俺を食べてね2
自衛隊の本部に着き、さっき出たばかりの執務室にまた戻ってきたガイアス。
「さて、皆が来る前にこれを開けるか……」
ガイアスは、先程のミアとのわずかな甘い時間を思い出しバスケットに手を伸ばしたが、その瞬間……
「おはよーございまーす!」
「隊長、先程ぶりですね」
部下のマックスとケニーが勢いよく扉を開け、中へ入ってきた。この二人もガイアス同様、昨日からの徹夜組だ。
それにも関わらずこんなに元気なのは若いからだろう。
「隊長、来て早々申し訳ないんっスけど、『朝一で私の所へ来てくれ』って、第一隊隊長から伝言っス」
「ああ、今から行く。おそらく午後の合同演習の件だな」
彼は気が短いので早く行くのが吉だろう。ガイアスは気持ち急ぎ足で執務室から足を踏み出した。
「行ってらっしゃ~い……あ、これどうしたんっスか?」
「ミアから手作りの差し入れだ。皆に渡してくれ」
頭は仕事のことで既にいっぱいであり、ガイアスはミアが言っていた事も忘れ、バスケットをそのままに別の棟へ急いだ。
「ええ、ミア様から⁈ いただきまーす!」
「隊長、ありがたく頂きます」
後ろから聞こえる大きな声も無視し、颯爽と廊下を歩いていった。
「甘い匂い~!」
「焼き菓子でしょうね。ミア様自ら作られたとは……楽しみですね」
マックスとケニーがバスケットの蓋に手を掛ける。
「お、第七隊は優雅でいいねぇ。朝から菓子でティータイムか?」
後ろから急に話しかけてきたのは、第四隊隊長・バルドだ。どうやらガイアスに用があって来たらしいが、彼の姿が見えないと分かりバスケットに興味を示した。
「ミア様の手作りらしいっス」
「そりゃあ貴重な菓子だな。ひとつ貰っていいか?」
「どうぞ」
ガイアスは『皆に渡してくれ』と言っていた。バスケットの大きさから、数も十分にあるとみて、ケニーはさっそく蓋を開ける。
「じゃ、貰ってくな~。ガイアスに後でこっちに来るよう伝えといてくれ」
隊長と言うだけあって忙しいのか、バルドは黄色いクッキーの袋を手に持ったまま、さっさと歩いて出て行ってしまった。
「さーて、じゃあ俺達も」
パッケージを見て目を輝かせたマックスは、ケニーと共に朝の優雅なティータイムを楽しんだ。
ゴーンゴーン
午後三時の鐘が鳴り、今が帰宅の一時間前なのだと分かる。ガイアスは朝から執務室へ一度も戻ることなく働いていたが、時間を意識してみると、自分の腹が減っていることに気づいた。
(そういえば、ミアのくれたクッキーがあるんだったな)
全ての仕事が早めに終わり、あとは事務作業のみだ。このタイミングで小腹を満たそうと執務室へ入った。
中ではマックスとケニーが静かに作業をしていたが、ガイアスに気づいて立ち上がった。
「お疲れ様っス!」
「隊長、お疲れ様です」
部下達に軽く手を挙げて席に戻る。バスケットの中身を確認すると、数個ほど袋が残っていた。しかしミアの言っていた黄色い袋が見当たらない。
「おい、黄色い袋に入った菓子を知らないか?」
「黄色……? ありましたけど」
ケニーがどうしたのかと手を止める。マックスは何かピンときたのか、慌ててガイアスに駆け寄った。
「あの、黄色のって……もしかして」
「ミアが俺専用だと言っていた。手紙も入っているらしいが見当たらない」
「う、嘘……ッ! ガイアス隊長、ちょっと待っててください!」
マックスは真っ青な顔でそう言うと、あっという間に扉から出て行った。
「どうしたんだ」
「おそらく、第四隊隊長のところかと……」
マックス同様、クッキーの行方に気づいたケニーは、今朝の出来事をガイアスに説明した。
一方、別の棟で書類作業をしていた第四隊隊長・バルドは、仕事の合間に食べていたクッキーが最後の一枚であることに気付いた。
「おっと、あとひとつか」
ミアの手作りとあって惜しみつつも、最後の一枚を口に持っていこうとした瞬間……
「ちょっと待った!」
「あ? マックスか。どうした?」
扉の前には、ぜぇぜぇと息を切らせたマックスの姿。日頃鍛錬を積んでいる彼がここまで疲れた様子を見せるとは。
よほど大切な用事なのだろうと、手に持ったクッキーを一旦皿に戻した。
「はぁ……はぁ……それ、絶対食べないでください! ……はぁ、はぁ、」
「は?」
言っている意味が分からず、腕を組んでマックスが落ち着くのを待った。
「つまり、これはミア様がガイアスの為に用意したもんってことか」
「そうっス。手紙が付いてるって言ってたんスけど……まさか袋捨ててないっスよね?」
じろりと睨まれ、バルドは机の端に置いていたラッピングの袋を渡す。腹が減っていたためリボンをすぐに外したが、今見てみると小さい紙が付いている。
「捨てるわけねぇだろ。そのままガイアスに持ってってやれ。あと、確認せずすまなかったと伝えといてくれ」
「え、俺が言うんっスか⁈ 絶対怒られるから、直接謝りに行って下さいよ!」
