酔っ払い
「ミア、強い酒は飲むなよ」
「どれならいい?」
乾杯のシャンパンでミアが酔わないことは分かっているガイアスだったが、ミアが間違ってサバル国の強い酒を飲んでしまっては大変だ。他に害のなさそうなものをいくつか教える。
「うん、じゃあ頼む時はガイアスに言うね」
「あ、亭主関白だ!」
その様子を見ていたマックスがガイアスを指差す。マックスは既に一杯目で気持ちよくなっており、普段以上にフランクな口調だ。
ミアの飲む物にいちいち制限を設けるガイアスが、まるで厳しい夫であるかのように大げさに反応している。
「ミアには身体に合わない酒があるんだ」
「そんなこと言って、酔ったミア様を俺達に見せたくないだけでしょ!」
「……」
「……可哀想なミア様」
図星であり反論できずにいるガイアス。憐れみを込めた顔をわざと見せるマックスに、ミアが笑っている。
ワイワイと楽しそうにミアと話すマックスを静かに見ていた他の団員達。しかし、ひとりが立ち上がる。
「やめだやめだ」
紳士に徹しているのが馬鹿馬鹿しくなった団員達は、いつもの調子でマックス達の輪に加わった。
「おいガイアス! お前、どうやらミア様の自由を奪ってるらしいな!」
「ミア様、こんな男で良いんですか?」
「あんな奴ほっといてこっちで楽しく飲みましょうよ!」
第四隊隊長のバルドを筆頭に、他のメンバーもガイアスに文句を言って笑っている。
その様子に最初は驚いたミアだったが、すぐに笑って皆に答えた。
それからは、団員達が普段のガイアスの様子を大げさに伝えたりと楽しい会話が続いた。
皆の話を聞きながら、美味しい料理と酒を堪能していたミアがガイアスに耳打ちする。
「ガイアスって愛されてるんだね」
「そう見えるか?」
ガイアスは困ったような顔で聞き返し、ミアはにっこりと頷いた。
今回、遠慮がなく大雑把な剣舞団の面々との飲み会にミアを参加させるべきか少し悩んだガイアスだが、今は連れてきて良かったと感じていた。
ミアは今、各団の隊長達から剣について教わっており、気になる部分を質問している。
その顔は活き活きとしており、こんな姿が見れるならば早く紹介すれば良かったと思った程だ。
(やはり、連れて来るべきじゃなかったか……)
それから数分が経ち、ガイアスは先程思ったことが間違いであったと気付いた。
ミアには弱めの酒を注文していたが、気づかぬうちに気を利かせたバルドがミアの酒を勝手に注文していた。
できるだけミアから目を離さないように気を付けていたガイアスだが、他の隊長達に声を掛けられれば無視はできない。そのまま仕事の話もされてしまい、つい真剣に答えてしまっていた。
やっとガイアスが周りを気にかけれるようになった頃、隣では「わ~!」と野太い声が上がり、かなり盛り上がっていた。
「告白は俺からしたんだ!」
「「ミア様かっこいい~!」」
得意げな顔で言うミアに、皆が拍手を送っている。
「例の公開キスもミア様からしてましたもんね!」
冷やかしてくる団員にボンッと顔を赤くして、しなしなと小さくなるミア。皆がそれを見て笑っている。
「おい、飲みすぎだ」
「あ……ガイアス」
隣から腕を掴まれたミアは、真っ赤な顔のまま振り返る。ガイアスは水を手渡し、飲むよう促した。
「ほら、水を飲んで少し休め」
「分かった」
素直に渡された水を飲むミアに、さっきまで囲んで楽しんでいた団員達が文句を言う。
「おい、邪魔すんな! お前はいつもミア様と過ごせるんだからいいだろ!」
「俺達はめったに会えないんだからな!」
煩い酔っ払いを無視し、ガイアスはコップを置いたミアの頬を撫でる。
「少し熱いな。大丈夫か?」
「うん、ちょっと騒いだからかな」
掛けてある時計に目を向けると、祝賀会が始まって既に三時間が経っていた。ガイアスがそろそろ席を外そうかと考えていると、ミアが目を瞑って手に頬を摺り寄せてきた。
「ミア、どうした?」
「……ガイアスが触ったから、」
それだけ言うと、少し熱を持った目でガイアスを見上げるミア。
それは二人きりで『そういう行為』を始める前のような表情で、ガイアスは皆から隠すようにフードを被せる。
「わっ、」
「ミア、酔っているだろう」
ムッとした声で言うガイアス。
「ん、そうかも」
小さい声で伝えたミアの顔はフードで覆われ、口元しか見えない。
「帰ろうか」
「うん……」
フードから覗く唇が妙に艶っぽく、ガイアスは早く屋敷に帰らなければとミアに上着を着せた。
「なんか、見ちゃいけないもん見てる気分っス」
「本当だな」
マックスとバルドがぼそっと感想を言い合う。さっきまでやいやい騒いでいたミアを囲む団員達も二人のやりとりを聞き、静かに顔を赤くしていた。
「では、すみませんが俺達はこれで」
「ありがとうございました」
ガイアスが帰る旨を伝え、ミアも今日の礼を言う。
酔っ払い達にまた来てくださいと声を掛けられながら、二人は手を繋いだまま店を後にした。
二人が店から出ていくと、団員達が突然騒ぎ出した。
「ガイアスの奴……すっげぇ羨ましいな!」
「なんであんなムッツリが良いんだよ~」
「あ~ミア様、最高に可愛かったなぁ」
皆思い思いに感想を述べている。そして、一人の団員がボソッと言う。
「俺も恋人、欲しいなぁ……」
その言葉に、独身の若い者達は皆こぞって首を縦に振る。祝賀会であったはずの席は、そこから酔っ払い達による慰め合いの会へと変わった。
理想のタイプの話から始まり、既に結婚している団員による経験談が語られたりと、その会は深夜遅くまで続いた。
「ミア、薦められるままに飲むな」
「う~、ごめん」
「怒っているわけではない」
首元を撫でると、ミアはその手を気持ち良さそうに受け入れている。その足取りはしっかりとしているものの、身体がほんのり熱い。
「少し外で酔いを醒まそうか」
ガイアスは歩いて屋敷へ帰ろうとしたが、急に浮遊感を感じて目を閉じた。
「おかえりなさいませ」
目を開けると屋敷の玄関におり、音に気付いて出てきたロナウドに声を掛けられた。
「お部屋へ戻られますか?」
「ああ。風呂を用意してくれないか?」
「かしこまりました」
すぐに準備に向かう執事の背を見送り、ガイアスがミアを抱える。
「ミア、疲れたのか?」
「ううん。でも、早く帰りたくて」
疲れて転移をしたのかと心配したガイアスだったが、予想外の返事が返ってきた。
「ガイアスが触ったから、俺も触りたくなった」
そう言ってぎゅっと自分にくっつく小さな狼。その体温を感じてガイアスは余裕が無くなってきた。
部屋へ入り奥の寝室へと進み、小さな身体をベッドの上へ降ろす。
「風呂は後でいいか?」
「……うん」
ミアが頷いたのを確認すると、ガイアスは身体を屈めて赤い唇にキスをした。
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