二度目の挨拶

「ミア。入っていい?」

 シーバ国の王宮に帰ってきたミアは、軽く風呂に入って弟を部屋で待っていた。

 ソファでくつろぎつつ剣の手入れをしていたところ、ノックの音とともにリースの声がした。

「うん。どうぞ~」

 返事をしてすぐに扉が開く。後ろ手に閉めるとリースが足早に近づいてきた。

「リースお疲れ様。今日どうだった?」

「すごく楽しかった!」

 そう報告する表情は明るい。大人しいリースにしては珍しく興奮しており、頬が上気している。

「よかったな」

「ジェンさん、植物の研究をしてるんだ! 学校の先生より詳しくて、いろいろ教えてもらっちゃった」

「へぇ、リースと話が合いそうだね」

「うん! しかも、お土産にサバルの屋台菓子を持ってきてくれたんだ。ミアの分もあるから、後で一緒に食べよ」

 リースは、シーバ国にはない屋台文化にかなり興味を示している。どうやらジェンの土産はリースの心を掴んだようだ。

「ありがとう。もしかして、次も会うの?」

「うん、来週約束したんだ」

 少し照れ臭そうな、嬉しそうな顔のリースの頭をミアがくしゃくしゃと撫でる。

「いい人で良かった。その人と何話したか詳しく教えて」

「うん!」

 それからは、ジェンが教えてくれたという植物の生態について口早に話すリース。ミアは微笑ましく思いながら、うんうんと頷いた。


 ◇◇◇


 次の週末、サバル国のガイアスの屋敷では、もうすぐ現れるであろうミアを迎える為に、使用人達がそれぞれの準備を進めていた。

 今日は、シーバ国王・アイバンと第一王子・カルバンへの挨拶の日である。二回目となるこの日の為に、ガイアスは土産を取り寄せたり、服を新調したりと屋敷はバタバタとせわしなかった。

