第二章 白狼と秘密の練習

初めての……

 狼の住む国・シーバ。その王宮の食堂では、ラタタ家全員が揃って夕食を囲んでいた。

(あ~、緊張してきた……)

 この国の第二王子であるミアは、家族にガイアスとの関係を発表する機会を伺っていた。

 お披露目式が終わり全員仕事も落ち着いたため、最近ではこうやって集まって夕食を食べる機会が増えた。

「やっぱりシーバの料理が一番落ち着くわ」

 人間国を調査する為に飛び回っている長女・スーシャは、そう言ってナプキンで口元を拭った。

 お茶とデザートがテーブルに並び、皆リラックスして会話を楽しんでいる。

「スーシャは次どこに行くの?」

 弟・リースが興味津々に尋ねる。

「明後日にはここを経って、アスマニカの南の方へ行くつもりよ」

「あら~、あそこは暑いから心配だわ」

 母・シナが心配そうに娘を見る。

 この大陸には四つの国が存在する。一つは中心にある狼国・シーバ。

 そしてそれを囲むように人間国が三つ。アスマニカ国はサバル国より南に位置する国で、一年中暖かい気候だ。

「まぁ、スーシャはたくましいから大丈夫だろう。彼もついていることだし」

 父・アイバンがそう言うと、スーシャの婚約者である狼は大きく頷いた。

 そこで一旦話が途切れたことを察したミアは、手を上げて皆の注目を集める。

「あのさ……言わないといけないことがあって」

 手を挙げての発表に全員が注目する中、ミアは少し照れつつ口を開いた。

「俺、サバル国の自衛隊のガイアスって男の人と、付き合うことになったんだ」

「「………」」

 食堂に一瞬沈黙が流れたが、アイバンがにこっと笑って口を開いた。

「そうかそうか。ジハードと会った時に、ミアの事をよく言っておこう」

 サバル国の現王であるジハードはアイバンと仲が良く、隙を見ては二人で飲んでいる。

 ミアの話を聞いて、酒のつまみができたと喜んでいた。

「父上! 何を言っているんですか⁈」

 良かった良かったと腕を組む父を睨みながらカルバンが大声を出す。

「あら~、やっぱりお付き合いする仲だったのね」

「ミアの式に来てくれた大きな方ね。まぁ、早く挨拶に連れてきなさいな」

 シナとスーシャは大はしゃぎで、「彼、お茶とお菓子は好きかしら?」と、一緒にティータイムを過ごす気満々でいる。

 カルバンの妻・メルやスーシャの婚約者もミアの発表を喜んでおり、カルバンの息子達は、皆の明るい雰囲気が嬉しいのか、手を叩いてニコニコと笑っている。

 すでに関係を知っているリースは、皆に祝福されるミアを横目に嬉しそうに微笑んだ。


 バンッ!

 お祝いムードで盛り上がる中、大きな音が響き皆がそちらに目を向ける。

 そこには、机に拳を乗せ、わなわなと震えているカルバンの姿。

「あなた!」

 妻のメルが慌てたように声をかけるが聞かず、カルバンがミアに向かって言う。

「家族に断りもなくミアの恋人にだと? その男、常識が無いんじゃないか?」

「ガイアスはちゃんとした人だよ」

 兄のあまりの言いように、ミアがムッとしながら答える。

「ほう。きちんとした人間が、王子と関係を持つのに、王に挨拶も無しか」

「そんなの……俺が王子だって最近知ったばっかりなのに、急には無理だよ」

 ミアは焦った声で兄に言い返す。

「何? その男はミアが王子だと知らなかったのか?」

「それは……俺が伝えるの忘れてたから」

 カルバンは胸の前で腕を組んだ。

「とにかく、お前達の交際を認めるわけにはいかない」

「兄様……」

「一度連れてこい。私が見て決める」

 言い切ると、部屋を乱暴に出て行ったカルバン。その後を、妻が慌てて追った。

 子供達は、めったに声を荒げないカルバンを見て放心状態であり。祖父母となるアイバンとシナが二人を抱いた。

「兄様、かなりお怒りだったね」

 リースが声をかけてきて、ミアは無言で頷いた。

「カルバンは、弟を取られて拗ねているみたいだな」

 放心している孫を抱きながら、アイバンが苦笑した。

 青筋を立てて怒りのオーラを出していた兄を思い出す。

(あれを拗ねてるって表現していいの……?)

