親睦会

 ガイアスがミアのズボンに手を伸ばした時……

 コンコン

 部屋にノックの音が響く。

 二人はビクッと肩を揺らし、ミアは素早く前向きに座り直し、素早く返事をした。

「はいっ!」

「ミア、今大丈夫?」

 控え目な声が聞こえ、ミアはガイアスに目配せする。頷いたのを確認して、声の主を部屋へ迎え入れた。

「うん! は、入っていいよ」

 入って来たのはミアの弟のリース。ガイアスは立ち上がり礼をする。

「あ、ごめん! ガイアスさんがいたんだね!」

 リースはガイアスがいることに気づくと、二人に謝った。

「父上と兄様に廊下で会ったから、てっきりもうサバルに送って行ったと思ってた」

 そう続けるリースは申し訳ないといった表情だ。

「ううん、部屋で休んでただけだから大丈夫だよ」

「本当にごめんね……ガイアスさん初めまして。ミアの弟のリースです。兄がいつもお世話になってます」

 リースはガイアスの方を向くと、挨拶をしてペコリと頭を下げた。

「サバル国のガイアス・ジャックウィルです」

「かしこまった話し方でなくて大丈夫ですよ。これから仲良くしてください」

 右手を前に出しにっこりと笑う姿はミアにそっくりだが、落ち着きのある上品な印象だ。

「俺にも敬語は不要だ。こちらこそよろしく頼む」

 二人の挨拶が終わったところで、ミアが尋ねる。

「リース、何か用があったんじゃないの?」

「ミアにちょっと話があったんだ。今日の夜いいかな?」

「今話すといい。俺はもう帰るから」

 兄弟の会話を聞き、ガイアスは予定より早めに帰ることを伝える。

「え……」

 さっぱりとした態度のガイアスに、ミアが少し残念な声を出す。

「また明日も朝から会える。リース様を優先してくれ」

 ガイアスはミアの髪を整えるように優しく撫でる。

「うん、明日は泊まってもいい?」

「もちろん」

 申し訳なさそうな顔をしているリースに頷くと、ミアはガイアスとともに部屋から転移した。


 ふわりと周りの草が揺れ、ガイアスとミアが森の入り口に立つ。

「ん? 玄関じゃないんだな」

 不思議に思ったガイアスだったが、すぐその意図に気付いた。小さな手が、自分の手をギュッと握っている。

(まだ一緒にいたかったのか)