 メイド達が玄関に向かうのを見つつ、生垣から葉が飛び出しているのが気になった庭師見習いのダンは、その部分をちょいちょいと手持ちのはさみで切る。

 そろそろ戻らないと……と焦りつつ、切った葉っぱをポケットにしまう。

 すると近くの芝がふわりと揺れ、ミアが屋敷の玄関前に現れた。

「ミ……ミア様!」

 ダンはそれに気づき、慌ててミアに声を掛ける。

「こんにちは」

 ミアはにこやかに挨拶をする。その微笑みは王族らしく優雅で、ダンの緊張が高まる。

「ご案内いたします」

 ガチガチになりつつミアに頭を下げたダンが、玄関に先回り扉に手をかけた。

「あの、」

 ミアの声を聞き、ダンが勢いよく振り向く。

「お屋敷のお庭、今日も綺麗ですね。優しい雰囲気がして、凄く落ち着きます」

「えっ、あ、は、はい! ありがとうございます!」

 にっこりと笑って言うミアに、ダンは顔を真っ赤にして頭をバッと下げた。そして慌てて玄関の扉を開く。

 そこには、既に準備を済ませたガイアスが立っており、後ろにはロナウドとレジーナ、そしてメイドのカミラとメイが並んでいた。

「皆さん、お久しぶりです」

 ミアの挨拶に、皆は嬉しそうに礼の姿勢で返事をした。

「ミア、迎えに来てくれてありがとう」

 そう言いながら近づいてくるガイアス。ミアはその服装を上から下までじっくり見た。

「うん。あの、今日もかっこいいね」

 ガイアスは、暗い紺色で上下揃いの騎士服姿だ。首元や前の合わせに黒で縁取りがしてあり、全体的に装飾は少ない。

 パーティというよりは厳かな式典に似合いそうだ。

「この姿の時は、ミアがよく褒めてくれるな」

 笑いながら、ガイアスがミアの頬を優しく撫でる。

「いつもの服も好きだよ? でも、騎士服はガイアスに似合いすぎてて、なんだかそわそわするんだ」

 ミアが照れたように言うと、ガイアスは目を細めて頬を撫でていた手をミアの腰に回した。

 その様子を凝視していたカミラとメイだったが、レジーナが腕をつつくと、ハッと我にかえって背筋を伸ばす。

「では、夕方には戻る」

 ミアの腰を抱いたままのガイアスがロナウドに告げる。

「はい。自衛隊の方からお電話があった場合は、いかがいたしましょうか」

「掛けてくるとしたらマックスだろう。俺から連絡が無い場合は『欠席』だと伝えておいてくれ」

 昨日から、何度も電話を掛けてくるマックス。要件を聞き断っていたが、かなりしつこく連絡をとってくる。

「かしこまりました」

「では、行ってくる」

 使用人達が頭を下げている間に、ミアとガイアスは玄関から姿を消した。


 着いたのは、シーバ国王宮の正面だ。

 前と同じく正門を通り、カルバンとアイバンの待つ応接室へと歩いて向かう。

 今回は、王妃も参加しお茶をすると聞いているため、手土産は茶菓子中心、もちろんカルバンへのナッツの蜜漬けも忘れてはいない。

「あ!」

 ミアの声の先には大きな正門があり、初めて見る壮年の狼がいた。前回出会った若い狼とは違い、目尻にシワがうっすら見える五十代くらいの男だ。

 その狼は、ミアを確認すると明るい声で話しかけてきた。

「ミア様、今日はどうしました? 正門から入るなんて珍しい」

「俺の恋人が父上と兄様に二回目の挨拶するんだ」

「ああ、それでアイツ最近……」

 狼は、前回失恋した門番の若い男のことを考えたのか、気まずそうに顎に手を当てている。

「もう行かないといけないから、また今度話そうね」

「はい。嬉しいご報告を楽しみにしています」

 ミアは手を振り門へと向かう。そして、ガイアスが頭を下げて門をくぐろうとすると、その男は笑って「頑張れよ」と言ってきた。


「仲が良さそうだったな」

「俺の護身術の先生だよ。今は王宮警備隊の教育係をやってるんだ」

 狼国シーバでは、王宮警備隊という王宮を守る組織がある。主に王族の警備をしているが少数精鋭で、この大きな門も基本的に一人の隊員で対応している。

「すっごく強くて、学校を卒業した今も、時々体術を習ってるんだ」

 ミアは誇らしげに説明する。

 また会うことがあればぜひ話をしてみたいと思いつつ、ガイアスはミアに付いて広い城内を歩いた。


「おや、今日は何もしなくていいんですか?」

「うわっ!」

「……!」

 約束していた部屋の前、前回同様、服装を確認するガイアスとミアの背後から、従者イリヤが声をかけてきた。

「イリヤ、いつも急に出てこないでよ!」

「……転移するなと?」

「後ろから話しかけないでってこと!」

 ミアは驚きで尻尾の毛がブワッと逆立ったままだ。

「はぁ、注文のうるさい主人を持つと苦労しますね……さ、着いてきてください」

 いつ見ても従者とは思えぬ立ち振る舞いのイリヤと、遠慮のないミア。そのやりとりの中に親しい者だけが醸し出す雰囲気を感じ、どこか羨ましい気持ちになるガイアスだった。


「陛下、殿下、お二人がいらっしゃいました」

 扉の先には先週と同じく二人の狼がソファに座っている。

