自衛隊の訓練場にて2

「ガイアスとするの?」

「そうだ。ミアを誰かに触らせる気はない」

「ガイアス……」

 ミアは見えない尻尾が揺れそうになるのを抑えるため、身体に力を入れた。

「はいはい。さっさと済ませてくださいっス!」

 マックスは見つめ合う二人の間に入り、呆れた顔で自分の隊長を見た。


 柔軟が終わり、一対一で打ち合いをするというので元の列に戻る。

「あ、あの、今度こそ、よろしくお願いします!」

 隣にいた隊員は待っていましたとばかりにミアの方へ向くと、頭を下げた。

 キンッ……キンッ……

  一人が打ち込み、もう一方は守りをする。それを休みなく交代で繰り返すのだ。

 交代はこれで三回目になり、ミアは思ったことをペアの隊員に告げる。

「あの、もっと強く打ってもらえますか?」

 ガイアスにしっかりと基礎を叩き込まれているミアは、遠慮した打ち込みに少し物足りなさを感じる。

 しかし、隊員はその言葉に狼狽えるばかりで、動きを変えない。

「そんな、ミア様に⁈ できませんッ!」

 隊員がそう言うと、隣から次々と隊員達が寄ってきた。

「ならば私と代わろう」

「いや、私と組んでもらえますか?」

「俺で良ければお相手させてください!」

 ミアの近くにいた隊員が群がってくる。ペアの男は、他の隊員に注意し戻るよう言うが、男達は聞く耳を持たない。

「おい! 何してる!」

 指導者の男が走ってこちらへ向かってくる。

 皆がビシッとその場で立ち並び、指導者はミアを連れてケニーの元へ向かった。

「ケニー、頼んだ」

「承知しました」

 指導者はそう言って、また隊員達の元へ戻って行った。それを見ていると、さっきまで一緒に打ち合いをしていたペアの男が、周りの隊員達をどついている。

(何か揉めてるみたい……)

「ミア様、よろしくお願いしますね」

「うん。俺がわがまま言ったせいでごめんね」

「いえいえ、光栄なことです。早速始めましょうか」

 ケニーは嬉しそうに笑うと、剣を構えた。


「はぁ、はぁッ!」

「大丈夫ですか?」

「……うんッ! 」

 最初から容赦のない打ち込みが続き、だんだんと動きが激しくなってくる。息が上がっているミアを心配しつつも、その剣は、前から横からミアを狙ってくる。

 手加減してくれているのだろう、余裕のあるケニーと息を乱すミアの実力差は明らかだ。それでも、以前なら動きについてすら行けなかっただろう自分が彼の剣を受け止めることができるのは、師匠であるガイアスのおかげである。

(楽しい……!)

 ミアが目を輝かせながら本気で剣を振っていた時、ガイアスは他の隊員達を見回って指導をしていた。

 本当はミアの元へ行きたいが、今日は特別訓練であり、自分は指導と選定をする立場である。仕事である以上、それを疎かにすることはできない。

 ガイアスは目の前の隊員達に集中した。


「そこまで!」

 指導者の男の声がして、隊員達が剣を鞘に納める。

 ミアもケニーに礼をして、剣を二回掃う仕草をしてそれを納めた。

「ミア、疲れてないか?」

「お疲れ様。うん、大丈夫だよ」

 ケニーに連れられ日陰で水を飲んでいると、ガイアスが戻ってきた。

「途中で相手を変えたと聞いたが、ケニーだったのか」

「うん! ガイアス以外と打ち合うのって初めてだったから、勉強になったよ」

「そうか」

 ガイアスは興奮ぎみに話すミアの頭にポンと手を置いた。

「ミア様は本当に剣の才能がありますね。自衛隊に入られてはどうですか?」

「ふふ、それなら第七隊に入りたいな」

 ケニーとミアが平和な会話を続けていると、指導者の男が話しかけてきた。

「次は五対五の模擬戦闘になります。ミア様はここからは見学になりますがよろしいですか?」

「もちろんです。実は少し手がジンとしてて……そうしようと思っていたところです」

「ミア様、打ち合いを見せていただきましたが、ケニーと対等に打ち合うとは……お見逸れしました」

 指導者の男の称賛に、少し気恥ずかしくなる。

「あの、手加減してもらったので……」

「ケニーは本気で剣を握る時、柄を深く持つんです」

(そういえば、途中剣を持ち直してた……)

