告白の日

「つ……つかれた……」

 ガイアスとの楽しいひと時を忘れる程の激務に、ミアはげっそりとしながらベッドに倒れこむ。

 森で昼食を取った後、そのままうたた寝をしてしまったミア。

 いよいよ式は十日後に迫っており、昼過ぎには帰って準備をすると伝えていたミアは、約束の時間を随分と過ぎてシーバ国の王宮に戻った。

 そして、従者のイリヤにぐちぐちと怒られながらも、夜遅くまで予行練習をした。

「今、何時だろ?」

 石で時間を確認すると、いつもの就寝時間をとっくに過ぎていた。

「はぁ~、」

 昨年学校を卒業してから始まった王族としての公務。

 慣れない仕事に加えて、毎日式の準備に追われているミアは、最近の自分の忙しさに溜息をつく。

「でも、明日も剣の練習できるんだよね」

 それを思うと疲れも吹き飛ぶ。

「明日も一緒にご飯……」

 ガイアスと長く過ごせるのことを考えると、ワクワクして目が冴えてくる。

 ミアはベッドに埋まった身体を起こし、リースの部屋へと足を進めた。


 コンコン

「リース~。起きてる~?」

「ミア? うん、入っていいよ」

「はーい」

 部屋に入ると、本の整理をしていたリースが振り返った。

 リースは植物が好きで、暇さえあれば植物に関する本を読み、勉強ばかりしている。

 そして最近では自分でも育てたいと言い、花壇の管理をするようになった。

「どうしたの? 準備に疲れてもう寝たかと思ってたよ」

「寝ようとはしたんだけど、なんか目が冴えちゃって」

 ミアはリースのベッドに乗って伸びをする。

 手に持っていた本を適当に本棚に直したリースは、ベッド横にある椅子に座って心配げにミアを見た。

「こんな遅くまで起きてて大丈夫なの? 明日もガイアスさんから剣を習うんでしょ?」

「そうだよ。しかも明日は、ガイアスの家でお昼食べることになったんだ」

「楽しみで眠れないんだね」

 リースはミアが眠れない理由が分かり、フフッと笑った。

「えっと、自分の師匠が普段何を食べてるか見るのも、修行のうちだから」

 微笑ましい目で見てくるリースに、言い訳のような早口で答える。

「長く一緒にいれて嬉しいんだよね」

「違うから!」

 うつ伏せになってじたばたする姿は、誰が見ても明らかに浮かれている。

 リースは、これ以上からかっては拗ねてしまうだろうと、話題を変えることにした。

「そういえば、ミアが今日持って帰ってきた花だけど、僕も見たことない種類だったんだ」

「え、新種ってこと?」

「あり得るかも。せっかくだし鉢に植えてみたから、また何か分かったら教えるね」

「うん。ガイアスもあれが何か気にしてたから、早く分かるといいけど」

 ミアが布団の中に潜ると、リースも隣に寝転ぶ。

「あ、ねぇミア」

 そろそろ寝ようかと電気を消したところで、リースが話しかけた。

「ガイアスさんをお披露目式に招待したら? 近くで頑張る姿を見てもらいなよ」

 お披露目式は基本的に国民全員が参加できるが、前の方の席は王族と、狼直々に招待状をもらった者しか座ることができない。

 その多くは狼国の王・アイバンとゆかりのある者や、国の政治関係者だ。

「そうしよ! 師匠に俺の勇姿を見せなきゃ……あ!」

「どうしたの?」

「俺、ガイアスに王家の狼だって言ってない……」

 ミアが焦った声でリースの腕を掴む。

「え……そうなの?」

「別に隠してたわけじゃないんだけど……一回も聞かれなかったから!」

 どうしようと慌てる兄に溜息をついたリースは、明日言えば良いと助言し、ミアの肩にポンと手を乗せた。


 キンッ……ッ、キンッ!

(俺が王家の狼だって知ったら、ガイアスどう思うかな)

「はっ、はぁ、」

「俺の動きに集中しろ」

「はい……っ!」

 しばし打ち合いが続き、剣の交わる音が続く。

「そこまで」

 終わりの合図とともに、ガイアスが剣を払うような仕草をし、鞘に納める。

 下を向き、息を乱しながら剣を下ろすミア。ガイアスはその様子を見て優しく声を掛けた。

「今日はどうしたんだ? 後半、集中力が切れていたようだが」

「え……べ、別に何もないよ?」

「本当か? 疲れた時は無理せず言うんだぞ」

 今日の練習は終わり、ガイアスはミアの剣を受け取って片付け始めた。

「う、うん」

 ミアはもじもじしながら、ガイアスにお披露目式の話をするタイミングを見計らっていた。

(今かな? それともご飯の時に言うべき?)

 いつ言えば驚かせずにすむか考えていると、ガイアスがミアの様子を見て、心配そうに声を掛ける。

「今日の昼も無理しなくていい。また今度にしよう」

「それは嫌! 絶対行く!」

 ミアは自分で思っていたよりも大きな声が出てしまい、かぁあ……と顔が赤くなる。

 そんなミアの反応に驚きつつも、少し頬を緩ませたガイアスがいつものように頭を撫でた。

「ッん……」

「そんなに楽しみにしてくれていたとは、驚いたな」

 その手はゆっくりと前後に動いていたが、そのまま親指と人差し指で軽く耳の根本を挟まれる。

「えっと……ガイアス?」

 くすぐったいようなムズムズした感覚が生まれ、ミアは目を瞑って小さく震えた。

「ッん……」

(耳は敏感だって昨日教えたのに、ガイアス忘れてる?)