 しかし、前回腕を組んで不機嫌そうにこちらを睨んでいた灰色の狼は、今は膝に手を軽く置いた姿勢で、落ち着いた様子だ。

 バシバシと叩くように動いていた尻尾も、ふんわりとソファに鎮座している。

「座りなさい」

「本日はお時間を作っていただきありがとうございます」

「こちらから言ったことだ。ゆっくりと過ごしてくれ」

 にこやかに話しかけてくるアイバンに軽く頭を下げながら礼を言うガイアスは、向かいのソファに腰掛けた。

 ミアはその横にちょこんと座る。

「ガイアス、よく来たな」

 カルバンがガイアスをじっと見てから挨拶をした。

「カルバン様、二度目のご挨拶の機会、感謝いたします」

「堅苦しい挨拶はいい。あれは持ってきたか?」

「はい」

 手土産の入った袋を手渡す。中には、カルバンが求めていたナッツの蜜漬け。満足げに頷く兄の姿に、ミアが呆れた声で口を開く。

「兄様、来てすぐ『土産よこせ』はないんじゃない? 食い意地張りすぎ」

「な、違う! 確認しただけだ。これは約束していたことだからな」

「ガイアス、意地汚い兄様でごめんね」

「おい、ミア!」

 言い合いをする兄弟を無視して、アイバンは土産を従者に渡した。そしてガイアスの肩にポンと手を乗せる。

「今日はテラスに行こう。うちの庭は私の自慢なんだ」


「さぁ、ここだ」

「華やかで素敵な庭ですね」

 ガイアスは思わず呟く。心から出た言葉だった。

 庭は色とりどりの花が咲き誇り、全方向すべてが目を楽しませる。気候によるものか、大ぶりな花が多く一つひとつに存在感がある。

「そうだろう? 常に楽しめるように、私の執務室とも繋がっているんだ」

 アイバンは得意げな顔で自分の執務室がある方向を指差した。

 そして、執務室近くのテーブルには、ガイアスが持ってきた土産の菓子が並んでいる。カルバンが気に入ったナッツもあり、小さいパウンドケーキとともにスタンドの皿に乗せられていた。


 座って土産の菓子を楽しみつつ、カルバンはガイアスを質問攻めにした。そして、その全てに紳士に答えるガイアスに、カルバンの表情は徐々に和らいでいった。

「本当は妻のシナも同席したがっていたんだが、どうにも都合がつかなくてな」

 アイバンが残念そうに告げる。

「母上は忙しいんだよ。父上よりしっかりしてるから、仕事がどんどん増えちゃうんだ」

「父上は楽観的すぎますからね」

 ミアの言葉に頷くカルバン。

「次回は、妻も一緒に夕食でもどうかな?」

 子供達の言葉に笑っていたアイバンが、ガイアスに提案する。

「はい。もちろんご一緒したい、のですが……」

 ガイアスはちらりとカルバンを見た。

「ガイアス、君は良い男だ……ぜひ夕食に来てくれ。母上にも紹介したい」

 カルバンは照れているのか尻尾が少し揺れていたが、最後まで真っ直ぐガイアスの目を見て告げた。

「……ッ、ありがとうございます」

「ミアはまだ子供気分が抜けてないからな。しっかりした君のような存在がいてくれたら安心だ」

 兄の台詞にミアは尻尾を立てて反論する。

「俺、家から出たらちゃんとしてるってば! ねぇ、ガイアス!」

「ああ、とても頼りになる」

 カルバンは呆れたように溜息をつく。

「はぁ、言わされてるだけじゃないか」

「違うってば!」

 ミアが顔を赤くして兄を睨み、ガイアスはその様子を笑いながら見ている。

「はっはっは、息子が増えたみたいで楽しいな。次の食事会は賑やかになりそうだ」

 美しい庭の中で、狼と人間の笑い声が混ざって響いた。



「ガイアス、疲れただろ?」

「いや、楽しかった」

 ミアはガイアスを連れて自室に入った。

 あの後、ガイアスを部屋で休ませてあげなさいと父に促され、その言葉通り案内した。飲み物を用意していたイリヤが下がり、今はガイアスと二人きりだ。

 ミアはガイアスをソファに座らせ、自身もその横にぽすんと腰を下ろす。

「カルバン様が俺達を認めて下さって嬉しいよ。もっと通うことになると思っていた」

「そもそも、兄様の許可なんて必要ないんだけど……俺も嬉しい」

 ふふっと笑ってガイアスの顔を両手で優しく挟むミア。

 ムードに任せ、そのまま顔を寄せようとしたガイアスだったが、ミアが頭を下げたためそれは叶わなかった。

「ミア?」

 空振りしたことを少し恥ずかしく思いながら、ガイアスがミアのつむじに声をかける。

「この格好、疲れるんじゃない? 上着脱ぎなよ」

 ミアがガイアスの上着のホックに手をかける。

「くつろいで帰れって兄様も言ってたよ」

「ああ、だが別に大丈夫だ」

「そんなはずないよ。俺、今日の服でさえちょっと苦しいんだから」

 ミアは前回のガイアスのかっちりした服装に合わせ、いつもより身体にピッタリとした服を着ていた。

 白色のブラウスに薄いベージュのジャケット。下はキャメル色のゆったりしたズボンを履いている。足元はいつも通りのサンダルだが、足首にアクセサリーをいくつか付けていた。