マックスは必死になって腕を掴むが、無理だと手を外される。
「今から訓練場に行くから無理だ」
「そんなぁ……」
クッキーは最後の一枚。バルドはそれを丁寧に袋に戻す。
マックスは黄色い袋を片手に、とぼとぼと廊下を歩いて自分の棟へ帰っていった。
執務室に入ったマックスは、袋を差し出し頭を下げた。
「ガイアス隊長! 注意不足ですみませんっした!」
恐る恐る上司のを見上げる。ガイアスは呆れた表情ではあるものの、想像していたような激怒ではなく安心した。
「伝えていなかった俺が悪い」
ガイアスはそう言うと、ミアが作ったというクッキーを手に取った。にこっと笑った狼がミアのようでなんとも可愛らしい。
思わず微笑みそうになる菓子を眺めていると、横からケニーが覗き込んだ。
「皆のものとは形が違うんですね」
「そうなのか」
「はい。他の青い袋の中にはその形のクッキーは入っていません」
表情には出さないが嬉しそうにそれを見ているガイアスに、マックスもやっと緊張が解れてきた。
ガイアスはそのままリボンに付いている小さいメッセージカードを開く。そしてピタ……と動きを止めた。
「隊長?」
固まったままの上司に、ケニーが心配して声をかける。
「何でもない」
ガイアスは、手紙をそっと折りたたんだ。
「十五分後に帰る。今日中に終わらせるべき書類を机に置いてくれ」
「分かりました」
ガイアスはクッキーの入った黄色い袋とメッセージをカバンにしまう。
そして仕事モードに切り替えると、あっという間に作業を済ませ、宣言通り十五分経って帰っていった。
「隊長……どうしたんだ一体?」
「きっと、早く帰りたくなる事が書いてあったんですよ。さ、俺達も帰りましょう」
マックスは頭を傾げ、ケニーは少し笑って帰り支度を始めた。
ガイアスは自分の屋敷の玄関の前に立っていた。ミアに早く会おうと扉を開けると、勢いよく白いふわふわとしたものがぶつかってきた。
「ミア? また出迎えてくれたのか」
「びっくりした?」
「ああ。早く会いたかったから嬉しい」
「え、あ……そうなの?」
夫の甘い言葉に、ミアは少し動揺して声が裏返った。
後ろには、相変わらずミア達の仲の良さに感動しているメイドの二人がおり、ミアは妙に恥ずかしくてガイアスからパッと離れた。
「着替えに行くでしょ。手伝ってあげる」
「ああ、ありがとう」
二人で階段を上がり、部屋に入るとガイアスがミアを抱きしめた。
「ガイアス? どうしたの?」
「ミア、今朝は差し入れをありがとう」
「あ、それなんだけど……手紙ちゃんと見た?」
「ああ」
ガイアスはそう言うと、上着を脱いでミアをベッドへ運んだ。
「え、急に何?」
「手紙を見て、ミアを抱きたいと思った」
「だ……っ!」
ストレートな発言にミアはわたわたとしているが、ガイアスはお構いなしにミアの服の端から手を差し込む。
「ガイアス、本当にちゃんと手紙読んだの?」
「読んだ。『俺を食べて』なんて、ミアはいじらしいな」
(……やっぱりそういう風に受け取られちゃうんだ!)
恥ずかしいと顔を覆うが、その手を取られて真っ赤な顔にキスをされる。
「ミアを食べてもいいか? 我慢の限界だ」
「あ、じゃあ……ゆっくり食べて……ほしい、」
がっつかないでという意味で言ったのだが、これでは長く楽しみたいと思われただろうか。
訂正しようと言葉を探すが、ガイアスはにやりと笑って、ミアの首筋に唇を乗せた。
「や、……んッ」
「ゆっくりだな。分かった」
熱のこもった視線に捉えられ、ミアは観念してガイアスの首にそっと手を回した。
「……だから、俺はクッキーを食べていない。すまないな。せっかく作ってくれたのに」
夕食中、ガイアスが今日の出来事を話した。
「ははっ、そんなことがあったの? マックスさんって本当に面白いよね」
「適当なだけだ」
ガイアスは呆れた顔をしており、ミアは彼らのバタバタ劇を生で見たかったと言って笑った。
「ガイアスに作ったクッキーさ、まだあるんだ。食後に食べよう?」
「本当か? それは楽しみだ」
「アイスに乗っけて食べようよ。ぜったい美味しいから」
「いいな」
ふふっと機嫌よく笑うミアを見て、ガイアスは小さな身体を引き寄せ小声で話しかけた。
「クッキーはミアからの『お誘い』なんだろ? なら、今夜も期待に応えないとな」
「ち、ちが……! 手紙のあれは、『そういう意味じゃないよ』って意味! ガイアスの変態!」
ミアは興奮して耳をぴんと立てる。
「あの文章がなければ、『お誘い』だと考えつかなかったんだがな」
「え、そうなの……?」
ミアは自分が余計な事をしてしまったのだと気づき、顔を真っ赤にする。
天然な伴侶のあまりの可愛らしさに、ガイアスはハハッと声を出して笑った。
白狼は森で恋を知る かてきん @katekin55
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