森で愛を

 注文を済ませ、最初に頼んでいたシャンパンで乾杯をする。

「今日は来てくれてありがとう」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとね」

 その時、街の大通りに明かりが灯った。

 いくつか大きなキャンドルがつくと、他のものにも次々と明かりがつき、あっという間に色とりどりの光でいっぱいになった。

「わぁ~!」

 興奮して身を乗り出し、外を眺めるミア。

 さすが恋人向けの祭と言われるだけはある。町中が優しい明りに包まれ、まるで別世界のようだ。

 他のテーブルの人達も、その明かりを静かに見ていたが、何人かの男達が相手に何かを渡す姿がちらほら見えた。貰った方は嬉しそうに頷いている。

(ここで俺も告白されるのか……)

 今から自分にも大きなイベントが待っているのだ。そう思うとミアは期待で胸を膨らませた。


「美味しい!」

「気に入ってもらえて良かった」

 ガイアスの選んだ料理はとにかく美味しく、見た目も美しかった。メニューを見た時には豪快な料理を想像したが、色鮮やかで繊細な盛り付けだ。

「景色も綺麗だし、最高だなぁ」

「後で中心街を歩いてみよう。ここにはデザートもあるが、せっかくだから屋台で何か買おう」

「うん!」

 その後、アルコールの無い飲み物を注文したガイアスだったが、ミアは追加で甘い酒を頼んだ。

 ミアは酒に相当強く、最初に開けたシャンパンを水のように飲み、すぐに一本開けてしまっていた。

「俺、酔っぱらったことないんだ」

 ケロッとした顔で言うミアに、ガイアスは少しだけ、少しだけ残念な気持ちになった。


 テーブルで会計を済ませて階段を降りると、待っていた店主が笑顔で話しかける。

「ガイアス、また顔を見せに来てくれ」

「ああ、すぐに来る」

 店主はガイアスへの挨拶はそこそこに、ミアの方を見てにっこりと笑顔になった。

「そっちのかわいこちゃんも、また一緒に来てくれよ」

「はい。今日は美味しい料理をありがとうございました」

「本当にかわいいなぁ」

 笑顔で答えるミアに、店主が思わず頭に手を置いて撫でようとしたが、その手をガイアスに取られる。

「ったく、小せぇ男だな」

 ガハハと豪快に笑う店主と、それとは反対にムッとした顔のガイアス。ミアは意味が分からず二人を交互に見た。


「よい夜を!」

 外まで見送ってくれた店主に、ミアとガイアスは軽く手を振った。

「ガイアス、さっきはありがとね」

「ん?」

「俺が耳出しちゃうかもって思って、おじさんの手を止めてくれたんでしょ?」

「あれは……ただ、触らせたくなかっただけだ」

 ミアはガイアスが手を掴んだ理由を自分なりに考えていたのだが、どうやら違っていたようだ。

「え、そうだったの?」

「心が狭くてすまない」

「ううん、そっか」

 ミアはにやけてしまいそうで、顔に力を入れる。

(ガイアスって俺のこと、すっごく好きなんだな)

 にししと笑ったミアは、隣を歩くガイアスの指に自分の指を絡めた。


 店を出た二人は、中央広場での催し物を見たりゲームに参加したりと、今日のキャンドル祭を精一杯楽しんだ。

「甘いものでも食べようか」

 ガイアスにそう誘われ、上機嫌で屋台を見て歩いていたミアだったが、重大なことを思い出した。

(ガイアス、告白しなかった……!)

 今夜はどこもロマンティックな雰囲気であり、告白するチャンスはいくらでもあったはずだ。

「ミア、あっちに変わった屋台があるぞ」

 ガイアスに言われ前を向くと、ワッフルにフルーツが挟まれているスイーツの屋台がある。

「俺、これがいい!」

 美味しそうなデザートを前に、告白のことなどすっかり頭から抜け落ちたミアは、子供のようにその屋台に駆け寄った。


「甘くて美味しい~!」

「良かったな」

 好きなフルーツやトッピングを選べるのが人気の秘密のようで、ミアは手に入れたワッフルに、フルーツを何種類か乗せ生クリームをトッピングし、チョコソースもかけた。

「ガイアスも食べてみて」

 ミアが、「あーん」と言ってワッフルを差し出すと、大きい口を開けてそれを食べたガイアス。

「ん……、美味いな」

「でしょ?」

 甘いデザートで心が満たされたミアは、改めて辺りの景色を見渡す。

 手に持ったスイーツのことで頭がいっぱいで気付かなかったが、噴水が目に留まり、ここがどこなのか分かった。

(ここって……公園の噴水前のベンチだ!)