 手加減していないとは思わないが、ケニーの相手ができたことを嬉しく思う。

 にやける顔を見られないように身体に力を入れる。しかし頬が赤くなるの抑えることができず、ミアは真っ赤な顔でプルプルと震えた。

「ミア様……」

「か、可愛らしい……」

 ケニーと指導者の男はその仕草に悶絶し、ガイアスはそれを静かに見ていた。


 無事、訓練が終わって解散となる。

「待たせたな」

 ガイアスは、ミアのいる隅の日陰まで来ると隣に座った。マックスとケニーは指導者と話しており、少し遠い位置にいる。

 ガイアス曰く、訓練が終わった隊員達は皆、競うようにシャワールームへ走って行くらしい。

 それを聞いたミアは、人目を気にせずガイアスの膝に手を置いた。

「ミア、今日はどうだった?」

「本当の訓練って初めてだったから、すごく刺激をもらったよ。あとは……ガイアスが指導してるの見て、いつもこんな凄い人に稽古してもらってるんだって思ったら、なんか申し訳なく思っちゃった」

 楽しそうに話し始めたミアだったが、申し訳なく思ったのは本心であり、だんだんと声が小さくなる。

「俺は隊長だが、ミアの師匠でもある。今日は弟子の成長を感じて嬉しかった。強くなったな」

 ガイアスはそう言うと、ミアの頭をポンポンと優しく撫でた。

「ありがとう」

 まっすぐな言葉に感動したミアは、師匠に恥じないよう堂々としていようと気持ちを切り替えた。

「じゃあ、ご褒美くれる?」

 そう言ってミアが目を瞑る。それが何を示すのかすぐに察しのついたガイアスは、フッと笑って顎に手を掛ける。

「キスはご褒美になるのか?」

「うん、なるよ!」

 早くしてと言いたげに口をむいっと出して待っているミアを見ていると、自分も無性に口づけたくなってくる。

「努力して強くなったミアを誇りに思う」

 手で顎をクイッと上げ、顔を寄せる……が、周りが異常に静かなことに違和感を感じた。

 ガイアスが視線を上げると、訓練場にいる全員がこちらを注目していた。マックスやケニー、指導者の男までもがジッとミアとガイアスを見ている。

「マックス!」

 ガイアスが名前を呼ぶと、ハッとしたマックスが他の隊員達を注意する。

「ほらほら、さっさと帰るっスよ! 全員回れ右!」

「「はい!」」

 隊員達は大きな声で返事をすると、シャワー室のある棟へ走って行った。

「さ、続きをどうぞっス!」

「いや、戻る……ミア行くぞ」

 マックスの提案を拒否し、ガイアスはミアの腕を取って執務室へと戻った。


「じゃあ、隊長とミア様はごゆっくり~。誰も邪魔が入らないようにしとくっス!」

「おい、職場だぞ。そんな配慮はいらん」

「わ~、怖い怖い」

 軽口をたたく部下を睨むと、マックスはにやにけた顔で執務室から出ていった。賑やかなムードから一転して、部屋にはシンとした空気が流れる。

「シャワーを浴びようか。着替えは持ってきたんだろ?」

「うん。ガイアスも一緒に入る?」

 普段は共に風呂に入ることの多い自分達だ。

 シャワー室は初めてだが、汗を流すだけなので狭くても問題はないだろう。そう思いミアが尋ねると、ガイアスは一瞬固まった。

「……駄目だ」

「あ、そうだよね。冗談だから、」

「ここのシャワーを使う度にミアを思い出したら大変だ」

 ガイアスは真剣な顔で言う。

「わ、分かった!」

 ミアは着替えを片手に持ち、隊長室にあるシャワー室に向かった。


 交代でシャワーを手短に浴び、ミアが石でお互いの髪を乾かす。