「彼をここに連れてきた方がいいかもな。カルバンも会えば落ち着くだろう」

 アイバンはそう言うと、孫を連れ立ち上がりシナとともに席を立つ。スーシャとその婚約者は、気まずそうに食堂を後にした。

「ねぇ、兄様がガイアスに会ったら落ち着くと思う?」

 ミアが、隣に座っているリースの方を向いて尋ねる。

「ううん。殴りかかる気がする」

 ミアはこれ以上考えることをやめ、リースとともに自室に戻った。


「ってことがあって……一度、王宮に挨拶に来てほしいんだけど」

 ミアは食事会の後、すぐにガイアスの屋敷を訪れた。

 二人で並んでソファに座り、事の説明が終わると、ガイアスはミアに手を伸ばした。

「俺のせいで大変なことになってるんだな。ミアは大丈夫だったか?」

 丸いおでこを親指でさすり、眉を少し下げたガイアスが尋ねる。

「俺はいいけど、ガイアスは嫌だよね? 悪く言われるかもしれないのにうちに来るなんて」

「いや、早いうちに挨拶に伺いたいと思っていたんだ。いつが迷惑にならないだろうか」

 まさかガイアスが王宮に挨拶に来るつもりであったとは知らず、ミアは驚いた。

「父上と兄様は週末なら基本大丈夫。たまに仕事があるみたいだけど」

「では、来週はどうだ? 謁見希望の手紙を出した方が良いだろうか」

 机には、いつでも手紙が書けるように用意がされている。

「今、手紙は出さない方が……俺が父上達に伝えとくから大丈夫だよ」

「分かった。ありがとう」

 そう礼を言ったガイアスが黙ってしまい、不思議に思ったミアは顔を覗き込む。

「どうしたの?」

「いや、手紙を出さない方が良いと言っていたが、ミア宛の手紙が多いからか?」

「え! なんで知ってるの?」

「やはりか」

 眉を少し寄せている恋人に、ミアは首を傾ける。

「俺のミアなんだが……」

 その大量の手紙の内容がミアへの求婚であることを知っているガイアスは、ボソッと呟く。

 嫉妬を感じさせる発言に、ミアは胸がキュンと鳴った。

「俺、ガイアスのものだよ?」

 心配しなくて良いという気持ちを込めて、膝の上にまたがり、大きな身体を抱きしめる。

 ガイアスはミアの肩に、ぽすんとおでこを乗せた。

「俺はどうやら、嫉妬深いみたいだ」

(ガイアス! 可愛すぎる……ッ)

 ミアは自分の心臓がドキドキと音を立てているのを隠そうと、息を止めたりお腹に力を入れてみたりした。

 少ししてガイアスが顔を上げる。

「凄い音だな」

 嬉しそうにミアの心臓の部分に手を当てている。

「ガイアスが可愛いから……」

「俺が、可愛い? ふっ、はははっ、」

 急に笑い出したガイアスにキョトンとするミア。

 しばし笑っていたガイアスだったが、落ち着くとミアに顔を近づけた。

「ミアは、可愛い俺に何かしたくならないのか?」

「……ッ!」

 二人の顔は鼻が当たるくらい近く、ガイアスが話す度に唇には熱い息が当たる。ミアは小さい声で告げた。

「目、つぶって」

 ガイアスがそっと目を閉じたのを確認すると、ミアは目の前の唇に自分のそれを寄せた。

 ちゅ、ちゅ…… 二回ついばんで顔を離すが、ガイアスの目は閉じられたままだ。

(ガイアス、まだ目つぶってる……もしかして、まだして欲しいってこと?)