 中途半端に終わった戯れに、ミアは満足していなかった。ガイアス自身も、やっと進みそうだった行為を遮られ、不完全燃焼であることは確かだ。

「ミア、明日は朝からずっと一緒だな」

「……うん」

「楽しみだ。何かしたいことがあれば言ってくれ」

「いっぱい、くっついていい?」

 いじらしいお願いをするミアに、ガイアスは頬が緩む。

「もちろん。実は、俺からお願いしようと思っていたところだ」

「ふふ、良かった」

 ミアが背伸びをして上を向く。ガイアスはその薄いピンク色に、そっと自分の唇を重ねた。


「リース、おまたせ」

 ガイアスと別れ、ミアが部屋に戻ると、申し訳なさそうな表情のリースがソファに座っていた。

「ミア、本当にごめんね!」

「明日も会えるし大丈夫だって! 何かあったの?」

 ミアは隣に腰掛ける。

 リースは今日会ったジェンとの会話について話した。

「ジェンさんに、サバルの植物園に行かないかって誘われたんだけど、どうしよう……」

「え、楽しそう。絶対行くべきだよ」

 行くよう促すミアに、リースは伏し目がちに答える。

「行きたいけど、僕まだ式と外交以外で国外に出たことないし……カルバン兄様の許可がいるんだ」

 十七歳であるリースは、成人となる来年の誕生日が来るまでは、父や兄の許可無しでは国外に出ることはできない。

「今日の夕食の席で兄様にお願いするつもりなんだけど、もしダメって言われたら……」

「黙って行きなよ」

「僕まだ未成年だから、見つかったら怒られるよ」

 真面目なリースは、それはできないと首を振る。

「俺からも頼んでみるけど……期待できない、よね」

 弟を助けるつもりのミアだが、自分では説得力がなさそうだ。日頃の自分の素行を、この時ばかりは後悔するミアだった。


「いいぞ。行ってこい」

「「え⁈」」

 その日の夕食の時間、兄に思い切って外出の件を話したリース。ミアと目を瞑って許可が出るよう祈っていると、カルバンは予想外にすぐに首を縦に振った。

「なんだその反応は。行きたくないのか?」

「ううん! ありがとう兄様」

「俺の時は、絶対渋るくせに~……」

 リースの事を考えると嬉しいが、あまりにも自分の時とは違う反応にミアがむくれる。

「リースはお前と違って、しっかりと事前連絡と事後報告をするからな。会うという男のことも父がジハード王から頼まれた案件だ。そこに異議はない」

 言い終わると、目の前のパンをちぎり優雅に口に入れた。

「とりあえず、良かったね」

 机の下でリースの手を握り、ミアがにかっと笑う。

「うん!」

 来週が今から楽しみなリースは、パタパタと尻尾を振っていたが、兄から事細かに会う時間を指定されたり、行く場所のリストを送るよう言われ、最後は尻尾が垂れ下がっていた。


 夕食会が終わり、その後は何も予定が無いというリースを自室に連れていくミア。

「何かあるの?」

「俺も、ちょっとリースに話があるんだ」

 部屋に入って扉を閉めると、椅子に座るようリースに促し、自分も目の前にある椅子に腰かける。

「あのさ……リース、一緒にセックスの勉強しないか?」

「え?」


「はぁ、それで私を呼んだんですか」

 ミアとリースはイリヤの前で行儀よく座っていた。

 ミアの言葉に最初はびっくりしていたリースだったが、ミアが『ガイアスに聞いたものと自分達の性の知識が全く違う』ことを説明すると、自分も勉強したいと、リースは首を縦に振った。

「ごめんイリヤ! でも俺、急いでるんだ!」

「生々しいことを言わないでくださいよ。でもたしかに、お二人は年齢に対してそういった知識が不足しています」

「だろ? だから、お願いします!」

「私がそんな授業を開いたとあったら、カルバン様に何を言われるか……」

 イリヤは眉をひそめていたが、ミアの必死な様子に観念した。

「はぁ……少しお待ち下さい」

 消えたイリヤは、数秒後にすぐ戻ってきた。手には厚い本を抱えている。

「これは図書室にある本です。こちら二冊の内容をすべて読んでください」

「ありがとイリヤ!」

「ミア様は、特にこの章を読んでおくように」

 指差す先には、付箋が付けられている。

「では、何か分からないことがあれば呼んでください」

「「はい」」

 兄弟でしっかりと返事をすると、イリヤは姿を消した。


 イリヤが用意してくれた本を二人で囲む。ベッドに胡坐をかいて座るミアと、その横でペタンと足を折りたたんで本を覗き込むリース。

『愛とセックス』『気持ちいいセックスとは?』

(俺が学びたい内容がタイトルに……)

 ミアはゴクリと喉を鳴らす。

「よし、開くぞ」

「う、うん」 


「え、ミア! これって本当……?」

「え、嘘でしょ!」

 ミアとリースはベッドの上で、声をあげたり後ろにひっくり返ったりと大忙しだった。


 ◇◇◇


「ガイアス様、お帰りなさいませ」

 玄関を開けたガイアスに、執事がすかさず近くの執務室から出てきて挨拶をする。

「何かあったか?」

「マックス・ヴァンネル様から四回お電話がありました。本日の親睦会の出席を尋ねておいででしたが、いかがしましょうか」

 予想していた通り、休日であるにも関わらず、何度も連絡をしてきたマックス。

 この調子であればあと数回は電話がかかってきそうだ。居留守を使うのも憚られる……

「出席で返事をしておいてくれ」

「かしこまりました」

 ガイアスは着替えるために部屋へと戻った。


 コンコン

 玄関のベルが大きく鳴り、ちょうど出かける準備をしていたガイアスが玄関の扉を開ける。

 そこには見知った部下二人の姿があった。

「隊長! お迎えにあがったっスよ!」

「すみません、私は止めたんですが」

 申し訳なさそうなケニーとは反対に、にっこりと上機嫌なマックス。

「隊長が参加するからって、急遽店を変えたんっスよ! 来てくれなきゃ困りますからね!」

 マックスは、隊長であるガイアスが多く払うことを期待しているのだろう。店の名前は、上品で味に定評のある飲み屋だった。

「しかもしかも! 今日は第四隊隊長からカンパをいただいたんっスよ~!」

「参加しないのにか? お前、よく関係ない上司にまでたかれるな」

「たかったんじゃないッスよ! ガイアス隊長と仲良い人のとこに『今日飲み会がある』って言っただけッス」

 若干引き気味のガイアスをよそに、マックスがにやにやと気持ち悪い笑いを浮かべている。

「その代わり、『ガイアスの恋愛事情をしっかり聞いてこい』って言われたっス! へへっ」

(そういうことか……)

