使用人会議

「今日で練習は六回目か。筋がいいな」

 剣の練習後、剣を二回払う仕草をした後、ガイアスがそれを鞘に納める。

「本当⁈」

「ああ。予定していたより早く次の段階に進めそうだ」

 ミアはあまりの嬉しさにブンブンと尻尾を振った。

「やった! 父上にも最近、素振りを褒められたんだ!」

 ガイアスは『父』という言葉に反応する。

(ミアの父親ってことは、シーバの国王か……)

 話だけ聞けば親子のほのぼのした日常会話だが、実際にはスケールが違いすぎる話だ。

「家でも練習してて偉いな」

「俺、早くガイアスみたいになりたいんだ!」

「すぐになれる」

 ガイアスはワシワシとミアの頭を撫で、その後で乱れた髪を元に戻すように整える。

 その親指がミアの額をかすめていき、ミアは反射的に目を瞑った。

「……ん、」

 ミアは、自分の心臓がドキドキと鳴っていることに気付いていた。

(リースにあんなこと言われてから、俺ちょっとおかしいんだよな)

 師匠であるガイアスに憧れているのは変わらないが、その意味が少し変化している気がするのだ。

(なんか、まぶしくて見てられないっていうか……見てたら顔が熱くなって落ち着かないっていうか……)

 ミアが目の前の男についてぐるぐると考えていると、ガイアスがミアの頭を撫でた。

「一旦休もうか」

 ミアはその言葉にゆっくりと目を開く。

 ガイアスの手が離れていき、ミアは無意識にその大きな手を目で追った。

「ん? もっと撫でてほしいのか?」

「ち、ちが……ッ」

 ミアはブンブンと大げさに頭を振った。


「……白い花?」

「そうだ。小さくて先が尖っているんだが知ってるか?」

「うーん。見たことないけど、どこにあったの?」

「この森のもう少し奥だ。だいたいこの辺りだな」

 ガイアスが持っていた地図を広げる。指差しているのは、この湖をさらに進んだ先にある開けた場所だ。

 先日、森を巡回していたガイアスは小さな花を見つけた。

 真っ白な色にミアを連想し近くに寄って見てみると、ツンと立った花弁が狼の耳のようで微笑ましく思った。

 花にそんなに関心がある方ではないガイアスだったが、見たことのないその形に、もしかすると珍しい種類なのでは……と気になっていたのだ。

「花なら弟がすごく詳しいから聞いてみるよ! その前に俺も見てみたい」

「今日はもう時間がないから、次の練習の後はどうだ?」

「うん! 冒険っぽくお弁当持っていくのはどう?」

 冒険とはそういったものだっただろうか?

 ガイアスは一瞬そう思ったものの、ミアのわくわくとした顔を見て、フッと笑った。

「昼食はこちらで用意しよう」

「やった!」

 無邪気に喜ぶミアの様子が微笑ましく、ガイアスも今から来週が楽しみになってきた。

「何か食べたいものはあるか?」

「肉をパンで挟んである……アレが食べてみたい」

「サンドウィッチか?」

「そう、それ!」

 ミアがリクエストしたメニューにガイアスは驚く。

 このサバル国でサンドウィッチといえば、庶民の代表的な昼食だ。その中でも、忙しい職種の者がすぐに食べれるようにと作られた料理である。

 ガイアスは王族であるミアがそれを食べたいと思っていたとは……と不思議に思う。

「そういう料理、あんまり食べる機会がなくて」

(王子だと、食べるものにも制限があるのだろうか)

 一国の王子が食べるにしては、この料理は簡素すぎる。

「用意しよう。俺も好きで、仕事の昼飯でよく食べる」

 街に美味しい店があることを教えると、ミアの目が輝いたので、今度一緒に行こうと約束をする。

「中身は何が良い?」

 ミアの好みを知る良い機会だと、ガイアスは何気なく探りを入れる。

「えっと、肉がいっぱい入ってたら嬉しいな。野菜は無くてもいい」

「分かった。他に希望はあるか?」

「芋とか肉を揚げた料理も食べてみたい」

 ミアの食の好みは、まるで自衛隊で働く者達のようだ。

「ああ、屋台でよくあるやつか」

「うん! 作れるかな?」

「ああ。家で食べたことがあるし、美味かった」

 それを聞いて、嬉しそうに尻尾をパタパタと動かすミア。

(ミアと一緒に昼食……)

 顔には出ないものの、ガイアスもかなり浮かれていた。、


 ◇◇◇


 ガイアスの屋敷には八人の使用人がいる。

 執事・ロナウド、メイド長・レジーナを中心とし、若いメイドのカミラとメイ。庭師兼雑務の男・イーロイと庭師見習いのダン。そして、料理長・バンチョスとその見習いのウィン。

