再会

「それで、ミア様がジッと俺のこと見つめて来たんっスよ。うぬぼれじゃないっスけど、俺にかなり興味があるんじゃないかなぁ……なーんて!」

 あれから三日が過ぎ、自衛隊の執務室では今日もマックスがミアについて話している。何度も同じことを聞かされているのか、ケニーや他の隊員達はうんざりとした顔で「はいはい」と適当に話を聞いていた。

「隊長! 興味って言っても男としてじゃないッスよ!」

 慌ててそう付け加えるマックスにイラついてくる。気にしないようにしていたが、今は書類に判を押すのみであるため嫌でも会話が耳に入ってくる。

 ガイアスは判を押した書類をまとめながら、今まで瞑っていた口を開く。

「はっきり言っておくが、それは狼の習性だぞ」

 ガイアスはマックスに真実を伝えた。

 狼が無表情で相手をじっと見つめるのは警戒の証。逆に目を逸らしたり目を軽く閉じる行為は、相手を信頼していることを表す。

「え、そうなんっスか……? あいつらにも教えなきゃ」

 それを聞いたマックスは、がっくりと項垂れて呟いた。

 マックスの話によると、ミアと挨拶をした者や訓練所にいた隊員達は、ミアにじっと見つめられて骨抜きになっていると言う。

「ミア様に見つめてもらえて幸せだった」「もしかして俺の容姿が目を引いたのか?」とワイワイ盛り上がる隊員達は、まさか警戒されていたとは思っていないだろう。

(俺のミアで勝手な妄想をするな)

 ガイアスは呆れながらも、自分の恋人が男達の変な妄想の中にいることに少しムッとした。


 ◇◇◇◇◇


 シーバ国の王宮内。ミアの弟であるリースが、夕食前にミアの部屋に遊びに来ていた。

 ミアはベッドにうつ伏せで寝転んでおり、リースは近くの椅子に腰かけている。

「あ~! やっと明日、ガイアスに会える!」

「よく我慢したね」

 喜びの声をあげるミアに、笑いながら拍手をするリース。

 十日間の転移禁止はミアにとって効果的であり、次回からは必ず連絡をすると強く誓った。

 ベッドで無意味にゴロゴロしていたミアだったが、気になっていたことを思い出しリースに尋ねた。

「そういえばさ、あれからジェンさんとどうなったの?」

「あ、それなんだけど……」

 語尾が小さくなるリースに頭を傾げる。

 どうしたのかと続きを待っていると、リースが少し顔を赤くしながら続けた。

「この間、植物園に行ったでしょ。最後、別れる時おでこに……キスされたんだ」

「ええッ⁈」

 驚くミアにリースが慌てる。

「僕のこと弟みたいに思ってるっぽいから、深い意味はないよ! カルバン兄様だって、未だにしてくるでしょ?」

 大人しいリースが、大きな声を出すのは珍しい。

「リースはどう思ったの?」

「分かんない。一瞬だったし……嫌じゃなかったけど」

「じゃあ、」

「もう、この話終わり! そろそろ行こ」

 根掘り葉掘り聞きたいミアだったが、顔を真っ赤にしたリースが立ち上がって食堂に行こうと手を引いたので、これ以上質問することはできなかった。


「やはり、家族はいいな」

 しみじみと呟くカルバンは、ここ数日愛する弟達と夕食をともにできて機嫌が良い。

 カルバンは交流の場である食事の時間を大切に思っており、家族が揃う嬉しさから、尻尾も微かに揺れている。

「ミア、そろそろガイアスさんが恋しいんじゃない?」

「うん。だってずっと会ってないし……」

 母・シナの言葉にミアが素直に返事をすると、カルバンが怒りを露わにする。

「たった十日だろう。それくらい何だというんだ」

 カルバンの言葉は無視して、ミアが溜息をついた。

「でも、こんなに離れてたことって無いから、ガイアスもきっと寂しがってると思う」

 ミアの言葉に、またもやカルバンが反応する。

「おい、私と十日以上会えない時もあっただろう」

「兄様とガイアスは違うよ」

「ミア、まさか兄を愛していないのか⁈」

 怒り始めたカルバンに皆が呆れる。

(やっとガイアスに会えるんだ……!)