「可愛いな」

 ガイアスの口から漏れた言葉に、ミアは顔を上げる。

 すると、しまったと言わんばかりの表情のガイアスと目が合った。

「子供扱いしてるわけじゃない」

 人一倍『可愛い』という単語に敏感なミアだ。嫌な思いをさせたかもしれないと、ガイアスは申し訳ない気持ちになった。

「すまない」

「あの……俺、ガイアスの手が好きだよ。可愛いって言われるのも、ガイアスなら嫌じゃない」

「……そうか」

 瞬きした後、嬉しそうに目を細めるガイアスに、ミアの心臓がドクドクとうるさく鳴った。

 雄らしくありたいと思い、子供っぽく見られるのはあまり好きではない。しかし、ガイアスから発せられたその単語に、なぜか顔が熱くなる。

 ガイアスは乱れた毛を親指で軽く撫でると、頭から手を離した。

「あ、」

 つい名残惜しそうな声が出てしまったミア。もっと撫でて欲しいと口に出してしまいそうで、慌てて口を噤む。

 そして、ごまかすように咳払いした後、話題を変えようと口を開いた。

「お屋敷の人達にお土産持ってきたんだ。全員で八人だったよね?」

「ああ。気を遣わせたな」

「ううん。これからずっとお世話になるし、こういうのって第一印象が大事でしょ?」

 間違いはないかと土産の数を確認するミアの後ろ姿。ガイアスはその小さく丸まった背中に視線を向けた。

『これからずっとお世話に』という言葉から、ミアは一時的な関係ではなく、長い付き合いを望んでいると分かる。

 ガイアスはミアを抱きしめたい気持ちをグッと堪え、背を向けて帰り支度を始めた。


 気持ちをやっと落ち着けたガイアスが振り向くと、上半身裸のミアがズボンに手をかけていた。

「ミア⁈ 何してるんだ」

「え、着替えてるよ。この格好じゃダメだと思って」

「そうか、着替えか……着替え」

 自分に言い聞かせるように呟くガイアスに首を傾げながら、ミアは白いブラウスを羽織りボタンを留める。

 ガイアスは再びミアに背を向け、帰り支度をするフリを再開した。

 剣を持ち運ぶための紐を握ると、結んだり解いたりを繰り返して時間を稼ぐ。

 健康的で滑らかな肌。

 汗は引いていたものの湿っているような艶があり、薄いピンクの突起が、風にさらされた寒さでツンとその存在を主張していた。腰にはタトゥーのようなものがあり、その端が少し見えた。

 今見た光景が、ガイアスの頭を支配する。

(その肌に、触れてみたい……)

 ガイアスは自分の心の声にハッとする。

(何考えてるんだ俺は。まだ恋仲にもなってないのに!)

 ガイアスは剣を持って立ち上がると、目に焼き付いた光景を振り払うように頭を軽く振った。

 着替えを終えたミアは、ガイアスこそ具合が悪いのではないのかと心配し、近寄って大きな背を優しく撫でた。


 その頃、屋敷では使用人達が予定の最終確認をしていた。

「ガイアス様とミア様は予定通り食堂で昼食を取られます。その後はお部屋で過ごされ、ご帰宅は午後三時です」

 執事のロナウドは、全員の前で注意事項を再度述べる。

「ミア様がお帰りになるまで庭の手入れは出来ませんので、イーロイとダンには事務の仕事を振り分けます」

 庭師のイーロイとその見習い・ダンは屋敷の雑務もこなしており、こうして来客がある際には、事務作業の手助けをしている。

 ガイアスの祖父の方針で、使用人達は自分の仕事のみならず、様々な分野をサポートできるよう教育されてきた。

「カミラとメイは、レジーナと共に昼食の配膳をお願いします。お部屋でのお茶は私が担当します」

「「はい!」」

 ロナウドの言葉に、メイドの二人は元気に返事をした。

 流れを確認したところで、料理長のバンチョスが手を挙げて発言する。

「メニューは肉がメインだ。土産用のサンドウィッチは、二時半までに用意しておく」

「ミア様が『毎日でも食べたい』って言ってたの聞いて、昨日夜遅くまで仕込んでましたもんね!」

「うるせぇな!」

 見習いのウィンのにやけた顔にバンチョスが拳を握った。

「お部屋に運ぶお茶菓子の用意もお願いしますよ」

 調理場組がじゃれているのを、執事が軽く流す。

 そして最後にメイドのカミラがキラキラとした目で手を挙げた。

「お出迎えは全員で……でしたよね?」

「はい、その通りですよ」

 主人の大切なお客様を全員で迎えることはよくあるが、義務ではない。

 しかし屋敷の者は皆、ミアがどんな人物なのか気になっているのだ。一部の誰かが見たとあっては、『自分もお会いしたかった』と揉めるのは目に見えている。

「狼の方と会うのは初めてだから、緊張するなぁ」

 今も、ワクワクとした顔で見習いの青年達が話している。

「では皆さん、そろそろお二人が戻られますよ」

 使用人達は、今から会う狼がどんな人物か想像しつつ、出迎えの為に玄関へと歩いて行った。

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