 家族を持つ者は屋敷の近くに、そして単身の者は、敷地内の離れに住み込みで働いている。

 彼らは皆、元はガイアスの両親が住む本家に勤めていた。 亡くなった祖父の家を引き継いだガイアスがこちらに越す際、この八人が共に行きたいと名乗りを挙げたのだ。

 新人であるメイド二人と見習いの青年達は教育も兼ねており、教育期間が終われば、この屋敷で働くか本家に戻るかを自由に選ぶことができる。


 今、ガイアスの屋敷の休憩室では、この八人によって早朝会議が行われていた。

「今夜の夕食についてだが……ガイアス様は予定通り我々と食べられる。魚料理を中心にメインを作り、俺の地元の郷土料理も二、三品作る予定だ」

 いかつい顔に貫録のある身体の料理長・バンチョスが、大きい声で使用人全員に予定を伝える。

 普段は一人で夕食を食べるガイアスだが、使用人達の意見を聞くため、平日最終日の夕食はこの屋敷の全員で食べることになっている。

「そして明日は、ガイアス様より昼食用の弁当を二人分作るよう言われている。野菜なしで肉がたっぷり入ったサンドウィッチに揚げ物をいくつか……と指定があった。 調理場からは以上!」

 料理長はメモに書いてあるメニューの内容を伝えると、次に連絡事項を伝える庭師のイーロイに視線を向けた。

「あのぉ……明日の昼食のお弁当なんですが、」

 メイドの一人・メイが戸惑いつつ意見する。

「ボリュームがありすぎる気がしますわ」

「これはガイアス様から指定されたメニューだ。何か問題あるか?」

 料理長は、この料理の何が良くないのか分からず尋ねる。

「あの、私はガイアス様がどのような方とお会いしているのか存じ上げません。しかし、もしご一緒される方が女性の場合、少々重たいのではないかと思いまして」

「ふむ、女性か。そう言われるとそうだな」

 メイの言葉に、料理長も明日のメニューに少し疑問を感じ始めた。

「ガイアス様から指示があったのならば、それに従って下さい。そして参考までに……ガイアス様はその方と剣を楽しまれているようですよ」

 この屋敷を取り仕切る初老の執事・ロナウドはそう言うと、顎の髭をちょいちょいと指で撫でる。

「毎回ティーセットとお菓子を持って出かけられるので、てっきりお相手の方はご令嬢だと思っておりました」

「一体、どんな方とお会いしてるのかしら……」

 若いメイド二人が、剣とお菓子と肉のサンドウィッチを思い浮かべながら、首を傾げる。

「俺も毎回、余分に用意したお菓子まで全部無くなってるから不思議に思ってたんだ」

 料理見習いの青年・ウィンもメイド達の会話に加わった。

 他の使用人達も、今まで話題には出さなかったが、ガイアスの相手がどのような人物なのかずっと気になっていた。

 皆、ソワソワとした様子を隠せていない。

「本来ならば、主人であるガイアス様からの報告を待つべきなのですが……」

 そう話し始めた執事に、全員の視線が向けられる。

「夕食の席で、私からガイアス様に伺ってみましょう」

 その言葉を聞き使用人達は盛り上がる。

「ガイアス様の私的な御用だ。お尋ねして良いのか?」

 今まで黙っていた庭師のイーロイがロナウドに意見する。そして庭師見習いの青年・ダンも控えめに頷いた。

「私達は、ガイアス様に快適にお過ごしいただくためにこの屋敷におりますが、それは身の回りのお世話だけを指すのではありません。主人の関係者を把握し、その方々に失礼ないよう配慮することも含まれます」