 明日のことばかり考えているミアには、兄の怒りの声も、皆がカルバンをなだめる声も耳に入って来なかった。


 ◇◇◇


「明日は、森からお戻りになられますか?」

 サバル国のガイアスの屋敷。ガイアスの部屋にはメイド長・レジーナの姿があり、主人に予定を尋ねていた。

「ああ、ミアと剣の練習をしてから共に戻る予定だ。昼は調理場に任せる」

「かしこまりました」

 返事をしてレジーナが部屋から出ていく。

(明日は、ミアに会えるのか)

 ミアに会えない十日間は、信じられない程に長く感じた。

 出会う前はすぐに過ぎていく時間を惜しく思ったが、今では家に帰り一人で寝る夜や、のんびりとした休日が味気無く感じ、ミアの明るい声を恋しく思った。

 二日前、会えない時間に愛が深まるのだと力説していたマックスの言葉もあながち間違いではないのだろう。ガイアスは仕事以外の時間ではミアのことばかり考え、いない生活など考えられなくなっていたのだと気付いた。

(早く会いたい……)

 柄にもなくそんな事を思ってしまうのは、ミアに恋をしているからだろう。好きになって、恋人同士になって、最近ではほぼ毎日のように会っているが、それでも足りない。

 そして、どんどん魅力的になっていくミアから目が離せない。

 ガイアスは愛しい白い狼が尻尾を振って笑っている姿を想像し、フッと笑って部屋の灯りを消した。


 ◇◇◇


 約束の日。サバル国の森に転移したミアは、待ち合わせをしている湖の近くまでゆっくりと歩いていた。

 朝の九時までは三十分以上時間があったが、朝からソワソワとしてしまい結局早めに着いてしまった。

 ヒュッ、ヒュッ……風を切るような音がし、ミアは耳を立てて湖の側へ駆け寄る。

「ガイアス!」

 そこには、素振りをしているガイアスの姿。ミアに気付いて顔を上げたガイアスは、嬉しそうに微笑んだ。

「ミア? ずいぶん早いな」

 駆け寄るミアを受け止めようと、剣を置いたガイアスが両手を広げる。その胸に飛び込んだミアは、大きな身体にぎゅっと抱きしめられた。

「ミア、会いたかった」

「俺も……って、たった十日なのに俺達大袈裟かな?」

「いや、そんなことはない」

 そう言って、ちゅっとこめかみにキスをしてくるガイアスに、フフッと笑いかけるミア。

 二人は長めの再会のハグを終え、剣の練習を始めた。


「ミア様、ようこそおいで下さいました」

 正午になり、ガイアスとともに屋敷を訪れたミアは、久々に使用人達と顔を合わせた。

「皆久しぶりだね。本当はもっとここへ来る予定だったんだけど……」

 子供のように罰を受けていたという事実が恥ずかしく、俯いてしまったミアに、皆が微笑む。

 そして、和やかなムードが漂う中、レジーナの後ろに控えていたメイドのカミラとメイが前におずおずと出てきた。ミアが二人にも声を掛けようとすると、突然頭を深く下げられた。

「え、どうしたの?」

「ミア様、この間はすみませんでした!」

「私達が勝手な行動をしたばかりに!」

 メイド達が何について謝っているのかすぐに分かったミアが笑う。

「はは、気にしないで。俺、ちゃんとガイアスを奪い返して来たから!」

 そう言ってガイアスの腕を掴む。

「奪うも何も、俺は最初からミアのものなんだが」

 不満げなガイアスに、ミアがごめんごめんと謝る。主人と恋人の仲睦まじげな様子を目の当たりにしたカミラとメイは、やっと安心して笑顔を見せた。


(※次回、性的描写が入る為、エピソード非公開にしています。)


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