花火
ミアとガイアスが心も身体も結ばれたあの日から、しばらくが経った。
「ガイアス~! おかえり!」
「ミア、こんな時間にどうしたんだ?」
サバル国のガイアスの自宅。仕事終わり、いつものように執事に出迎えられると思っていたガイアスは、玄関を開けて出てきた白い狼の姿に驚く。
「今日は午後から休みになったんだ~」
相変わらずお互い仕事が忙しく、会えるのは平日の夜と週末のみだが、今日は平日の夕方だ。
本来なら夜にいるはずのミアが屋敷にいるのは新鮮だ。話によると、午後に予定していた会議が無くなったらしい。
「お疲れ様」
「ただいま、ミア」
ぎゅっと抱きしめてくる大きな身体に、ミアも負けじと抱き着く。
そんな二人を、同じく出迎えに出てきた執事・ロナウドとメイド長・レジーナが優しい目で見守る。メイドのカミラとメイは、相変わらず神々しいものを見るかのように、そのやりとりを熱い眼差しで見つめていた。
「今日は、びっくりすることがあるよ」
「何だろうな。もう十分嬉しいことがあったが」
思いがけない出迎えに満足していたガイアスは、さらにサプライズを用意しているという恋人に笑みが零れる。
「早く着替えてきて」
「ミアが手伝ってくれたら、早く済みそうだ」
「う……しょうがないなぁ」
ガイアスの可愛らしい発言にミアが悶える。
最近のガイアスはたまにこうやってミアに甘えるような言葉を掛けるようになってきた。大人で冷静にミアをリードしてくれる彼も好きだが、こうやって子供のような台詞を聞くと、そのギャップにやられてしまう。
ミアはにやける顔を無理やり抑えつつ、ガイアスを部屋へと導いた。
「ミア様、よろしいですか?」
「うん、お願い!」
食堂のテーブルに着いたミアにレジーナが問いかける。ミアが大きく頷くと、メイド達が微笑みながら料理をテーブルへ並べた。
「こちら、ミア様お手製のミートパイです」
「なに? ミアが作ったのか?」
ガイアスが驚いて尋ねると、ミアがふふんと胸を張った。
「びっくりした?」
「ああ。いつ習ってたんだ?」
「最近、王宮で練習してたんだ。上手に出来るようになったからガイアスに食べてほしくて……えっと、ちょっとだけ料理長に手伝ってもらったけど、」
恥ずかしそうに言うミアだが、目の前のパイは綺麗に焼きあがっており、どれだけ練習したのか想像もつかない。
「どうして急に?」
その出来に感動するが、なぜ料理を始めたのか気になったガイアスがミアに理由を尋ねた。
「俺、あんまりガイアスにお返しできてないでしょ?」
ガイアスはいつもミアにいろんな物を与えてくれる。剣の練習やプレゼント、いろんな場所へ連れてってくれる経験……ミアはいつもガイアスに何か返せたらと思っていた。
そう思って始めた料理だが……結局は『ガイアスの喜ぶ顔が見たい』という自己満足だ。
ミアの説明を、ガイアスは真剣に聞いていた。
「俺が幸せな気持ちになるんだから、全然お返しになってないね」
ミアのはにかむ顔に、ガイアスは胸がぎゅっと握りこまれた。
「ミア、その気持ちが何より嬉しい」
(俺こそ、ミアに幸せを沢山貰っているというのに……)
甘い空気が流れ、見つめ合うミアとガイアス。
「熱いうちにお召し上がりになってはどうでしょうか」
レジーナが声を掛け、ガイアスとミアは慌ててその言葉に頷いた。
ミアが作った料理の他にもスープやサラダなどが並び、ミア達は切り分けられたパイに手を伸ばす。
「これは、美味いな」
「本当? はぁ、良かったぁ」
目を細めて美味しそうに食べている姿を見てホッとするミア。ガイアスはすぐに一切れを食べきってしまい、レジーナに追加を要求している。
ミアはそんな姿に嬉しくなり、次はどんな物が食べたいか前のめりに聞く。
アレは好きかコレはどうかと質問攻めにあったガイアスは、自分の好物を全て伝え、ミアは次の食事に向けて張り切っていた。
「ねぇガイアス、狼は寒さに強いから大丈夫だってば」
ミアは、厚手の上着を何枚も着せようとするガイアスの手を掴んで止める。
「しかし、夜は冷える」
「もう十分だって」
ミアとガイアスは外出の用意をしていた。今夜は街で花火が上がる日らしく、以前馬で遠乗りした時の丘へ行こうとガイアスが誘ってきた。
「お気をつけて」
玄関で執事から熱いお茶のセットを受け取ると、地図を広げて丘の位置を確認する。
「ロナウドさん、いってきます」
「花火が終わればすぐに戻る」
ガイアスが告げ、ロナウドが頭を下げたと同時に、二人は姿を消した。
「わぁ~、灯りがあんなに」
丘にふわりと降り立ったミアは、街の灯りが眩しいことに驚く。
「今日は皆花火を見ようと出かけているからな。街は混んでいるだろう」
「ガイアスはいつもここで見るの?」
「いや、久々に来たな」
祖父が生きていた時には、花火の上がる日にここへ連れてきてもらっていたガイアス。大きな木の前に持ってきたシートを引くと、そこへミアを座らせる。