「それはそうだが、」

 イーロイはその言葉に納得するものの、本当に良いのかどうか迷っている。

「もしご一緒される方が御令嬢だったら、あの昼食は危険だわ」

「ガイアス様はお優しい方ですのに、もしそれで配慮の足らないお方だと思われたら……」

「せっかく良い雰囲気ですのに!」

 メイドの二人の会話がどんどん盛り上がる。

「待て待て。ガイアス様がその方に好意があるとは限らねぇだろうが」

「あら、森からお帰りになったガイアス様のお顔をご存じないの? あれは恋するお顔ですわ」

 庭師の男が慌ててツッコミを入れるも、若いメイド達に押されてしまいグッと黙った。

「あなた方! 口が過ぎますよ。憶測でものを言ってはいけません!」

 メイド長のレジーナは焦った声でカミラとメイを諌める。

「おい、結局明日のメニューはこれでいいのか?」

 料理長はどうしたらいいのかと尋ねる。

「皆さん、そこまで。今晩私が伺うと言ったでしょう」

 咳払いをひとつした執事は、皆を無理やり鎮めて会議の続きを促した。


 その日の夕食の時間、食堂では中央の席に座るガイアスを囲むように、使用人達が席に着いた。

「今日も美味しそうだ」

「ありがとうございます」

 バンチョスと見習いのウィンは顔を見合わせて頷く。

 ガイアスが食事に手を付けたのを合図に、使用人達も食事を始める。

「何か気になることがあれば報告してくれ。もし要望があれば、そちらも遠慮なく言って欲しい」

 ガイアスが使用人全員にそう言うと、メイドのカミラがおずおずと手を挙げた。

「最近朝の紅茶の茶葉を変えたのですが、お味はいかがですか?」

「スッキリしていて好みだ」

 ガイアスの言葉に、カミラは嬉しくなってはにかむ。

「いつも細かい気遣いに助けられている」

 ガイアスが感謝の気持ちを込めて伝えると、元気だったカミラが急に俯いた。そして、静かに震えだした。

「……ぐすっ、うっ……うう~、」

「どうしたんだ⁈」

 突然泣き出したカミラに、ガイアスが狼狽える。

「何かあったのか?」

「ガイアス様は、うう、お優しい方ですのに、勘違い……ヒック、されますっ」

 カミラは泣きながらも、精一杯思いを伝える。

「どういう意味だ?」

「お肉、ばかりでは……胃もたれ、ッ……して、」

 若いメイドが何を言っているのが分からずガイアスが混乱していると、執事のロナウドが二人の会話の間に入った。

「ガイアス様、大変失礼なことを伺いますこと、どうかお許しください」

「構わない」

 訳が分からないガイアスは、頼りである執事に先を促す。

「皆、毎週末にガイアス様がどのような方とお会いになられているのかを気にしております」

「……?」

 何をどうしたらそれが、今メイドが泣いている原因になるのか……とりあえず話を聞こうと、ガイアスはロナウドの言葉に耳を傾けた。


「そうだったのか」

 ロナウドは、今朝の会議で話した内容と全員の思いをガイアスに伝えた。

 まさか明日の昼食を心配して泣いていたとは……ガイアスは、予想外の理由に眉間を指で押さえた。

「使用人一同、ガイアス様を心配しております」

「皆に伝えなかったのは、話して良いものか悩んでいたからだ。今はまだ言えないことも多いが、確かに毎週末剣を教えている。その相手は、狼だ」

 まさか狼だとは誰も想像しておらず、使用人達は驚いた表情でガイアスの次の発言に注目している。

「彼は雄の狼でミアという。よく食べるから、量は今まで通りでいい。明日の昼も彼が希望したものだ」

「さようでしたか」

 執事は納得したように頷く。

「じゃあ、明日は俺の特製サンドだな!」

 料理長は、初めて狼に食事を振舞うとあって張り切っている。

「……よがっだ」

 安心してさらに涙腺が緩み、カミラがぐすん……と鼻をすする。そして、それにつられるようにメイも目に涙を浮かべた。

「あなた方、ガイアス様をこれ以上困らせないで」

 メイド長のレジーナは、そう叱りながらも二人にハンカチを手渡している。

 庭師のイーロイ、そして見習いの青年二人も、安心して微笑んだ。


 そこから、食事の会は明るい雰囲気に包まれた。

 ガイアスはミアが半年前にこの森に来ていたことや、最近奇跡的にまた出会うことができ今の関係になったことなど、簡単に説明をした。

「「運命ですわ……!」」

 若いメイドの二人は、目を輝かせて手を取り合っている。

 他の使用人達も、再び出会えたことは偶然ではないだろうと頷いていた。

「ガイアス様は、そのお方を、あの……」

 聞きたい気持ちと、失礼かと遠慮する気持ちに揺れるカミラ。ガイアスはそれを察知して答える。

「俺は彼の傍にいたい。しかし、どんな関係でいるのか俺には決めることができない……少し、複雑なんだ」

 ガイアスは寂しげに皆から視線を外す。

 ミアは狼であり、一国の王子だ。

 そして、ミアは以前の授業で『王家の狼と人間が結ばれた記録はない』と言っていた。

(彼と一緒にいるには、どうしたら良いのだろうか)

 考えても、納得のいく答えは出ない。

(『友人』という立場ならば、剣を一緒に振って、話をして、時々頭を撫でてもおかしくはないだろう……)

 ガイアスは、自分の理想とは少し違った未来を想像し、それでいいと無理やり納得しようとした。

 ガタッ……!

 シーンとした部屋に、椅子を引く大きな音が響いた。

「ガイアス様、弱気になっては駄目ですッ!」

「まずは、ガイアス様の魅力をしっかりお見せしてください! そして、真摯にお気持ちをお伝えすれば、きっとお相手の方に届きますわ!」

 二人のメイドは、立ち上がってガイアスに力強く言った。

 サバル国では、領地を治める家の息子や娘を、より大きな領地を持つ家へ働きに出すケースが多い。

 カミラとメイも同じであり、ガイアスの実家で働く前は、各家でお嬢様としてのびのびと暮らしていた。

 この屋敷でメイドとして一生懸命働いている二人だが、こうして時折、主人に対して臆せずに意見を言う。

「カミラ、メイ、失礼なことを言うんじゃありません」

 彼女達の世話役であるメイド長・レジーナが、ガイアスに迫る二人を止めようと立ち上がる。

「レジーナ」

 ガイアスはフッと笑う。

「心配させてすまなかった。二人の言う通りだな」

 ガイアスは皆の顔をしっかりと見た。

「俺の望む形で共に在れるよう努力する。まずはそうだな、俺の魅力を伝えるんだったな」

 主人の明るい宣言に、使用人達は笑顔で大きく頷いた。

「……グスッ、ガイアス様ぁ……ッ」

「もう! あなたは何回泣く気ですか!」

 一度泣いたことで涙腺が緩んでいるのか、目を潤ませ始めたカミラの目元を、レジーナは呆れつつも優しく拭った。

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