祝賀会

 正式に婚約が決まったミアとガイアス。お披露目式の準備はまだ先であり、最近の休日は二人でよく街に出掛けている。

 そして今日は、前から注文していた特別な品を受け取り、二人の頬はずっと緩みっぱなしだった。


「何か食べるか?」

「うーん、フルーツが入った甘いものが食べたいな」

「そうだな……」

 一番大事な用事を終え、ミアとガイアスは街のカフェにやって来た。

 街の大通りから少し外れたその店は、低い生垣で囲まれた庭にも席がある開放的なカフェだ。

 ちょうど木陰になっている席に案内されたミア達は、メニューを見ている。

「ミアが好きそうなのは、これかこれだな」

 ミアの好みをばっちり把握しているガイアスは、クリームとフルーツを薄い生地で包んだものと、フルーツケーキを指さした。メニューをパラパラとめくり、他のスイーツについても説明するガイアス。

「他は酸味があるものが多いから、ミアは無理だろう」

「ありがとう。じゃあ、うーん……どうしよ……」

 説明された両方とも魅力的であり味が気になるところだが、ミアは悩んだ結果、一つに絞った。

「じゃあ、ケーキにする」

「では、俺はこっちにしよう。少し食べてくれ」

 選ばなかった方を指差すガイアスのさりげない優しさに、ミアは胸がキュンとする。

「食べたい! ……ありがと」

 メニューを持つ大きな手を握ると、ガイアスは微笑んで頷いた。


 スイーツとお茶で満たされた二人は、店で受け取った品について話す。

「本当に新しく買わなくて良かったのか?」

「うん、俺この指輪が好きだから」

 ミアが緑の石が嵌った指輪を撫でると、目を細めて微笑むガイアス。

 今日の外出の目的は、出来上がったガイアスの指輪を取りに行くことだった。揃いの指輪を買うと言い出したガイアスに、ミアは現在自分が付けているものと全く同じデザインのものをガイアス用に作って欲しいとお願いした。

