全部任せて
「ミア。今日はあくびばかりしてるが、昨日眠れなかったのか?」
「え? ううん、昨日リースと夜まで話してたんだ」
ガイアスの言葉に、ミアは少し焦りつつ答える。
剣の練習が終わって屋敷への帰り道。
今日はガイアスの家に泊まる予定だ。
「では、今日は早めに休もう」
(しっかり座学で予習したから大丈夫だよね)
ミアは『俺のテクニックであっと驚かせるぞ』と張り切っていた。心の中でグッと拳を握ると、屋敷に早く行こうと足を早めた。
「お帰りなさいませ」
執事・ロナウドの声に、屋敷の使用人達が頭を下げる。
ミアも軽く挨拶をし、ガイアスは二階の自室へ向かう。。
「着替えてから降りる」
「かしこまりました」
ふさふさとした白い尻尾を揺らしながら、ガイアスにちょこちょこと付いて行く白い狼。
その様子を眺める使用人達の頬は完全に緩まっていた。
「……可愛らしいな」
「はい」
普段余計な事を言わない庭師・イーロイから、思わず本音が漏れる。見習いのダンは、その言葉に同意し頷いた。
武道着から、ゆったりとしたシャツとズボンに着替えたミア。食堂に向かうガイアスの横で見慣れない自分の恰好を眺めていると、肩に手が回った。
「ミア、お腹が空いただろう」
帰る足取りがずいぶん速かったとクスクス笑い、まさかミアがセックスのことを考えて急いでいたとは思わないガイアス。ミアは曖昧に返事をして、はにかんだ。
先ほどと同じくズラリと並ぶ使用人達の前で、ミアが挨拶をする。
「ガイアスとお付き合いしています、シーバ国のミア・ラタタです。これからお屋敷に伺う機会も多くなると思いますので、皆さんよろしくお願いします」
頭を下げたミアに、執事のロナウドが口を開いた。
「ミア様、私共に丁寧なお言葉は不要でございます。ガイアス様の大切な方は、私達の大切な方。ここではご自宅と思ってお寛ぎください」
「ガイアス様からも、そのようにと伺っております」と付け足す執事に、全員納得の様子だ。
「ありがとう。じゃあ、そうするね」
恋人認定された嬉しさで照れつつにっこりと笑うミア。使用人達は、その笑顔に心が溶けるような気分になった。
「では、食事にしよう」
ガイアスはミアに声を掛けると、食事のためテーブルへ案内した。
食事を楽しんだ二人は、ガイアスの提案で馬に乗りに行くことにした。
屋敷から歩いて十五分程歩いた場所にある開けた場所には、ガイアスの祖父の友人が趣味でやっている牧場のような施設があり、ジャックウィル家の人間はいつでも馬を借りることができる。
サバル国の騎士はかつて、騎馬での戦いを得意としており、ミアはずっと馬に興味を示していた。そしてミアは、ガイアスの予想していた通り嬉しそうに馬に駆け寄り、興奮を隠さずはしゃいでいた。
初心者でありながら元々運動神経の良いミアは、すぐにガイアスと並んで歩けるほどになり、近くの丘へと向かった二人は、山に沈んでいく夕日を眺めて帰った。
そして今、ミアはドキドキと鳴る心臓を抑えつつ、ベッドの上でガイアスをじっと待っていた。
「はぁ、緊張する……」
楽しいことだらけで忘れていたが、今日はそういう行為をすると決めていたのだ。本に載っていた行為を思い出し、ミアは羞恥で頭がボンッと爆発しそうだった。
一方のガイアスは、自室のソファにいると思っていたミアがおらず、歩いてその姿を探していた。
「ここにいたのか」
寝室のベッドの端に、ミアがちょこんと座っている。
「昨日は夜更かししたと言っていたな。眠たいのか?」
ガイアスは笑いつつ隣に腰掛けた。ミアは高ぶる気持ちを隠すように、少しぶっきらぼうに答える。
「……眠たくない」
ミアはそう返事をし、ガイアスの胸目掛けて抱き着いた。
「ん、どうした? 甘えてるのか?」
「ゔぅ~……!」
(う、動かない……本に載ってたみたいに『強引に、かつスマートに』押し倒したいんだけど)
上手くいかないと焦るミア。ガイアスは、ミアの行動が何を意図するのか分からず、顔を覗き込んだ。
「ミア、何してるんだ?」
「全然……倒れない」
「ああ、俺を倒してみたかったのか」
微笑ましいミアの挑戦が可愛い。ガイアスはミアの腕を軽く引っ張りながら、自らが下になるようにベッドに沈む。
「はは、心配しなくてもミアは力が強くなってきてるぞ。ちゃんと練習を続けている成果が、」
言いかけたところで違和感に気付く。ミアがガイアスの上着を捲っているのだ。
「ミア?」
ちゅう……ッ
返事はなく、代わりに露わになった乳首を吸われる。ガイアスは状況が分からず両肩を掴んで、ベリッとミアを引きはがした。
ちゅぽんっと音がして、ミアの顔が胸から離れるが、その顔は不満げだ。
「俺に全部任せて」
「何をだ……?」
ミアの言葉の意味が分からず、自分を見下ろす白い狼に説明を求める。
「俺、準備に関してもしっかり勉強したんだ。洗浄も石があれば簡単に出来るし、安心して身を任せて」
本の中には、石の能力を使っての洗浄方法など、前準備が詳しく書かれていた。
「待て……ミアは今から、俺を抱くつもりなのか?」
「そうだよ」
ミアの両脇に手を入れたガイアスが起き上がる。そしてミアを自分の上から横に下ろした。
「どうして急に、その、俺を抱こうと思ったんだ?」
「セックスについて本で勉強したんだ。本には『お風呂上がりにベッドで始めるのが最も適切』ってあったから……今かなって」