 ミアとの関係について剣舞の団員達に詰め寄られた日以来、バルドには会えていない。棟も違い、忙しいため聞きに来れないモヤモヤを、マックスに解決してもらう魂胆のようだ。

「あ、あそこっスよ~! 今日は貸し切りにしてるっス」

 馬車で移動後、マックスが指差す先を見ると、新しい黒い建物の一角に小さく店名の書かれた店があった。

 マックスは一番に入り、店の店主に名前を伝えている。

「「ガイアス隊長! お疲れ様です!」」

 すでに集まっていた隊員達が立ち上がってガイアスに挨拶をする。

 今日の飲み会の名目は親睦会だ。飲み好きのマックスとケニーが幹事となって頻繁に開いているらしいが、ガイアスはほとんど参加したことがない。

 第七隊員の総数は約五百人だが、今日はそのうちガイアスに仕事を直接振られている隊員二十名が集まった。その内、何人かは一緒に長期の遠征に行った者だ。


 座って飲み物を注文したところで、マックスが話し出す。

「え~、今日は第七隊幹部の親睦会ということで、いつものメンバーで寂しく飲むのか……と思いきや、ガイアス・ジャックウェル隊長が参加してくれました! 拍手!」

 隊員達による拍手が起こり、その後もマックスの冗談まじりの挨拶が進む。その間に、店員達は注文していた飲み物をテーブルに配っていた。

「では、飲み物が揃ったところで、隊長、挨拶と乾杯をお願いします」

 どうぞと手でマイクを作って顔に近づけてくるマックスを退かすと、ガイアスが全員に向けて口を開く。

「今日は、第四隊隊長からこの会の費用を頂いている。会った際には礼をするように。他は俺がすべて持つ。存分に楽しんでくれ」

 隊員達は、「おお~!」と歓声をあげている。マックスも小躍りしそうな表情だ。

「だが、ハメを外しすぎるなよ」

「じゃあみんなグラスを持って~!」

 マックスが両手を口の横に当て、後ろまで聞こえるように皆に促す。

「乾杯」

「「乾杯!」」

 明るい声とともに親睦会が始まった。


「隊長~、それでどうなんですか?」

「どうって、何がだ?」

 顔の赤いマックスがガイアスの横に座り、その後ろにはケニーが心配そうに控えている。

「分かってるでしょ! 隊長の恋人のことっスよ! ラブラブなんスか?」

「ああ」

「やっぱりいるんっスね? 言質は取りましたから!」

 マックスがガイアスにグッと近づき、ケニーが焦ってその腕を後ろに引いている。

「どんな方なんですか?」

 うるさいマックスの後ろから、ケニーが尋ねる。

「素敵な人だ」

「ざっくりしすぎっス! もっと具体的に……てか、紹介して下さいよ!」

 マックスがあまりに大きい声で騒ぐので、近くにいた隊員も「なんだなんだ……」と聞き耳を立てている。

「同じ隊として挨拶したいっス~!」

「おい」

「俺、隊長の恋人見るまで、ここから動きません!」

 謎の脅迫でガイアスを脅すマックス。他の者も、何の話をしていたのか分かったようで、皆興味深々だ。

「え、隊長の好い人が挨拶に来るのか?」

「いつだって言ってた?」

 ボソボソと周りで話す声が聞こえ、ガイアスが、はぁ~と溜息をつく。

 落ち着いたら、副隊長のジェンを始め同じ隊の者数名には紹介するつもりでいた。それは、ミアが自衛隊の本部に来たがっていたからだ。

 訓練所を見てみたいと前から言っていたミア。ついでに訓練中の様子も見せてあげたいと、ガイアスは機会を伺っていた。

「あちらが良いと言えばな」

「本当っスか⁈ よし、バルド隊長にも報告しないと!」

『飲み会代分の働きはした』と、マックスはご機嫌だ。

「失礼なことをしたら、お前を他の隊に飛ばすからな」

「了解っス~!」

 軽く返事をする部下を見る。

 明日ミアに聞かなければ……と思いつつ、ガイアスは目の前の酒に口をつけた。

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