自衛隊の訓練場にて1
ミアとガイアスの結婚式から一か月。
式後の処理も落ち着き、徐々に二人は共に過ごす時間が増えてきた。
仕事が終わったミアはガイアスの屋敷に帰り、部屋でソファに座りながらこれからのことを話した。
「今日から本格的にサバルに住むから、カルバン様が悲しんでいただろう」
「大丈夫だよ! だって毎週末は王宮に帰るって約束させられたんだし……ねぇ、ガイアスは嫌じゃない?」
「俺はどこでも嬉しい。ミアと居れるなら」
「ガイアス……」
お互いに見つめ合ってどちらともなく口を寄せると、触れ合う寸前のところで扉の向こうから声が掛かる。
「ご夕食の準備が整いました」
「……今降りる」
ミアとガイアスは少し名残惜しく思いつつ、手を繋いで食堂のある一階へ降りた。
二人がどちらで暮らすのかは、結婚するまでの間に何度も話し合った。
お互い、自国にいなければできない仕事であることなどを踏まえ、平日はサバル国のガイアスの屋敷に、そして休日はシーバ国の王宮に住むことで落ち着いた。
そもそもミアは、王宮を出てガイアスの屋敷に住むつもりでいたのだ。しかし王子という立場と、カルバンが怒りと悲しみを露わにして騒いだので、結局頻繁に王宮に帰ることになってしまった。
明日は平日であるが、ミアは式後の手続きや処理を予定より早く終わらせたため特別に休みとなった。
今日からここへ本格的に住むことになり、大好きなガイアスと一緒にいれることにテンションが上がっていたミアは、さっきの空振りのキスが惜しくて口をとがらせている。そんな表情に気付き、ガイアスは繋いだ手をぎゅっと握った。
「さっきの続きは後でな」
「うん」
耳は下がっているが、尻尾はバサバサと揺れている。
(恥ずかしいけど、嬉しいといったところか……)
ガイアスは分かりやすい反応を示す伴侶を見て、小さく笑った。
食事が終わり、風呂も済ませて布団に入ると、ガイアスが両手を開いた。
その中へモゾモゾと動きながら入っていったミアは、厚い胸にすっぽりと収まった。
「明日、ミアは休みだろ? 遅くまで寝てていいからな」
「うん。ガイアスを送ったら二度寝するよ」
「見送ってくれるのか? それは、仕事に行きたくなくなるだろうな」
「お休みする?」
「明日の午前中は、隊長会議だ」
「絶対行かなきゃね。でも、早く帰ってきて」
ミアはそう言って、ガイアスを見上げ顎にキスをする。
「ずれてるぞ」
「ガイアス、下向いて」
言葉に従って顔の向きを下げるガイアス。ミアは尻尾が揺れそうになるのを抑えて、その唇にちゅっと口付けた。
キスはどんどん深くなっていき、ガイアスは無意識に服の隙間から腰の模様に触れる。
「ん……するの?」
「どうしようか」
(明日は朝早くに家を出ないといけないしな……)
久々の触れ合いであり、今夜は止めれる自信がないガイアスが考え込む。しかし、手は無意識に柔らかい肌を撫でていた。
「どうするの?」
「そうだな……」
今日はこの屋敷でミアが暮らし始めた日であり、使用人達と共に夕食を取った。特別な日ということで酒もテーブルに並び、ほろ酔いの使用人達に囲まれてずいぶんと話し込んでしまった。
そのため、いつも寝る時間よりもだいぶ遅くにベッドに入っている。
(ミアはあくびをしていたし、本当は眠たいんだろうな)
手は名残惜しく素肌から離せずにいるが、頭は徐々に冷静になってくる。
(明日は特別訓練も……)
そう考えたところで、ミアに提案をした。
「ミア、明日自衛隊の訓練所に来るか?」
「え! 訓練所?」
意外な言葉に、ミアは目を丸くする。
「明日は昼から第七隊の特別訓練なんだ。隊員達と剣を振るのも勉強になると思うが」
「そんなの、嬉しすぎるけど……いいの?」
「ああ。だが、参加できるか見学になるかはカルバン様次第だな」
「分かった! 明日頼んでみる!」
「昼前に隊長室に転移してくれたらいい。一緒に昼食を取ろうか」
「それ……最高!」
隊長の権限を利用していることに少しだけ後ろめたさを感じるが、腕の中から聞こえるご機嫌な声を聞くと、どうでもよくなってくる。