 昨日、ガイアスの屋敷の執事とメイド長に教えられた一番ロマンティックな場所だ。思い返せば、今日行った所はすべて、二人の言う『人気の告白スポット』であった。

 屋台でスイーツを買った後、「ここに座ろう」と自然にエスコートしたガイアスだったが、ミアは彼の意図に気づいてしまった。

(いよいよ告白する気だ)

 メインの公園から少し離れていることもあり人はまばらだが、みな腕を組んだり手を繋いでいる。今日ここで結ばれる人もいるのだろう。公園内には、甘いムードが漂っている。

「ミア、飲み物はいるか?」

 ワッフルを食べ終わったミアは、ガイアスが持っていてくれた温かい飲みものを受け取る。

「甘い物を食べたばかりだが大丈夫か? もし良かったら俺のを飲むといい」

 ミアが考え無しに頼んだチョコレートの飲み物を見て、ガイアスが自分のものと取り換える。

「ガイアス、優しいね」

 ふふふ……と笑うミアがガイアスの紅茶に口をつける。今まで甘かった口の中がすっきりし、温かさが身体に染み渡る。

「ミア」

 リラックスして座っているミアに、ガイアスがゆっくり近づいてきた。近づいてくるガイアスを見つめていると、顔がどんどん近づいてきて……

 ちゅ、

 ガイアスはミアの口の端に口づけた。

(えええええ~!)

 いきなりのことに驚いたが、ガイアスはそのままペロッとミアの唇を舐めると、ゆっくり離れていく。

「ははっ」

 目を開いて瞬きもしないミアに笑いかけると、自分の唇を舐めとったガイアス。ミアはその動きから目が離せない。

「チョコレートが付いてたぞ」

 そう言って微笑むガイアスの顔は、キャンドルの明かりで照らされ、いつもより大人で色気が漂う。

 あ、あ、と口をパクパクするミアは手を優しく取られる。

(え、指輪? ここで指輪なの⁈)

 どうしようと混乱するミアの手から、ワッフルを包んでいた紙が抜き取られる。

「そろそろ帰ろうか」

 ガイアスの言葉に、ミアは固まってしまった。

(え? 帰るの?)

 ミアはさっきまでのドキドキはどこへ行ったのか、急に頭が冴えて状況を確認する。

 ガイアスは本当に帰るつもりであり、立ち上がってワッフルの包みをゴミ箱に捨てに行った。

 そして、戻ってきてミアのマフラーを巻き直そうと首に手を伸ばしている。

「今日は楽しかった。次は……、」

 言いながらマフラーを整えるガイアスの手を、ミアが両手でガシッと掴んだ。ミアはベンチに座ったまま、しゃがむような態勢のガイアスに静かに言う。

「ガイアス、俺の恋人になって」

 真剣に、ガイアスの目を見て伝えたが、シーンとした空気が二人を包む。

 ガイアスは黙ったまま地面に膝をつき、ミアの身体を包むように抱きしめた。

(え、これはどういう……良いってこと? それともごめんってこと?)

 何も言わないガイアスにどうすれば良いのか分からず、静かに待つ。すると背中に回された手が緩み、ガイアスがミアに向き合った。

「俺も、ミアと恋人同士になりたい」

(告白して、ガイアスも返事をして……これって、もしかして俺達今日から……)