「ミア、寒くはないか?」
ミアの横に座ると、肩を抱くように手を伸ばすガイアス。
「俺は平気。ガイアスはどう?」
ミアはガイアスの手を取ると、こしこしと擦った。ガイアスはその様子をじっと見つめる。
「……ガイアス?」
「今日、ミアが俺に料理を作ってくれただろう。凄く、嬉しかった」
急に夕食の事を言われ、ミアの頬が赤く染まる。
「まだ下手だから、少し恥ずかしいけどね。もっとうまくなるから期待してて」
「楽しみだ」
笑ったガイアスは、続けて自分の思いを伝える。
「ミアは俺に『返したい』と言っていたが、俺こそ貰ってばかりで、いつも何かしたいと思っているんだ」
「え、俺……何もしてないけど」
ミアは今まで、ガイアスに何かをプレゼントしたこともなければ、気遣って喜ぶ事をしてあげたこともない。そのことに少し気後れしていただけに、ガイアスの言葉を意外に感じた。
「ミアが側で笑ってくれるだけで、幸せなんだ」
そう言うガイアスの声は穏やかだ。しかし、その手は少しだけ震えていた。
「ガイアス、寒いの?」
思えば指先が随分と冷たくなっている。ミアは慌ててその手を両手で包み込む。ミアの小さな手では、包むというよりも添えているだけに見える。
「これで少しは温か、い……え、ガイアス?」
ガイアスは黙ってミアの手に顔を寄せ、指輪に軽く唇を押し当てた。指に感じる柔らかい感触に、ミアは驚いて顔を上げる。
目の前には真剣なガイアスの顔。ミアは、月明りに照らされたその緑の瞳に捉えられる。
「ミア。俺と結婚してくれないか」
ミアはその言葉の意味を一瞬理解できなかった。驚いて、返事も出来ずに口がポカンと開く。
ガイアスは返事を催促することもなく、ただ、ミアを見つめている。
(ガイアスが、俺と……)
ようやく働きだした頭に、ガイアスの言葉が反芻する。
「……っ、」
ミアの身体は喜びで熱くなるが、胸が急に苦しくなって返事をすることができない。
(だって俺、ガイアスに何もしてあげれない……)
今日、初めてガイアスの為にと料理を作った。しかしそれも、ガイアスがミアにくれる幸せには到底及ばない……ミアは自分の不甲斐なさに気付き、自然と目線を下げた。
すると、握っていたガイアスの両手が、ミアからするりと抜け落ちる。
「……あ、」
手の平に感じる冷たい空気に、ミアが焦って顔を上げた。
「ミア、すまない」
ガイアスの顔は、申し訳なさそうで、悲しげで、それでも心配させないように堪えているようだった。
「欲が出たんだ」
「ガイアス……」
「ミアの事が好きで、気持ちを抑えられなかった」
ガイアスの言葉に、ミアはやっと胸のつかえが取れた気がした。
返す返さないの問題ではない。ただお互いを好きだという気持ちだけで良かったのだ。
(俺、今ガイアスに何を言わせてる?)
キャンドル祭で告白した時の事を思い返す。ドキドキと胸が鳴り、緊張でどうにかなりそうだった。
ガイアスが、どれほどの勇気を出して自分に結婚を申し出たのか……ミアはガイアスの両手を再度握る。
「……ミア?」
痛いくらいに握りこまれたガイアスは、ミアの突然の行動に少し困惑している。ミアは目をぎゅっと瞑った。
「俺、ガイアスと結婚したいっ!」
大きな声で告白するミア。ガイアスは驚いて肩を少し揺らした。しかし、すぐに目の前の小さな狼をぎゅっと抱きしめる。
「俺、絶対ガイアスと結婚する!」
「ミア……」
再度大きな声で宣言するミアに、ガイアスは愛しさを込めて強く抱きしめた。
「ガイアス? 俺、本当に結婚したいんだけど……」
黙って抱き着いたままのガイアス。ミアは心配になって、何度も結婚したいと訴える。
「分かっている……」
そう言った後も、ガイアスはミアをなかなか解放してはくれなかった。
「ふぅ~……」
しばらくし、ガイアスが腕の力を緩めたことで、ミアはやっと息をつくことができた。
「なんで離してくれなかったの?」
「……嬉しくて」
ガイアスは、目線を少し逸らしながら正直に告げる。
「えっ!」
思いもよらぬ可愛い答えに、ミアの尻尾がぶわっと立つ。
(こんなに可愛い反応してくれるなんて……何度も言いたくなっちゃうよ)
ミアが悶えていると、遠くでパァンと音が鳴った。
その音に目を向けると、大輪の白い花火。大きな音を鳴らして散っていく花に、ミアは目を奪われる。
ガイアスはそんなミアの腕を引き、自分の足の間にすっぽりと収める。ミアは身体を広い胸に預けた。
「ずっと、一緒にいようね」
「ああ」
ミアの言葉に、ガイアスは目を細めて頷いた。
「綺麗だね」
「本当に綺麗だ」
二人はぎゅっと手を握りあうと、今日の美しい光景を逃したくないと、静かに花火を見つめた。
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