そもそも、狼は人間国での行動に一切規制が無い。ミアをいつ招こうが問題はないのだ。
「明日はお弁当持って行くね」
「楽しみだ」
またどちらともなくキスをした二人は、明日に備えてそのまま眠ることにした。
次の日、ミアは約束の時間に隊長室に転移した。
今朝、ガイアスの言う通り、兄に訓練参加の許可を取りに行くと、思いの外あっさり承諾された。
(なんだ、ちゃんと事前に聞けば良かったのか……)
イリヤに言ったら「当たり前でしょう」と言って呆れられるだろう。休みの日にまで小言のうるさい従者を思い出してしまい、ミアはそれを忘れるために部屋の中に関心を移した。
「うーん、本当に何もない部屋」
ベッドと机くらいしか家具の無い部屋を見ていると、部屋の扉が開いた。
「ガイアスお疲れ様!」
「ミア」
後ろにはケニーとマックスの姿もある。
今日は一緒に訓練所に行くと言っていたため、二人によろしくと挨拶をした。
「ミア様、ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございまっス!」
「へへ、ありがとう」
二人は笑顔で告げ、ミアも祝いの言葉に礼を言う。
「二人が贈ってくれたランプ、綺麗な模様が出てきて毎晩楽しませてもらってるよ」
「喜んでいただけて良かったです」
「あれ、俺達が選んだんっスよ!」
「マックスは最初、センスの悪い柄を自信満々に指差してたでしょうが」
ミアは祝いの品のランプをかなり気に入っていた。ベッドライトに丁度良い優しい照明で、周りには植物を模した柄が入っており、暗闇の中で花や草が浮かび上がるのだ。
一時間すれば自然に消えるので、眠くなっても安心だ。
少しの間、選んだのは誰かということで小さく揉めていたケニー達だったが、ミアが持つバスケットを見てマックスが話題を変えた。
「お昼持ってきたんっスか?」
「そうなんだ。でもケニーとマックスがいるって知らなくて、二人分しか用意してない……」
「気にしないでください! 俺達もう注文してるんで! たくさんあるし、良かったらミア様もどうっスか?」
「……おい、一緒に食べる気なのか?」
ガイアスが、ミアとマックスの会話に入ってくる。
「大勢の方が楽しいじゃないっスか! ね、ミア様!」
マックスはそう言うと、注文が届いたとの電話が鳴り、部屋から慌ただしく出ていった。
「すまないな」
「ううん、俺も皆で食べるの好きだよ」
「ここはテーブルが狭いから、執務室で食べようか」
「うん!」
ガイアスは目の前の細い腰に自然に手を回すと、隣の部屋であるにも関わらずミアをエスコートして扉を開けた。
四人で昼食を食べ、室外の訓練場に向かう。
「ミア様、本当に剣を振るんっスね……なんかまだ信じられないっス」
マックスは、ガイアスの隣を歩く小さい身体を見る。
「ミアは俺達と違って細かい動きもできるし、最近では俺ともまともに打ち合うぞ」
「え、まじっスか?」
過大評価な気もするが、師匠に褒められてミアの顔が少しにやけた。
雑談をしていると、あっという間に訓練所に着く。隊員達は既に全員集まっているらしく、前回と同じ指導者の男がこちらに近寄ってきた。
「ミア様、ご結婚おめでとうございます」
ここでも祝いの言葉をもらい、ミアはありがとうと感謝を伝えた。
「前回は見学だったんですが、今日は参加させてください。もし邪魔な場合は遠慮なく言ってください」
ミアがよろしくお願いしますと頭を下げると、指導者の男はたじろぎながらも頷いた。
訓練所はガイアスとミアの登場でざわついている。
それでも事前にミアが来ることが伝えられていたため、驚くといった様子ではなく、あくまで皆憧れの隊長とその伴侶に興味があるだけのようだ。
ミアの耳と尻尾は石により消えているが、皆はガイアスの伴侶が狼だと既に知っている。
「はいはい! ちゅうもーく!」
ひそひそ声がどんどん大きくなり始めた隊員達が、マックスの声でスッと静かになる。