 考えるとボッと顔が熱くなり、ミアは幸せをかみしめる。

 熱くなる頬を手で押さえていると、ガイアスがその上から手を添えた。

「ミア、今から森に転移できるか?」

「え、うん」

「では頼む」

 言われてすぐに『森へ』と念じる。二人はキャンドルの光を残し、公園から姿を消した。


 足元に草が当たる感触がして目を開けると、そこはいつもの森だ。

 暗い中でも月明かりが湖に映り、かろうじてお互いの顔は見えている。

 ガイアスは何も喋らず、ミアから手を離すと湖の縁まで歩いていく。

 そこにはいくつものキャンドルが並べてあった。

 そして、一番大きなものに火を灯したガイアスは、他のキャンドルにも次々と火をつけていく。

 ミアはじっとそれを見ていたが、ガイアスが最後の一つをつけて振り返る。

「今日、ここでミアに告白するつもりだった」

 残念そうに、眉を少し下げながら言うガイアス。

「そんな、俺知らなくて……! 今日一日何も無かったから、早く気持ち伝えないとって……」

 まさかガイアスがそんな事を考えていたとは知らず、ミアは焦って早口になる。

「いや、ミアから告白してくれて、嬉しかった」

 ガイアスは困ったように下がった眉はそのままに、照れくさい顔をして続ける。

「狼の告白の文化を知った時から考えていたんだ。ここで告白しようと」

「ガイアス……」

「ここは、俺とミアが出会った場所だからな」

 はにかむガイアスに、ミアは胸が締め付けられる。

「キャンドル、すごく綺麗だね」

 ミアとガイアスがいつも休憩する場所には、白いキャンドルがいくつも並んでいる。

「今日の為に用意したんだ」

 頭をかきながら答えるガイアスは、やはり少し照れているようだ。

 ガイアスが一人でキャンドルを運び、並べる姿を想像すると、ミアはその大きな身体を無性に抱きしめたくなった。

「座ろうか」

 ガイアスは草の上に自分の上着を敷くと、ミアをそこに座らせる。そして顔を見られないようにか、ミアを自分の足の間にすっぽりと入れ、後ろから包むように抱きしめて座った。

「俺の手紙を読んだと言っていただろう」

「うん。八枚もあったよ」

 ミアは、告白にとらわれてすっかり聞き忘れていた手紙の存在を思い出した。

「あれはミアをこの森で見かけて、王子だと気づいてから送ったものだ」

「この森で? 手紙、半年以上前に届いてたけど」

「ミアとは、前に一度会っているんだ。会ったと言っても、ミアは寝ていたがな」

「えっ! 俺、この森に前も来てたの?」

 驚いて、思わずガイアスを振り返る。

「ああ。見つけた時、ミアは寝言で『腹が減った』と言ったんだ」

「え~……俺、そんなこと言ったの?」

 自分に呆れているミアの頭を軽く撫でながら、ガイアスが続ける。

 屋敷まで食べ物を取りに行き、戻った時にはミアはもういなくなっていたこと。

 そしてガイアスは白い狼にどうしてももう一度会いたくて、毎日森に来た。その後、ミアがシーバ国の王子だと知ってからは、謁見依頼の手紙を毎週出した。

「そんな……俺、手紙読んだのつい最近だよ」

 手紙の整理をサボっていたことを伝えてうなだれるミア。

「大丈夫だ。今が幸せだからな」

「本当にごめん……なんで会った時、そのこと言わなかったの?」

「最初はミアに警戒されないように、何も伝えなかったんだ。その……しつこい変質者みたいだろう」

(言われてみると、たしかにそう……かな?)

「毎週末会うようになってからは、ミアは王子であることを隠しているのかと思ったんだ」

 だから手紙のことは伏せておくべきだと思い、何も言わなかったと言うガイアスに、ミアは心から申し訳ない気持ちになる。

「俺、王家の狼だってこと言うの忘れてただけなんだ」

 自分のせいで、ガイアスは本当のことを言えずにいたのだ。ミアは反省し、耳がへにょんと垂れた。

「だから、ミアが自分が王家の者だと言ってくれて、俺に離れるなと命令した時は嬉しかった」

「あ、あれは! ガイアスが誰かに取られちゃうって……必死だったから」

 ガイアスは黙ってミアを抱きしめた。

「ミア」

 ガイアスは、背後からミアを抱きしめる手を緩めると立ち上がり、ミアの目の前に座った。

 綺麗な緑の瞳がまっすぐとミアを見つめる。

「改めて言いたい」

 静かな森に低い声が響く。ガイアスはミアの手を取った。

「俺の恋人になってくれ」

 ミアの右手の薬指には、緑色の石が光る指輪がはめられた。同じ色の目をしたガイアスが自分を見つめ、返事を待っている。

「……うん!」

 ミアが頷くと、ガイアスは嬉しそうに笑った。

 少し赤くなった丸い頬に、それを包み込むように大きな手が添えられる。

 ミアが自然と目を閉じると、ちゅ……という音がして唇がじんわりと温かくなった。


「恋人になって、初めてのキスだね」

「そうだな」

 ガイアスはもう一度ミアの後ろへ回ると、小さい背中をぎゅと抱きしめた。

 ミアはその背中に頭を預け、目の前にある大きな手に自分の手をそっと絡める。


 温かなキャンドルの灯りの中、白と黒の影が、水面に映って揺れていた。

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