 一度離した唇をもう一度ちゅっと当てると、ガイアスがミアのうなじに手を添えた。

「んん、」

「ミア、もっとしよう」

 低い声にゾクッとした何かが走り、ミアは目を見開く。

 もっとと言われた通り、ちゅっちゅと軽く唇を押し当てていると、ガイアスが少し口を開けた。

 その拍子に熱い舌がミアの唇に当たってしまい、ビクッと肩が揺れる。

「ご、ごめん」

 ミアは反射的に謝る。

「なんで謝るんだ? もっとしてくれ」

「……っ、」

 目を瞑ったままのガイアスを見て、ゴクッと喉が上下する。吸い寄せられるように唇を寄せた。

「ん、」

 何度もくっつけたり離したりしていると、ガイアスが口を開け、その舌が再度唇に当たる。

 初めはビクビクとしていたミアも、何度も繰り返されるうちにだんだん慣れ、その舌にキスをしたり、下唇を吸ってみたりする。

(なんか、これってすごく大人なことしてるんじゃ……)

 ミアは顔が熱くなりながらも行為をやめることができない。無心でちゅっと口を吸っていると、ガイアスが低い声で喋りかけてきた。

「ミア、口を開けてくれ」

「んぁ……?」

 言葉の意味は分からないものの、反射的に口を薄く開いたミア。

 ガイアスは薄く目を開けると、その小さな口内に舌を入り込ませた。

「……んむッ、」

 ミアは急に入って来た熱いものに驚き、自分の舌を後ろに引っ込める。

(なんか、ぬるって……ガイアスの舌?)

 さっきまでの立場が逆転し、今度はミアがぎゅっと目を瞑っている。ガイアスは目を開けてその反応を伺う。

「ん、ん、……やぁ、」

 ぬるぬると口内を優しく舐められ、ミアは身体がジーンとしびれたように感じた。それはゆっくりと動いて、ミアの舌を呼ぶように掠めていく。

 じっくりと舐められ、ミアは力の入らない身体をガイアスに完全に預けた。

「……はぁ、」

 くったりとして溜息のような息を漏らすミアに、ガイアスの口づけはさらに深くなる。

「ガイ、あ……ッ」

 呼吸の合間に呟かれる自分の名前を聞き、ガイアスは自分の身体が熱くなるのを感じた。

「ッあ……ん、んん」

 急に激しくなったガイアスの舌の動きに、ミアは慌てる。

 ミアはどう息をしたら良いか分からず混乱するが、自分の中でさらに激しく動く舌。

「んー! っん、んむぅ!」

 ドンドンと背中を叩く手に気づき、ガイアスが顔をゆっくり引く。最後にとミアの舌を軽く吸って顔を離す。

 ちゅぽ……

「ミア、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ……」

 ミアは首まで真っ赤にし、肩で息をする。何度も吸ったせいか、唇はいつものピンク色がさらに濃く色づいていた。

「こ、これって何? キスなの?」

「ああ」

「え! これが……」

 信じられないといった顔で驚くミアが新鮮で可愛い。そんな初心なミアを自分が染めているのだと思うと、ガイアスは高揚した気持ちを抑えられなかった。

「ガイアス……あのさ、」

 何かに気付いたミアは、言いにくそうに口を開く。

「これ、」

 ガイアスの足の間を指さして、ミアが不思議そうに局部を見ている。

「朝じゃないのに、どうしたんだろ……」

 ミアは自分の尻を押し上げるように硬くなっているガイアスのソレが、まるで病気であるかのように言う。

「これは、ミアが可愛いかったからだ」

「え、俺?」

 ガイアスは冷静な声で説明をしながらも、内心では、ミアが性的な勃起を知らないことに衝撃を受けていた。

(狼は性知識が殆どないのか?)

 とにかくこれ以上先は今はダメだと思い、ミアを膝から降ろした。


 帰り際、ミアはガイアスに近づき、上目使いで顔を見上げる。

「キス、気持ちよかったね。またしよう」

 そしてガイアスの手を引く。

「おやすみ!」

 ちゅっと頬に軽いキスをし、そう言い残して消えた。


「ミア……」

 ガイアスはその日、眠れぬ夜を過ごした。

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