転移禁止
「ミア……ミア、」
名前を呼ぶ優しい声に反応し、ミアがうっすら目を開けると、目の前には大好きな恋人の顔。
ふにゃっと笑ったミアは、目の前の愛しい男に自分の愛を伝える。
「ガイアス……大好き」
「俺も好きだ」
ガイアス優しい表情に、ミアは全身がとろけそうな気持ちになる。
(ああ、これが幸せって言うんだ……)
自分の胸を優しく撫でる手がまた眠気を誘い、ミアが目を閉じる。ガイアスは焦った声を出した。
「おい、寝るな寝るな」
ガイアスはミアの布団を剥いでその身体を起こす。まだ頭の冴えないミアは、どうして起こされるのかと不満な表情だ。
「今日はミアも俺も仕事だろう。ルシカに戻らないと」
「あ……!」
ミアはそこでやっと、今日が平日でお互い仕事があるのだと理解した。一気に眠気が吹き飛ぶ。
「屋敷まで送るね! 俺も帰らないと」
「助かる」
それから、シュラウドがホテルに頼んで用意してもらっていたという下着やシャツに着替える。着ていた服は置いておけば、屋敷に送ってくれるらしい。
(なんだか、至れり尽くせりで申し訳ないなぁ)
今度シュラウドに会う時にはぜひ手土産とお礼を……と決めたミアだった。
帰る時の手続きは不要とのことなので、机に鍵を置き二人でホテルの部屋から転移した。
「ミア、ありがとう」
ガイアスの部屋。今週末はミアの勘違いやすれ違いにより、ここで二人で過ごすことはできなかった。部屋はカーテンが閉まっており、薄暗くシンとしている。
「ううん。俺、起きるの遅くてごめん」
ミアをギリギリまで寝かせていたことで、ガイアスは朝食も食べずに出かける予定だ。
「気にしなくていい。長く一緒に過ごせて嬉しかった」
「俺も……あの、いってらっしゃい」
ミアが精一杯背伸びをしてキスをしようとするのを、屈んで答えたガイアス。ちゅっと可愛らしい音がして離れていく小さな唇を見てガイアスが笑みを溢す。
「行ってくる。いいな、こうやって毎日仕事に行けたら」
そう言ってクシャッとミアの頭を撫でるとガイアスが扉の方へ向かった。
「帰って来たことを屋敷の者に伝える。ミアも気をつけて帰るんだぞ」
「転移で一瞬だけどね」
お互い笑いながら手を振り、ミアは王宮へと転移した。
「ふぅ……」
シーバ国の王宮にある自室に戻り、ミアは息をつく。
(いろいろあったけど、良い休日だったな)
そして、ガイアスがさっき言った言葉が頭によぎる。
『いいな、こうやって毎日仕事に行けたら』
ガイアスが自分と夜を過ごし、朝見送られて仕事に行くことを望んでいる……そう考えるだけで、緩む表情が抑えられない。
(とりあえず、朝ご飯食べたら仕事始めないと)
ガチャ……
ニヤつく顔はそのままに、扉を開けた先には目を見開いて驚くイリヤの姿。
(あ、まずい……)
ミアはイリヤの顔を見た瞬間、大事な事を思い出した。連絡を一度もせずに二日も外泊をしてしまったのだ。
あわあわと焦るミアに、イリヤがゆっくり近づきつつ口を開く。
「ミア様、二日続けての無断外泊は楽しかったですか?」
「あの、あの、帰る時間が、なくて、」
思いついた言い訳は子供のように拙く、従者の男を納得させるものではないことは自分でも分かる。
イリヤは冷たい目線をミアに向ける。
「へぇ、そうでしたか。そんなに忙しいなら、これ以上剣や恋人にかまけている暇なんてないですよね」
「あ、あの……イリヤ?」
「私はミア様に『十日間の転移禁止』を要求します」
「そんな……却下っ!」
「今まではきちんと私に連絡をして下さったので、陛下もカルバン殿下も外泊を許可していましたが、今回ばかりはミア様に王子としての自覚がないと判断しました」
わなわなと震えるミアに、目の前の冷徹黒狼は続ける。
「昨日カルバン様に転移禁止を提案したら、快く承諾して下さいましたよ。それどころか一ヶ月にしたらどうかと言われ、逆にお止めするのが大変でした……感謝してほしいくらいです」
そう続けるイリヤに、疑問に思ったことを確認する。
「ガイアスにそれを伝えに行くのは良い?」
「はい、行かれて結構ですよ。ミア様が帰ってくるか定かではなかったため、今日は仕事をお休みにしていただきました」
鬼従者・イリヤの言葉に、疑い深い目を向ける。
「私もそこまで酷くはありません。最後の挨拶くらいゆっくりさせてあげますよ」
「最後って言わないで! お昼ぴったりにサバルに行く」
ガイアスは、昼は食堂ではなく執務室で買ったものを食べると言っていた。チャンスは昼休みの時間しかない。
「何時頃お戻りになりますか?」
「うーん、三時くらいかな?」
もしかしたら訓練所も見れるかもしれないと、少し長めに時間を伝える。
「その時間を過ぎたら、転移禁止を一週間延長しますよ」
ミアは理不尽だと思いつつも、自分の非が招いたことなので文句は言えない。大人しくイリアの言葉に頷いた。
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