「朝伝えた通り、今日の特別訓練はガイアス隊長とミア様がお越しっスよ! 気合入れるのもいいっスけど、無駄な怪我だけはしないように!」
「「はい!」」
百人はいるであろう隊員達の前で指揮を執るマックスの姿にミアは驚いた。
(マックスってふざけててひょうきんなイメージだったけど、訓練の時はこんな感じなんだ……)
マックスとケニーは、普段は補佐という役職に就き隊を支えている。
そして、この隊の副隊長であるジェンが他の隊に指南に行っていた間は、二人で副隊長代理として仕事をこなしていたのだ。彼らもまた隊員達にとって憧れの存在である。
ミアが二人に感心していると、ガイアスが全員に声を掛けた。
「今日は特別訓練初日だ。この結果で次の遠征の振り分けをする予定なので、そのつもりで臨むように。そして、今日は俺の伴侶も訓練に参加する。彼は剣の心得が既にあるので、打ち合いの際も手加減は不要だ。以上」
「「はい!」」
(手加減は不要って……なんか嬉しいな)
師匠であるガイアスが自分の剣の腕を認めているといった発言に、ミアはグッと胸が熱くなった。
ガイアスからの話は以上となり、指導者の男が今日の流れを説明する。話を聞いていて分かったことだが、今日はミアが前回見学した訓練とは違った特別なものらしい。仕組みを詳しく聞こうと、隣にいるケニーに話しかける。
「ガイアスはいつも訓練に参加しないの?」
「そうですね。前回ご覧になったのは、通常訓練と言って主に若い騎士や新人が参加するものです。そこに隊長や副隊長は基本参加しません。今日は特別訓練といって、剣に優れた者ばかりが集められています。遠征の降り分けが主な目的ですが、ここで剣舞団の候補となる方を選ぶこともあります」
「へぇ~。ガイアスも剣舞団の一員なんだよね?」
「はい。ガイアス隊長の剣の腕は、他の隊長の方々と比べてもずば抜けていますからね」
「そんなに凄いんだ……」
今まで、ガイアスがサバル国の剣舞団として舞う姿を二回見た。自分の誕生日のお披露目式では、甲冑を被っていて誰が誰だか分からない状態でもガイアスの動きに目が捕らわれた。
(その後、ガイアスと……)
自分達が想いを伝え合った日のことを思い出して、一人心の中で騒いでいると、指導者の男とともにガイアスがミアの側へ戻ってきた。
「では、ミアを頼む」
「承知しました」
ガイアスは男にミアを預ける。
「あちらに入って下さい」
男に言われるまま、ミアは最前列の真ん中の列に入った。
痛いくらいの視線がミアに向けられている。ガイアスは、横や後ろからミアを見ては顔を赤くしている隊員達に少し苛立つ。
(怒っては駄目だ。いつものことじゃないか……)
ガイアスとは反対に、ミアはこれしきの視線には慣れているため平気であり、指導者の男の方をまっすぐ見て頷いている。
本人が気にしていないのだから、不躾に見るなと言うのも憚られる。ガイアスはミアが一生懸命に学ぼうとする姿のみに集中した。
一通りの説明が終わり、指導者の男が準備運動を促す。
「右から隣同士一組で柔軟をするように」
(右から数えて……ってことは、俺のペアはこの人か)
ミアは隣の自衛隊員をチラッと見る。相手もこちらを見ていたようで、目がばっちりと合った。
まだ話してはいけない雰囲気だったため、ミアはこしょこしょと内緒話をするように手を口元にかざすと、その隊員に話しかけた。
(柔軟終わったら同じペアで打ち合いするって言ってたから、挨拶しとかないと)
「よろしくお願いします」
「こ、こここちらこそ、お、お、お願いします!」
ミアがにこっと笑顔を向けると、隊員は王族との会話で緊張しているのか、声が裏返っていた。
「ミア様はこちらへ!」
開始の声がしてすぐ、指導者の男がミアを呼んだ。
「はい」
(あ、俺は別なんだ……)
ミアは言われるままに列から抜ける。
「えッ⁈」
指導者とガイアスの方へ小走りで向かうミアの後ろで、ペアになっていたであろう隊員の残念そうな声が聞こえた。
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