニー何すんだよ!」
大げさに痛がるマックスを無視し、ケニーが上司の様子を見る。ガイアスは怒るわけでもなく、考えるように少し下を向いている。
ガイアスは自分とミアの性事情を思い返してみた。
自分の公開自慰から始まり、ミアを酔わせて精液を飲んだ。それからは『練習』と称して素股、目の前で洗浄を強要。自分の手を使って自慰をさせた挙句、つい数日前には媚薬まで使ってしまった。
(改めて考えると、これは……)
黙り込むガイアスに、部下二人が焦りだす。
「ほら、お前が失礼なことばっかり聞くから!」
「わ、調子に乗りすぎたっス! すみませんっした!」
二人の声は聞こえず、ただ自分のしてきた夜の行為が、アブノーマルだったかもしれないと頭を悩ませるガイアスだった。
その日の夕方、ガイアスは就業時間後に第七隊の応接室に向かった。
扉を開けて中へ入ると、知らせていた時間より早いにも関わらず、中にはガイアスの呼んだ人達が勢揃いしていた。
「ガイアスから呼び出したぁ、珍しいな」
「さぞかしびっくりすること言ってくれるんだろうな~」
勝手に盛り上がっている自衛隊の剣舞団のメンバー。
本当に忙しい人達であるにも関わらず、「お伝えすることがあります」というガイアスの一言に、仕事の定時ぴったりに自衛隊の各部署から集まってきた。
今日は定時を過ぎると、この部屋には誰も入らないよう連絡をしている。なぜか部屋にいるマックスとケニーは無視し、ガイアスはこの場で、ミアと結婚することを知らせるつもりでいた。
前回呼び出された時、進展があった時は必ず知らせろと約束させられていたガイアス。少し面倒だと思いながらも、ミアと自分の関係について誰にも漏らしていない団員達のことは信用している。
この人達の頼みとあれば、伝えないわけにはいかないだろうと今日声を掛けたのだ。
(まさか全員来るとは思わなかったが……)
自衛隊の中でも特別忙しい人材を前に、早めに要件を言おうとガイアスが口を開く。
「大事にしてしまってすみません。今回、ミアと正式に婚約しましたので報告を、」
「本当か⁈」
ガイアスの話の途中で、大きな声を出した第四隊隊長のバルド。
その声に続いて、他のメンバーも驚きの声を上げる。
「はい。結婚式はシーバ国のみで行います」
サバル国で式や披露宴をする予定は無いと言うと、全員からブーイングが起こった。
「せめて俺達には祝わせてくれよ」
ガイアスの肩を組みながらそう言うバルドに、皆が頷いて賛成する。弟のようなガイアスを祝いたいと口では言っている団員達だったが、ガイアスにはその魂胆が見え見えだった。
(ミアに会いたいだけだな……)
「分かりました」
ガイアスは騒ぎ続ける団員達に負け、祝いの席への参加を約束をさせられた。
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