「凄く似合っている」

「イリヤに聞いて、俺でも合いそうな服を用意してもらったんだ」

 そう言いながらガイアスの上着と格闘していたミアだが、確実にボタンとホックを外していく。

「あ、できた」

 やっと全てを外し終わり、上着を肩から滑らせる。中には白いシャツを着ていたようで、見慣れたガイアスの姿になった。

「ミアも脱いだらどうだ」

 ガイアスはそう言ってミアの上着の中に両手を入れると、ゆっくり身体に沿わせて両手を滑らせた。

 肩から腕にかけて、軽い上着がストンと落ち、ミアの手首に引っかかっている。

「……ん、」

 急に熱いガイアスの手をブラウス越しに感じ、ミアが少し緊張してビクッと身体を震わせた。

 脱がせている本人は、何でもないといった様子で手首に溜まったジャケットを抜き取っている。

(変わった脱がし方で、緊張するんだけど)

「ミア、首元もくるしいんじゃないか? 少し緩めよう」

 ミアのブラウスのボタンに指を掛けるガイアスの腕を、ミアが両手で掴んだ。

「い、いいから! 大丈夫!」

 先程の脱がし方にドキドキしていたミアは、食い気味にそれを断る。

「そうか? 窮屈だと言っていたじゃないか」

「ジャケット脱いだら楽になった!」

「ふっ、そうか」

 目を細めたガイアスがミアを見つめる。

「なんか、意地悪な顔してる」

「ミアが意地悪してくるから、返しただけだ」

「え、俺そんなことしてない!」

 心外だとミアが反応する。

「さっきキスしようとしたら、下を向いて避けただろう」

「そうなの⁈ え、いつだろ……」

 ミアは記憶を頼りに考えている。

「ミアが俺の上着を脱がせる前だ」

「い、言わなきゃ分かんないよ。俺、そういう雰囲気に気付けない」

 経験値が低いんだから……と唇を尖らせて抗議するミアが可愛い。

「では、言うようにしよう」

 ガイアスはミアの瞳をじっと見つめる。

「キスしていいか?」

「う、うん」

 ちゅっ、

「もう一回いいか?」

「うん」

 ちゅう……

 もっと長く口をくっつけていたいミアだったが、ガイアスはすぐに離れていく。

「ミア、深く口付けていいか?」

「い、いいけど……恥ずかしいから聞かないで」

「ふっ、ミアは難しいな」

 ミアが照れ隠しに何か言おうとしたが、その口は塞がれてそれ以上喋れない。

「……ッうん、」

 ミアは思わずガイアスのシャツの前を握る。

 ガイアスの舌は上の歯をなぞり、薄く開いたミアの口に入ってきた。ミアは熱いガイアスの舌の動きに合わせるのに必死だ。

 じゅっ……何度も舌を絡めていると、されるがままだったミアが舌を軽く吸った。

「……ッ」

 ガイアスのシャツはギュッと握りこまれ、シワになっている。慣れない行為に一生懸命に答え、さらに自分からもと返してくるミアがいじらしい。

「ミア」

 キスの合間に声を掛ける。

 ミアの頭の下にクッションを敷き、その身体をゆっくりと後ろに倒した。ガイアスがそれに覆いかぶさるように体勢を整えると、ミアがガイアスを見上げて目を細める。

「俺、この体勢好きなんだ……」

 幸せそうに、はにかんで笑うミア。

「狼って、安心してないと仰向けで寝れないし、乗っかられるってなると身体がこわばるんだ。でも、ガイアスがこうしても全然平気。俺の本能が、ガイアスを好きなんだって実感する」

 その告白にガイアスは愛しさがこみあげ、下にいるミアをギュッと抱きしめた。

「ミア、好きだ」

 ミアは手をガイアスの背に回し、大きな身体をそっと抱きしめ返した。


(※次回、性的描写が入る為、エピソード非公開にしています。)

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