タイミングを間違えてしまったのだろうかと不安に思うミア。唐突な行動の理由が分かったガイアスは、さらに質問する。
「ミアは、俺を抱きたいのか?」
「分かんない……でも、俺の方がセックスしたいって気持ちが大きいから、ガイアスは何もしなくていい方を担当してもらおうと思って」
ミアは昨日読んだ本の中で、セックスは挿れる側の役割が大きいことを知った。準備や前戯、また行為後のケアなどやる事が多い。
いつも余裕なガイアスと違い、ミアは早く恋人と愛し合いたいと思っていた。二人に熱量の差がある今、自分が大変な役割を担うべきだと、ミアは挿入する側になろうと決めたのだ。
その説明を聞き、衝撃を受けるガイアス。
「なんでそう思ったのか分からないが……」
ガイアスは小さな声で言うと、ミアをドサッと押し倒した。顔の横に手を着き、真剣な顔でミアを見下ろしている。
「俺の方がずっと、ミアを求めている」
ポカンと見上げるミア。ガイアスは珍しく無表情だ。
「ミアを抱きたいと思っているし、今日もそういった意味で期待していた」
「……ガイアス」
キスはするが、それ以上の行為には慎重なガイアス。
ミアはそれを求められていないと思っていたが、今自分を見下ろすガイアスの瞳には熱が籠っており、ミアを激しく求めているのは明らかだった。
「だが無理強いをするつもりはない。俺はミアと本当の意味で愛し合いたい」
切ない表情でそう言うガイアスの頬にミアが手を伸ばす。
「ミアが抱きたいと思うなら、それでもいい。だが、その理由が『自分の方が求めているから』というなら、俺は納得できない」
「どっちがいいとか、よく分かんないけど……俺、今ガイアスの言葉でお腹がきゅうってなったよ」
「ミア……」
「それって、ガイアスに抱いてほしいから?」
照れながら質問するミアに、ガイアスはドクドクと鼓動が早くなる。
「あまり煽るな」
ガイアスは無理やりにでも襲ってしまいそうになる自分を抑え、努めて冷静に口を開く。しかし片方の手は、自分の意思とは関係なくミアの腰に回る。
「……読んだという本の内容だが、今から」
「俺が習ったこと、聞きたいの?」
ガイアスの「練習してみるか?」という言葉はミアに遮られる。照れて頬を染めていたミアだったが、今は一変してワクワクとした子供のような表情だ。
「結構、凄いことまで知ってるんだよ」
そう話すミアは、昨日得たばかりの知識を披露したくて、耳をピコピコ動かしている。
「えっとね、『ベッド上で良いムードになってきたら事に及ぶべし』って書いてあったんだ。本の通り、話してて良い感じになってきたら……練習しない?」
雰囲気づくりも大事なんだぞと力説するミア。
(一体、どんな本を読んだんだ……)
考えていると笑えてきて、気持ちが落ち着いてきた。
「そうしようか」
ミアの提案に首を縦に振って、隣に寝転んだ。
すぴ~……すか~……
「はぁ……嘘だろ」
あれから話をし始めて、五分も経たないうちに眠ってしまったミア。初めての乗馬で疲れが出たのか、すやすやと寝息を立てて眠る白い狼の顔は穏やかだ。
自分の腕の中で安心して眠る姿に愛しい想いは高まるが、我慢を強いられて思わず溜息をつく。
「また今度な」
ガイアスは、自分の腕を枕にして眠る狼を包み込むように抱きしめると、おでこに軽く口づけて目を閉じた。
翌朝。
目が覚めて、ガバッと飛ぶように起き上がったミア。ガイアスは着替え中であり、後ろを向いてシャツの袖を留めている。
「ガ……ガイアス?」
ボタンを留め終わったガイアスは、立って後ろを向いたままだ。
「俺の方がよっぽどミアを求めているようだな」
「ガイアス~! ごめん~ッ!」
珍しく拗ねたガイアスの声。ミアはその背中目掛けて、ベッドから勢いよく飛び降りた。
◇◇◇
「今日もミアは夕食を欠席か」
シーバ国の王宮。第一王子であるカルバンは不機嫌に独り言ちる。
今夜の食堂には家族のほとんどが集まっているが、ミアの席はぽっかりと空いている。
「別にいいじゃない。お付き合いが始まったばかりだし、今は少しでも恋人の傍に居たいものよ」
母であるシナがカルバンをなだめる。
「ミアとガイアスは仕事が忙しいし、夜くらいしか一緒にいられないからな。そう目くじらを立てるんじゃない」
父・アイバンも、そう言いながら食事を続ける。
「度々、泊まっているそうじゃないか」
「そうね。別に良いじゃないの」
「外泊など早くないか? ふしだらな関係になったらどうするんだ」
「「……」」
カルバンの妻も含む家族は、冷ややかな目でカルバンを見る。
「なんだ」
狼狽えるカルバンに、妻が口を開く。
「ミアさんは十九歳ですよ? 立派に成人しておられます。心配が度を超すと嫌われますよ」
「そうだぞ。そういうことに関しては詮索をするな」
「兄上、僕も同意です」
皆が口々にカルバンに冷たい言葉を投げかける。
「いや、だが……」
ガイアスとの関係は認めたものの、自分の中ではまだ子供である弟。そのような行為はまだ早いのではないか……と気が気ではないカルバンであった。
(※次回、性的描写が入る為、エピソード非公開にしています。)
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