本家へ

 ミアとガイアスが住んでいる王都ルシカから、実家のある第二都市アナザレム。そこへ転移したミアとガイアスは、婚約の挨拶の為にガイアスの本家を訪れていた。

「こんなに大きな門だったんだね!」

「前は庭に直接転移したと言っていたな」

 初めてこの屋敷を訪れた時は、不法侵入だった。

 そのことを思い出して項垂れているミアの頭を、ガイアスがポンポンと撫でる。

「あの時は嬉しかった。ミアが俺の為に来てくれて」

 ガイアスはそう言って笑っているが、あの時はミアの勘違いで家族にも客人にも迷惑を掛けた。

 あんな調子のシュラウドはともかく、父親への第一印象は最悪だっただろうと、今日の挨拶でリベンジを誓うミアだった。

(挨拶が済んだら、ガイアスの兄弟とも顔を合わせる予定だし……)

 今回はきちんとした印象に見せるために白のシャツと黒いズボン、揃いの黒いジャケット。髪は襟足を編み込んできっちりとまとめてある。

「少し早めに着いたが、皆いるだろう」

 今日、ここにガイアスの父親と母親がいるのだと思うと緊張する。

 玄関を開けると、スラッとした女性と青年がいた。姿鏡を前に服装の確認をしていたようで、ミア達を見て少し慌てた様子だった。

「あら、もうそんなお時間だったかしら」

「ガイアス兄さん! おかえりなさい!」

 出迎えてくれた女性と青年に、ミアの緊張が高まる。

「母さんと弟のルーヴだ」

 ガイアスの紹介に、やはりと思って頭を下げる。

「初めてお目にかかります、シーバ国ラタタ家のミアです。今日、ご挨拶できるのを楽しみにしていました」

「まぁ、頭を上げてください。私はガイアスの母で、こちらは一番下の息子になります。こちらこそ、お話を聞いた時から家族全員が楽しみにしておりましたのよ」

 優しく微笑むガイアスの母と、お辞儀をする弟。

「父さんは?」

 父の姿が見えないことに気付き、ガイアスが尋ねた。

「応接室にいるわ。時間になったらお出迎えしたいと言っていたから、残念に思っているかもしれないわね」

「念の為、少し早めに来たんだ。ミア、行こう」

 ガイアスはミアの腰を抱いてエスコートする。

 ルーヴはミアの姿を見てボーッとしていたようだが、慌ててお辞儀をすると、後でガイアスの部屋に挨拶に行くと言って去っていった。


 案内された部屋は、以前ミアがリバーとシュラウドと初めて話をした応接室だ。

 中へ入ると、父親であるリバーが椅子に座っており、その横に母親が座る。

 ミアが改めて挨拶をし、手土産である菓子を渡すと、予想以上に喜ばれた。

「シーバのお菓子が食べられるなんて嬉しいわね」

「そうだな」

 母の言葉に軽く笑うリバーは、ガイアスが笑う時の顔に似ていて、ほっこりとした。


「お話で聞いていた通りの方ね。明るくて華やかで……本当に素敵だわ」

 母親は終始ミアを見ては「あら~」「まぁ~」と言って、その容姿に見入っていた。

 あまりに見つめるのでミアが困っていると、最後にはリバーに止められていた。

 ガイアスの母親は服のデザイナーをしている。ミアを見て様々なインスピレーションが沸いたようで、頬を上気させていた。

「弟もデザインを学んでいるんだ」

「へぇ~、お母様が先生だなんて素敵だね」

 先ほど出会ったルーヴも、いずれは母の仕事を手伝うことになるのだと聞いて納得する。顔を合わせた程度だが、細見の身体に合わせたカジュアルな騎士服は、彼によく似合っていてお洒落だと感じた。