「いつも思うが、本当に便利だな」

「でしょ? 乾かしたてだと温かくて気持ちいいよ」

「知っている」

 そう言って笑ったガイアスは、ミアの尻尾に手を伸ばす。

 基本的にガイアスの屋敷の中以外は耳と尻尾を消して生活しているミアだが、今は二人きりだ。

 誰も入らないよう配慮がされた空間であり、ガイアスは昨日ぶりに尻尾の感触を堪能する。

 ふんわりと優しく掴み、毛に逆らって先から根本に手を滑らせる。ミアはピクリと身体を動かした。

「んッ、」

「ふわふわしてるな」

「ちょ、ガイアス……わざとしてる?」

「何がだ?」

 ガイアスは意地悪く口の端を上げると、白い耳も触ってきた。その手つきに耐えられなくなったミアは、目線を逸らせてもじもじと指先をいじる。

「あのさ、俺そろそろ帰るよ」

「ミア、実は俺も帰れるんだ。この書類だけ終わらせるから、一緒に屋敷に戻ろう」

「そうなの? もちろん!」

 思いがけずガイアスと帰れることになったミアは、嬉しさで耳をピンと立てた。


 五分程書類に目を通し、サラサラとサインを書いて執務室の机にそれを置いたガイアスは、座っているミアの方へ歩いてきた。

「さぁ、帰ろうか」

「やった~! 早く行こ!」

 転移の為にきゅっと腕を掴む小さい手を見る。

(職場からミアと帰れるなんて、夢みたいだな)

 ミアの手を握り返し、二人は見つめ合いながら屋敷へ転移した。



 訓練所からのシャワー室へ向かっていた隊員達は、今日の訓練を振り返っていた。

「ミア様、可愛らしかったな」

「お前、なんか話しかけられてただろ!」

「近くで見るミア様……どうだった⁈」

 ミアとペアを組んだ男に隊員達が詰め寄る。シャワー室のある棟へ着き、全員が返事に期待を寄せる。

 男は黙って少し考えた後、頬を赤らめて答えた。

「……甘い、匂いがした」

「「うぉぉぉおお!」」

 盛り上がる男達の声がシャワー室で響き、理由を知らない他の隊の者は、騒ぐ集団を遠巻きに見ていた。

 ザァァァァア……

「く、ガイアス隊長……羨ましすぎる」

「家に帰って、ミア様がいる生活……」

 シャワーを浴びながら、男達の会話は続く。

「でも、ガイアス隊長だから選ばれたんだろうなぁ」

「やっぱ強い男がモテるんだよ」

「だよなぁ~……」

 羨ましいと言う隊員達だったが、最後には『どうやったら可愛い恋人ができるのか』という話になり、皆が剣の腕をもっと磨こうという結論になった。

「もっと鍛えて強くなって、俺もミア様みたいな可愛い伴侶を持つ!」

「俺もだ!」

「よし、今日から仕事終わりに自主練だ!」

 水音が響く中、男達は裸のまま拳をぎゅっと握った。


 それから数ヶ月後。

 隊長会議では、ガイアス率いる第七隊隊員達の剣の腕が、以前より格段に上がっているとの話題が上がった。

 隊長に続いて、理想のパートナーに出会う為に頑張ろうとする者が大半だが、特別訓練に参加できるようになればミアに会えるという噂が広がり、隊員達はやる気に燃えていた。

「おい、一体どんな訓練してんだ?」

「いえ、特別な事は何も……」

 第四隊隊長のバルドに聞かれたガイアスは、心当たりが無く曖昧に答える。

 その口ぶりに、他の隊長達は「出し惜しみするな!」とヤジを飛ばし、ガイアスは困ったように眉を下げた。

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