 初めての贈り物を大事にしてくれるミアの心は嬉しいが、ガイアスとしては愛する婚約者にプレゼントを買う機会を逃し、少し残念な気持ちだった。

「お店で見た時、凄く綺麗だったね」

「ああ。すぐに着けたい」

 注文をして数日後、出来上がったと連絡があり二人で宝石店へと受け取りに行った。

 要望通り、キラキラと光るはちみつ色の指輪を見てガイアスは、ミアの瞳と同じだと言って何度も見比べていた。

「ミア、今つけてもいいか?」

「うん!」

 少し照れ臭そうに言うガイアス。待ちきれないといった様子が可愛くて、ミアは口元が緩んだ。

「じゃあ、俺が付けてあげるね」

 袋から箱を出して蓋を開けると、小さい金色の石が嵌ったシンプルな指輪。落とさないように恐る恐る持ち上げガイアスの手を取ると、スッと指に嵌めた。

「これでお揃いだね」

「いいな……凄く良い」

 ガイアスが自分の指についた指輪を見ながら呟く。

 パチパチパチ……

 その時、ミアの近くに座っていた老人夫妻が控えめに拍手をした。

 その音に気付いた周りの客も、ミアとガイアスの席を見て指輪の箱に気づくと、同じように拍手を送ってくる。

「なんか……お祝いされてる?」

「そうみたいだな」

 二人はあっという間に拍手に囲まれる。突然のことに驚いたミアは、だんだんと顔が真っ赤になる。

「ありがとう、ございます」

 小さい声でお礼を言って、ガイアスの袖を軽く引いた。

 ガイアスは皆におじぎをすると立ち上がり、ミアの手を取って店を後にした。


「びっくりしたね」

「ああ」

 顔を見合わせた二人から、どちらともなく笑いが零れる。

 思いもよらぬ形で自分達の婚約を祝ってもらい、ミアとガイアスは弾む気持ちで街を歩いた。


 ◇◇◇


 剣舞団のメンバーにお祝いをしたいと言われて数日後。

 昼休みや就業後のわずかな時間ならまだしも、忙しい彼らが一堂に会することは難しいだろうと予想していたガイアスだったが、その読みは外れた。

 次の日にはミアの予定を聞いてほしいと頼まれ、その三日後には店を予約したと連絡があった。

 そして、今日は剣舞団のメンバーによる祝賀会……

 つまり飲み会が行われる日だ。


「ガイアス!」

「ミア、もう来てたのか」

 ガイアスが仕事を終えて屋敷に戻ると、ミアの明るい声に出迎えられた。他のメイド達と共に玄関に立つ姿にガイアスが癒される。

「おかえりなさい。疲れたでしょ」

 癒してあげようと両手を広げるミアにハグをすると、背中に回った手がガイアスを撫でた。

「ただいま」

「荷物置いてくる?」

「ああ。すぐに下りてくるから、一階で待っていてくれ」

 着替える為に部屋へ上がるガイアスは、帰ってきた時よりも心なしか元気に見えた。

「ミア様、ガイアス様嬉しそうでしたね」

「え、そうかな?」

 メイドのカミラが話しかける。ミアにはいつもと同じように見えたが、周りから見ると違うようだ。

「ミア様にお出迎えされた時のガイアス様は、本当に幸せそうなお顔をしていらっしゃいますわ」

「そう、見える?」

 隣に立っているロナウドも賛同して頷いている。

 自分では分からなかった嬉しい事実を教えてもらい、ミアは頬が緩むのを抑えられなかった。


「明日のご朝食は消化の良い物にいたしましょうか」

「うん、お願い……あ、ガイアス!」

 今夜の席で酒を飲むのだと伝えたミアは、カミラに朝食の提案をされていた。すると、階段からガイアスが用意を終えて下りてるのが見えた。

「待たせたな。耳と尻尾は……ちゃんと消えてるな」

 ガイアスはミアの耳と尻尾を確認した。

 サバル国で過ごす時間が多くなってきたミアは、この屋敷以外では常にそれらを消すようにしている。

「店はこの近くだから、歩いて行こうか」

「うん!」

 ガイアスはミアの腕を取る。

「「いってらっしゃいませ」」

 メイドのカミラ、そして執事のロナウドに見送られ、約束している店へと歩いて向かった。


「ガイアス隊長~! ミア様~!」

 元気な声に振り向く。道の向こうには手を振っているマックスと隣にはケニーがいた。どうやら途中の道まで迎えに来ていたようだ。

「ミア様、お久しぶりです」

 人好きのする笑顔でミアに頭を下げるケニー。

 常に物腰の柔らかい彼だが、マックスには当たりが強い。今も、エスコートしようとミアに近づくマックスの頭を容赦なく叩いている。

「ふふ……」

 二人の兄弟のようなやりとりを、ミアはほのぼのとした気持ちで見ていた。


 予約してあるという店に入ると、一番奥の部屋へと案内される。他に客はいないようで、ミアのことを考えて貸し切りにしてある配慮を、ガイアスは有り難く思った。

(中は盛り上がってるだろうな……)

 初めてミアと会話する者達ばかりだ。賑やかな会になることは避けられない……と、ガイアスが覚悟を決めて中へ入る。そして、自分の目を疑った。

「「……」」

 席に座っている剣舞団員達はいつもの騒がしい雰囲気とはかけ離れている。皆まるで葬儀のようにシンとして俯いていた。

「お疲れ様っス! ガイアス隊長とミア様をお連れしたっスよ~!」

 ミア達が部屋に入ったことに気づくと、全員もれなく扉の方を見た。そしてお決まりの光景……ミアに見惚れる時間が始まった。

 慣れているガイアスは、静かに皆が正気に戻るのを待っている。

「はいはい! 挨拶くらいしましょうよ! ……あ、お二人の席はここっス」

 手を叩きながらマックスが声を掛け、ミア達に席を案内した。

「ありがとう」

 マックスにお礼を言って優雅に座るミアに、近くに座る団員達が詰め寄る。

「ミア様、お飲み物は」

「狭くはないですか? こちらへ少し詰めましょう」

 気の利いたその言葉に、ミアは笑顔で礼を言う。皆が紳士的に振舞う姿を見て、ガイアスは嫉妬などは感じず、ただただ寒気がした。

「さあガイアス隊長! 挨拶お願いしまっス!」

 ガイアスはマックスに促されるままに立ち上がる。

「本日は私共の為にお集まりいただきありがとうございます。婚約の段階でこのような会を開いていただき恐縮ですが、婚約者と共に楽しませていただきます」

 そう言って軽く頭を下げるガイアスに、他の団員達はパチパチと拍手を送っている。普段であれば「短いぞ~!」などの野次を飛ばして笑ってくる団員が静かに拍手をする姿は、何とも言えず気味が悪い。

 そしてグラスに注がれた飲み物が揃い、バルドが乾杯の音頭を取る。上品で当たり障りのない文句とともに、皆もグラスを上げ祝賀会が始まった。

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