 そして話は本題である『結婚』に移る。ガイアスは、『恩賜』で法を追加するようお願いしたと伝えた。

「よい案だ」

 父・リバーは息子の話を聞き、腕を組んで感心していた。


「あ、話終わった? ミアちゃーん、お兄ちゃんお仕事終わったよ~!」

「シュラウドさん、ご無沙汰してます」

 話が終わり、応接室から出ると、待ち構えていたかのようにシュラウドと出会った。

「も~、お兄ちゃんって呼んでって言ったじゃん!」

 今日も元気な長男・シュラウドに、ガイアスが冷たい視線を送る。

「一緒にご飯楽しみだね! まだ時間あるし、ガイアスの部屋で休んでいきなよ」

 シュラウドは名案とばかりにウインクする。

「言われなくとも、今から部屋へ行くところだ」

「わ、怖い顔。逃げろ逃げろ!」

 そう言って立ち去るシュラウドはとてもガイアスの兄であるとは思えない。静かな父親におっとりとした母親、元気な兄とおしゃれな弟。

(ジャックウィル家って、凄いな)

 ガイアスの兄三人が一体どのような人物であるか、会うのが楽しみになるミアだった。


 ガイアスの部屋に案内されたミアは、近くの椅子に座って中を見渡した。

 一度来たことのある部屋だが、前回は例の事件のせいでゆっくりと内装を見ていなかった。子供時代の恋人が過ごしていた姿を想像しつつ、キョロキョロと視線を動かしていると、後ろからガイアスに抱きしめられた。

「ミア、気疲れしてないか?」

「全然。優しいお父様とお母様だね。俺、ついつい喋りすぎちゃったかも」

 笑ってそう言うミアに釣られて笑みが零れたガイアスは、抱きしめたまま頭にちゅっと口付けた。そのままこめかみやうなじ、首にキスをし、いよいよ唇に……と思ったところで、扉が無遠慮に開けられた。

「あ、キスしてら」

「お前ってそんなタイプだったっけ?」

「お邪魔だったか?」

 初めて見る男性三人にミアが唖然としていると、遠くから慌てた声が響いた。

「駄目だってば~! なんで皆兄さんの言うこと聞かないんだよ~!」

 走って部屋に入ってきたのは長男であるシュラウドで、この三人はガイアスの兄達だとすぐに分かった。

「だから、ガイアス達は部屋には居るけど、行っちゃダメだって言ったじゃん!」

「なんで弟の部屋入るのに許可がいるんだよ!」

 腕を組んで言い切る兄に、残りの兄二人も賛同して頷く。

 シュラウドは、長男としての威厳など全くないのだと改めて感じて落ち込むが、兄達はそれを無視して早速ミアに挨拶をしている。

 遠慮のない兄達の態度が面白いのか、楽しそうに談笑を始めたミア。

「あの、僕も入っていい?」

 楽しげな声を聞き、弟のルーヴが扉から顔を覗かせた。

 本家を離れている者が多く、滅多に集まることのないジャックウィル家の兄弟達。

 ガイアスは久しぶりに子供時代に戻ったかのような気持ちがして、自然と笑みが零れた。


「食事会、凄く楽しかったね」

「そう言ってもらえて良かった」

 外での食事を終え、今はガイアスの部屋の中。風呂も済ませてあとは寝るだけの二人は、寝る前に向き合って今日の話をしていた。

「兄さん達が悪酔いしてすまなかったな」

 酔った兄弟達はやたらとミアにスキンシップを図り、その度に引き剥がしていたガイアス。

「ううん、賑やかで面白かったよ」

「久しぶりに家族全員が集まったからな。今日はミアもいるし、兄さん達は普段よりはしゃいでいた」

 シュラウド以外の三人の兄達は、本家を出て別の屋敷に住んでいる。そしてミアが驚いたのが、二番目の兄は自衛隊にいるということだ。

 外交や渉外の担当をしているため、ガイアスとは滅多に会うことがないらしいが、それでもたまにガイアスの屋敷に遊びに来るという。

 ミアがガイアスの屋敷によく泊まっていると話したところ、これからは頻繁に伺うと言われ、ガイアスが露骨に嫌がっていた。

 兄弟に関する話を聞くことは少なかったが、元気のありすぎる兄達はガイアスを少し……いや、かなり疲れさせる存在のようだ。

「正直兄さん達には疲れたが、俺も楽しかった」

 ガイアスはミアを優しく抱き寄せる。普段と同じ体勢に安心し、ミアはその胸におでこを擦りつけた。

「早く皆と家族になりたいな」

 温かい腕の中にいると、だんだんと眠気が襲ってくる。背中を撫でる優しい手を感じながら、ミアの瞼は下がっていった。

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